Chapter2-09 目覚めて……
「う……ん」
目を開けたぼく。ここはどこだろう。柔らかいものの上にいる。――どうやらベッドっぽい上にいるようだ。
というか、なんで寝てたのだろう。記憶があやふやになっている。
記憶を思い返す。たしかお風呂に入った後は、レストランでご飯を食べていて。酒を飲んで、気分が悪くなったからトイレに行こうとして――そこからの記憶がない。
体を起こして周りを見てみる。場所は、昨日ぼくが取った宿の一室だ。体を見ると、昨日と同じ服を来ていた。視線を横に向けると、窓の方面を向いて座っているエリネがいた。
「エリネ?」
声をかけたけど、エリネからは返答がない。というか、反応が全くない。もしかして、座ったまま寝ているんだろうか。
「エリネ? ……エリネってば!」
「……あ、お、おはようー! ようやく起きたねー」
もう一度呼んでも反応がなかったので、背中をトンと軽く叩いてみる。ようやく反応を示したエリネ。
ぼくは昨夜何があったのか、エリネに尋ねてみる。
「えっと、昨日の夜に何があったのか教えてほしいのだけど」
「き、昨日ー? ちょっと分かんないかなー? わたしも寝ちゃったみたいで」
どうやらエリネも分からないようだ。となるとあとはウィルだけど。部屋の中にはいなさそうだった。
部屋を見渡したとき、床に枕が落ちていたことに気付いた。何かの弾みで落とした、にしてはベッドから距離が離れすぎている。なんで、あんなところにあるのだろう?
ベッドから起きて全身を確認する。うーん、この服のまま寝てしまったからか、少し皺がよってしまったようだ。スカート部分がとくに顕著だった。とはいえ替えの服は持ってきていないし、どうしようもない。
自分の髪とエリネの髪に櫛を通していると、部屋のドアが開かれる。入ってきたのはウィルだった。
「ウィル! どこ行ってたの?」
「よ、よおエリー。起きたのか。……早く目が覚めたから朝風呂に行ってたんだよ」
「……どこ向いて喋ってるの?」
ウィルは何故かぼくの方を向かずに、明後日の方向を向いて喋っていた。
「こ、これはだな……。寝違えて首が痛くてな、この方向なら痛くないんだ」
「そうなんだ……。ところで、昨日の夜何があったのか、教えてほしいのだけど」
「き、昨日の夜か!?」
ぼくの問いに対して、何故か素っ頓狂な声を上げるウィル。突然どうしたんだろう。
「……? そうだけど……全然記憶がなくて」
「あ、ああ……。エリーが突然倒れてな、俺が部屋まで運んでベッドに寝かせたんだよ。たぶん酒に酔ってしまったんだと思うんだが」
「……そうだったんだ」
なるほど、昨日の記憶の途切れ方を考えると酔っ払って倒れてしまった、というのが真相のようだ。ウィルがわざわざ運んでくれたらしい。
ウィルに、また迷惑をかけてしまったようだ。
「ごめんなさい、迷惑をかけて……。わざわざ運んでくれてありがとう」
「い、いや、いいんだよ……。それより体調は大丈夫なのか」
「……うん、気分も悪くないし大丈夫だよ」
昨日のレストランで感じた気分の悪さは、すっかり治っていた。たぶん、酒が全て抜けたのだろう。
どうやら、この体は酒にかなり弱いみたいだ。飲むのは控えた方がいいかもしれない。今回はウィルが居たからよかったものの、自分だけだったらどうなっていただろうか。
「そういえば、あそこに枕があるのが気になるのだけど……」
「あ、ああ。俺がそこで寝てたからだ」
「え……どうして? ベッドの上で寝なかったの?」
「……それは……」
ウィルが口を噤む。明後日の方向を向いているけど、表情は何か言い辛そうな、そんな顔をしていた。ぼくはその顔を見て、ウィルがそうした理由を推測した。
――そうか、倒れてしまったぼくがゆっくり眠れるように、わざわざ気を遣ってくれたのかもしれない。言い辛そうな表情をしていたのは、そのせいだろう。エリーのせいで、なんて面と向かって言えないだろうし。ウィルの心遣いに対して、ぼくから感謝を伝えるべきだろう。
「そっか、わたしが眠れるように気を遣ってくれたんだね。ありがとう……迷惑掛けてばっかりだね。……もしかして寝違えたのもそのせいなんじゃ……」
「あ、いや…………そ、そこまで気にしなくていいからな。寝違えたのは……たまたまだ」
ウィルはそう言って、ぼくから顔が見えない方面へ向いてしまった。ぼくは心の中でウィルに感謝をした。
そのとき、突然お腹がぐうと鳴った。――そういえば昨日の夜、中途半端に少ししか食べていなかった。お腹が空いても仕方がないだろう。
「お腹減っちゃった。……朝ご飯食べに行かない?」
「あ、朝飯か……。す、すまん、実はエリー達が起きるのが遅かったから、我慢できずに先に食ってしまったんだ」
「そうなんだ……。じゃあ、わたし達だけで行ってくるね。エリネ、行こう」
「う、うん」
「おう。気を付けてな」
そんなわけで、ぼくとエリネはレストランへと向かったのだった。
レストランで朝食を食べたのだけど、エリネはどこか上の空というか、何かを考えているような様子だった。エリネにしては珍しい――さすがに失礼か。ともかく、こちらから話してもあまり反応がないし、ご飯もあまり食べていなかった。
途中、何かぼくに言いたそうな表情をしていたのが気になる。どうかしたのか、と聞いてみたけど何もないよ、と返事をするだけだった。本当に、どうしてしまったんだろう。普段の活発なエリネからかけ離れた様子に、らしくないなとぼくは思った。
そして部屋に戻り、荷物をまとめて宿をあとにした。
料金が高い宿だったけど、早々に寝てしまったぼくは料金分を堪能し切れなかったのが残念だ。ただ大浴場は――お姉さん達に絡まれたこと以外は申し分なかった。次回王都へ来たときは、他に候補がなければもう一度ここに泊まってもいいかなと思ったのだった。
さて、まだ時間は朝だ。このまま真っ直ぐテレスへ帰ったら、昼過ぎには着くだろう。ただ、折角王都まで出てきたのだから、少し買い物をしたい。前と同じで昼より前に出れば、夕方前にはテレスに戻れるだろう。
ぼくはウィルとエリネに寄り道してもいいか尋ねたところ、別にいいとの返事をもらった。
王都の通路は朝から相変わらずの人の多さだったけど、ウィルは昨日みたいに手を繋ごうという提案はしてこなかった。
真っ直ぐ前を見て歩かないウィルに不安を感じたぼくは、少し強引に手を引っ張って先導することにした。ウィルは慌てたように何か言ってきたけど、あのままでは離れ離れになってしまうことが目に見えていたし。ぼくは迷子になったら大変だよとウィルに言い、目的のお店までウィルを引っ張っていくのだった。
初めに寄ったのは雑貨の出店だ。以前リアのお土産を買ったお店だ。あれのお陰でリアが助かったので、今度は子供達全員分を買っていこうと考えた。幸いお金には余裕があるので、三つ買ったところで懐には大したダメージにはならないだろう。
前と同じ、スプレだったか。あれのチャームがないか探していたところ、店主から声を掛けられた。
「何をお探しかね、お嬢さん」
「あの……スプレのチャームを探してるんですけれど」
「ああ、あれはもうないなあ。こういうのは一点物で同じものはないんだよ」
「そうなんですか……」
同じものを買おうとしていたのに、どうやら手に入らないようだ。
店主の話によるとこういったチャームには幸運の効果以外にも、魔力によって様々な効果が付与されているようだ。
ぼくは店主に相談しながら、三人それぞれに良いと思われるものを選んだのだった。
その後、とあるお店に寄ってとあるモノを買い。道中の昼食を調達して、ぼく達は王都をあとにした。
テレスまでの道中は、何度か魔獣と遭遇したけど。ウィルがすぐに片付けてくれたおかげで、ぼくとエリネの出番は一度もなかった。王都へ向かうときにちらっと考えていたことが、現実となってしまったようだ。
どう考えても、この前のウィルとは動きが違うのだけど――。ウィルは訓練の成果だと言っていたから、きっと血の滲むような訓練を行ったのだろう。ぼくは尊敬し、それを当のウィルに言ったところ「そ、そうか」と言い顔をあちらの方面へと向けてしまった。
けれど、ウィルと話したのはそれぐらいだ。宿を出てからもあまり会話がないし。そもそも顔を合わせてくれない。エリネも今朝からあまり喋ってくれない。普段なら、色々と横やりを入れてきたりするのだけど。
一体どうしたんだろう。もしかして、ぼくの寝ている間に何かあったのだろうか? とは言っても、それならエリネは関係ないはずだ。エリネも昨夜は寝ていたって言ってたし。
原因もよく分からず、微妙な雰囲気のままぼくたちはテレスまで足を進めるのだった。
次話掲載は4日(木)の予定です。
(8/2追記)活動報告の方で番外編を掲載しました。
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