Chapter2-14 女の子の日
「エリー起きてー! 朝だよー!」
エリネの声が耳元で聞こえる。エリネの声――? どうやらエリネに起こされているようだ。エリネに起こされるなんて、初めての経験だ。
えっと、今はいつ頃だろう?
体を起こそうとすると、昨日よりも重い体のだるさが襲ってきた。残念ながら一晩では治らなかったみたいだ。頭痛は――どうやら大丈夫のようだ。熱っぽさは、まだある気がする。
ぼくは気だるさを我慢しながら体を起こし、エリネに挨拶をする。
「おはよう、エリネ」
「お母さんにもうご飯出来てるから呼んできてって言われたー! 早く来てねー」
そう言うと、エリネはエリーの部屋から出て行ってしまった。
ご飯が出来ている時間まで寝てしまっていたとは――。
早く着替えないと、と思ってベッドから立ち上がろうとすると。何やら股間に違和感を感じた。
なにか、湿っている感じがする。この感じは――。
(……え、まさか漏らした!?)
焦ったぼくは寝間着のネグリジェを脱ぎ、ショーツを下ろす。するとクロッチ部分――単語はヴィーラさんに聞いた――に赤黒い何かが付着しているのが見えた。
(え、なにこれ……血?)
赤い血にしては少し黒い気がする。何だろう、これ。仮に血だとしたら、股間から出たものだろう。まさか何かの病気? まったく分からない。
どうしたらいいか分からず下半身裸のままオロオロしていたら、部屋のドアが開かれた。
「エリーおそ…………何してるの?」
エリネはぼくの格好を見て固まってしまっていた。――この体はエリネのものなのだから、エリネに相談してみるべきだろう。
ぼくはエリネに、ショーツについていたものについて話した。だけどエリネも、よく分からないようだった。
エリネと少し相談した結果、フィールに聞いてみることにした。ぼくの格好が格好なのでエリネに呼びに行ってもらう。
――さすがにこれが付いたままのショーツを穿き直したくない。股間を布で拭き、別のショーツを穿いて待つことにした。
「エリー、どうしたの?」
「お母さん……朝起きたら……」
じきにフィールがやってきたので、ぼくはショーツに血のようなものが付いていたことを話す。もしかして病気か何かじゃないか、と伝えたけれどフィールは冷静に聞いていた。
「エリー、今までこういうことはなかったわよね」
フィールにそう聞かれたけど、ぼくには心当たりがなかったのですぐに念話でエリネに確認する。
(エリネ、どうなの?)
(なかったよー。こんなの初めてだねー)
「……今回が初めて……だよ」
「……最近熱っぽいとか、体がだるいとか感じてなかった?」
「うん、何日か前からそういう感じはしていたけど……」
「……エリー、それは病気なんかじゃないわよ」
フィールはそう言ってぼくを抱きしめた。――少し心配だった気持ちが和らいだ気がする。けど、病気じゃなかったら一体なんなのだろう。
「うっかりしていたわね……。年齢からだとそろそろだったのに。とりあえずご飯を食べてから話そうかしら。……ご飯は食べられそう?」
「うん、大丈夫」
体のだるさはあるものの、食欲がない訳ではないから大丈夫だ。ただ、病気じゃないとは分かったとは言え、不安が残る。
ちょっと待ってなさい、と言われフィールは部屋から出ていった。なんだろうと思って待っていると、じきになにか布を持ったフィールが戻ってきた。
「とりあえずこれを穿いてね。ちょっと大きいかもしれないけど……。あとでエリーに合ったものを作ってあげるから」
そう言って渡されたのは、普段のショーツとはデザインの違うもの。子供が穿くようなイメージのパンツのようなものだ。ひとまず穿いてみる。確かに大きいけど、ずり落ちるということはないようだった。
その後フィールに連れられて、居間へ。そして普段通りの朝食を摂る。穿いているものの違和感があったせいで、少し落ち着かなかったけど。
朝食後、フィールからそのまま残って待ってなさいと言われた。クレスタはそれがどういう意味か分かっていないようだったけど。フィールが耳打ちするとああ分かった、と言い居間から出て行った。
居間に残されたぼく。ついでにエリネもいた。フィールはエリネに部屋へ行ってなさいと言ったけど、エリネは一緒に聞くと言ってきかなかったのだ。
「さっきも言ったけど、エリーのそれは病気じゃないわ」
フィールが口を開いてそう切り出した。朝食前に言われていたことだけど、不安で仕方がなかった。股から血が出るなんて、病気か怪我の類じゃないかと考えてしまっていた。それ以外に見当が付かなかったからだ。
けれどフィールが次に発した言葉は、ぼくが想像し得ないことだった。
「おめでとう、エリー」
どういう訳か、フィールが祝福の言葉をぼくにかけた。おめでとう、ってどういう意味だろう? もしかしてこれと別の話のことをしているのだろうか。
何が何だか分からない、と考えているとそれが顔に出ていたのかフィールにこう言われた。
「ああ、ごめんね。おめでとうって言うのは……」
☆
フィールの話を聞き終わって、ぼくはエリーの部屋のベッドで横になっていた。
体のだるさはあるものの、別に歩けないということはない。フィールから今日明日はゆっくりしているのよ、と言われたためだ。エリネはぼくの状況を説明するため、長老やシア、子供たちのところへ行ってくれている。明日までは魔術指導も休みになるそうだ。
色んな考えが巡って、天井をただボーッと見つめている。
フィールがおめでとう、と言った理由は体が成熟してオトナになりつつあることだかららしい。
それがどういう意味か初めはよく分からなかったけど、フィールのとある単語からそれが何なのかを知ることになった。先ほどのフィールの話が頭に思い浮かんでくる。
生理。女性特有の体の仕組み。男だったぼくには無関係だったことだった。
これは一定の周期で起こることらしい。予兆としては、熱っぽさや頭痛、体のだるさなど。全てぼくがこの数日間で経験したことだった。
そして、出血。今回が初めてだったようなので出血量はほとんどなかったけど、明日はもう少し出る可能性があるらしい。それに備えて、四角い布を準備された。ショーツに合わせて使うらしい。
寝る前にもきちんと着けておかないと朝起きたらベッドが血だらけに、なんてことになるかもしれないそうだ。
何故生理が起きるのか。――フィールの言葉が思い出される。
『エリーがこれから一緒にいたい相手を見つけたら、いずれその相手と結婚するでしょう。そうしたらたぶん赤ちゃんを作ることになるでしょうし、生理はそれに必要なことなのよ』
女性の体のことなどこれっぽっちも知らなかったので、色々と衝撃的な言葉であった。そりゃあ少し前までは男だったし、そんな知識は不要だったけれども。
今は一時的とはいえ女の子の体だ。
その体が生理を経て、赤ちゃんが作れるようになったのだ。その事実に何とも言い難い気分に襲われる。
そして「もう来たんだから教えておくわね」と別の話もされた。
早い話が、性教育だ。
セックスをすれば赤ちゃんができる、程度の知識はぼくも持ち合わせていた。学校の保健の授業で聞いていたからだ。
けれど、フィールから聞いた内容はそれよりも生々しい内容だった。話はよく聞いていたけど――。
エリネもそうだったけど、なんというか性に対して寛容的というか。エルフ族がそうなのか、この世界がそうなのかは分からない。
健全な男子高校生であったぼくでも、そういったことには興味は大いにあるけど。ここまで直接的な話をされると思わずたじろいだ。
ちなみに、エルフ族は子作りをしても妊娠はしづらいらしい。理由は、人族の数倍もあるという寿命が影響しているからだそうだ。確かに長寿なのに子供が出来やすいと、あっという間に大所帯になってしまうだろう。人族とそれが同じであったら、エルフ族の方が絶対数が多くなっていてもおかしくないだろうし。
フィールの話は続く。生理中は気分の波があり、精神が昂ることがあるそうだ。フィールは直球で「えっちな気分になることがある」と言ったんだけど。そうしたらどうするか。相手がいなければ自分で自分を慰めるのだ。
フィールは「することは悪いことじゃない」とは言っていた。これはまあ、学校の保健の授業でも教師が同じ事を言っていたのを覚えている。
だからと言って、やり方まで教えてこようとしたフィールには驚いてしまったけど。
ぼくは焦って「知ってるし大丈夫だから」と言ってしまった。フィールは一瞬キョトンとした様子だったけど、その後はすぐ顔付きが妖しいものへと変わった。
――あらぬ誤解を与えてしまったかもしれない。けど反論しようにも何を言ってもボロが出そうな気がしてならなかった。
ぼくはただ顔を赤くして下を向くことしかできなかった。
実際、それの経験はもうあるし――。
そして現在に至る。生々しい内容の話を聞かされ情報の許容量を若干、いやかなり超えてしまったぼくは、ベッドで横になっているのであった。
あくまで一時的にエリーとなっているぼくが、まさかこんなことまで経験するなんて思ってもいなかった。男と女の体の違いがここまであるなんて、全く知らなかった。
この世界に来てからここまで色んな事を経験してきたけど、まだまだ知らないことは多いのかもしれない。
先ほどのフィールの言葉を思い出す。好きな相手と結婚して赤ちゃんを作る、か――。一六歳だったぼくには全く考えもしなかったことだった。この世界では一二歳でもう結婚できてしまうのだから、そう言った話も早い内にしておかないといけないのだろう。
ふと、エリネはどんな相手と結婚するんだろうかと想像する。まあ、この最近の出来事から考えるに最も近い相手はウィルだろう。恐らくは両想いなのだから、可能性は高いと思う。
――結婚するって、どういう気持ちになるんだろうか。異性を好きになるということをまだ経験していないぼくには、よく分からない。その気持ちは気にはなるけど、エリネにそれを聞くのはさすがに憚られる。
エリネは、なぜウィルを好きになったんだろうか。こういうのってきっかけとか、積み重ねとかそういうものな気がする。エリネの場合は、どちらもありそうだけど。
ウィルは王都でぼくが倒れたとき介抱してくれたし、その辺りの優しさの面は要因の一つとしてあるだろう。このところ急に戦闘技術が上がり頼もしくなったところもあるかもしれない。魔獣との戦いでも、安心して背中を任せていられるし。ただ、最近は一人で魔獣退治に行ってしまって、一緒にいる時間が減って少し寂しい気がする。
――ん? 少し内容が逸れてしまった気がする。まあ、どう思っているかはそれはエリネのみぞ知ることだ。詮索するのも無粋だろう。
そのあと、帰ってきたエリネと一緒に心配したシアが見舞いに訪れてくれた。生理中の体に良いらしい、液体状の飲み薬を持って。
色々と察してくれていたシアは「男の子なのに、大変よね」と労ってくれた。まあ、幸いにしてぼくの症状は軽目だそうだけど。重い場合は酷い痛みがあったり、頭痛で動けなかったりするということもあるとのことだ。
シアから受け取った深緑色の飲み薬を飲み干す。以前飲んだときと相変わらずの苦さに、涙が出そうになるのを堪える。良薬は何たらとかよく言うけど、もう少しどうにかして欲しいのだけど。
暫く話をしていると、強い眠気が襲ってきた。眠気に耐えうつらうつらしていると、シアが睡眠作用がある薬草を混ぜたから、ゆっくり休みなさいと言ってきた。
折角来てくれたのに寝てしまうのは申し訳ないけど――。体を倒し、重くなってきた瞼に逆らわずにぼくはそのまま目を閉じた。
次話掲載は18日(木)の予定です。→1回お休みして22日(月)に変更させていただきます。
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