Chapter1-20 宮廷魔術師へのスカウト
「君の保有魔力は、師団内のどの魔術師よりも多い。君が宮廷魔術師団に入ってくれるなら、師団の戦力も大きく上がるだろう」
「そ、そんなこと突然言われても……」
宮廷魔術師ってそもそも何をするのかほとんど聞かされていない。魔力の高い人を監視する、という仕事はあるのは分かったけど。
「……そもそも、宮廷魔術師って何をするんですか?」
「ああ、詳しい説明をしていなかったな。すまない」
団長の説明に耳を傾ける。王都の防衛と、周辺の魔獣退治が主な任務だそうだ。あと、宮廷魔術師団の現状も少し聞かせてもらった。
「師団に入る入らないは別として、一度こちらへ来て師団兵に魔術の指導をして欲しいと思っている。まだ若いのに相当量の魔力を持っているし、実力もある。君がいれば師団兵への良い刺激になる」
師団兵って大陸中から集められた魔術師のエリートがいる、とさっき聞いた気がするけど。そんな連中に、魔術初心者のぼくが何を教えられるのだろう。
「わたしが魔術を使い始めたのは、十日前ぐらいからなんですけど……。教えるより、逆に教えて欲しいぐらいなんですが」
「……それは本当か? それであの魔術を使ったのか? ……本当ならセンスがあるというか、天才の域だな……」
訓練をした成果といえばそうなんだけど、それでも元の魔力の多さに助けられているような気がしなくもない。
そもそもぼくの魔力が多い理由って何なんだろう?
何にせよ、今は宮廷魔術師団に入るという選択肢はない。元の世界に帰る方法を探しているのに、そんなことはやっていられないだろう。
「ごめんなさい、今は宮廷魔術師になるつもりはないです。他にやらないといけないことがあるので」
「……まあ突然頼んで、すぐに承諾をもらえるとは思っていない。よく考えてから決めてもらって構わないさ」
「……」
断ってみたけど、団長の言い方だと簡単には引き下がってはくれなさそうだ。うーん、面倒なことにならなければいいけど。
「さっきも言ったが、できれば一度宮廷魔術師団の詰め所まで来て欲しい。是非皆に紹介したいからな。あと、指導が難しいというなら魔術を使って見せてもらうだけでもいい。良い手本となるはずだからな」
「……王都であんまり派手なことはしたくないのですが」
街中で魔術を使って、この間のような騒ぎになるのは避けたいところだ。
「その辺りは配慮するので心配しなくて大丈夫だ。王都の往復も使いの者を出すから、確実にここまで連れて帰ることを約束する。わざわざ足を運んでもらうのだから、謝礼も出させてもらおう」
宮廷魔術師団になるつもりはないけど、そのぐらいだったら良いかもしれない。それで団長が満足してくれればいいんだけど。
「うーん……。長老様はどう思いますか」
「そうだな、エリクシィルが良いと思うならば私は止めはしない。ただ、エリクシィルだけだと不安だから、もう一人ぐらいは同行させてもらおうか」
「長老殿の条件でも構わない。丁重に扱わせてもらう」
まあ、この場合は一緒に行くとすればウィルだろう。王都へ行くなら男と一緒に、という話をさっきしていたし。
「……じゃあ、それなら構いません。ただ、今すぐにというのは難しいと思います。しばらく後でも大丈夫でしょうか」
「分かった。都合が良くなったら、テレスに出入りしている行商に王都宛の手紙を渡してほしい。それを受け取り次第、使いの者を出そう」
「……分かりました」
「では、今回はこの辺で失礼する。……エリクシィル君と会える日が来るのを楽しみにしている」
そう言うと、団長は同行していた男と一緒に長老宅を出て行った。ぼくははあと息を吐いて、長老へと話かける。
「なんだか、面倒なことになりましたね……」
「エリクシィルの魔力なら、確かにそこらの魔術師なら凌駕できるからな。団長が戦力として欲しがるのも無理はないと思うぞ」
「……本来はこの大陸にいる魔術師なら、宮廷魔術師は憧れの存在。待遇がすごく良いから、入りたいと思っている魔術師は多い」
「へえ、そうなんだ……」
ぼくとしてはどうでもいい、というか面倒そうだからなるつもりはないけど。
エリーとしてはどうなんだろう。宮廷魔術師にならないか、と誘われたら入ろうと思うんだろうか。
「たぶんそれはない。あの子はここから出て行くつもりはないと思う。あと、あの子は生活力がない」
ぼくの疑問にシアはそう答える。生活力か――エリーはまあ色々と大雑把そうな感じはする。少なくとも家事はできないようだし。
うーん、今後はこういった面倒な事態に巻き込まれるのはなるべく避けたい。
大体は魔力の多さが原因な気がする。何とか魔術を勢いを抑えられたらいいんだけど。
「魔術師からしたら贅沢な悩みだな……。普通は魔術具を使って、少しでも魔術の威力を増やしたいと考えるのだが」
「……そういえばこの魔術具も、使うことで魔術の威力が増えているんでしょうか」
「一般的にはそうだと思うのだが……。ああ、そうだ」
長老から少し魔術具を貸してほしいと言われたので、指輪を外して長老へ渡す。長老は指輪の宝石に触れ少し念じると、光を放ち始めた。宝石から手を離すと徐々に光は収まっていった。
「……今のは何でしょう?」
「魔術の威力を抑える付加効果を加えた。……普通は使わないものだが。普段はこれで必要以上の威力になることはないだろう」
どうやらこれで、注ぎ込む魔力を決め忘れて威力が暴発する、ということがなくなりそうだ。――逆に威力が必要な場合でも、ちゃんと発動するのだろうか。
「付加効果を外したいときは、魔術を使うときに制限解除と念じればよい」
なるほど、ぼくにとってはすごく便利な付加効果だ。魔術の問題はこれで大丈夫だろう。
☆
「さて、エリクシィルはこれからどうするつもりだ?」
報告が済んだところで、長老が今後について尋ねてきた。
うーん、今は急を要することはとくにない。当面はヴィーラさんからの結果待ちだし。やることと言えば、王都へ向かう道中で考えた文字の勉強することぐらいだろうか。
「うーん……そうですね。ただ待っているだけなのも時間の無駄なので、この大陸の文字の読み書きができるようになりたいと思います。……書物などからも戻る手段を調べたいですし」
「そうか、文字ならば空いている時間に私が教えよう」
「ありがとうございます」
長老からは、魔獣退治も頼むと言われた。魔獣退治については、覚悟は済ませた、つもりだ。エリーを演じる以上は。
ぼくは今後ともよろしくお願いしますと長老に言い、シアとともに長老宅を後にした。
王都で騒ぎを起こしてしまったあとの、今回の宮廷魔術師の件。不可抗力とはいえ、自分が引き起こしてしまった事態だ。
ぼくが元の世界に戻れたあと、エリーに厄介ごとをこれ以上残していく訳にはいかないだろう。
そのためにはなるべく穏やかに、目立たずに過ごしていきたいと、ぼくは思っていた。
次話より1章ラストスパートです。
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2016/06/10 付加効果の設定を変更
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。