Chapter2-07 宮廷魔術師
早く書き上がりましたので、予定より1日早くの掲載です。
「君が宮廷魔術師になって、テレスに支部を作るのだ。そうすればテレス周りを宮廷魔術師が巡回する理由付けになるだろう」
「テレスは王国に属してないという話がありましたけど、それでも大丈夫なんですか?」
「所属している宮廷魔術師が、たまたま国に所属していない集落に住んでいる、ということにすればいい。過去に例がない訳ではない。所属する魔術師自身が王国に住んでいる必要はないからな」
ラッカスさんはそう言うけど、そんなに簡単な話なんだろうか。あと、ぼくの一存で勝手に決めて、何かテレスに不利益なことがなければいいんだけど。
「わたしが仮に宮廷魔術師になってテレスに支部を作ったとして、テレスに何か求められたりとか、そういうことは起こり得ないんですか?」
「それはない。君自身には、月一回の宮廷魔術師団の会合に参加してもらう必要はあるが……。あと、王国の非常時には出てきてもらう必要がある」
「……王国の非常時とはなんでしょうか」
「そうだな、例えば大規模なテロ行為や、他国が王国に対して侵攻……早い話が戦争だな。そういったことが起こった場合は、事態の収拾を図るために参加してもらうことになるだろう」
「それは……」
ラッカスさんの話を聞いて、ぼくはかなり心に迷いが生じた。
つまるところ戦争が起きたときは、魔獣以外に対して魔術を使うことになる可能性があるということだ。
それが意味することは――人殺しだ。
さすがに、ぼくはそれはしたくない。我儘だと言われるかもしれないけど――。
「そういったこと参加させられる可能性があるなら、辞退したいと思います。人殺しに荷担することは、わたしはできません……」
「……ちょっと勘違いをしているのかもしれないが、何も最前線で活動して欲しいとは言っている訳ではない。後方の支援でもいいのだ。もちろん君の魔力だったら最前線でやってほしいのだが、無理に参加させるつもりはない。……そうだな、エルフ族だと治癒が使えるだろう。傷ついた者の治療をやってもらう形でもいい。うちはエルフ族は一人しかいないからな」
「……うーん」
ラッカスさんから妥協案のようなものを出されたけど、正直それを守ってくれる保証があるとは思えない。ラッカスさんが悪い人ではないとは思うけど、百パーセント信用に値するかと言われるとそうではない。
「……あまり気が乗らないという様子だな。……そうだな、それならば準所属ということでどうだろうか。これは正所属でないから拘束されることはないから、非常時も強制参加してもらうことはない。先ほどの月一回の会合だけは来てもらうことになるが。ただ、申し訳ないが正所属よりは報酬は少なくなってしまうのは了承して欲しい」
ラッカスさんから、さらに妥協された案が出された。この条件なら、ぼくが不利益を被るということはほとんどないだろう。報酬とかそんなことは考えてなかったのだけど、そういったものがもらえるらしい。
ここでふと思ったのは、そこまでしてぼくに宮廷魔術師になって欲しい理由だ。準所属というところだと、宮廷魔術師団側にはほとんどメリットがないように思える。
「あの、提案はありがたいのですが……。そこまでしてわたしに宮廷魔術師になってもらいたい理由って何ですか? わたしが言うのも何ですが、テレスのような辺境の集落は王国にとっては切り捨てても問題ないのじゃないか、と思ったのですが……」
「ああ、それはな……。エリクシィル君のような強大な力を持つ魔術師が王国にいる、と言うだけでも我々に取っては大きな力になるのだ。それはつまり、犯罪や他国からの脅威への抑止力に繋がるのだよ」
確かに理由にはなっているかなと思う。元の世界でも、国によって軍事力の云々でよくニュースになっていたような気がする。学校の授業でもそういうのを習った気がする。
けど、ぼくの力がすごく評価されているようだけど、そんなに凄いものなのだろうか。
でもそれって、どうやって他に見せつけるというのだろう。
「ウィルは、どう思う?」
「ん? そうだな、エリーが大丈夫と思うならいいんじゃないか。悪い条件じゃないと思うからな。……テレスにもそのままいられるんだろ?」
ウィルに尋ねてみると、そのような返答が。まあ、確かにそうだろう。かなり譲歩してもらったとは思う。あと、この件に関してテレスを離れる必要もなさそうだしね。
(エリネは……どう思う?)
(うんー? 別にいいと思うよー? エリーがいいと思うならそれでいいんじゃないかな?)
(そ、そうかな……)
エリネにも聞いてみたけど、なんというかいつも通りの答え方だった。というか、この体をエリネに返したら、宮廷魔術師団の立場を引き継ぐことになるんだけど。それはちゃんと考えているんだろうか――。
テレスというか、長老には普段からぼくに気を使ってもらっている。その恩に少しでも報うことができるのならば、ここは引き受けるべきだろう。
「……その条件なら、お引き受けしたいと思います」
「そうか、分かった。……細かい説明や確認は後で他の者に任すとして、早速顔合わせをしてもらおうか」
「分かりました」
そういうわけで、ぼくは宮廷魔術師団へと加入することになったのだった。準所属、という肩書き付きでだけど。
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顔合わせ先として連れてこられたのは、講堂みたいな場所だ。ざっと百人ぐらいは収容できそうなほどの、それなりの大きさがある。前方には壇が設置してある。
暫くすると、ぞろぞろと宮廷魔術師の衣装を身に纏った人たちが集まってきた。大体三十名ぐらいだろうか。男もいれば女もいる。基本的には人族だけど、一部猫耳の人もいるようだった。――一名ぼくと同じエルフ族がいるのも確認した。
皆一様にぼくの方をジロジロと見ている。少し、視線が痛い。ウィルは、後ろの方で待機してもらっている。エリネは、いつも通り肩の上だ。
全員が集まったようで、ラッカスさんが壇上に立ち、口を開く。
「皆、急に呼び出して申し訳ない。今回集まってもらったのは、新しい仲間を紹介するためだ。――エリクシィル君、こちらへ」
ラッカスさんに促され、横に待機していたぼくは壇上へ立った。エリネはぼくの横に付いてもらう。
「エルフ族のエリクシィル君だ。事情があり、準所属という形で我が師団へ加入してもらうことになった。驚かないで欲しいのだが、保有魔力に関しては師団内の誰よりも多い。――エリクシィル君、一言頼む」
団長の言葉に、集まった宮廷魔術師からザワザワと声が上がった。よく聞くと「そんな馬鹿なことがあるか」だの「そんなのありえないわ」など否定的な声が聞こえる。
団長が静かに、と場を制すとその声は聞こえなくなった。
ぼくはなるべく印象を良くしようと、頭の中で言葉を組み立てながら話始める。嫌な空気の中で所属したくはない。なるべく宮廷魔術師の人らと仲良くしたい。
初対面の人には丁寧に接しろ、と元の世界の亡き祖父に口を酸っぱくして言われていたことを思い出した。言われただけでなくけっこう指導もされたんだけどね。大人数の前で話すのは苦手だけど、勇気を出して口を開く。
「エルフ族の集落テレスからやってきました、エリクシィルと申します。今回、師団長の計らいにより、宮廷魔術師団へ加入させていただくことになりました。まだわたしは十三歳で、魔術に関しては初心者ですので、先輩方からご指導いただければ嬉しいです。色々ご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」
ぼくはゆっくりと喋り終えると丁寧にお辞儀をして、可能な限りの柔らかい笑顔を宮廷魔術師たちに向けた。
直後、様々な声が宮廷魔術師たちから上がった。まだ否定的な声はあるものの、それは少し収まったように思えた。どうやら、上手く話せたようだ。
気になったのは「かわいい」だの「妹にしたい」だの声が聞こえたことだ。――ぼくは深く考えないことにした。
しかし、その中でとある声が上がった。
「師団長、実力もよく分からない娘を簡単に加入させてもよろしいのですか」
「ああ、この間王都で起こった火柱と、森の方であった雷撃はこのエリクシィル君が一人でやったのだぞ」
ラッカスさんは即座に反論した。その言葉にまたザワザワと声が上がる。しかし、元の声の主は引き下がらなかった。
「しかし……自分の目で見てみないと納得がいきません」
宮廷魔術師団は、簡単には加入することができないと聞いている。今回のぼくの加入は、いわばラッカスさんのコネに近いものだ。それに対して納得が行かないという声が上がるのは、仕方のないことだろう。
「分かった。いずれやるつもりだったが、先にエリクシィル君の実力を試させてもらうことにしよう。それで判断してもらっていいだろうか」
「……それならば」
声の主はひとまずそれで引き下がった。けど、実力を試すってぼくは聞いていなかったんだけど。
「実力を試すって、一体何をやるんですか?」
「ああ、それは場所を移してから説明する」
ラッカスさんに聞いてみたものの、そんな返答しかもらえなかった。「では皆付いてきてくれ」とラッカスさんの声に、ぞろぞろと皆で移動することになった。ラッカスさんを先頭に、詰所を出て、街を離れてしばらく歩く。
途中、宮廷魔術師のお姉さんらから質問攻めに遭った。突然「かわいいー!」と言われて後ろから抱きしめられたのはビックリしたけど、この人たちは、ぼくのことを悪く思っていないようだった。
けどその中の一名からは、ただならぬ視線を送られていた気がする。はっきり言ってちょっと怖かった。うわごとのように「かわいい、かわいい……」と呟いていたし。
あのお姉さんには少し注意した方がいいかもしれない。
そして辿り着いた先は、開けた広大な土地。木も草もない、砂地だ。広さでいえばテレスがまるまる一つ分入る――いや、それ以上ありそうだ。
「さて、ここは我が師団の魔術訓練の場だ。エリクシィル君にはここで魔術の実力を試させてもらう。……なに、簡単なことだ。今行使できる魔術を加減せずに使ってもらうだけでいい」
「はあ……」
テレスにもあった魔術訓練の広場の数十倍もあるだろうこの場で、魔術を使ってもらうというのがラッカスさんの指示だ。
しかし、加減せずにというのは今までやったこともない気がする。流し込む魔力の設定を忘れて意図せず、というのはあったけど。自発的にフルパワーで魔術を使ったら、一体どうなるんだろう。
「手加減はしなくていいぞ。あいつらを黙らせるほどでかいのを見せて欲しい」
どうしようか考えていると、ラッカスさんが近づいて耳打ちをしてきた。
なるほど、威力を見せつけて認めさせるということか。
(どかーんとやっちゃいなよ! どかーんって!)
肩に座っていたエリネまでそんなことを言ってくる。関係ない立場だと思っているのか、高みの見物のようなところか。エリネに関係のない話ではないのに。
さて、何の魔術を使おうか。セオリー通りに、威力を考えて恩恵魔術を活用するべきだろう。幸いにして燃えるものがないこの場なら、火の属性を使っても問題なさそうだった。
暫く思案したぼくだったけど、元の世界のゲームに登場した”魔法”を真似てみることにした。イメージもしやすい。あと、きっと派手になると思うし。
「それじゃあ、行きます!」
ぼくはそう宣言して、精神を集中する。属性は火。対象はエリア全体にして、流し込む魔力も最大に。普段付いているリミッターを外す――制限解除。イメージは――爆発。
「大爆発っ!」
体から何かが抜ける――普段より少し多い気がする――感覚のあと、敷地の中心から一筋の赤い光が現れる。その次の瞬間、強烈な爆発音とともに炎が中心部から一気に広がりを見せた。ドーム型に広がったそれは、上空まで伸びているようだった。
地響きと共に炎の爆風に舞い上がった砂埃が、ぼくたちを襲う。目も開けられず、腕で目を覆った。
暫くして砂埃が収まり辺りを見渡すと、砂地だった場所は爆発の中心部から大きく地面が抉り取られていた。それはまるで、隕石が落ちて出来たクレーターのような光景だった。
言葉一つ出てこない一同。
ぼく自身もちょっとやりすぎたと感じた。意図したとはいえ、フルパワーで魔術を使うと、ここまで威力を出せるとは思いもしなかった。――ぼくがその気になれば、街の一つぐらいは楽に吹き飛ばせるのかもしれない。
ぼくは自身の能力について、改めて認識するとともに――少し恐怖を感じた。
そんな中、いち早く再起動を果たしたラッカスさんが、咳払いをして口を開いた。
「……どうかね、エリクシィル君の実力は。ちなみに魔術は初心者だと言っていたが、あれは本当だ。私が初めて会ったときは、まだ魔術に触れて十日ぐらいと言っていたが……それから一か月と少しぐらいしか経ってないはずだ」
ラッカスさんがそう言うと、皆からザワザワと声が上がる。その声は「本当かよ……」とか「俺より若いのに完全に負けた……」とか。講堂のときみたいな否定的な声は、ほぼ皆無だった。ぼくの加入に疑問を呈した人も、文句はないみたいだった。
しかし、ぼくはここで気付いてしまった。エリーに厄介ごとを残さないためにも、なるべく穏やかに目立たず過ごしていきたいと思っていたのに。それと逆行する行動を取っていた。場の勢いですっかり忘れてしまっていた。
魔術を使ったことで、何か面倒なことにならなければいいけど……とぼくは心から願うのだった。
次話掲載は28日(木)の予定です。
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2016/07/26 一部描写の追加修正、台詞の追加