Chapter1-18 体調を崩したぼく
しとしとと雨が降っている。雨音と言うのは、聴いているととても心地がよいものだ。一説によると、雨音は胎内で赤ちゃんが聞いている音と周波数が同じらしく、リラックスできる効果があるとか。本能的に安心ができるものなのかもしれない。
さて、ここはテレスの自室のベッド。ぼくはそんな雨音を聞きながらリラックスしている、という訳ではない。
(あ、頭が痛い……)
頭の奥から鈍い痛みを感じ、ベッドから動けなくなっているのがぼくだ。更に言うと、体が物凄くだるい。ついでに寒気もする。これらの症状から得られる答えは――。
「……風邪ね」
ぼくのベッドの横の椅子に座っているシアが、そうぼくに言った。思い当たる節はきっと昨日の――。
☆
あのあとしばらく雨宿りをしていたけど、どうにも雨が止む気配がなかった。あまり時間を使うと暗くなってきてしまうので、仕方ないから雨の中帰ろうという話になった。雨の中おおよそ一時間ほど歩き、無事にテレスまで帰ってこれた。
長老宅へ行き、帰ってきたことを伝えたけど、びしょびしょに濡れたぼくたちを見かねた長老は、詳しい報告は明日でよいと言ってくれた。御使いの品――何とか濡れないように守った――を渡し、シアと別れて家へと帰った。
エリーの両親は大層心配していたようで、ぼくが濡れていることにもお構いなしに抱きついてきた。そこまで心配させていたなんて少し申し訳ない感じがしたけど、同時に大事に想われているようで少し嬉しく思う気持ちもあった。
とても疲れていたので、シャワーを浴びて休みたいと伝えた。
その後、冷えてしまった体をシャワーで十分に温めて、すぐにベッドに入ったのだけど。
朝目覚めると、耐え難い苦痛が体を襲っていたのだった。
「エルフでも風邪をひくんだね」
「……病気になるのはエルフ族も同じ。エリーは昔から体調を崩しやすかったから尚更」
わざわざ様子を見に来てくれたシアだったけど、ぼくが体調を崩さないか心配だったらしい。シアの不安は的中し、案の定そうなってしまった訳だ。
「そっか……シアは大丈夫だった?」
「私はとくに。……こうなるだろうと思って、これを持ってきた」
買ってきた薬草が早速役に立った、と言いながらシアは丸いフラスコのようなものを取り出した。中に入っている液体は、濃い緑色をしている。
「さっき調合してきた。それを飲めば明日には体が良くなると思う」
「え、これを飲むの? ……すごく苦そうなんだけど……」
昨日王都で一度飲んでみたいなあ、と思ってたけど。まるで青汁、いやそれより濃い緑色の現物を見るとさすがに飲むのは躊躇する。
「……黙って飲みなさい」
シアにそう言われ、コルクの蓋を外したぼくは意を決して飲んだ。
――めちゃくちゃ苦い。一度だけ両親が飲んでいた青汁を少し飲ませてもらったけど、それの比ではない苦さだ。
涙目になりながらもなんとか飲み干す。
「う、うええ……」
吐き気に近い物を感じながら、なんとか堪えている。見兼ねたシアが、口直しにと魔術でコップに水を出してくれた。魔術はそういう使い方もできるのか――。それを飲み干すと何とか落ち着いたようだ。
「あとは寝ていれば大丈夫。今日はゆっくり休んで。長老様には明日改めて行くと伝えておく」
「分かった……。ありがとうシア」
そう言うとシアは立ち上がり、部屋から出ていった。
こういうときはかなり頼れる”お姉ちゃん”なシアだ。大人しく言う事を聞いて、今日はゆっくりしているべきだろう。
少しウトウトとしていると、ふいに部屋のドアからトントンという音。誰かがノックしているようだ。
開いてるよ、と言うと男が入ってきた。ウィルだ。
「ウィル? どうしたの?」
「よう、エリー。外でシアに会って聞いたんだが……体調はどうだ?」
「……あんまりよくはないけど。シアに薬をもらって飲んだから、寝ていれば治るって」
ベッドで横になったまま、ぼくはそう答えた。ウィルとは魔獣退治以来、少しは話はしているけど。通りすがったときに話する程度だったので、こんな風に話をするのは初めてだ。なんというか、どう接していいかわからない。
エリーの知識からは幼馴染で四つ上、ぐらいの情報しか読めなかったし。会話の距離感が掴めないといったところかな。
ウィルは、エリーはエリーだと思っている。ぼくのことを知っているのは、シアと長老だけだ。
ウィルを騙しているようで申し訳ない気持ちにはなるけど、なんとか騙し通すしかないだろう。幼馴染の中身に男が入っている、なんて知られたら――。
「そうか……。そういえば最近魔術の訓練をしていたそうだが、何かあったのか」
「…………基礎から勉強し直すのもいいかなと思って」
かなり苦し紛れな返答になってしまった。
魔術の使い方が分からなかったから、なんて言えるはずがないし。
「エリーの口から、勉強なんて言葉が出るとは思わなかったぞ」
「……」
「……最近変わったな、エリー」
「そ、そうかな?」
「ああ。かなり大人しくなったというか……かわいくなったな」
男からかわいくなったと言われるなんて――。女の子らしく振る舞っているとはいえ、男のぼくからすればそう言われるとなにかこう、来るものがある。主に精神的に。
いや、そう思われているのなら振る舞いは上手くいっているのだから、それで良いじゃないか。うん。ぼくはそれ以上考えたくなかった。
心の中の目は白目になっていそうだ。
というか、そんなことを言われるエリーは、普段どんな――。
いや、もう今更言うべきではないだろう。
「……わたし、変、かな?」
「……いや、そんなことはない」
やけになって大人しい女の子っぽく弱々しく答えてみると、ウィルは少し視線を外してそう答えた。
――あまりウィルをからかうのはよくないだろう。
「長老様から言われたが、また魔獣退治に行って欲しいそうだ。体調がよくなったら、一緒に行ってくれるか」
「……うん、いいよ」
魔獣退治ということは、魔獣を殺さなければならないということだ。長老からはそのうちやってもらう、と言われていたので仕方のないことだ。
もう二回経験したとはいえ、早く慣れないと精神的に参ってしまうだろう。これはただ作業だとか、そういった考えでやるしかないかもしれない。
「まあ、今日のところはゆっくり休め。昨日王都に行ってたみたいだし、疲れてたんだろ」
「……あ」
ウィルはそう言うと寝ているぼくに近づいて、頭を撫で始めた。突然のことに少しびっくりしたけど、ウィルの温かい手に心地良さを感じた。そのまま撫でられ続けていると、だんだんと瞼が重くなってきた。
何でだろう? こうされることにどこか懐かしさを感じる。両親にこうされたことは少なからずあると思うけど、それとは違うような気がする。
不思議な感覚を覚えつつも、ぼくはそのまま眠りの世界へと押し流されていった――。
次話は幕間の予定です。
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2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。