Chapter2-10 メイドさん
テレスに到着したのは、夕方前。ここまで同伴してくれたウィルにお礼を言って別れる。結局戻ってくるまで、あまり会話はなかったのだけど――。
真っ直ぐ家に戻る前に、報告のため長老の家へ寄った。
長老に事の次第を報告する。ぼくが宮廷魔術師になったことにはかなりの驚きようだった。そこまでしてもらうつもりはなかったのだが、とは長老の言葉。ぼくとしては長老への恩を返せると思っていたので、気にしないでくださいと言っておいた。
テレスから宮廷魔術師が生まれたのは、初めてのことだそうだ。王国との繋がりが直接あったわけではないから、そういうことが起こることはなかったようで。
(王都で派手にやったせいだろうなあ……)
話を聞きながらぼくはそう考えていた。ラッカスさんに目を付けられなければ、こういうことは起こりえなかっただろうし。
まああくまで宮廷魔術師は個別の関係で、テレスとは関係がない。――ないはずだよね。それは確認したし。まあ、師団の人はそれなりに出入りすることにはなるけど。
そういえば、出入りするにしてもその人らの一時的な滞在先ってどうしよう。さすがにエリーの家って訳にはいかないし。長老にそれを相談すると、集落内に一軒空家があるのでそこを使えばいいと提案してくれた。
翌日そこを見に行くことにして、鍵を預かり。長老の家をあとにした。
エリーの自宅に戻った後、エリーの両親にも報告。長老に話したときと同様で驚かれはしたものの「お祝いしなくちゃね」と言い出して、なぜかパーティーを開くことになった。宮廷魔術師になることは、めでたいことなのだろうか。
パーティーを開くとは言っても、普段とやることは変わらず。主賓であるはずのぼくもいつも通り料理の手伝いをして、いつも通りの質素な食卓だ。王都で食べる料理もいいけど、やっぱりこちらの方が合ってるかな、と思う。家庭の味ってそういうものだろう。
いつもと違うことと言えば、酒の瓶が出てきたことか。勧められたけどぼくは全力で首を左右に振った。また倒れてしまったら大変だし。
今日は元気のなかったエリネだけど、このときは少し笑顔を見せてくれていた。もしかしたら、体調がよくなかったのかもしれない。普段と違う場所にいて環境の差で、ということも考えられた。いつもがあれでも、体調を崩すときはあるだろう。
その後は、エリネと一緒にお風呂。そう言えばお風呂での一件以来、王都でも一緒に風呂に入ったし、今日も当たり前のように――。慣れ、とは違うような気がする。
王都の宿では迷わず女の大浴場へ向かっていたことに、今更ながら気付いた。ぼくの男としての意識は、一体どこに――。
頭が痛くなりそうだったので、ぼくは考えるのをやめた。
今はエリーなのだからそれでいいじゃないか、そう自分に言い聞かせた。
☆
翌朝。あの後は疲れが溜まっていたのか、すぐに寝てしまった。エリネも同じようだった。
そのエリネは今日はぼくの頭の上で寝ている、ということはなかった。代わりに胸の上にいたけど。何か重みを感じる、と思ったらうつ伏せで頬が胸に当たるようにして眠っていた。それも、すごく幸せそうな顔で。
その後のエリネ曰く、そこはベッドよりも柔らかかったそうだ。
エリネを起こしたあと身形を整えて、エリネにも着替えをしてもらう。
机に目をやると、エリネが着られるサイズのフリフリな服が五着ほど並んでいた。デザインはエリーの服にかなり似ている。エリネは目を輝かせて、どれを着ようか迷っているようだった
ちなみにこれは、ぼくが用意したものではない。
王都へ出る前に聞いて知ったのだけど、エリネは着替えというものを持っていなかった。手持ちは初めから着ていた白いワンピースのような服だけ。強いて言うと、下着すら着ていなかった。それは色々とまずいだろうという話をしていたら、フィールが作ってくれるかもとエリネが言い出したのだ。
どういう意味だろうと思いエリネに尋ねてみると、なんとエリーの服はほぼ全てがフィールの手縫いのものだったことを知った。フィールはすごい裁縫技術を持っているらしい。なのでエリネに合う服や下着も作ってくれるんじゃ、とのことだ。
それをフィールへ聞きに言ったら、二つ返事で了承してくれた。そして手早くエリネの採寸をして「帰ってくるまでにいくつか作っておくわね」と。
それにしてもわずか二日程度でここまで作るとは――。フリフリも細かいところまでしっかりと縫いこまれているようだった。
「折角だから、同じ服にしようよー! 確か同じのがあったはず!」
エリネがとある服を持って、そんなことを言う。そのデザインの服は見覚えがあった。とても特徴的なデザインだから、忘れるはずがない。
衣装棚の中を探してみると、それはすぐに見つかった。
エリネの方の服は簡易的な作りだけど、エリーの服の方は構成パーツが多いようだ。着るのに若干苦労――エリネに聞きながら――して、ようやく着ることができた。
着ている間、エリネと色々話をしていたけれど。昨日とは打って変わって、普段の元気な様子だった。やっぱり昨日は体調が悪かったのだろう。
姿見の前にエリネと並んで立つ。
そこにいたのは給仕服を着たエルフの少女と、同じ服装の精霊。――ぼくとエリネだ。
足元まで長さのある漆黒のワンピースの上に、肩や裾にフリルのついた純白のエプロン。頭にはヘッドドレス。衣装棚で初めてこの衣装を見たとき、これを着ている姿を想像したけどそのイメージ通り、いやそれ以上だった。物静かな雰囲気の銀髪メイドと、活発そうな雰囲気の金髪メイド。対比する二つの存在だけど、どちらも衣装にとてもよく合っているように感じる。
今までいくつかの服は着てきたけど、この服を着るのは避けていた。なんというか、恥ずかしかったのだ。だって、どう見てもコスプレにしか見えなかったからだ。
この服自体は、別に珍しいものではないようだ。王都での商業エリアで、似たような服で買い物をしている女性を何度か見かけたからだ。
ぼくのイメージ的には、その人らは大きな屋敷とかに雇われているメイドなんだけど。どうなんだろうか。
少なくともテレスでは、これを着ているエルフ族を見たことはない。
けどこうして着てみると、着る前に感じていた恥ずかしさはあまり感じなかった。コスプレっぽさが全然しないし、よく似合っている気がする。
そして何より、姿見に映る銀髪の給仕服の少女は――王都で見かけた、どの女性よりもかわいいと思えてしまった。
(いつも思うけど、まるでナルシストだよなあ……。けど、それよりも……)
ぼくは向き合いたくない現実へ直面する。昨日感じた男としての意識の欠落。そして今着ている服に対しても恥じらいがなくなっていること。エリーの体に、自分の精神が引っ張られてしまっているような、そんな気がしてならない。
エリーのために、恥ずかしくないよう女として過ごしてきたけど。思い返してみると、意識せず女として行動している、そう思い当たる節がいくつもあった。一か月少々しか経っていないのにも関わらず、女として生活していることが当たり前となってしまっている自分がいた。
それはまるで自分が自分でなくなってしまうような――。彼方がエリーへと書き換わってしまうような。そんな感覚に、ぼくは恐怖を覚えた。
(ヴィーラさんに古文書解読の進捗具合を聞いておきたかったなあ……)
ぼくが元の世界に戻るための手段は一つ、精霊術。現状での頼みの綱は、ヴィーラさんの古文書解読だ。そんな中で、王都で会うことが叶わなかったのは痛かった。あれから進捗は一切聞かされていないし。
(もし古文書解読が上手くいかなかったら……ずっとこのまま……?)
考え付きたくないところまで発想が及んでしまう。
一刻も早く元の世界へ帰りたい、という気持ちなのはここへ来たときから変わらない。
けど一方でこの緩やかな時間の流れで生活するのも悪くない、という気持ちが僅かにあるのも、事実だ。
このままだとぼくは、一体どうなってしまうんだろうか――。
「……リー、エリー? 聞いてるのー?」
気が付くと、エリネがぼくの前にいて。
どうやらそれすら気付かないほど、かなり深く考え込んでしまっていたらしい。
「あ、ごめん。なんだった?」
「大丈夫ー? 顔色が悪いよー?」
そう言うとエリネは心配そうに顔を覗き込んでくる。顔に出てしまっていたようだ。
ぼくが元に戻れないことになってしまった場合、エリネもそのままということになってしまう。それはエリネにも迷惑が掛かってしまうことに他ならない。
――変な考えは持たずに、ヴィーラさんの古文書解読が上手くいくことだけを考えよう。
気持ちを切り替えて、表情を作り直した。
「……大丈夫だよ。それで、何かあったの?」
「うーん? お揃いの服だし、お父さんとお母さんに見せに行こうかなーって!」
「そうだね、折角エリネの服を作ってもらったから、お披露目だね」
エリーの両親に早速お披露目したところ、とても似合っていると褒められた。どうやら、この服はエリーがまだ一度も着たことがなかったようだった。
フィールは出来映えに満足していた様子だった。一方クレスタの方はと言うと、まるで姉妹みたいだなどと言っていた。
姉妹と言うには、些か身長差がありすぎる。服だけ見て言ってるんじゃ、とふと思ってしまった。エリネはなぜか嬉しそうにしていたけど。
そしていつも通り朝食を摂り、行き先を伝えてエリネと一緒に家を出たのだった。
テレスの門からほど近い場所に、目的の家はあった。外から見た様子では、エリーの家よりも一回り以上小さい。長老から預かっていた鍵を使い、ドアを開ける。
中を一通り確認したところ、広間とベッドが一つある寝室の構成だった。あとはトイレと風呂場。一人、頑張って二人が住めるぐらいだろうか。
広間には備え付けの台所があり、小さめの円形テーブルと椅子二脚、そしてソファ。寝室のベッドは、王都で泊まった部屋にあったベッドと同じ大きさだった。
暫く誰も住んでいなかったようで、埃が至る所にかかっていた。そのせいだろうか、空気が悪く埃っぽい感じがする。このままでは掃除が必要だろう。
一度エリーの家に戻り、掃除用具一式を持ち出してきた。――なんだか、本当に給仕服を着てやるようなことをするはめになるとは。
「何か手伝うことないー?」
エリネの方を見ると、手に持ったはたきをブンブンと振り回していた。そのはたきは、エリネでも扱えるような小さなサイズのものだった。いつの間にそんなものを準備していたんだろうか。
折角エリネが手伝ってくれるとのことなので、ぼくでは背の届かない広間の天井付近の埃を落としてもらうことにした。
埃は上から落としていく、と言うのは掃除の鉄則だ。年の瀬に家の大掃除を手伝ったとき、母親から聞いたのを覚えている。掃除そのものは、普段から部屋の掃除はまめにしているので、手順は理解しているつもりだ。
エリネが掃除をしている間は、ぼくはお風呂やトイレの掃除。先に寝室のベッドの布団とかの埃を落としたかったけど、この体では布団を持ち上げるのは無理だった。誰かに手伝ってもらうしかないだろう。
掃除を進めているうちにエリネの方が先に終わったとのことなので、寝室の天井も同様に埃落としをしてもらう。ぼくは広間の床の掃き掃除。
一区切りついたところで、クレスタが昼食に呼びに来てくれた。呼びに来たついでで申し訳ない気がしたけど、お願いして予め外に用意しておいた干し台に布団を掛けてもらった。
昼食後に再び戻って掃除。広間と寝室の拭き掃除まで済んで大体綺麗になっただろうか、と言うところで。外に干しておいた布団の存在を忘れていた。疲れたーと言って、エリネはソファに座り込んでいた。十分手伝ってくれたし休んでいてもらっていいだろう。
さて、布団の前。布団の埃を落とすために、布団叩きでもしたいなあと思ったのだけど、元の世界でよく使うアレはないようだった。
代わりにその辺に落ちてる木の枝でも、と思ったけど尖ってる部分もあるから布団を痛める可能性がある。それ以前に腕力がないし、ろくに叩くことはできないだろう。
あれこれ考えて考え出した方法は、魔術だ。風をうまく使えば布団叩きの真似事ができるんじゃないかと考えついたのだ。やり方は、あのときエリネが使ったのを参考にする。ただし、威力は布団を痛めないよう可能な限り絞って――。
「突風」
ぼくが魔術を発動させると、布団がパアンと良い音を立てた。その周りには、布団から出たであろう埃が舞っている。思っていたより埃の量が多く、それを鼻で吸い込んでしまったのかくしゅん、とくしゃみが出てしまった。
何はともあれ上手くいったようだ。いちいち口で発動させないといけないのが面倒だけど、布団を痛めることなく布団叩きができる手段を身に付けた。なんかニッチ使い方な感じがするけど、魔術はこういう使い方もあり、だろう。
パアン、パアンと布団からリズムよくはたく音が、周りにこだまする。
数十回ほど続けただろうか、もうそろそろ良いかなと思っていたところで。後ろから誰かが近づいてくる足音が聞こえたので振り向く。そこに居たのはウィルだった。腰には剣を携えている。
「何か音がすると思って来てみたら……エリーか」
「あ、ウィル! どこか行ってたの?」
「ああ、訓練が終わって戻ってきたところだ。……エリーはここで何してるんだ?」
ぼくは経緯をウィルに説明する。ウィルは話を聞いてくれてはいるけど、相変わらずちょっと目線を外してぼくの方を見てくれない。昨日のままだ。なんで、目を合わせてくれないんだろう。
「なるほどなあ。で、布団叩きをしていた訳か」
「うん。……あ、悪いんだけどこの布団を中に運んでくれない? わたしじゃ持てなくて……」
「ああ、いいぞ」
よっと、と言いながらウィルは布団を軽々と抱える。クレスタもそうだったけど、やはり男ならこれぐらいは楽に持てるのだろう。エリーは体力も力もないから――。まあ、仕方ない。
家の中まで運んでもらう。寝室へ向かう途中横目でソファに目を向けると、エリネはソファで寝ていたようだった。きっと疲れたのだろう。起こすことはせずそのまま寝かせてあげることにした。
そして寝室のベッドに置いてもらった。ちなみにシーツは洗濯するために持ち帰ってある。まあ、シーツぐらいは自分でセットできるし大丈夫だろう。
「ありがとう、助かったよ」
「ああ、これぐらい大したことないぞ。……なあ、その服って」
「あ、これ? エリネとお揃いのを着てるんだけど……。変かな?」
ウィルはそう言って、チラチラとぼくの方を向いてはまた視線を外すの繰り返し。
ウィルも王都でこの服を来た女の人を見ているはずだけど、それをぼくが着ていたらおかしいと感じるかもしれない。テレスでは誰も着ていないしね。チラチラ見ているのは不自然だろうから、かな。
「いや、そんなことはない。……その、似合っててかわいいと思うぞ。…………じゃ、じゃあ俺は帰るな」
「あ、う、うん。ありがとうね」
ウィルはぼくの方を見ずに、早足で帰って行ってしまった。思いもよらない言葉を聞かされたぼくは、ボーッとその模様を見届ける。
ウィルに似合っている、かわいい、と言われたとき。エリーの両親やヴィーラさんなどから言われたそれのときと比べて、また違った感情が湧き上がってきていたのを感じた。それは、嬉しいと言う気持ち。何でそんな気持ちになったのか、ぼくにはよく分からなかった。まあでも、褒められて嬉しいと思うのは何もおかしいことではないだろう。
なんとも言えない気分のまま、広間まで移動する。ソファではエリネが気持ちよさそうに眠っていた。それを横目に椅子へと座る。
そういえばこの家には師団の誰が来るんだろうなとか、仲良くなれればいいなとかそんなことを考えていると。じきにエリネが目を覚ました。目を擦って眠そうにしているエリネに対し、掃除が全部終わったことを伝える。途中で寝てしまったことを謝ってきたけど、もうほとんど終わっていたから気にしないでと答えておいた。
家の戸締まりを確認して、ぼくたちは家をあとにしたのだった。外はもう日が暮れ始めて、オレンジ色の空が木々の隙間から見え隠れしていた。
次話掲載は7日(日)の予定です。
2日に活動報告の方で番外編を掲載しました。よろしければ、ご覧ください。
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2016/08/06 掃除パートを加筆修正。服装を加筆修正。