Chapter2-01 精霊の正体
お待たせしました、2章スタートです!
――目が開く。いつもの、いや、最近見慣れた天井だ。自分の、エリーの部屋だ。
ぼくは一体どうなったのだろう。
まだ頭が起きていない。何も思い出せない。
体を起こして周りを見渡すと、ベッドの脇に精霊がいた。スヤスヤと寝息を立てて眠っている。
精霊――そうだ。あのときの精霊だ。
だんだんと頭が働いてきた。
記憶を思い返す。聖域へ行った。皆が魔獣に襲われた――。精霊が助けてくた。ウィルの様子が――。聖樹に近寄ったらそのまま気を失った――。
そのとき、部屋のドアが開かれエリーの母親、フィールが入ってきた。
ぼくの姿を見るや否や、そのまま駆け寄ってきて抱きつかれた。
突然のことに少し驚いたけど、フィールはぼくの胸の中で――泣いていた。
「よかった……エリーが無事で……。体は大丈夫? 痛いところとかない?」
フィールはエリーの身を案じていたようだ。
フィールはぼくの本当の母親ではないけれど、想われていることに素直に嬉しさを感じた。
同時に負い目を感じていた。
ぼくが冷静になっていれば、事態はもう少しましになっていたはずだからだ。エリーや皆を危険な目に遭わせてしまった。
ぼく自身は怪我はしていない。とくに体に異常はない。あんなことがあったから、気分はあんまり優れないけど。
「大丈夫だよ……心配かけてごめんなさい」
「いいのよ、エリーが無事でよかったわ」
そう言ってフィールはぼくを抱きしめて、頭を撫でてきた。
エリーは本当に母親から愛されていると感じる。それをぼくが代わりに享受していることに、エリーに対して申し訳なく思う。
ぼくは気になっていることをフィールに尋ねる。
「ウィルや子供達は……?」
「大丈夫、みんな無事よ」
フィールはそう言い、事のあらましを説明し始めた。
聖域の結界が破られたことを察知した長老が、集落から何名か連れて聖域へ向かったところ、聖樹のところで皆が倒れているところを発見したそうだ。何があったかは途中合流したシア達から聞いたそうだ。長老らが到着するまでの間は、精霊がずっと周囲を警戒してくれていたようだ。
「その子、ずっとエリーのそばにいたのよ」
精霊に目を向ける。この精霊がいなければ、ぼくはここにはいなかっただろう。命を救ってもらった存在だ。
そしてたぶんだけど。ぼくの予想が当たっているならば、この精霊は――。
「今日はゆっくり休んでいなさい。疲れているでしょう」
「うん……わかった」
フィールはそう言って、部屋を後にした。
気持ちよさそうに眠っている精霊。ぼくの、エリーの、そして皆の命を救ってくれた存在だ。ぼくはその精霊の頭を撫でる。とてもさらさらとした金髪は、撫でていて心地良い。
しばらくそうしていると。
「ふわあ~……あ、起きたんだ?」
精霊が目を覚ましたようだ。体を起こしつつ、小さな手で目元をゴシゴシと擦っている。
「うん。というか、それわたしの台詞な気が……」
「あははー。まあ細かいことは気にしない気にしない!」
「……話があるのだけど、念話でいいかな?」
「うん、いいよー」
今から話すことは、他の人には聞かれたくない。エリーの両親にはとくに、ね。
(あーあー。聞こえるかな)
(聞こえてるよー。で、話って何かな?)
精霊は首を少しだけ傾げるようなそぶりを見せた。ぼくは意を決して、確認のための質問をする。
(……君は、エリーなんだよね?)
(そうだよー! わたしがエリクシィル。そう言えばまだ名乗ってなかったよねー。よろしくね、カナタ)
今までのことから何となく予想はしていたけど、それは当たっていたようだ。言動もそうだけど、ウィルのことをよく知っているということから、想像はできたかな。何でぼくの名前を知っているのかはよく分からないけど。
(よろしく。……聞きたいことは色々あるんだけど。まずどうして、今まで出てきてくれなかったんだよ。君のお陰で助かったけど、もう少し早く出てきてくれれば……)
(うん? ずっとカナタの傍にはいたんだけどねー? ……わたしが聖樹様から聞いた話も含めて初めから話した方がいいかなー? 話すと長くなるけど、大丈夫?)
(聖樹……? まあわかったよ。色々説明してほしいことがあるしね)
というわけで、エリーの説明を聞くことにした。色んな謎が解ければいいんだけど。ぼくはベッドの縁に座ると、エリーはぼくのひざの上に乗っかってきた。ぼくは見下ろす形で、エリーの言葉を待つ。
(じゃあまずカナタがなんでわたしの体にいるのか、かな? それは聖樹様が呼んだからなんだよ)
(……聖樹が?)
聖樹とはそもそも何なのか。長老の説明では加護を与える存在みたいなことは聞いたけど。
エリーも具体的には知らなかったけど、突然聖樹から話を聞かされたらしい。あの湖で。
(わたしも聖樹様と話をできるなんて知らなかったんだけどねー。突然頭に声が響いてきたんだよね。今みたいに話しているのと似たような感じかな?)
話を聞いたその後、ぼくが呼ばれてあの湖でエリーとなったということらしい。ではなぜ聖樹がぼくを”呼んだ”のか。エリーの話によると、異世界人の力が必要な事態になっているから、とのことだ。
それってどういう意味だろう?
(最近魔獣の数が増えたり、力が増しているというのは知っているよねー? それは聖樹様の力が落ちてきているからなんだよ。ふだんは聖樹様の力のお陰で魔獣達の発生を抑えているんだけど、数千年に一度、力が弱まっちゃうみたい。今がちょうどそのときだってー。それでもいつもは抑えられるみたいだけど、なにかが原因で抑えられないんだって。このままだと、集落のエルフ達だけでは対処できないほど、魔獣達の存在が大きくなっちゃうみたい。それに対抗するには、異世界のヒトの力が必要みたいなんだよー)
(何となく話は分かったけど、じゃあなんでそれがぼくなんだよ)
(それはね……カナタの保有魔力が桁外れに多かったからかなー?)
魔力が多い、というのはこれまでの経験から分かっていることだ。それの理由は分からないままだけど。それより、元の世界のぼくは魔術なんか使えなかったのに、何でそうなっているんだろうか。それを話すと、自分の周りで何か不思議なことが起きたりしなかったか、と言われた。
そう言われても、とふと考えてみると。ぼくは昔から霊感が強いと言われていたことを思い出した。実際、何かそういったものが見えたり、感じたりしたことは何度もある。肝試しに連れて行かれた時には色々見えてちびりそうに――。それは、まあ置いといて。
(魔力のことは分かったけど、なんでぼくがエリーの体に入る必要があったんだよ。わざわざ違う体に入らなくても、そのままの体でこっちに来るとか。……そういえばぼく自身の体は今どうなっているんだよ)
気付かなかったけど、元の世界のぼくの体は今どうなっているんだろうか。あの場で倒れたあと。
(…………元の体については何も聞いてないかなー。わたしの体に入ることになった理由は、魔力の相性が良い……癖みたいなものが同じだからだって。こっちの世界の環境は、カナタたちの世界のヒトの体だと合わないらしいよ? 詳しいことは分からないけど、聖樹様はそう言ってたねー。ただ、カナタに体を貸しちゃうとわたしが宙ぶらりんになっちゃうから、聖樹様に精霊の体を借りたってわけだねー)
肝心な答えは聖樹から聞いていなかったようだ。――今の話から、エリー自身に聞きたいことが出てきた。早速聞いてみることにする。
(君は、ぼくが入ったことに対して嫌悪感はないの? 分かってると思うけど、ぼくは男だし。男が自分の体に入るなんて、気持ち悪いと感じても仕方ないと思うけど。しかも君は、自分の体から追い出された形でしょ?)
(わたしはそこまで嫌ではないかなー? 聖樹様からカナタのことは聞いたけど、変なヒトじゃないっていうのは、分かったからねー。もちろん抵抗感ゼロってわけじゃないけどね。あと、わたしが体を貸すのを断ったら、テレスの皆が危ない目に遭うかもしれないってことを考えたら、ね)
そういうものなんだろうか。ぼくは自分の体に他の人が入り込むとか、絶対嫌なんだけど。ちょっとエリーの発想はぼくには理解しがたい。エリーが納得しているなら、それ以上は言わないけど。
そうか、今の話からするとぼくの名前を知っていたのは聖樹から聞いたから、ということか。
(君が消えたあと、君の知識が読めるようになったけど、それは君のお陰なの?)
(そうだよー。さすがに何も知らないままはまずいと思ったから、消える直前に急いで知識をカナタに移したんだけどねー。上手くいくか不安だったけど大丈夫だったみたいだねー)
(そうか……それは助かったよ。ありがとう)
(えっへん。どういたしまして!)
そう言ってエリーは胸を張って、ドヤ顔をぼくに向けてきた。先ほどから脳内で会話する度にころころ表情が変わっている。年相応だとしても表情豊かで面白い子だ。
(それで、あの後消えてから今までどこにいたんだよ)
(わたしはずっとカナタの傍にいたよ? 姿は見せられなかったけどねー。初めに言わなかったかな?)
(え……どういうこと?)
(どういうこともなにも、ずっと一緒にいたって意味だよ?)
ずっと一緒にいた、ということは。ぼくのやってきたことが全て見られていたということだ。
それって、あれとかなんやらが全部エリーに見られてた!?
思い出したら顔が熱い。火が吹き出しそうなレベルで。は、恥ずかしすぎる――!
(顔真っ赤だけど、一体どうしたの?)
(う、ううー……)
エリーは不思議そうな顔をしてぼくの顔を覗き込んできた。
穴があったら入りたい、とはまさに今のことを指すのだろう。
(ずっと一緒にいたって言うなら、何で姿を見せてくれなかったんだよ)
(それはね、魔術具があるでしょ? あれを媒介にして実体化ができるようになってるんだよー。初めの魔獣を退治したあとは、壊れちゃったから姿を見せられなくなったんだけどねー)
(なるほど……。あれ? 壊れたから、ということはつまり……。王都で魔術具を直したあとは、実体化ができるようになってたってこと?)
(そうだよー?)
(じゃあ、何で出てきてくれなかったんだよ)
(だって、カナタが呼んでくれなかったんだもん。自分だけじゃ実体化できないんだよ? いつ呼んでくれるかずっと待ってたのに!)
エリーは口を膨らませて、怒っているかのような表情を見せた。いや、そんなことを言われても、それ知らなかったし。
(そんなこと一言も聞いてないんだけど……)
(……そういえば言ってなかったねー。あはは!)
そう言うとエリーはケラケラと笑って、ぼくの周りをくるくると飛び回った。――なんというか、こういうところがエリーらしいんだろうな、と思う。一緒にいたらきっと楽しいのだろうけど、疲れそうだ。おそらく、ね。
(あの場面でカナタは誰か来てくれとか、助けてほしいとか願ったんだよね? それで実体化ができたということだねー)
(……なるほど)
確かに、出てきて欲しいって思ったことは一度もなかった。どこに行ったのか、と思ったことは何度もあるけど。――何だか発動条件が理不尽な気がしなくもない。
(でもさ、一か月ぐらい寂しい思いをさせてしまったよね。それはちょっと悪かったと思うよ)
(気にしなくていいよ? カナタの魔術の成長ぶりとかシアとの話とか見てたからねー。あと、ヴィーラさんだっけ? あのハーフエルフさんとの、あれこれもね?)
エリーはクスクスと笑いながらこちらを見ている。当然ながら、ヴィーラさんとのアレもバッチリと見られていた訳だ。
でも、それも束の間。エリーは顔付きを戻して、真剣な表情でぼくに話しかけてくる。
(今まで見てきたけど、カナタはちょっと気負いすぎかなと思うんだけどね? わたしの体のことは、遠慮せずに自分の体だと思って過ごしてもらってもいいんだよー。わたしの体のことを大切にしてくれてるのは分かってるからねー)
エリーはそんなことを言ってくる。その言葉に思わず耳を疑う。いや頭の中で聞いているから耳ではなかった。――そんなことはどうでもよくて。自分の言っている意味が分かっているのだろうか。
(え……本気で言ってる? そんな、自分の体を自由に使っても良いみたいなこと……)
(うん? カナタは悪いようにするとはとても思えないからねー)
――ぼくはそんなに信用されているのだろうか。一カ月近く見てきて言っているのだから、本心なのだろうとは思うけど。
でも、ぼくは健全な男子高校生だし、それはもう色んなことに興味があるわけで。そんなことを言われたら――。
また顔が熱くなってきた、きっと赤くなっているだろう。
(あ。もしかしてえっちなこと考えてる? 別に気にしなくてもいいよー。えっちなこと興味あるんだよね? 女の子の体、好きに触っていいんだよ?)
(ちょっ……君はそれでいいのかよ!?)
(……わたしだって興味あるんだよ? カナタもこの間、わたしの部屋で……)
(うわ、うわああああ! それ以上やめて!)
大胆すぎるエリー。というかあれを見られていたのか――! 恥ずかしすぎる。今までずっと一緒だったということは、つまりそういうことだった。
十三歳って恐ろしい。いや、これはエリーの性格の問題、なのかもしれないけど。
☆
(それで今後は、基本的に魔獣退治を続ける、ということでいいの?)
その他いくつか聞いた後、今後の方針についてエリーに確認することにした。
(うん、そうなるねー。数が増えたりだとか、もっと凶暴なのが出てくるかもしれないから、気を引き締めないとねー)
(そうか……そうなった原因については突き止めなくていいの?)
(聖樹様が探していたみたいだけど、まだ分かってないはずだよー。わたし達がどうにかする話ではないかなー?)
そういうものなのか。それを見つけた方が色々早いんじゃないのか。まあ、聖樹がどうにか見つけてくれることを期待するしかないようだ。
(あとは聖樹の力というのが元に戻れば、ぼくの役目は終わることになるよね。そうしたら、元の世界に帰してもらえるのかな)
(…………ごめんね、それは聖樹様から聞いてない)
(そうか……でも普通に考えればきっとそうだよね)
そう考えると、このまま頑張ろうという気持ちが沸いてきた。目標があるなしでは違うと思う。まあ、それがいつまでかはちょっと分かりそうにないけど。
ふとエリーの方を見ると、黙りこくって何かを考えているようだった。
(……もし気になるなら、直接聖樹様のところまで行って聞いてみる? ……カナタがいいのなら、だけど)
エリーはどこか不安げな表情でぼくに聞いてきた。いいのならってどういう意味だろう?
少し考えてぼくはハッとした。聖樹の前であんなことがあったから、エリーは配慮してくれているのだ。実際、あの場所へは行きたくはない。ぼくのせいで皆を傷付けてしまったことが思い出される。
(……いや、いいよ。聞いた話で十分理解したから)
(……そっか、わかった。……それまではわたしもサポートするからね! どんな魔獣がきても大丈夫だよ!)
年下に頼るっていうのもなんだか気が引けるけど。ただ魔術の技術でいえば、エリーの方が圧倒的に上だろう。あの場面の落ち着きを見れば、ね。ぼくとエリーが力を合わせれば、戦闘がかなり楽になりそうだ。
(改めてよろしくね、カナタ!)
エリーは小さい手をぼくの前に差し出してくる。
(こちらこそよろしく、エリー)
ぼくは親指と人差し指で”握手”をした。
次話掲載は9日(土)の予定です。
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