Chapter2-13 やっぱり甘い物は大好き
そして数日が経った。このところは魔獣退治には出ずに、子供たちの魔術指導の方に参加している。
というのもどうにも体調が優れないので、魔獣退治は暫く免除してもらっているのだ。
このところの熱っぽさに続いて、今朝起きたら体のだるさを感じていた。
熱っぽさ、体のだるさときたらもしかしたら風邪かもしれない。けど、そこまでつらい訳でもない。
魔術指導はぼくが体を動かす訳でもないし、体への負担は少ないから問題ないだろう。今日はその後に、ちょっと試したいことがある。
そんな訳で、いつもの魔術訓練の広場。今日もエルフの子供たち――リア、ミル、そしてテオ。
連日の魔術訓練の成果か、皆はめきめきと実力を伸ばしているようだ。リアは加減ができるようになってきたし、ミルは威力の強い魔術を徐々に使えるようになってきた。通常の魔術発動ができなかったテオも、それができるようになるまで上達していた。
リアは、魔力切れになることも少なくなってきた。抑えが効くようになってきたと言うのもあるけど、保有魔力量が少しずつ増加しているようだった。
保有魔力は一般的には加齢によって増えていくものらしいけど、訓練をしている影響でそれを上回る上昇をしているようだ。
当然ながら保有魔力は少ないより多い方がいい。魔力切れは致命的だからね。
今日はデモンストレーションとして、エリネとの二重魔法もどきを見せたら、子供たちから質問攻めに遭ってしまった。どうやったらできるようになるだの、わたしも使いたいだの。
恩恵属性のことをを考えると、この子たちでは扱うのは難しいと思うけど――。頑張ったら出来るんじゃないかと言ってしまったら、火をつけてしまったらしく。いつも以上に訓練に身が入っているようだった。
お昼前になったところで、今日の魔術訓練は終わりであることを伝える。後片付けをして、ぞろぞろととある場所へと向かう。それはエリーの家だ。
とある料理を作ってみたくなったため、感想が欲しいなと思って子供たちを招待した次第だ。
ついでに言うと、自分が食べたいというのもあるのだけど。作る料理は、パンケーキだ。
家に入るとフィールが出迎えてくれた。クレスタは出掛けていて夕方まで戻らないとのことだった。
子供たちには、適当にくつろいで待っていてもらうことにする。エリネも同様だ。まあエリネは、台所に入れると大変なことになるので、入れないようにしているのだけど。
フィールに台所を使うことを伝える。フィールは何か手伝うかと言ってくれたけど、ぼくだけでも作れる料理だったから、大丈夫だと返答する。フィールには子供たちの相手をしてもらうことにした。
台所に立って手を濯ぎ、さあ始めようかと思ったところで、リアがとてとてと歩いてきた。
「エリーお姉ちゃん、何か手伝うことない?」
リアはぼくを見上げてそう言った。
フィールには大丈夫だと言ってしまったけど、リアが折角申し出てくれたのだから、手伝ってもらおうか。一緒に料理を作る、と言うのは楽しいからね。
「ありがとうリア。それじゃ、お願いできる?」
「うん、わかった!」
そうしてリアにはぼくが使っているエプロンを、ぼくはフィールが使っているエプロンをそれぞれ着る。どちらもサイズが合ってなくて足元までエプロン部が伸びているけど、それは仕方がないだろう。あと、リアの身長では台所の台が高すぎるので、踏み台を使ってもらう。ぼくが高所の棚から物を下ろすときに使うものだ。
何を手伝ってもらうか少々思案する。――まあ、無難に材料をかき混ぜるのを手伝ってもらおうか。ぼくは準備を始めた。
使うものは、薄力粉らしきものと卵と牛乳とバター、それと砂糖。薄力粉は小麦粉から作るものだけど、この世界ではこれがどう呼ばれているのか分からなかった。
この間王都へ行った際、そういったものが軒先に並んでいる出店の店主に用途を伝えたら、これを売ってくれたのだ。そのとき名前を聞いたけど、店主が早口で言ってしまったので聞き逃してしまった。次は聞いて覚えておかないと。
卵と牛乳とバターは、集落の酪農を営んでいるご近所さんから譲ってもらった。鶏っぽい動物の卵と牛っぽい動物の生乳だ。バターはそれから作られたものらしい。それらの動物の鳴き声が、元の世界のそれと逆だったのはちょっと驚いたけど。
木のボウルにそれらを入れ、生地を作る。料理にハマった時に読んだ料理本で、生地はあまり混ぜすぎないのようにするのがふわふわになるコツと書いてあったのを見た記憶がある。リアにゆっくりと混ぜてもらい、ダマが多少残るぐらいでやめてもらった。
さて、次は焼きの方だ。鉄の板が置いてある台の上で念じる。鉄の板の下には宝石が敷き詰められていて、念じると発熱するのだ。止めたいときはまた念じれば止まる、便利な代物だ。
鉄の板が熱せられてきたら、バターを塗り生地を流し込んで丸く形を整える。人数が多いので1枚当たりを小さめかつ薄くして、数を作ることにした。ある程度焼けたらへらで手早くひっくり返し、両面がきつね色になったら引き上げる。
リアは、ぼくが生地をひっくり返すのをじっと見つめていた。折角だし、これも少しやってみてもらおうかな。
「リア、ひっくり返すのやってみる?」
「……できるかな?」
「大丈夫、とりあえずやってみるといいよ。熱いから気を付けてね」
リアに踏み台に乗ってもらい、ひっくり返してもらう生地を指差す。ぷくぷくと泡が出ているものが焼けている合図だ。
へらを生地の下に滑り込ませて、リアは意を決してひっくり返す。――少し生地がはみ出て曲がってしまったけど、これぐらいなら問題ないだろう。
「よくできたね、リア」
ぼくはそう言ってリアの頭を撫でてあげる。そうするとリアは顔をぱあっと明るくして嬉しそうにしていた。
さて、あとは焼く作業の繰り返し。リアにはその間お皿とナイフ、そしてフォークを皆の机まで運んでもらう。十数枚焼き上がったところで鉄の板の熱を止め、皆がいるテーブルまで運んでいく。
皆のお皿にそれぞれパンケーキを分け入れる。仕上げに瓶に入った樹液をかけてもらう。たくさんかけると美味しいよ、と付け加えた。
王都で薄力粉っぽいものとこれを買ってきたけど、これが結構良い値段がして驚いた。一瓶で少しお高めの昼食が食べられるくらいしたのだ。カフェでパンケーキを頼んだときも、少し値段が高いかなという気はしたけど。これが高かったかららしい。
ただそれを皆に言うと遠慮して使わなくなりそうな気がしたので、言わないでおいた。
「口に合うか分からないけど……どうぞ召し上がれ」
ぼくがそう言うと皆は例のお祈りをしてから、思い思いに食べ始めた。口々に甘くて美味しい、という声が聞こえる。
ぼくも早速食べてみることにする。ぼくの皿に乗っているのは、少し形がいびつなパンケーキ。リアが焼いてくれたものだ。たっぷりと樹液をかけ、切り分け口に運ぶ。――うん、まあまあかな? カフェで食べたもののようなふんわり感はちょっと足りないけど、家で食べる分なら申し分ないだろう。樹液がよく染みこんでいて、口の中でじゅわっと甘さが広がり、思わず頬がゆるむ。
ふと気付くと、リアがぼくの顔をじっと見ていた。何だろうと少しだけ考えると――ああ、そうか。
「リア、美味しいよ! 手伝ってくれてありがとうね」
ぼくがリアに笑顔を向けそう言うと、リアは顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。自分の作った料理が褒められると嬉しいからね。もうちょっと早く気付いてあげるべきだったかな?
フィールにも食べてもらったけど、反応は上々だった。たまにはこう言った食事もいいわね、とは彼女の意見。もしかしたら食事のローテーションに加わるのかもしれない。
食べ終わった後は、フィールがお茶を出してくれた。ぼくたちは食後のゆっくりとした一時を過ごした。
☆
色んなことをお喋りしていたところ、大分時間が過ぎていたことに気付く。暗くならないうちに、皆を家まで送り届けた。
そのあと家まで戻る途中、体調が悪化していることに気付く。体のだるさは朝からずっと続いていたけど、今度は頭が少し痛くなってきた。症状から見ると完全に風邪だ。体の弱いエリーだから、以前のようにまた風邪を引いてしまったかもしれない。
やっぱり無理せずに家で休んでいるべきだったか――。夕食の手伝いは今日は休ませてもらった。夕食の後は真っ先にお風呂に入り、いつもより早めにベッドへ入った。
熱っぽさ、体のだるさ、頭痛――。起きたら治っていればいいなと思いつつ、ぼくの意識は微睡んでいった。
次話掲載は15日(月)の予定です。
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