Chapter1-17 雷撃
王都からのテレスへの帰り道。
王都から森林地帯へ入る直前に、テレスの方角の空を見ると厚い雲に覆われていた。こちらは晴れているけど、テレス側は雨が降っているかもしれない。
雨対策なんかしてないし、降られたらどうしようか。
☆
街道を抜けて森林地帯へ入る。しばらく歩いていると、何とも言えない心地良さを感じ始めた。
これをどう表せばいいのか分からないけど。それをシアに尋ねてみると。
「私も同じ気持ちを感じる。私たちが森族とも言われる由縁。木々に囲まれている生活が一番合っているのだと思う」
森族というのは、長老も言っていたような気がする。
うーん、こういうのが田舎に帰ったときの気分、なのかな? ぼく自身は都会育ちで祖父母宅も地方じゃなかったから、そういったのはよく分からない。
たぶん体が覚えている、みたいなものなのだろう。
でもこういう気分は、ぼくは今まで経験したことはない。もしかしたら、心が体に順応してきているのかもしれない。
こちらの世界に来てから、まだ十日も経っていない気がするけど。適応が早いのはいいことなのか、悪いことなのか――。
てくてくと森の中を無心に歩く。徒歩しか移動手段がないというのは、やっぱり面倒だ。
そういえば、王都で男から逃げる寸前にシアが使ったあれ。精霊術だと思うけど、あれを使えば移動が楽になるんじゃないだろうか。
「シア、つけられてた男から逃げる時に使ってたものって、精霊術なの?」
「そう。使うと一時的に早く走れるようになる」
「……それを使い続けたら、テレスまで早く帰れるんじゃないの?」
「あれはあくまで一時的に使うもので、使い続けるのは難しい。体力の消耗を抑えて魔力で走る速度を上げるものだけど、体力の消耗がなくなる訳じゃない。私たちは体力がないから、あくまで一時的に使うことしかできない。……尚更体力がないエリーが連続で使うと、多分動けなくなる」
なかなか上手くはいかないらしい。エリーの体力がなさそうなのは分かっていたけど、シアにそこまで言われるぐらいだからよっぽどだと思った方がいい。
一度、どれぐらい体力があるのか試した方がいいのかもしれない。
休憩を挟みつつ、足を進める。空は次第に暗くなってきており、少しゴロゴロという音が聞こえている。木々の隙間から見える空は、黒く厚い雲に覆われていた。
途中で見覚えのある光景が広がってきた。ぼくが最初にいた、例の湖のところだ。初めにぼくはここに辿り着いた。あっという間に過ぎる日々に、それが起きたのが昨日のように感じた。
過ごした日数の割に出来事には多く遭遇している気がするけど。
天気が悪くなってきているので、なるべく早く通り過ぎたいと思っていた。
けど、そうはさせてくれないようだ。
熊のような巨大な魔獣が、行先を塞いでいたからだ。
まだ距離があるせいか気付かれてはいないみたいだけど、かなり巨大な魔獣だ。この間遭遇した魔獣よりも遥かに大きい。二メートルは優に超えているだろう。
シア曰く迂回してやり過ごすという手もあるようだけど、それだと物凄く遠回りになってしまうみたいだ。
ここは倒してしまうのが最善の策になるだろう。
放っておけば、テレスの仲間に被害が出る可能性もあるし。
王都へ行く前に一度魔獣と対峙したからか、魔獣に対する恐怖心はだいぶ和らいだ感じがする。今度はきっと大丈夫、だ。
――さて、どうやって倒そうか?
「どうしよう、シア?」
「ここから魔術で倒す」
先手必勝、シンプルな答えだった。シアは手にスタッフを持ち、精神を集中させる。そして――。
「氷の矢」
シアの側に氷の矢が現れ、魔獣へと一直線に飛んでいった。このまま魔獣の頭に当たって一撃で、のはずだったけど。
魔獣は寸前で気付き、手でそれを振り払ってしまった。そして、魔獣はこちらへ猛然と駆け出してきた。
何故かぼくに対して飛びかかってきた魔獣を、横っ飛びで既の所でかわす。ぼくの身代わりとなって魔獣の攻撃をもろに受けた木は、攻撃により抉られた箇所から前に倒れていった。
当たっていたら、ひとたまりもなかっただろう。
てっきり魔術を使ったシアに対しての攻撃かと思ったら、一直線にぼくを襲ってきたのはかなりビックリした。
こう考えている余裕があるのは、今も魔獣からの攻撃を受け続けてはいるけど、なぜか簡単に避けることができているからだ。
魔獣の攻撃はとても早いはずなのに、こちらの方が素早く反応できている。
ひらりと身を翻すことでかわすことができている状態だ。
元の世界のぼくは、こんな動きはできないと思う。スポーツは得意でも不得意でもない、言わば普通だ。成績もそうだった。
そういえば。長いスカートを履いているのに、意外にそれを邪魔と感じないのはなんでだろう?
今も左右にかなり動いているのに、スカートが動きを邪魔しているようには感じない。
思い返すと、王都でつけられてる男から逃げるときも、全力疾走してた割にあまり気にならなかった。
相手の行動を先読みしている、という訳ではなさそうだけど。
体を動かすべき方向が分かる、そんな感じだ。エリーの反射神経の鋭さは、ぼくと比べ物にならないほどありそうだ。
ただ、避けることができているだけで、攻撃をする余力まではない。
どうにかしないとこのままだ。
「し、シア! 何とかできない!?」
「……何とか動きを止めるから、威力の強い魔術をお願い。私の魔力じゃ倒すのは難しそう」
「わ、分かった!」
シアの魔術をあっさり受け流したところを見ると、半端な魔術じゃ攻撃が通らないようだ。とは言ってもぼくが使える、というか思い付く魔術はそうそうない。
実戦で使ったのは、王都へ向かう途中で遭遇した魔獣に使った氷の矢だけだ。
その魔術が効かないとなると、たぶん他属性の基本魔術も効かないだろう。
王都で使った灼熱の壁は、周りの木々に影響を与えてしまいそうで使えないし。
威力の強そうな魔術を考えて、ぶっつけ本番で使うしかなさそうだ。
威力を重視するなら恩恵属性を活用するべきか。火は森の中だから使えないとすると、風になるだろう。
風はまだほとんど使ってないけど、何かいいものはあるだろうか。
そう考えていると、空からゴロゴロと言う音が聞こえてきた。そういえば天気が悪くなってきたんだった。――そこでぼくは閃いた。
ただ、それを使うには木のある場所ではだめだ。熊の魔獣からの攻撃をかわしつつ、シアに聞いてみる。
「どこかこの近くに開けた場所ってない!?」
「……少し行った先にあったはず」
そうなると、魔獣をそこまで誘導する必要がある。
「そこまで魔獣を誘導するから、合図したら魔獣の動きを止めて!」
「分かった」
ぼくは魔獣の攻撃をかわしながら、少しずつその場所まで誘導する。
かわすのも体力を使うせいか、少し体が重くなってきている。なるべく早くした方がよさそうだ。
数分後、なんとかその場所まで誘導することができた。体力的にもギリギリだった。
シアに合図を送る。
「シア! お願い!」
「分かった。……氷結」
シアが魔術を発動させると、魔獣の手足が地面に氷漬けになった。体を左右に振ってもがいているが、簡単には抜け出せないようだ。
今がチャンスだ。ぼくは精神を集中させ、魔術ルーチンを完成させた。
「シア、ここから離れて! ……雷撃っ!」
人差し指を立て右手を上げ、魔術名を叫んだ。そう、ぼくが考えついたのは、天気を利用した――雷を魔術で操る、というものだ。
アニメやゲームでもよく使われているものだろう。四属性の中では風に該当する、はずだ。
ぼくも魔術に巻き込まれないように、急いで場を離れる。
そして振り向いた瞬間、雷鳴とともに光の線が魔獣の頭へと突き刺さった。そしてグアアアアアアアアという声。あまりもの眩しさと音に、ぼくは思わず顔を背けて目を瞑った。
大音量による耳鳴りが収まったあと、魔獣のいた方へと顔を向けると、そこにあったのは黒焦げになった肉片だった。辺りには肉が焦げた臭いと、白い煙が立ち昇っている。
魔獣が息絶えたのは、間違いないだろう。ぼくはふうと息をつき、その場に座り込んだ。
少し離れた場所から様子を見ていたシアが、こちらへやってきた。
「エリー! ……顔色がよくないけど大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れちゃったけど、問題ないよ」
「……そう。てっきり魔力切れになったのかと思った」
「……魔力切れって?」
「天気を操る魔術は、普通の魔術に比べて魔力消費が桁違いに多い。一般的には、何名かの魔術師が共同で発動させるものだけど。魔力が多い魔術師でも、一名で発動したら魔力切れになってもおかしくない」
シアの説明を聞いたぼく。とくに何も考えずに使った魔術だけど、そんな大層なものだったのか。体から抜ける感覚のものがいつもより多いかな、という程度にしか感じなかった。
「魔力切れになるとどうなるの?」
「目眩を起こしたり、気分が悪くなったり。失神してしまう者もいる。……本当に大丈夫?」
「うーん……。そういうのは感じないかな」
座り込んでしまったのは疲れがピークに達してしまったのか、動けなくなってしまったからだ。
しばらく休憩しないと動けそうにない。ただ、目眩とかは感じない。
「……相変わらず、すごい魔力。心なしかちょっと前より増えている……? いや、あれだけの魔術を使ったあとなのに、あまり魔力が減ってないように見える」
「…………もしかして、魔術具のせいかも?」
そういえば、魔術具工房でこの魔術具を受け取ったとき、店主に「この宝石には付加効果がついている」と言われていた。どういう意味かよく分からなかったけど、何かしらの作用があったのかもしれない。
「……魔力の消費を抑える付加効果がついている。それもかなり上位の。かなりいいモノをもらったようね」
シアがぼくの右手の指輪を見てそう言った。何やらすごいものをヴィーラさんからもらってしまったようだ。本当にタダでよかったのだろうか。
まあタダとは言っても、実際は尊い犠牲を払って得たものだ。
――ぼくの”男としてのアイデンティティ”という名の犠牲だ。
しかし、基本的な魔術では敵わない魔獣がいるとは。シアと一緒だったからよかったものの、ぼくだけで遭遇したりすると相当危ない相手だったかもしれない。
「今みたいな魔獣って結構いるの?」
「そんなことはない。ほとんどは魔術一発で十分なはず」
「……うーん、そうしたら今の魔獣は何だったのかな……」
もしこんなのがポンポンと出てくるようでは、テレスから出るというのはかなり危険だろう。出るというキーワードで、ふとテレスを出るときに受けたオルさんからの警告を思い出した。
「オルさんが言っていた魔獣が増えてきている、というのと何か関係があるのかな?」
「……さあ、分からない」
まあ、この場で考えても仕方ないだろう。ひとまずテレスに戻ったら長老に報告してみるべきかな。
そんなことを考えていると、空から落ちてきた冷たい水滴がぼくの顔をなぞった。どうやら雨が降ってきたらしい。
重い腰を上げ、手近の木の下へ移動した。この雨の中を歩いて行くのは避けたい、ということでしばらく雨宿りをして様子をみることになった。
早く雨が上がってくれればいいのだけど。
微妙に使い勝手の悪い魔法/魔術とか、ロマンを感じて良いですよね。……よね?
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お読みいただきありがとうございます。
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2016/05/30 魔獣退治後の描写を追加
2016/06/11 時間の書き方ミスを修正(数刻→数分)
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。




