Chapter1-21 湖の畔にて
改稿での追加差し込み話です。
「土の槍っ!」
地面から現れた槍は、狼の魔獣の体を串刺しにした。魔術をもろに受けた魔獣は暫くピクピクと痙攣を起こしていたけど、やがて動かなくなった。
「お、エリーの方も終わったみたいだな。大丈夫だったか?」
少し離れたところで戦っていたウィルが、いつの間にかこちらへやってきていた。
「うん。ウィルの方こそどうだった?」
「ああ、これぐらいの相手なら全然問題はないな」
「さすがだね。だけど、ちょっと数が多いよね……。少し疲れちゃった」
「まあ、こう頻繁に現れるとな……」
ウィルはそう言い、心なしか少し疲れた顔を見せていた。
宮廷魔術師団が集落を訪れてから二週間。
今はこうして、ウィルとともに魔獣退治を行っているところだ。このところは、毎日のように魔獣退治へと駆り出されている気がする。
魔獣の出現数が増えた影響で、必然的にぼくたちの出番も多くなってきている。どうやら集落の中でも、ぼくたちは魔力や戦闘技術が高いらしく、なおさら出番が多いみたいだ。
魔獣を殺すことへの抵抗感は、だいぶなくなってきたとは思う。慣れというのは恐ろしいものだ。
ただ、生き物の命を奪うことに躊躇はしている。けど、やらなければ集落の皆に被害が出る恐れがある。
仕方のないことだ、ぼくはそう割り切って考えるようにしている。
戦いについては魔獣が群れで出ない限りは、問題ないレベルまで技術が上がったと思う。 まあ例え群れで出たとしても、ぼくの魔術で一掃しようと思えばできる。ただ、周りの木々に影響を与えないようにするのは、至難の業だけど。
大抵の魔獣なら楽に倒せるようになったので、訓練がてら恩恵属性以外の属性を使った魔術で魔獣退治を行っている。恩恵属性じゃない属性の魔術でも、魔力の力押しができるぼくにはあんまり影響がないみたいだけど。
やりすぎない意味でも今使っている土の属性なら、よほどへまをしない限り木々を傷つけたりはしないしね。
ウィルとこうしてほぼ毎日一緒にいると、他愛のない会話ができるようになった。ちょっと前まで感じていた会話の距離感が掴めない、といったことはほぼなくなった。
ただ、ちょっと気になるのは時折ウィルがぼくをチラチラ見ていたりだとか、ボーッと見ていることがあることだ。まさかぼくのことがバレたかなと不安になったけれど――確認のしようもないし。とにかく、おかしな振る舞いだけはしないようにしないと。
集落から順に巡回して、例の湖まできたところで。ウィルはちょっと休んでいくかと提案してきた。魔獣の気配が感じられなかったので、大丈夫だろうとのことだ。
ここの雰囲気は好きなので、ぼくは了承した。
小鳥の囀りも聞こえるなか、湖の畔でウィルと並んで座る。湖の水面は陽の光でキラキラと反射している。時折柔らかい風が吹いて、木の葉の擦れ合う音が聞こえる。
「そういえば、エリーに聞きたいことがあるんだが」
そんな心地よい雰囲気を味わっていたら、ウィルがそう尋ねてきた。
「聞きたいこと? なに?」
「エリーは、今後はどうするんだ?」
「……今後?」
どういう意味だろう。今後って今日明日の話?
「いや、テレスに残るのか、出るのかっていうことだよ。まあ、まだまだ先の話だが……何か考えているなら、聞いておきたいと思ってさ」
「……? 残る? 出る? どういう意味?」
ウィルの問いに対して、問いで返答してしまってから気付いた。エリーの記憶を読めばよかったじゃないか、と。
「おいおい……。ほら、二十歳になるまでにそれを決めないといけないだろ? 伴侶がいるなら集落に残れるけど、そうじゃなければ基本的には出て行かなければいけないだろうが」
ウィルは呆れつつもそう答えた。なるほど、テレスにはそういうしきたりがあるらしい。伴侶ということは、つまりは結婚相手がいるかどうかという話みたいだ。
エリーはまだ一三歳だ。まだ七年ある。それまでにどうするか決めないといけないようだ。
ぼくはそのうちエリーに体を返すことになる。ぼくが決める話ではない。
「うーん、まだ特に決めてはないよ。……そういうウィルはどうなの? 今十六歳だから、あと四年で決めないといけないよね?」
ぼくはエリーのことは置いておき、ウィルにそう尋ねる。そう、ウィルはエリーの三つ上なので、あと四年しかない。ウィルぐらいなら、誰かから好かれていてもおかしくないと思うけど。逆もしかり。
同性のぼくから見ても、容姿端麗だし。性格も悪くないと思う。
「……俺か。俺は……まだ決めていない」
「……そうなんだ」
ウィルはなぜか下を向き、そこから黙り込んでしまった。
何か不味いことを言ってしまったのかもしれない。といっても、今後どうするのか聞いただけのはずなんだけど。
しばらくの沈黙の後、ウィルが口を開いた。
「エリーは今……好きな男とかいるのか?」
「……は?」
ウィルが突然そんなことを聞いてきたので、ぼくは素っ頓狂な声を出してしまった。
男のぼくが男を好きになるようなことはない。ぼくにそういう趣味はない。
エリーは――うん、いないみたいだ。恋をしている相手のことなんか知識にはなかった。エリーには失礼だけど、たぶんそういった恋愛事を考えているようなタイプじゃない気がする。これまでのことを振り返る限り、はね。
そういうわけなので、答えはノーだろう。
「いないよ……。どうしてそんなこと聞くの?」
「い、いや……。エリーはもう成年の一二歳を過ぎたから、結婚はできるじゃないか。だから聞いてみただけだ。……深い意味はない」
「そ、そうなんだ……」
ウィルがやたら慌てて返答したので、ぼくは不思議に思いながらそう返した。
そしてまたしてもウィルは黙り込んでしまった。時折顔を下や横へと向けている。なんだろう、体調でも悪いのかな?
沈黙がしばらく続いた後。突然ウィルは真剣な顔つきでこちらへ向き、口を開いた。
「エリー。…………もしエリーが構わないなら……」
バサバサバサッ!!
ウィルが何かを言いかけているそのとき、白い鳥の群れが湖の向こう岸から空へと飛び立った。その光景に思わず息を飲んだ。なんだろう、渡り鳥みたいなものかな? 見たことのない鳥だ。
あ、ウィルが何か言いかけてたけど、何だったんだろう?
「あれ、何か言いかけてなかった?」
「いや……。何でもない」
そう言うとウィルは立ち上がり、そろそろ帰るかと言って先に歩き出してしまった。
ぼくはちょっと待って、と言って追いかけた。一体何を言おうとしていたんだろう?
帰り道、何故かウィルはぼくと顔を合わせてくれなかった。声を掛けても、何か上の空。
もしかして、何か嫌われるようなことを言ってしまったのだろうか。会話を思い出してみるけど、見当も付かない。
ところが、翌日に会ったときは、普通に話をしてくれた。
うーん、一体何だったんだろう?
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2016/07/07 ウィレインの年齢を一七歳から一六歳へ変更。度重なる変更ですいません。




