Chapter1-25 聖域の異変
聖域内は周囲の森林ととくに変わらないようだ。ただ、木々の間が道になっていて、そこを通っていくことで聖域の最深部にある聖樹まで行けるらしい。
リアたちが聖域に入ってから十分ほど経ったぐらいだったから、最深部辺りにいる可能性がある。
聖域の中を進んでいる中、シアが雰囲気が変だと言った。安全な聖域内は、普段は小動物などがいるらしいけど、そういうものが見当たらないようだ。確かに鳥の鳴き声なども聞こえないし、そもそも動物の気配がない。――静かすぎて不気味な感じがする。
恐らく魔獣が入り込んで、気配を感じた動物たちが身を隠しているからだろう、とはシアの見解だ。
もし入り込んだものが魔獣だった場合、魔術初心者であるリアたちではとても対抗できないだろう。結界を破るほどの力をもった存在だから、なおさらだ。
――最悪の事態が一瞬頭をよぎったけど、振り払う。走ればすぐに最深部まで着くはずだ。何とか間に合ってほしいと、ぼくは懸命に走った。
しばらく走っていたところ、道の先に何かが見えた。青髪の少女が倒れている――ミルだった。
駆け寄ってみると、ぐったりしているけど意識はあった。肩で息をしていて苦しそうだけど、怪我はしていないようだった。シアが見たところによると魔力切れを起こしている、とのことだ。
シアはどこからともなく青い液体の入った細い瓶を取り出し、ミルに中身を飲ませた。
「魔力切れの応急処置の薬。ほんの少しだけ魔力を回復できる」
シアはそう説明する。薬の効果は覿面で、すぐに会話できるほどまでよくなったようだ。ぼくたちはミルに、何があったのか聞いてみる。
「突然大きな魔獣が現れたわ。逃げながら私は魔術で攻撃していたけど、全然効かなくて……。そして魔力切れを起こしてしまったけど、リアとテオが魔獣を引きつけて行ってくれたわ。私がもう少し対抗できれば……」
沈痛な面持ち――最後は涙ぐみながら、ミルがそう説明した。いつもは強気なミルも、年相応の表情になっていた。
魔術初心者が魔獣相手をするなんて土台無理な話だ。話からすると、リアとテオがさらに奥まで行っているようだ。
「私はこの子を見ているから、貴方たちは先へ行って!」
「分かった!」
魔力切れを脱したとはいえ、まだ動けなさそうなミルを放ってはおけないだろう。ミルをシアに任せて、ぼくとウィルは先を急いだ。
木々のいたるところに、魔獣が付けたと思われる傷が点在している。根元から折れ倒れてしまっている木もあった。――どうか無事であってほしいとぼくは願った。
それを横目に、ぼくはウィルに話し掛ける。
「ウィル、子供たちを襲った魔獣ってどんなのだと思う?」
「分からんが、結界を破れるぐらいだから相当力のある魔獣だろう。……テオとリアが心配だ」
「うん、急ごう……。魔獣と会ったらどう戦う?」
「強さも未知数だし、最初から全力でやってくれて構わない。ただ、周りのことを考えてやってくれ」
「……分かった」
ぼく自身も日々の訓練の中で、魔術の習熟度はかなり上がった。魔獣を確実に一撃で葬れる魔術を使うのがいいだろう。
今使える魔術で一番威力があるのは雷撃だけど、あれは天候が悪くないと使えないようだった。
今は空に雲一つない状態なので、使うことはできないだろう。いくらぼくの魔力が多いとはいっても、できることとできないことがあるみたいだ。
ぼくは頭の中で、使えるだろう魔術のリストアップをして、先を急いだ。
そして、少し開けた場所へと辿り着いた。そこへ入った瞬間に見えたのは、緑髪の少女の後ろ姿と、その奥に見える翼の生えた巨大な蜥蜴――まるで竜――だ。
リア、と叫ぼうとしたその瞬間。竜の振り上げられていた腕が、リアへと振り下ろされた。そしてリアの小さな体が宙を舞った。それはこちら側へ向けて飛んできて、二・三度地面を跳ねた後に止まった。それらの動作はすごくゆっくりと――スローモーションのように感じた。
「リ、リア……?」
ぼくの目の前でリアがうつ伏せで倒れ込んでいる。破れたローブから見える肌色は、至る所が赤く染まっている。体はピクリとも動かない。
リアは――?
「あ……あああああああああああっ!!」
沸き上がる怒りに叫ぶぼく。リアを傷つけたあの生物は許してはならない。
――今すぐに倒さなければ。
「炎の矢っ! 炎の矢っ! 炎の矢っっ!!」
ぼくは魔術を連発する。いくつもの矢が全て竜の体へと突き刺さる。
――後ろから何かウィルの声が聞こえるけど、今はどうだっていい。
でも何度魔術を打ち込んでも、竜が倒れることはなかった。
それどころか、竜はこちらへと一歩ずつ近づいてきている。
おかしい。
更に魔術を打ち込むけど、竜が歩みを止めることはなかった。
竜がぼくの近くまでやって来たとき、突然恐怖が体を襲った。竜は全くダメージを受けていないようだった。ぼくは怒りに我を忘れ、ただ単調に魔術を打ち込んでいただけだったことに気付く。
「エリー! 逃げろ!」
ウィルが後ろからそう叫んできた。逃げなくてはならないのに、足が棒のようになって動かない。タイミング悪く精霊術が切れてしまったようだ。体が鉛のように重く感じる。ここへ来るまでに走り込んだせいで、体力を相当使ってしまったようだ。
ぼくの目の前までやってきた竜は、ぼく目がけて腕を振り下ろしてくる。もう避けることもできない。ぼくは衝撃に備えて目を瞑った。
けれど、実際に衝撃が来ることはなかった。
何故ならば――。
「ぐあっ……!」
目を開けると。ぼくを庇って竜の攻撃を受けたウィルが、目の前で弾き飛ばされていたからだ――。
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2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。