Prologue-03 突然の戦い、不思議な力
赤い目をした獣は、全長一メートル、いや一・五メートルぐらいはあるだろうか。虎か狼のような風貌をしているが、毛並みが青みがかっている。
こんな動物は、見たことがない。改めて幻想の世界にいるのだと実感する。
冷静に考察してはいるが、これ以上混乱しないように無理矢理そうしているのだ。ただ怖い。目の前にあんなものが現れたら、怖いに決まっている。動物園でライオンがいる柵に放り込まれるのと同じだ。
ウィルが剣を抜いたということは、あれと戦う気なのだろうか。
「エリーはいつも通りに頼む。……行くぞ!」
「……分かった」
ウィルは獣に向かって駆け出していった。物凄い速さで獣に近づき、一閃。獣は鼓膜が破けそうなほど大きな鳴き声をあげ、傷口から大量の血を噴き出した。
それにもかかわらず、獣はすぐに体勢を立て直すと、ウィルへ飛びかかった。しかしそれは、虚しく空を切るだけだった。
彼は身を翻し簡単に避けたようだ。
平和な日本で暮らしてきたぼくは、生き物の血が噴き出る場面など、当然見たことがない。その光景に吐き気がするが、なんとか堪える。
――先ほどウィルが言った”いつも通りに頼む”とは、どういうことだろう。その言葉から、どうやらエリーは、普段からウィルとともにこういった獣と戦っていたようだ。
精霊も「分かった」と指示していたし。
けど、どうやって戦っていたのだろう。
エリーの身の回りを確認したとき、武器らしいものは所持していなかった。――どちらにせよ、細い腕の持ち主であるエリーは、ウィルの持っているような剣を振り回す、ということはできなさそうだ。
そう考えているうちに後ろの方でくしゃ、と枯れ葉を踏む音が聞こえ、驚き振り向く。そこにはウィルと戦っている獣と同じ大きさ、いやそれ以上かもしれない。青い毛並みが特徴的な獣が左右から一体ずつ近づいてきていた。
「ひっ……」
思わず声を出して尻餅をついてしまった。立ち上がろうにも腰が抜けてしまったようで、立ち上がれない。手足を必死に動かし、何とか後ろに下がる。
獣たちはグルルルと敵意をむき出しな低い唸り声を上げつつ、ジリジリと間合いを狭めてくる。
ウィルに助けを求めたかったが、まだ戦いが終わっていないようで、それは叶わなかった。どのみち今背を向けて逃げ出そうものなら、たちまち背後から襲われてしまうだろう。
気がついたときには恐怖で全身の震えが止まらなくなっていた。絶体絶命という言葉の真意を、このとき初めて体感した。このまま襲われれば、為す術なく獣たちの餌食となるだろう。
(落ち着いて。今から言うとおりにすれば大丈夫)
突然精霊の声が頭に響く。
恐怖で頭が真っ白になっていたせいか、精霊の言葉が理解できず、どういう意味か尋ねる。
(え、ど、どういうこと!?)
(準備はわたしがやっているから、あなたは最後にキーワードを言ってくれればいいよ)
(??? わ、分かったよ)
(右手の人差し指を突き出して、二体の魔獣をしっかり見て。最後に次のキーワードを言って! ……灼熱の嵐)
(う、うん)
右手の人差し指を突き出し、じっと獣たちを見つめる、そして指示されたキーワードというのを――。
「灼熱の嵐っ!」
目の前に突風が巻き起こり思わず後ろに下がる。周囲は砂埃が舞い上がっている。目にそれが入らないように咄嗟に腕を目元付近に当てる。獣たちが突風に巻き込まれ、巨体が突風の中で渦を巻き、まるでミキサーにかけられたかのようにグルグルと回っている。
そして風の中心で火柱が上がったと同時に、渦全体が紅い炎に包まれ、体全体が振動するほどの轟音が響いた。周囲は風の膜に包まれて直接炎の影響はないが、それでも熱風がぼくに吹きかけられてきた。
数十秒ぐらいそれが続いた後、紅い炎と突風が止んだ。その先の地面を見ると炭と化した何か――たぶん、あの獣たちの骨の残骸だ――が散らばっているのが確認できた。
――これはぼくがやったのだろうか?
もういくつも幻想なものを見てきたけど、これはもう非科学的すぎる。何もないところから、風と火。言うなれば、まるで魔法のような――。
(ふう、なんとかなったね! さすがカナタだね!)
(……え?どうしてぼくの名前を……?)
(……あ、でもしばらくお別れみたい。ちょっとやりすぎちゃった)
(え? どういう意味?)
(大丈夫! またきっと会えるよ。それじゃ、またね!)
(ちょっと待って! 君は一体……)
ぼくが言い切る前に、精霊は光を放ってその場から消え去ってしまった。それと同時にパキッという何かが割れたような音が聞こえた。
何が起こったのか分からないぼくは、立ち上がって周りを見てみると、割れた宝石が落ちていることに気付いた。ふと思い出して右手の指輪を見ると、宝石が真っ二つに割れていた。
何で割れてしまったのだろう。指輪から落ちてしまった宝石の欠片を拾い上げる。
そうしていると、後ろから足音が聞こえてきた。ウィルだ。
「おいおい、森で火なんか使って火事にでもなったらどうするんだよ! ……まったく、確かにいつも通り頼むとは言ったが、そこまでしてくれという意味じゃなかったんだが」
半ば呆れたかのような態度でそう言ったウィル。ぼくはどう返答すればよいか分からず、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
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2016/05/07 全体を改稿
2016/05/10 全体(表現・描写)を改稿
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。