Chapter2-06 二度目の王都
森林を抜け、街道を通って王都までやってきたのはお昼前だ。前回王都へ訪れたときと同じく、長老から預かってきた紹介状を門で見せて王都での目的を告げる。
ここで、前回と違ったことが起こった。
「宮廷魔術師団の詰所まで行くには、特別な許可が必要だ」
門番にこう言われたことだ。紹介状ではダメらしい。特別な許可とはなんだろうか。門番に聞いても教えてくれなかった。
どうしようかウィルと相談したけど、とりあえず時間も時間なので、腹ごしらえをしてから考えようということになった。
王都は相変わらず、人でごったがえしていた。さすがに一つの国の中心部と言うこともある。道幅は決して狭くないのに、人の往来でほぼ詰まってしまっている状況だ。――もしここで迷子になってしまったら、合流するのは至難の業だろう。
ウィルも同じようなことを考えていたようで。とある提案をしてきたのだった。
「すげえ人だな。…………な、なあ、はぐれないように……手を繋いで行かないか」
その提案にぼくは少し思案する。彼方としては男同士で手繋ぎというのは嫌悪感があるし、それを他人に見られるのも嫌だけど。今ぼくは女の子のエリーなのだ。他の男だったら嫌だけど、今まで一緒にいたウィルとなら別にそうは思わない。
そして何よりぼくとウィルが手を繋いでいても、はたから見れば兄妹にしか見えないだろう。背の大きさはエリネの背丈ぐらい離れているし、尚更そう見えるだろう。
ぼくはその提案に「いいよ」と返し、手を差し出した。ウィルはその手をじっと見て、どこか恐る恐るぼくの手を握った。
ウィルの手はぼくの手よりも一回り大きかった。年齢も性別も違うのだから当然だろう。
「じゃあ、行こっか」
この間王都へ来たばかりのぼくは、飲食店の場所を知っている。ぼくが案内してあげるべきだろう。ウィルの手を優しく引いて歩き出した。
途中、ウィルの歩き方がぎこちなかったのに気付いた。人の多さにでも酔ってしまったのだろうか。それとも、ぼくがちょっと早く歩きすぎただろうか。聞いてみたけど、ウィルの口からは要領の得ない答えしか出てこなかった。どこか上の空、そんな印象を受けた。
もしかしたら、テレスと王都との違いに驚いているのかもしれない。ここへ来る前、ウィルは王都へは小さいときに一度来たきりだ、と言っていたし。
そんなウィルのためにぼくはゆっくりと歩いて、知っている範囲で街の案内をしつつ足を進めるのだった。最初上の空で聞いていたウィルも、次第に楽しそうな表情をしてくれるようになった。
そうして行き着いた先は、飲食店が立ち並ぶエリアのとあるカフェ。ヴィーラさんに連れて行ってもらったお店だ。
店内に入り、ウェイトレスに案内してもらって席へ。壁にかけてあるメニューを見てみる。前回来たときと違い文字がほぼ読めるようになったぼくだったけど、結局注文したのは前回と同じパンケーキだ。
ウィルは文字が読めないようだったので、好みを聞いた上でぼくがいくつか候補を上げた。その中でウィルが選んだのはパスタだった。
エリネにも聞いてみたけど、ぼくのパンケーキを分けてくれればいいとのことだった。
ウィルやエリネと雑談をしていると、じきに注文した料理が運ばれてきた。先にウィルの料理。魚介のボンゴレパスタだ。皿に乗っているのは見たこともない虹色の二枚貝だった。あと、白身魚っぽいもの。
そういえば、魚介の類ってこの世界に来てからほとんど見てない気がする。ここから海は近いのだろうか――。
そう言えばふと気になったことがあるので、エリネに念話で聞いてみることにする。
(エリネ、何でテレスだと食事が野菜中心なんだろう?)
(んー? 特に食べなくてもいいから食べてないだけだねー)
(……それってどういう意味?)
エリネの説明を聞く限りだと、代謝が少ないというエルフ族特有の体質がある関係で、栄養をそこまで摂る必要がないからだとのこと。
話とこれまでの経験から、何だか食に対する意識が低いような感じがする。味付けに関する部分でもそうだ。食べる必要がないから、という理由で食べないのは少し勿体ない気がする。
そんなことを考えていると、ぼくの頼んだパンケーキも運ばれてきた。甘いいい匂いが漂っている。同時に運ばれてきた器に入った蜜をたっぷりとかけ、ナイフで切り分けフォークを使い口に運ぶ。蕩ける甘さに思わず顔が綻ぶ。
ウエイトレスから一本多くもらったフォークを使い、エリネも器用に食べ「甘ーい! おいしーい!」と感想を述べていた。どうやら気に入ってもらえたようだ。
極上の甘さのパンケーキに、ウットリしながら舌鼓を打つぼく。ふと気付くと、ウィルが食事の手を止めてぼくをじっと見つめていた。一体どうしたんだろう?
「ウィル? どうしたの?」
「……あ、いや、なんでもないぞ」
そう言うとウィルは再び食事を続けた。けど、しばらくするとまたぼくの方を向いて止まってしまった。もしかしてぼくの顔に何かついているんだろうか、聞いてみたけどそんなことないと返事が来るだけだった。
結局、ウィルはぼくが食べ終わるまで終始こちらをチラチラと見ていたようだった。一体、何だったんだろう?
腹ごしらえも済んだところで、棚上げしていた問題に取り掛かることにする。宮廷魔術師団の詰所までの行き方だ。
事前にラッカスさんから聞いていた話だと、宮廷魔術師団の詰所は宮殿に隣接していることが分かっている。
宮殿の見える方向までしばらく歩いていると、ゲートのようなところへ行きついた。そこには鎧を着て剣を地面に下した兵士が、行き先を塞いでいた。ちょっと怖いけど、聞いてみることにする。
「あの……この先へ行くのって許可がいるんですか? 宮廷魔術師団に用事があるんですが」
「この先は通行証がない者は通すことはできない」
兵士にそう言われてしまい、まいってしまった。特別な許可とは、通行証のことか。そんなものは当然持っていない。どう手に入れるのかすら分からない。
どうにかしてラッカスさんと連絡が取れればいいのだけど、残念ながら電話なんて便利なものはない。
ウィルにも聞いてみるけど、良い案は出てこなかった。
そしてあれこれ考えているうちに、ちょうどゲートを通ろうとしている人が一人。ふと、その人をよく見ると――。
「あれ、もしかして、あのときの……?」
「ん? ……おお、あのときのエルフ君か。どうしたんだい、こんなところで」
そこにいたのは、怪しげな風貌の男。シアが、ストーキングしていると勘違いしてしまった男だ。相変わらずの見た目に反して、やはり喋りは普通だ。
ぼくは事情を説明して、ラッカスさんと面会できないか尋ねてみた。男は話を通すからしばらく待っていてくれないかと言い、ゲートの中へ入っていった。
ゲートの外で待つこと数十分。ゲートの向こう側から豪華な馬車がやってきた。それはゲートの傍で止まり、中から出てきたのは――宮廷魔術師団長のラッカスさんだった。
「待たせてすまない。……連絡をもらえればテレスまで迎えに行ったんだが」
「ごめんなさい。それは分かっていたんですけど……早めに王都へ来る必要があったので。昨日決めて今朝出てきました」
「そうか。……失礼だが、そちらは?」
ラッカスさんはウィルの方を向いてそう言った。そうか、顔を合わせるのは初めてだった。
「こちらはウィレインです。わたしだけだと危ないとのことなので、一緒に付いてきてもらいました」
「……そう言えば、テレスの長老殿とそんな話をしていたな。ウィレイン君、よろしく頼む。……こんなことを初対面で聞くのは失礼だが、エリクシィル君とウィレイン君との関係は?」
「関係……ですか? えーと、ウィレインはわたしの幼馴染で……強いて言うなら兄みたいなものでしょうか」
ぼくがそう言うと、ウィルは何故かガクッと頭を下げた。
あれ、どうしたんだろう。やっぱり、体調が悪いんだろうか――。
「兄みたいなもの……か。そうか、分かった。ひとまず乗ってくれ。詰所まで案内しよう」
ラッカスさんの言葉に従い、ぼく達は馬車へと乗り込んだ。
馬車の荷台部は木製で、小さな窓が付いていた。中はそれほど広くなく、四名が座れる程度だ。座る部分も当然ながら木製だ。
馬車が動き出すと、振動がかなり伝わってくるのを感じた。はっきり言って乗り心地はよろしくない。シアが以前話していた通りだ。短時間ならまだしも、長時間これに乗るのは苦痛だろう。振動でお尻が痛くなってしまいそうだ。
馬車から見える街並みは、前回王都へと来たときのものとは大きく異なっていた。建物一つ一つの造りがかなり凝っている。言い方を代えると、お金がかかっていそうな造りだ。
ラッカスさんを待つ間ゲート前にいたのだけど、ここを通る人は皆身形がしっかりとしていた。恐らく、ここのエリアは身分の高い――貴族達の暮らす居住区エリアなのだろう。だからわざわざゲートがあったのだ。一般人は、たぶん入れないのだろう。
馬車の中で、ぼくの肩に乗っているエリネについてラッカスさんから質問を受けた。精霊の存在は知っているとのことだったけど、見るのは初めてだったようだ。
ぼくはエリネについて簡単に紹介した。魔術を扱う技術はぼくよりすごいと説明すると、かなりの驚きようだった。
詰所まではおよそ十分で到着した。巨大な城の外側にあるその施設は、城の造りと決して劣らない豪華な造りだ。建物の大きさから言うと、ぼくが子供の頃通っていた小学校ぐらいありそうだ。
馬車から降りて、ラッカスさんの案内を受ける。入口から長い廊下を抜け、とある部屋に通された。私の部屋だ、と言っていたから師団長の部屋のようだ。
案内され、応接用らしき椅子に腰を下ろす。隣にはウィルが、テーブルを挟んだ向かいにはラッカスさんが座る。エリネはぼくの膝に座ってもらうことにした。
「さて、エリクシィル君達にはわざわざ足を運んでもらって申し訳なかった。改めて礼を言おう」
「いえ、こちらも突然押しかける形になってしまって……」
そのとき、部屋のドアが二度ノックされた。ドアを開け入ってきたのは、宮廷魔術師に似た衣装を着た女性だ。ラッカスの着ているものと似ているけど、デザインが異なるようだ。チラっとその姿を見た限りでは、短いスカートを穿いていた。
女性の両手には銀のトレーに、カップが三つ。それぞれをぼく達のテーブルに置き、軽く礼をして部屋から出て行った。ソーサーの上に乗ったカップには紅茶が入っているのだろうか、茶葉の良い香りが漂っている。
「いや、それは気にしなくていい。ところで、先ほどは早めにこちらに来る必要があったとのことだが、何か他に用事があったのかね」
「そのことなんですが……」
ぼくはラッカスさんに魔獣の現状についての説明と、宮廷魔術師団に協力のお願いをした。ちなみに魔獣については数が多いのでどうにかして欲しい、ということしか言わなかった。
聖樹周りの話は伏せた方がいいだろう、と長老に言われているからだ。あの辺りはエルフ族の問題に当たるので、言わない方がいいだろうとのことだ。
「成程、話は分かった。……だが、現状では師団を動かすことは難しいだろう」
「……どうしてでしょうか」
「王国とあの集落……テレスの間に直接の繋がりがないということだ。王国に属してもいないテレスへ王族直属の師団を派遣する、と言うのは難しいということは想像すれば分かってもらえるだろう」
ラッカスさんの説明は最もだ。ぼくが懸念していたことがそのまま現れてしまったようだ。取引でテレスを訪れる商人達が困る、という話もしたけど、動かす理由としては弱いと言われてしまった。
そんな話は関係ないとばかりに、エリネはぼくの前に置かれたカップに移動して、中身を飲もうと四苦八苦していた。あちち、と声が聞こえてくる。――カップをひっくり返さないかちょっと心配だ。
「まあ、一つ方法があるにはあるのだが」
「……え、あるんですか?」
ぼくはラッカスさんに一体どんな方法があるのか、と尋ねる。ラッカスさんはカップに手を伸ばし、一口飲む。そしてテーブルに戻し、ぼくに真剣な眼差しを送ってきた。
「それは、君が宮廷魔術師団に所属することだ」
「……はい?」
ラッカスさんの答えは、ぼくの想像だにしないものだった。
次話掲載は26日(火)の予定です。
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