Chapter2-11 エリネの気持ち
そして数日が経った。テレスへ戻ってからも、ほぼ毎日魔獣退治を続けている。ただ、このところウィルを誘っても一緒に行ってくれなくなってしまった。ウィルは俺一人でも大丈夫だ、と言って一人で巡回へ出てしまうのだ。
確かに今のウィルの実力では、そこらの魔獣なら一瞬で倒してしまうだろうし。ぼくが付いていったところで、何もやることがないかもしれない。そう思って、ぼくはそれ以上言わなかった。
もしかしてウィルだけでこの辺り一帯任せても大丈夫じゃないのか、と思ったけど。よく考えたら一日で歩き回れる距離など、たかが知れている。尚更この広い森林地帯をウィルだけで、というのは無理なようだ。
結局は、皆が手分けして魔獣退治をするしかないのだ。もうじき宮廷魔術師の人らも加わるし、少しは楽になるといいんだけど。
そういう訳で、ここ最近はシアと一緒に巡回へと出ている。勿論エリネも一緒だ。このメンバーだと、遠慮をしなくていいので楽なんだよね。
「……そんな感じで、色んな分野の話を聞いて勉強する。毎日それの繰り返しだよ」
今日の巡回も大体終わり、テレスへの帰り道。今はぼくの世界の話をしていたところだ。小さい頃から学校に通っていた、というぼくとしては大したことのない話。けど、この世界ではそれは信じられないことのようで――。
「一五歳までは全員学校へ行かないといけないって、すごい制度。貴方の世界ではきっと皆能力が高いのね」
「うーん、どうかな……? あと、皆が行きたくて行っている訳でもないんだけど、ね」
「……私からすると羨ましい話だけど。テレスは学校がないから。王都でもお金持ちしか通えないみたいだし」
「わたしは別に行かなくてもいいかなー。このままがいいし!」
エリネが横からそんなことを言った。ドヤ顔で言うようなことでもない気がするんだけど。
とはいえ、エリネが真面目に勉強する姿が想像できない。机に突っ伏し涎を垂らしながら寝ている光景が頭に浮かぶ。さすがに失礼だろうか。
「あはは……。シアは学校で勉強してやりたいことがあるの? さっき羨ましいって言ってたけど?」
「そうね……。調合の心得があるから、それを活かして将来小さいお店を持ちたいとは考えてる。そうなると文字の読み書きができるようにならないといけないし、お金の扱い方も学ばないといけない」
文字の読み書きぐらいは、ぼくが教えてあげることができるかもしれない。けどお金の扱い方は――経営という意味かな、それは確かに分からない。そういうのはどういったところで学べばいいんだろう。独学だと難しいだろうし。
「まあ、そこまで深く考えてたりはしないんだけど。テレスでこのまま、も悪くない」
シアはそう言って、ふうと息を吐いていた。でもテレスにこのままいるとなると、伴侶がいないといけないんじゃなかったっけ。
「伴侶がいなかったら、二十歳でテレスを出ないといけないらしいけど。……相手がいるの?」
「…………そうだったわね…………」
ぼくの台詞に一瞬固まり、途端に顔色が悪くなったシア。――もしかしなくても、忘れていたんだろう。余計なことを言ってしまっただろうか、と頭を抱えているシアを見て思う。
ちなみに、シアは一五歳。あと五年以内にどうするか決めないといけないはずだ。
「……シアは、気になってる相手とかいないの?」
少し聞こうか聞かまいか迷ったけど、思い切って聞いてみた。まあしきたりを忘れていたぐらいだから、恐らくは――。
「いない。少なくとも集落の中には。……そういうエリーはどうなの」
「……えーと、それはわたしに訊くよりも……」
急に話を振られ少し驚いたけど、考えるまでもなくこれはぼくのことではない。目線を横に逸らし、エリネの方向へ。
「……ふぇ?」
「……そうだったわね。うっかりしてた。……で、どうなの。エリネ?」
「…………い、いないよ!? そんな相手!!」
エリネは大きく手をばたつかせ、何故か大声で返した。何をそんなに慌てているのだろう?
「……エリネ? 貴方、もしかして……いるんじゃないの?」
「い、いないってば!」
「ふうん……。そうね、例えば…………ウィルがそうだったりとか」
「ちちち、違うってば! そんなことないよ!!」
エリネは大声で否定する。その顔は――真っ赤だった。シアは溜息をついて、エリネに諭すように語りかける。
「エリネ……貴方、その態度じゃそうですって言ってるようなものよ」
「……え、そうなの? エリネ……」
「だから、違うって言ってるのにー……」
ぼくの肩に座ったエリネは、目を伏せて下を向いてしまった。頬を赤らめるしおらしくしているその姿は恋する乙女――? 恋愛事の経験がないぼくが言ってもあれだけど。
「でも、よく誰か分かったね」
「エリネとよく一緒にいた相手って、ウィルぐらいしかいなかったから。……少しカマをかけたところもあったけど」
あの態度はそういうことだったのか。言われてからなるほど、と納得する。
興味が出たぼくは少し悪いとは思いつつも、踏み込んでエリネに聞いてみることにする。
「エリネ、いつからそういう気持ちになったの?」
「ち、違うよ……。本当にそういうのじゃないの! だって…………を見ただけで……」
「……え? 最後よく聞こえなかったけど、なに?」
「な、何でもない!」
エリネはそう言うと、ぷいと顔を横に向けてしまった。
エリネがウィルに気があるとは、思ってもいなかった。エリーの知識では、ウィルを兄のように思っていたはずだから。
そうなったのはぼくがエリーになって以降の、つい最近ということになる。
そういうことに全く興味がなさそうだったけど、やはりエリネも女の子なのだ。そういう感情が起こったとしても、何らおかしくはないだろう。けれど、それはいつからだったのだろうか。
ふとエリネとウィルが、そういう関係になったときの光景を想像してみる。エリネのあの性格上、ウィルはそれに毎日振り回されることになるだろう。容易に想像できる展開だ。
生活力がないエリネは、きっと苦労することになるだろう。シアに言われていたことだ。
生活力とは、いわゆる女子力の一つのことだ。まず、料理ぐらいは作れるようにはなって欲しいと思う。シアに相当しごかれることになるだろうけど。
ただ幼馴染みだったはずなのだから、どちらも相手の性格は良く知っているだろう。――だからきっと良いカップルになるのではないかと思う。
ウィルがエリネのことをどう思っているかは、分からないけど。
エリネとウィルがもし恋人同士となったら、いずれはそのまま結婚するのだろうか。――確か、この世界では一二歳から結婚できたはずだ。結婚をしようと思えば出来る年齢なのだ。
ウィルは十六歳、エリネは十三歳。歳は三つ離れているけど、人間の数倍の間を生きられるエルフ族にとっては僅かな誤差に過ぎないだろう。まあ元の世界でも数十歳の年の差カップルはよく聞く話だったから、三歳なんてどのみち大した差ではないのかもしれない。
でもエリネの想いをウィルに伝えるためには、ぼくが早々にこの体から出て行く必要がある。
いつまでも、エリネに辛い思いをさせる訳にはいかないだろう。
「早く、元に戻らないとね。エリネのためにも、わたしのためにも」
「え……う、うん……そうだねー……」
そう言うとエリネは俯いてしまった。心なしか表情も暗い。どうしたんだろうか。不思議に思ったぼくだけど、考える間もなくシアが口を開いた。
「それにしても、あのエリネがね……。で、あのウィル自身はどうなのかしら。気になっていそうな相手がいると思う?」
「うーん、どうかな? 女の子と一緒にいるところはほとんど見たことないかも」
「……あのウィルもウィルで……まあいい。何にせよエリネのままだとどうしようもない」
シアが初めに言おうとしたことは、よく分からなかったけど。結局のところは、ぼくが早くこの体から出て行かないといけないのだ。やはり早いうちにどうにかしなければならない。
ヴィーラさんと、何とか連絡を取れればいいんだけど。テレスへ戻ったら、対策を考えてみようか。
その後は、シアがエリネから根掘り葉掘り聞こうとしていたけど。エリネが答えになっていない返答をするばかりで、それは叶わなかった。
そんなやりとりを横目に、ぼくは何か心に引っかかりを感じていた。ウィルのことで何かを忘れているような――。その原因を頭の中で探ってはみたけど、答えは見つからなかった。
次話掲載は10日(水)の予定です。
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