Chapter1-24 聖域と聖樹
「……まあ、エリクシィルたちは経験があるから分かっているとは思うが。子供たちもいるから、改めて説明するか」
長老はぼくの方を向いてそう言った。意図を理解したぼくは、長老に心の中で感謝する。ぼくはそれを知らないからだ。
まあ、エリーの記憶を読み取ればあらかたは分かるだろうけど、たまに内容が抜けていることがあるようだし。長老から直接正しい内容を聞いておく方がいい。
長老の説明によると。聖域とは、この大陸に点在するエルフ族の集落の近くにある特別な場所とのことだ。
そして聖域内には聖樹と呼ばれる神聖な大木があり、エルフ族は十歳になったら聖樹から祝福を受ける祝福の儀というしきたりがあるらしい。
祝福ってなんだろうと思ったけど、どうやらただ単に聖樹の前で十歳になったことを報告するだけらしい。たぶん、お詣りみたいなものだろう。
聖樹。どこかで聞いた名前だ。記憶を掘り起こすと――。食事の前のお祈りに「聖樹様の~」と言っていたのを思い出した。たぶんその聖樹なのだろう。
それで、その聖域内の聖樹までは子供たちだけで行かせるのだとか。そういうしきたりだかららしい。聖域内は特別な結界が張り巡らされていて、魔獣などの邪な存在は入ってこられないとのこと。
少し不安だけど、大丈夫なんだろうか。まあ、少なくともエリーたちもそうだったようだから、それで問題はないのだろうけど。
集落から聖域の入り口まではしばらく歩く必要があるため、そこまではぼくたちが先導する形を取るようだ。子供たちが聖域内へ入ったら、戻ってくるまで待機していてほしいそうだ。
魔術の訓練をさせていたのは、集落の外へ出ることになるので身を守る手段を身に付けてほしいから、とのことだ。長老が訓練の仕上げで行かせる、みたいなことを言っていたのはそういうことだ。
まあ今回は聖域前まではぼくたちも同行するから、仮にそこまでで魔獣に出会ったとしても相手をするのは子供たちではなくぼくたちだろう。
さすがにたかだか訓練数日の魔術初心者に、魔獣の相手をさせるのは少々無理があるだろう。それには覚悟が必要だ。
――精神的に未成熟だろう、この子らにはまだ早い。
長老からの説明を聞き終えたぼくたちは、明日の早朝に集落の門のところで集合することを伝えられた。子供たちは聖域内でやることを聞くそうで、まだしばらく残るらしい。ぼくとウィルはとくに何もすることがなかったので、先に帰ることにした。
長老宅からの帰り道。ウィルと並んで歩いている。そういえば、とウィルが話し始める。
「エリーが聖域に行ったときは大変だったよな」
「え……どういうこと?」
「おいおい、忘れたのかよ……。聖域の中で出てきた小動物にビビって、火の魔術をぶっ放して火事にしかけただろうが」
「……あー、あはは、そうだったねー……」
まあ当然ぼくは知らない話なんだけど。――エリーならやりかねないな、と思ってしまうのがなんだか、ね。
そんな話をしつつ、お互いの家が近くなったのでまた明日、と別れた。
☆
翌朝、準備を済ませたぼく。集落の門へ行ってみると、今日もオルさんがいた。まさか毎日いる訳じゃ――。いや、たまたまぼくが行く日が当番なんだろう。そう思いたい。実際何名かでローテーションしているらしいし。
少し話していると、子供たちがやってきた。皆お揃いの緑のローブを着ている。
リアは、スタッフの魔術具。ミルは、腕輪の魔術具。テオは、剣を腰に携えている。このローブを着ていくのもしきたりに入っているらしい。
「みんなおはよう。昨日はよく眠れた?」
「ちょっとドキドキしてたけどちゃんと寝たよ!」
「わ、私もちゃんと眠れたんだから……」
「……ちゃんと寝たし」
三者三様の答えが返ってきた。さて、ざっと見た感じだと、ミルはちょっと眠そうにしているかな。寝付きが悪かったか、そもそも寝るのが遅かったか。
まあこういうイベントの前は、緊張して眠れなくなるのは仕方ないだろう。
そして暫くすると、ウィルとシアがやってきた。
あれ、シアって来る予定だったっけ?
「長老様から同行するように言われた。聖域に入る術が使えるから」
ぼくの疑問にシアはそう答えた。聖域に入るのには特別なことが必要らしい。
そういえばシアって、こういった変わった術とかに強い気がする。魔力の感知とかもそうだったよね?
ということでシアも一緒に来ることになった。これで全員揃った、かな? それじゃ出発しようと言ったところで。
「それじゃ行ってくるわ、パパ」
「気をつけてね。エリーちゃんたちの言うことをちゃんと聞くんだよ」
「分かってるわ。パパッとやってすぐ帰ってくるんだから!」
オルさんに対して、ミルは胸を張って自信満々といった様子でそう答えた。
そういえばミルの性格って、母親似なのかな? オルさんとは全然違うので、たぶんそうだと思うんだけど。
ぼくたちもオルさんにいってきますと言って、門をくぐりぬけた。
全ての行程を済ませても、昼前には帰ってこられると長老から聞いている。用事そのものも直接ぼくは関係なく、今回はお守りがメインの役回りだ。
ぼくは気楽な気持ちで、集落をあとにした。
聖域までの道中は、幸いにもとくに魔獣やその他と遭遇することはなかった。小鳥の囀りが聞こえる、朝の穏やかな森の様子に、さながらピクニックのような気分だった。
シアに先導され、辿り着いた先はとくに代わり映えもしない――というか、周りの景色と何ら変わらない木々が生い茂るだけの場所だ。
シアはぼそぼそと何かをつぶやくと、その木々は光を放った後に消え失せ、道が開かれた。
どうやらここからが聖域の中らしい。
「気をつけて行ってきてね」
ぼくがそう言うと、行ってきますと元気な声。すぐに戻るわと自信ありげな声。行ってくると小さな声。そうして子供たちは、聖域の中へと入っていった。
片道十分少々の道で、往復してもせいぜい三十分程度とのことだ。じきに戻ってくるだろう。
さて何をしたものかなと周りを見る。ウィルは木を背に座り込んでいた。そしてシアは、キョロキョロと周りを見回している。
「シア? 何してるの?」
「この辺りは薬草が多い。折角来たから採集していく」
ぼくにはどれがそれなのかよく分からないけど、ここら一帯は様々な種類の草が生えているようだ。とくにやることもないので、シアの手伝いをしようと声を掛けようとしたその瞬間。
「……っ!?」
シアがぎょっとした顔で聖域の入り口の方を見る。普段見せないような顔だ。一体どうしたのだろう?
「え……そんなことって……」
「なに、どうしたの?」
「結界が…………破られた」
「……え? どういうこと?」
「ここに張ってある結界は特別で、並大抵の力じゃ破れない。それを何者かが破って……」
シアは声を震わせてそう言った。結界は魔獣などの邪な存在が入ってこられないようにするためのもの、と長老から聞いている。それが破られたということは――。
「……何かが中に入り込んだってこと?」
「……おい、それってマズいんじゃないのか!? 子供たちがそれと出会ったら……!」
ぼくたちの会話に入ったウィルが声を上げる。――つまり。
「リアたちが……危ない!」
即座にシアから走力増加の精霊術をかけてもらったぼくたちは、聖域へ駆け込んだ――。
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2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。
2016/07/10 加護について加筆。年齢を成年前→十歳に変更。