Chapter2-03 きみの名は
長老やシアとエリーについて話しているところで、一つ問題があることに気付いた。エリーとぼくとの関係だ。正確には、精霊となっているエリーをどのように扱うか、だ。
精霊のエリーを、そのままエリーと呼ぶわけにはいかない。別の名を付ける必要があるだろう。エリーと呼ぶととても紛らわしいのだ。実際話をしているときでも、どっちのエリー? といった具合に。
これから常に傍に居てもらうので、やはり識別ができるように――名がある方がいいだろうという話になった。
ちなみに、精霊族とも呼ばれることのあるエルフ族でも、精霊を常に連れ添わせるというのは極めて珍しいことらしい。精霊は気まぐれな性格の持ち主が多いため、行動を共にする精霊は前例がないとのことだ。
恐らく普通に付き添っているだけでも目立つだろう、とは長老の意見だ。エリー自身は実体化の解除もできるとは言っていたけど、ぼく自身はそうはして欲しくなかった。
一か月以上もそれで、エリーに寂しい思いをさせたという負い目を感じているからだ。どうせなら一緒にいたい。エリーと一緒なら、きっと楽しくなるだろうし。
あんまり目立つのは避けるようにはしたい、とは思うけど。
じゃあ、エリーに付けるのはどのような名が相応しいか、という話になったとき。何故かエリーは、キラキラとした目でぼくを見つめてきた。
――どうやら自分で考える気はないらしい。しかもぼくに決めて欲しいようだ。
ぼくは腕を組んで思案する。何がいいだろう。正直全く分からない。ペットの名付け程度ならともかく。そんな簡単な話ではない。
エリーは女の子だし、可愛い名にしてあげたいと思う。
暫く考え込んだ後、あまり元の名から外れるのもどうかと思った。少しだけ捻ってあげれば、いいのではないのか。
「……エリネって名はどうかな?」
ぼくはエリーに、その名を提案してみた。どこかで聞いた妖精の別の読み方、のはず。ほんの少しだけ考えたようだけど、すぐに顔をパアッっと明るくして――。
「いいね、いいね! エリネ! 今日からわたしはエリネだー!」
そう言ってエリーは、皆の周りをグルグルと飛び回った。長老やシアも、良い名だと思う、と言ってくれた。
そういうことで、今日からエリーをエリネと呼ぶことになった。エリーの名は、今まで通りぼくの呼び名だ。
名も決まったところで、残っていたぼくの懸念を伝える。子供たちのことだ。無事とは聞いているけど、やはり直接会って――と考えていたのだけど。それなら、とシアが全員呼んできてくれるそうだ。
わざわざそうしてもらうのも少し気が引けたけど「あなたの気が済まないのでしょう」と言われてしまい、何も言えなくなってしまった。
暫く待った後、シアが子供たちを引き連れてやってきた。どうやら情報通り、皆元気そうだった。一番心配していたリアも普段通りのようだった。
「……えっと」
子供たちを前にして、言葉に詰まってしまったぼく。皆に言わなければならない言葉があるのに、口から出てこない。そうこうしているうちに、先に言葉を発したのは――。
「ありがとう、エリーお姉ちゃん!」
緑髪の少女、リアだった。
リアがなぜ、ぼくに感謝するのだろう。
「リア、あれを出して」
固まってしまっていたぼくに、シアが横から口を挟んできた。
リアはどこからともなく金属の欠片を差し出してきた。
「エリーからもらったチャーム。何かの術が掛けられていたみたいで、魔獣から攻撃を受けたときに守ってくれたようよ」
ウサギ――スプレだったっけ。それを象ったチャームだったはずだけど、その面影はなく、ただの金属片へと化していた。
そういえば、身に付けている者に幸運をもたらす魔力が込められている、と購入した出店の店主から聞いた記憶がある。
「それが、身代わりとなってリアを守ってくれた……のかな」
リアは、魔獣の攻撃を受けたとき、何かがそれを弾いてくれたような気がした、と話してくれた。恐らく、それで攻撃を受けた割には怪我が少なかったのだろう。そして、気付いたらネックレスとして付けていたチャームにヒビが入っていて、触ったら砕けてしまったそうだ。
「これがなかったらと思うと……あまり考えたくない」
シアはそういってリアを抱きしめる。確かに、無防備な状態で魔獣の獰猛な爪で体を引き裂かれていたとしたら――。幸いにもウィルは助かったけど、リアだったらどうなっていたかは分からない。
「姉からとしてお礼を言うわ。ありがとう」
そう言ってシアはぼくに頭を下げた。
ぼくは、どう返していいのか分からなかった。シアの言う通り、ぼくがプレゼントしたお土産のお陰で、リアは助かったのかもしれない。けど、そうなる前にもう少し早く見つけられていれば、リアを怖い目に遭わせずに済んだのではないか。
何も言えなかったぼくに対して、頭を上げたシアが口を開く。
「エリーが何を考えているのかは分からないけど……あなたは何も悪くない。もし謝るべき相手がいるとするなら、ウィルじゃないのかしら。でも、身を挺してあなたを守ってくれたのだから、謝るよりも感謝を伝えるべきだと思う。……あと、子供たちからあなたに言いたいことがあるそうよ」
子供たちがぼくに? 一体何だろう。首を傾げていると、ミルが口を開いた。
「私たちにもっと魔術を教えて欲しいの」
「……どういうこと?」
ミル曰く、今回の件では魔獣に対して自分たちでは全く歯が立たなかった、そのことを不甲斐なく感じているとのことだった。とくにミルは魔術に対して自信があったそうだけど、魔術が通用しなかったことがショックだったようだ。
あの魔獣は基本の魔術程度じゃダメージが通らなかったから、仕方がなかったとは思うけど。
「えっと……わたしに対して怒ってないの?」
「怒る……? 何で私がエリー姉さまのことを怒らないといけないのか分からないわ。リアとテオも、そうよね?」
ミルがそう言うと、リアとテオは首を縦に振った。
リアとテオも、まずは自分の身を守れるようになりたい、そのためにぼくに引き続き指導をして欲しいとのことだった。テオは剣を介した魔術が使えるようになったので、通常の魔術も使えるようになりたいとのことだった。
――あれだけ怖い思いをしたのに、強い子たちだと思った。ぼくは、魔獣に対しては相当ネガティブなイメージを抱えていたのに。
近い将来、この子たちも魔獣退治に駆り出されることになるだろう。不測の事態を避けるためにも、ぼくが改めて指導してあげるべきだろう。
でも、本当にぼくでいいんだろうか。魔術そのものは教えてあげられるだろうけど、実戦で混乱してしまうようなぼくなんかに。
(エリーなら大丈夫だよ)
頭の中に声が響く。エリネだ。
(でも……ぼくは……)
(過ぎたことはもう気にしない! 次気を付ければ大丈夫! エリーなら魔術の魔力もセンスもあるから大丈夫!)
(……どこからその自信は来てるんだよ)
(……何となく?)
(何だよそれ……ふふっ)
エリネとのやりとりで頭の中だけで笑ったつもりが、顔と口にも少し出てしまった。
子供たちが不思議そうな顔をしている。いけない、いけない。緩んだ顔を戻して、子供たちに向けて。
「……わたしでよければ、これからも教えるよ」
大丈夫、きっとできると自分に言い聞かせつつ、ぼくはそう返答した。
その後、子供たちにエリネを紹介した。とくにリアには気に入られたようだ。まあ、元がエリーなのだからそうなるのも必然かもしれない。
そして子供たちを送った後、ウィルの家へ。ウィルの母親に出迎えてもらい、ウィルの部屋まで通される。ウィルの母親が部屋の前で、ぼくが来たことを伝えると部屋の中から入ってくれとの声が聞こえた。ぼくはドアを開け、ウィルの部屋へと足を踏み入れた。
「よ、ようエリー。どうかしたのか」
ウィルは部屋の壁にテーブルの椅子に腰掛けたまま、こちらを向いていた。
「突然ごめんなさい。ウィルに伝えたいことがあって……。何かしていたの?」
テーブルにはウィルが愛用している魔術具の剣が、鞘から抜き出された状態で置いてあった。
「あ、ああ……そ、そうだ。魔術具の手入れをしていたんだよ。……で、伝えたいことってなんだ?」
なるほど、あれの手入れをしていたのか。確かに刀身は新品のように綺麗に輝いている。きっと、普段から手入れがされているのだろう。
ぼくはウィルの前まで近づいた後、口を開く。
「聖域でわたしが混乱して何もできなかったときに、体を張ってわたしを守ってくれてありがとう。……でも、そのせいでウィルに大怪我をさせてしまって……わたしが落ち着いていれば、ウィルは怪我をしなくて済んだのに。……ごめんなさい」
ぼくはそう言って頭を下げた。――結局感謝と謝罪の両方をしてしまった。ウィルの家へ来るまでの間に考えていたけど、やはりどちらかだけ、というのは無理だった。
「いや……あの場面は……仕方なかっただろう。気にするな。……エリーが無事だったならそれでいいんだ」
ウィルは何でもなかったかのような顔でそう言った。
はっきりと、ぼくに対して文句や怒りの言葉を投げかけても良いのに。ウィルはそれをせず、ぼくを許してくれた。
ぼくはウィルの言葉に甘えてしまっていいのだろうか。顔を上げたぼくだったけど、言葉に詰まってしまう。
そんな様子のぼくを見て、ウィルが続ける。
「あー……。俺はこの通り元気だし、本当に気にしなくていいんだぞ。それよりも、そんな顔をしないでくれ。……折角の可愛い顔が台無しだ」
そう言ってくれたウィルに対しぼくは心の中で感謝する。けれど、何か引っかかった。
――可愛い? いや、エリーが可愛い顔なのは分かるけど、そんなことをウィルが言ったことがあっただろうか。
そして、その”可愛い”がぼくに向けられた言葉であることを認識した途端、何故か顔が熱くなるのを感じた。何だか、すごく恥ずかしい。
「あ、ありがとう……」
ぼくはウィルから視線を少し外して、そう答えたのだった――。
その後、ウィルにエリネを紹介した。ウィルは「何かどこかで見たことがあるような……いや気のせいか」と何か呟いていた。
そして、もし体調が良いなら明日王都へ一緒に行って欲しいとお願いした。ウィルは快諾してくれた。
夜明けに集落の門で落ち合うことを確認し、ぼくはウィルの家から出たのだった。
そして長老に明日王都へ行くことを伝えたあとの帰り道、エリネが頭の中で語りかけてきた。
(ウィルがあんなこと言うなんてねー。ちょっとびっくりしちゃった)
(……あんなこと?)
(可愛いっていったことだよー。わたしには言ってくれたことなかったよー)
(やっぱりそうなんだ?)
(やっぱり、ってどういう意味かなー?)
肩に乗ったエリネを見ると、頬を膨らませてムッとしていた。
(…………あっ、そ、そういう意味じゃなくて……)
(あはは、分かってるよー)
そう言うとエリネはケラケラと笑っていた。確かに、ウィルってあんなことを言うタイプじゃないと思ってたけど。
一体どうしたんだろう?
次話掲載は19日(火)の予定です。
繰り返しの案内になりますが、書く約束をしていたノクタ版を投稿しました。
ノクタサイトにて作者名で検索していただければヒットするはずです。
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2016/07/16 精霊の名をファータからエリネに変更