Chapter2-12 ウィルとエリネとぼく
翌日。ぼくはエリーの部屋でヴィーラさんに向けて手紙を書いていた。古文書解読の進捗具合について尋ねる内容だ。現状はヴィーラさんは家にもいないようだったから、手紙を送ったところで帰ってくるまではどうにもならないだろうけど。帰ってきた段階で気付いてもらえるならそれでいいだろう。
しかし重大なことに気付いた。ヴィーラさんの家の住所を知らなかったのだ。そもそも、住所の書き方ってどう書けばいいんだろう。見当もつかない。
仕方がないので、王立大学の研究室宛へ出すことにした。手紙は、行商に渡せば届けてもらえるはずだ。あとで、行商が来たときに知らせてもらう手筈を整えておかないと。
手紙に封をして、一息つく。――なんだろうか。昨日から少し感じていたのだけど、体が少し熱っぽい気がする。体温計というものはなく調べようもないから、あくまでそういう気がするというだけなんだけど。顔も少し熱い気がする。もしかしたら風邪かもしれない。
エリーは昔から体調を崩しやすい、とフィールから言われたことがあるし。以前体調を崩したときから気を付けてはいるけど、それ以上に注意した方がいいだろう。
エリネは散歩に出る、と言って出掛けている。たぶん、シアの家じゃないだろうか。エリネの姿になっても、リアとはすぐに仲良くなったようだし。
ふと思ったけど、精霊だけで出歩いて問題がないんだろうか。とはいえぼくと一緒にいるところは、集落のエルフたちに結構見られているとは思うけど。
まあ仮に何かに襲われたとしても、エリネだったら魔術で返り討ちにしてしまいそうな気がするけどね。そもそも集落の中だったら、そういうことをする輩はまずいないだろう。
そんな訳で、部屋にいるのはぼくだけ。ぼくは昨日の出来事について、色んな考えを巡らせていた。まさか、エリネがウィルに気があるなんて思いもしなかった。これまでに思い当たる節が全くなかったからだ。
けれど腑に落ちないのは、エリネが時折暗い顔を見せるときがあることだ。一体なんだろう。あの性格の明るさからは、とても信じられない。
ぼくは、なぜエリネがあんな顔をするのかを考えてみた。やはり、エリネはウィルがどう思っているのか気になっているのではないか。あの表情は想いを伝えたくても伝えられない、焦りから来ているものじゃないのかと。
それに対する答えは、少なくとも今現在ウィルに気になっている相手がいるかどうかを確認することだ。いないことが分かれば、多少なりともエリネは安心するのではないか。もう既にエリネ以外で気になる相手がいたら、さすがにどうしようもないけど。
善は急げだ。居ても立ってもいられなくなったぼくは、家を飛び出した。
そしてウィルの家の前。ドアをノックする前にとあることに気付く。勢いで来たけど、どうやってそれを確認すればいいんだろう。直接聞けばいいんだろうか。気になってる相手がいるのか、と。
あれ、なんだろう。これってどこかで――? えっと、確か湖でウィルから――。
「ん? こんなところでどうしたんだ?」
「うひゃあ!?」
びっくりして振り向くと、そこにはウィルがいた。魔獣退治か訓練の帰りだろうか、腰に剣を携えている。
「ど、どうしたんだよ変な声上げて」
「あ、ご、ごめん……。ちょっと聞きたいことがあって来たんだけど……」
「そうか……で、聞きたいことってなんだ」
突然ウィルが来たから、頭が真っ白になってしまっている。どう聞けばいいか全然思いつかない。
「えっと、その……」
「……? どうしたんだ」
「……ウィルってその……気になってる女の子っているの?」
「……は? 何を突然……」
「ちょ、ちょっと気になっただけだよ。……どうなの?」
「……そ、そうだな……い……いや、いないぞ」
「……そうなんだ……」
勢いでそのまんま聞いてしまったけど、どうやらウィルにはそのような相手はいないようだった。とりあえずよかった。エリネにとっては良いニュースだろう。
けれどそれよりももっと気になる、というか重要なことに気付いてしまった。ウィルは――。いや、それは後回しだ。
しかし勢いとはいえ、直接こんなことを聞くなんて。何だかものすごく恥ずかしくなってきた。これじゃあまるで――。
「ありがとう。聞きたかったのはそれだけだし! そ、それじゃ帰るね!」
「あ、エリー! ちょっと待ってくれ!」
聞きたいことは聞けたので、とっととこの場から立ち去ろうと思ったけど。ウィルに引き止められた。一体なんだろうか。ぼくはその場で回れ右をして、ウィルの方を向く。
「……なに?」
「エリー…………いや、何でもない。呼び止めてすまん」
「……? それじゃあ、ね?」
視線を上下左右に動かしながら、何かを言いかけたウィルだったけど。結局何も言わずじまいだった。踵を返したぼくはまた急いで、早歩きで家まで引き返した。
家に入りそのままエリーの自室に戻ると、ベッドに腰かける。エリネはまだ、帰ってきていないようだった。
急いで帰ってきたからか、体と顔の熱っぽさが増した気がする。無理をしないよう気を付けるつもりだったのに。でもあの場に長く居られる自信はなかった。仕方のないことだったということにする。
そのまま後ろへと体を倒す。服に皺がよってしまうと思ったけど、ベッドの柔らかさに包まれた体を起こすのは億劫だった。
ウィルに相手がいない、ということを聞けたのは良かったと思う。エリネにも伝えてあげるべきだろう。
けれど、もっと重要なことに気付いてしまった。ぼくがウィルに気になる相手がいるのか、と聞くときに思い出したのだ。
以前、ウィルから同じ質問をされていたことに。
そのときはなんとも思わなかったけど、わざわざそんなことを聞いてくるなんて。今のこの状況と同じなのであれば、ウィルはエリネに気がある、ということではないのだろうか。
もしそうなのであれば、ウィルとエリネはそれぞれに気があるということになる。つまりは、相思相愛な訳だ。どちらかが想いを伝えれば、それだけで関係は成立するも同然だろう。
しかし今、エリーの体にいるのはぼくだ。罷り間違っても、こちらから想いを伝えるということはないだろう。
でも逆にウィルから想いを伝えられたとき、ぼくはどう対処するべきなのだろうか。
一方的に断るのは、やってはいけないことだろう。ウィルにとってもエリネにとっても、不幸な結末となってしまう。
かと言って、受け入れた場合は――どうなるのだろう。ただ、それはエリネに対して失礼ではないのかと思う。本来エリネが受け取るべき想いをぼくが奪ってしまうのだから。ただ、あんまり想像したくないけど。もっと言うと、ウィルを騙すことにもなる。ただこれは、現在進行形ではあるけど。
難しい選択を迫られているような感じがして、ベッドの上で左右にごろごろと寝返りをうつ。けれどどれだけ考えても、良い答えは思いつかなかった。
悩みぬいた結果ぼくが下した判断は、現状維持だ。なるようになるしかないとも言うけど。たとえ優柔不断と言われても、どうしようもないものは仕方がない。嫌われるようなことをするのは極力避けつつ、これ以上好かれないようにする。まるで恋愛ゲームのようだ。
万一告白されてしまったら――いっそのこと正体を明かすというのも選択肢の一つかもしれないけど。でもそうしたら、ウィルの心に傷を負わせてしまうことになる。外見が女とはいえ、中身は男の奴に告白してしまった、と。
何かドツボに嵌りそうな気がしてきたので、ぼくは考えるのをやめた。むくりとベッドから起き上がると同時に、部屋のドアが開かれる。どうやらエリネが帰ってきたようだ。
ぼくはエリネに、ウィルに気になる相手がいないのを確かめたことを伝えた。エリネは一瞬驚いた様子だったけど、顔を真っ赤にして「だから、ウィルとはそういうのじゃないってば!」と|手足をばたつかせて反論していた。それは、全く反論になっていなかった。
けれど、そのことでエリネと話をしていて時折見せる嬉しそうな顔を見ると、ぼくの胸にチクリと刺さる何かがあった。
痛みとは違うそれに不思議に思う。けどその正体が一体なんなのか――ぼくには分からなかった。
次話掲載は12日(金)の予定です。
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