Chapter1-01 エルフの集落と緑髪の少女
ウィルと並んで森林の中を歩き進む。もうこの男に警戒する必要はないだろう。改めて先ほどの光景を思い出す。
魔獣を倒した時の非科学的――まるで魔法のよう――な光景。ゲームやアニメにしかなかったようなものが、この世界には存在する。エリーは、それを使うことができるようだ。
そう考えると、エリーが武器らしいものを持っていなかったのも、納得がいく。あれがエリーの戦う術なのだろうと。
右手を前に出し、人差し指に目をやる。そこにあるのは、宝石が割れてしまって不格好になった指輪だ。
何故宝石は割れてしまったのだろう。それと同時に消えた精霊。
二つに何か関係があるのだろうか?
「ん? その魔術具、壊れてしまったのか」
「……さっきまでは壊れていなかったんだけどね……」
「それがないと困るだろ。魔術発動に余計な魔力が必要になったりするしな。早めに直した方がいいぞ」
「……そうだね」
この指輪は魔術具と言うらしい。
とりあえず適当に返事をしておいたけど、ないと困るとはどういう意味だろう。余計な魔力? 意味が分からない。
ぼくに指示を出してくれていた精霊は、もういない。会話そのものはできるので、指示を受けていた口調になるべく似せて話している。
それと気付いたことがある。本来ぼくが持ち合わせているはずのない知識があるのだ。知らないはずの知識がすっと頭に思い浮かぶ、そんな感覚だ。ウィルに関する知識が出てきたおかげで、会話はスムーズに行えている。
ちなみにウィル――ウィレインが本名――は一六歳で、家族は母だけらしい。エリーはウィルを、兄みたいな存在としてみていたようだ。
以降は魔獣に遭遇することもなく、体感で一時間ほど歩いた頃。長い坂の下に向かって、木々の間に囲まれた集落が見える場所へと辿り着いた。
(きれいだ……)
思わず立ち止まって集落を眺める。大小さまざまな木の家が、いたるところに建っている。当然ながら日本式建屋などではなく、屋根瓦などない。それらは地面にあるものもあれば、中には巨大な木の、とても太い枝の上に建っているものもあるようだ。奥には畑や、放し飼いの羊のような動物がいた。近くには家畜小屋のようなものもある。
「あっ。ウィル待ってよ!」
ウィルが先に行ってしまっていたので、慌てて追いかける。
「ああ、悪い悪い。止まってるとは思わなかった」
ウィルはそう詫び、再びぼくと歩きだした。
長い坂を降りたその先には、木でできた柵のような門と扉があり、扉の横には剣を携えた若い男が立っていた。茶色の長髪で、目は黒色。耳は、やはり細長い。服は、ウィルと同じような革の鎧を着ている。
「無事戻ってきたようだね。魔獣はどうだったんだい?」
「ただいま。三匹いたけど問題なく倒したよ。二匹はエリーがやってくれた」
「そうか……。エリーちゃんはさすがだね」
「ただいま、オルさん。オルさんもお疲れ様です」
名前はオルステイン、皆からはオルと呼ばれている。テレスの門番の一人。性格は穏やかでのんびり屋。家には奥さんと娘さんがいる。知識から得たこの男の情報だ。
性格が穏やかでのんびり屋って、それで門番が務まるのだろうか。少々心配な感じがするけど。
門を開けてもらい集落の中へ入る。
――テレス。わたしの生まれ育った集落。
ここがテレスという場所らしい。エリーは、自分のことを「わたし」と呼んでいたらしい。
今のではっきりしたけど、これはエリーそのものの知識だ。何でこれがぼくにあるのかは分からないけど――。
ぼくは今エリーの姿なので、自分をそう呼んだ方がいいだろう。
集落の中を進んでいくと、前方から緑髪の少女がこちらへ向かってきた。近づくとウィルが手を上げて話しかける。
「よお、シア。どうしたんだ」
「ん……ちょっとエリーに用事」
緑髪の少女は、言葉少な気にそう言った。あまり表情が動いていない。
「そうか、じゃあ俺は家に帰るな。エリー、疲れてるみたいだから早めに休むんだぞ」
「うん……わかった」
ウィルはそう言いながら、別の方角へ歩いて行った。そして、この場には緑髪の少女とぼくが残った。
名前はフェルシア。シアと呼んでいる。わたしより身長は一回り大きい。言葉は少ないけど頼れるお姉ちゃんだ。
というのが緑髪の少女の情報だ。確かにエリーの身長より高い。目測だけど、ぼく――カナタの身長より僅かに低いというぐらいだろう。
髪は緑のセミロング、目は髪の色と同じで、ツリ目のせいか少し近寄りがたい印象を受ける。この少女の耳もやはり細長い。服装は、首から足元まで隠れる薄い緑のローブを羽織っている。
シアを観察していたところで、シアが話かけてくる。
「エリー。頼んでいた薬草、採ってきてくれた?」
「薬草…………ごめん、忘れちゃってた……」
「そう……。まあエリーのことだから、どうせいつものことね」
「あはは……」
咄嗟に忘れていたと言い訳をしたけど、この反応を見るにエリーは普段からこんな感じなのかと想像してしまった。
そしてシアが、そのツリ目で睨みをキツくさせてくる。怖い。もう一度謝っておいた方がよさそうだ。
「ご、ごめんなさい……」
「……いい。次は、忘れないで」
「……うん」
何とか許してもらえたようだが、シアの視線がキツい。内心汗だくで何とか視線に耐えていると、ふいに視線が緩み、少し不思議そうな表情を浮かべる。
「……疲れていると言っていたけれど。何かあったのかしら」
「うん。ちょっと動き回っていたから疲れちゃって」
「……そう」
ウィルに続けてシアにも言われてしまった。何か、そういったものが表情に現れてしまっているのだろうか。
「……っ!?」
シアが突然驚いたような顔をしてこっちを向いている。何があったんだろう?
「シア、どうしたの?」
「……なんでもない。疲れているなら早めに家に帰った方がいい。こっち」
「うん」
シアが歩き始めたので、後ろを付いていく。先程は気付かなかったけど、シアは右手に細い木の棒を持っているようだ。棒の先端には青色の宝石が取り付けられている。歩きながらシアは話を進める。
「今日は……魔獣とは戦った?」
「うん。二匹に囲まれてて怖かったけど……何とか倒せたかな」
「……そう」
歩きながら返答しているけど、心なしかシアの睨みがキツくなっている気がする。相変わらずこの視線は怖い。
そう思っているうちに、歩んでいる先が集落の外れへ向かっていることに気づいた。エリーの家は――こっちだったっけ? そういえばまだ調べていなかった、とエリーの知識を探ろうとしたとき、シアが再び話しかけてきた。
「……どうやって倒したの?」
「えっと、灼熱の嵐……で」
「……そう」
そう答えるとシアの視線がより一層キツくなった、何か怒らせるような事を言ったかと不安になってきた。ありのままのことを言ったはずだけど。何が原因だろう。
そして集落の外れ、空き地のようなところに辿り着いた瞬間、シアが振り返り右手に持った木の棒をこちらに向け、鋭い視線を放ちこう言った。
「あなた……エリーじゃない。あなたは、一体誰?」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。
-----
2016/05/07 全体を改稿
2016/05/11 全体(表現・描写)を改稿
2016/06/23 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。
2016/07/07 ウィレインの年齢を一七歳から一六歳へ変更。度重なる変更ですいません。