Chapter2-05 再び王都へ
翌朝。何か息苦しさを感じて目が覚める。けれど目を開けても、なぜか視界がない。どういうことだと顔に手をやると、柔らかい感触。それを掴みあげると――エリネだった。とても気持ちよさそうな顔をして、眠りこけている。
どうやら寝ている間に、ぼくの顔の上まで登ってきたようだ。一体どんな寝相の悪さなんだろう。
ふと、昨日の大丈夫だよというエリネの台詞を思い出した。まさかこれのことを意味していたのか――。
ちなみに、一昨日のエリネは実体化解除の状態で眠っていた。ぼくは別に一緒でいいと言ったのだけど、エリネがそうすると言って聞かなかったのだ。
エリネなりに色々遠慮していたんだろうか。とか思ってたけど、このことだったのかもしれない。
この寝相の悪さは、何か対策を講じた方がいいのかもしれない。このままだとそのうち窒息するんじゃ、と大真面目に考えるぼくがいた。
これだけ気持ちよさそうな顔をして寝ているのを起こすのもかわいそうだったので、ゆっくりとベッドに下してあげた。
そこからベッドを下り、身形を整え始める。この世界に来て一か月も経てば、もう慣れたものだ。エリーとして恥ずかしい姿を見せないように、普段から気を付けないといけない。
なおさらこれだけの美少女をだらしなく見せてしまうのは、ぼくの心理的に許せなかった。
――以前のエリーが普段どうだったかは、まあおいておく。それとこれとは話が別だ。
着替えも含め大体済ませたところで、まだ夢の世界にいるエリネの体をさする。そろそろ起きてもらわないとまずい。
「エリネ、朝だよ。そろそろ起きて」
「うゆー。もう食べられない……」
エリネの口からお約束すぎる台詞が聞こえてきた。精霊は食べなくても生きられるんじゃなかったのか。
食い意地が張ってるのは、良いことなのか悪いことなのか。
「エリネ、エリネ! 起きて」
「……うー? あー、おあよー……」
ようやく目を覚ましたエリネ。目をごしごしと手で擦っている。まだ眠そうな様子だ。
「大丈夫? 顔洗いに行く?」
「うんーそだねー……」
まだ半分夢の世界にいる判断したぼくは、井戸まで連れて行くことにした。肩に乗ってもらっていたけど、途中落っこちそうになったので結局抱きかかえる形で運ぶことになった。
抱きかかえている間「ぷにぷにー」と言いながら、ぼくのおっぱいを揉んでいたエリネ。寝ぼけているだろうから、仕方なく見逃してあげることにした。
顔を洗ったらさすがに目も覚めたようで、元気なエリネになった。
とりあえず部屋に戻り、エリネの髪を櫛でとかしてあげる。エリネが持てる大きさの櫛がなく、自分で櫛をとかすことができないためだ。まあ、このくらいぼくが代わりにやってあげればよいだろう。
エリネの髪もぼくと同じくサラサラだ。少しだけ寝癖のようにハネていたけど、櫛を通してあげるとすぐに元通りとなった。
朝食を摂り、エリーの両親に王都まで出かける旨を告げ、家を出る。今回は勿論エリネも一緒だ。
ぼくの服装は、いつもの服だ。もはやお気に入りの服と言ってもいいかもしれない。ぼくの今の生活はこの服から始まったのだから、思い入れも一入だ。あとは、背中に鞄。中身は、それほど入っていない。
集落の門まで行くと、またしてもオルさんが門番当番だった。まさかとは思うけど、門番って過酷勤務な仕事なのか――。そんな気がしてならなかった。オルさんには絶対言わないけど。この世界に、そんな言葉はないだろう。
まだウィルは来ていなかったので、オルさんと雑談をする。ミルのことでほんの少し話づらかったけど、何故か感謝されてしまった。エリーちゃんが指導していなかったら、また違う結末になっていたかもしれない、とオルさんから言われた。
どういう意味だろう。ぼくには理解できなかった。
オルさんなりに、ぼくに気を利かせてくれたのかもしれない。そう思うことにした。
他愛もない話をしていると、じきにウィルがやってきた。ウィルもいつも通りの服装だった。腰には、ウィル愛用の魔術具の剣が携えられている。
「よお、エリー。……待たせてしまったか」
「おはよう、ウィル。ついさっき来たところだよ」
なんだかどこかで聞いたことあるような会話だな、とふと思ったけど。よく思い出せない。何か引っかかる感じがしたけど、気にしないことにした。
ぼく達はオルさんにいってきますと挨拶をして、テレスを後にした。
☆
森林の中。なんだろう、会話が全くない。おかしいな、ウィルとは普通に話が出来ていたはずなのに。というか、ウィルから話しかけてくる気配が全くない。
並んで歩いているウィルをちらっと横目で見ると、真っ直ぐ前を向いて黙々と歩いている、そんな様子だった。
気になったぼくは、エリネに頭の中の会話で聞いてみる。
(ねえ、ウィルの様子ちょっとおかしくない?)
(うんー? まあ今日はあんまり喋らないよねー。もしかして体調が悪いのかも?)
――よく考えてみれば、ウィルはぼくの治癒で傷は完治しているとはいえ、あれだけの大怪我をしたあとなのだ。二日ほど休んだとはいえ、それも考えずにこうやって連れ出していることに、今更ながら気付いた。
不安になったぼくは、ウィルに尋ねてみることにした。
「ウィル、もしかして体調が悪かったりとかしない?」
「……ん? 突然どうしたんだ。そんなこと全然ないぞ」
ウィルはそう言うとニッと歯を出して笑顔を見せてきた。――本当に大丈夫なのだろうか。
「……そう? 怪我の治りがけで連れてきちゃったから、大丈夫だったかなって思ったんだけど……」
「あ、ああ、もう全快してるから気にしなくて大丈夫だぞ。……それよりもエリーの方こそいいのか」
「……わたし?」
ウィルは逆に心配そうにぼくの顔を見つめてきた。――何か心配されるようなことをしてしまっていただろうか。
「いや、色々あったようだから、その、気分はどうなのかと思ってさ」
ウィルはそう言うと、少し視線を逸らして横を向いた。――ウィルはぼくのことをわざわざ心配してくれているようだ。まあ今回の聖域絡みの件は確かに色々あったけど、エリネにも励まして(?)もらったし。気持ちの整理は付けたつもりだ。皆が無事だったことが大きいだろう。
「わたしはもう大丈夫だよ。……わざわざ心配してくれてありがとう」
ぼくはウィルに元気な様子を見せようと、笑顔を作ってそう言った。
「……っ! そ、そうか。それならいいんだ」
ウィルはそう言うとまた前を向いてしまった。無言で足を進めるウィルだったけど、何故か歩幅が大きくなっているようだった。ウィルはどんどんと前へ進んで行ってしまう。ぼくが遅れているのに気付いていない様子だった。
「ちょ、ちょっとウィル! 早いよ!」
ぼくがそう叫ぶと、ウィルはようやく止まってくれた。悪い、と一言謝ってくれたけど、振り向いたときのその顔は何故か少し赤かった。
やっぱり体調が悪いんじゃないかと不安になったぼくは、それから何度も聞いたけど、ウィルは大丈夫だ、問題ない、としか言ってくれなかった。
本当にそうなのかと納得が行かないぼくだったけど、当のウィルがそう言っているのなら仕方がない。諦めたぼくは、ウィルと並んで森を進むのだった。
**********
「氷結っ!」
「竜巻っ!」
ぼくの氷結の魔術、エリネの竜巻の魔術が、襲い掛かってきた魔獣に対して放たれた。
超低温の冷風が魔獣の体を包み込む。瞬時に体が凍りつき、氷の彫刻と化した魔獣。その次の瞬間、風の勢いが増しグルグルと渦を巻いて魔獣の体に襲いかかる。風のうねりに耐えきれなくなったその体は、粉々に粉砕されていった。
「タイミングぴったりだったねー」
「……上手くいったね」
ぼく達がやったことは、二つの魔術を重ね合わせる――擬似的な二重魔術だ。エリネが提案してきたので、やってみたのだ。
普通はよっぽど魔力の相性がよくないと上手くいかないそうだけど、ぼく達は一発で成功させることができた。ぼく達は色々複雑な関係だから、上手くいったのかもしれない。それはさておき、これを使えば戦闘の攻撃パターンに幅が広がるだろう。
とはいえ普通の魔獣ぐらいだったら、ぼくかエリネが使う魔術だけでも十分なのだけど。今使った魔術は、はっきり言ってオーバーキルもいいところだ。
「なかなかえげつないな、これ」
様子を見ていたウィルがそんなことを言った。そこに散らばっていたのは、魔獣だったものの凍った細切れ肉やらなんやら。当然ながら原型は留めていない。
凍らせたから、血が飛び散ってスプラッタな光景でないのが救いか。
暫くすると、少し離れた茂みからガサガサと物音が聞こえた。そこから現れたのは、先ほどと同じ狼タイプの魔獣だ。グルルと低い呻り声を上げている。
「俺がやる」
そう言って剣を構えたウィル。次の瞬間、驚くべきことが起こった。
「……え?」
思わずぼくは声を上げてしまった。ウィルが目の前から突然消えたのだ。どこに行ったのだろう、と周りを見渡すと。魔獣のいたところに真っ二つになった魔獣の体と、剣を下し立っているウィルがそこにいた。
「……ウィル? 一体何したの? …………ウィル?」
ぼくの言葉に反応せず、突っ立ったままのウィル。もう一度呼ぶとようやく反応した。
「ああ、すまんすまん。……少し考え事をしてた」
「そうなの……。動きが全く見えなかったからびっくりしちゃった」
「あ、ああ。……訓練の成果だな」
「そういうものなの……?」
ウィルとは一緒に何度も魔獣退治へ行っているので、ウィルの剣捌きはよく見ている。けど今のは普段と全く違っていた。そもそも剣捌き云々の前に、動きが全く見えなかったのだ。今まで、目で追えないほど早く動くようなことはなかったはず。
「そ、そうだな。……そうだよ、これはこっそりと訓練していた動作なんだよ」
「……そうなんだ」
疑問はあれども当のウィルがそう言うのであれば、そうなのだろう。ぼくは剣を全く扱えない。何かそういった特別な動作があるのかもしれない。剣の流儀もきっと色々あるだろうし。剣も持てないような素人が、口を挟むようなことではないだろう。
このあと二、三度ほど魔獣と遭遇したけど、現れた瞬間にウィルの剣の餌食となっていた。やっぱりその動きは全く見えなかった。
あれ、これは普段の魔獣退治でもぼくは用無しになるんじゃ――。そんなことを思いながら、王都へと足を進めるのだった。
次話掲載は24日(日)の予定です。
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