Chapter1-16 お買い物とストーカー
そして、現在地は商業エリアの様々な出店が立ち並んでいる場所だ。まず長老の御使いを済ますことにする。
長老から事前に聞いていた、薬草類を取り扱っている出店へとやってきた。店主に目的の薬草の名前を伝えると、すぐに用意してくれた。一束でもそこまで高くはないと金額だった。乾燥しているものだから、あまり重くもなくかさばらないから助かる。
シアは、陳列された薬草類をじっと見つめていた。そういえば、シアはあの時エリーに薬草採集のお願いをしていたのだっけ。シアはこういった薬草類の取り扱いに心得があるのだろうか。それとなく聞いてみる。
「お爺様から調合の仕方を習った」
「……調合?」
「薬草を煎じたり煮たりすることで、液体状の飲み薬にする。私たちにはあまり必要とならないけど、他種族向けの傷薬を作って生計を立てている人もいる。……私は治癒では治らない病気向けの薬や、魔力を取り込む薬を作ったりしてる」
シアはそう言いながら、真剣な表情で薬草を選んでいる。
なるほど、いわゆるポーションというやつだろう。こういったものって何か飲み辛そうというか、苦そうなイメージがある。
テレスに戻ったら、一度飲ませてもらおうかな。どんな味か気になるし。
作った薬の余剰分は、たまに来る行商に売っているそうだ。それで幾分かは小遣いにしているとのこと。こうして王都へ来たときのためにとっておくそうだ。テレスではお金は使わないしね。
そんなことを考えていたら、シアはちょうど在庫が切れてたし、と言い何種類かの薬草を買っていた。
次に、調味料類。色んな匂いが入り交じった出店の前でどんなものがあるかチェックしている。欲しいなと思っていた、元の世界の日本にあるような調味料はなさそうだった。はっきり言うと醤油だ。もしあったとしてもこちらの世界では読み方が違うだろうから、醤油くださいなどと言って通じるはずもないし。
元の世界の和食が恋しくなっているのだけど、これは諦めるしかなさそうだ。とりあえず砂糖っぽいものや、出汁に使えそうなものをいくつか選んでおいた。
これでほぼ塩だけで味付けした料理から、少しはバリエーションが増えるだろう。
荷物が多くなってきたので、鞄を買おうということになった。帰りの身のこなしを気にするなら、背負うタイプの鞄――リュックとかデイパックとかいうもの――がいいだろう。
そういうものを取り扱っている出店はいくつかあった。巨大なものや機能的なもの、奇抜なデザインのもの、かわいらしいデザインのもの。機能重視なのかデザイン重視なのか――この辺りの悩みはどの世界も同じなのだろう。
今はそこまで荷物は多くないし、あまり大きくないものを選ぶべきだろう。
ぼくとシアは別々に好きなものを選ぶことになった。
十分ぐらい経った後。先にシアが選んだようなのだけど、デフォルメされた動物――猫っぽい――をモチーフにしたもので、とても可愛らしいデザインだった。上ぶたには猫耳のようなものが付いている。
視線に気づいたシアが、鞄を胸に抱えたまま何か機嫌が悪そうに話しかけてくる。
「……何?」
「シアがそういうの選ぶと思わなかったから、意外だなって」
「……私がこういうの使うとおかしいのかしら」
シアはどこか恥ずかしそうな言い草だ。全然そんなことないのになあ。
「ううん。意外だなって思っただけ。すごく可愛いから、シアに似合うと思うよ」
「……そう」
シアは何か気まずそうに、ぷいっとあちらの方面へ向いてしまった。ぼくが言ったことは本心だ。少し背が高くてスレンダーな子が、可愛いものを身に着けている。ぼく的には全然ありだと思う。
惜しむらくは、シアがローブばかり着ている点だろう。昨日着せられていたような服でも全然似合うのに。ローブよりは、胸に抱えている鞄がずっと映えるだろう。
「シアはローブばっかり着ていて勿体無いよ。もっといろんな服を着ればいいのに」
ぼくがそう言うとシアは再びこちらへ向いて――しかし視線を反らして口を開く。
「……着てみたくはあるけど、自信がない」
「自信? シアはもっと自信を持ってもいいと思うけど……」
「……その……ないから」
「ない? 何が?」
「……胸」
「…………」
ぼくは何も言えなかった。テレスではそれでシアからお説教されたことはあったけど。正直そこまでコンプレックスを持っているとは思わなかった。
本人は不安に満ちた顔をしている。ここは元気を出してもらおう。
「べ、別になくてもシアは綺麗だし大丈夫だよ!」
「……エリーは私よりあるからそう言えるんじゃない」
「…………」
どうやら逆効果だったみたいだ。まあ確かにシアよりはぼくの方がある。いや、ぼくじゃなくてエリーだけど。
このままじゃ気まずい。何とかフォローしてあげなければ。
「……シアは可愛いんだから、もっと色んな服を着てもいいと思う。わたしは、シアのそんな姿を見てみたいな」
「……そう」
そう言うとシアは、他の鞄が陳列されているところへ行ってしまった。
間違ったことは言ってなかったと思うけど。フォローになっていなかったかな?
その後ぼくもシアに倣って、可愛いデザインの鞄を選んだ。エリーのように可愛らしい少女が、ごついものを身に着けていたら変だろうし。
シアは結局、最初に選んだ猫デザインの鞄にしたようだ。
鞄二つはそれなりに値段がしたけど。使う予定だった宿代がまるまる残っていたので、さして問題ではなかった。
最後にリアのお土産だ。
何にしようか少し迷ったけど。女の子ならアクセサリーとかそういった小物がいいのかなと思い、雑貨を扱っている出店が集まっているところへとやってきた。
シアにリアの好みを尋ねてみたけど、派手なものは好まないという答えだった。
うーん、と悩んでいると、陳列されているものの中で目を引くものがあった。ウサギのようなデザインの鉄細工だ。上部に穴が開いている。
「そいつはスプレを象ったチャームだ」
手に持っていると店主が話しかけてきた。スプレ――このウサギのようなものだろうか。チャームって何だろう?
「えっと、チャームって何ですか?」
「ああ……上に穴が開いてるだろう。そいつに鎖を通して、ネックレスにするんだよ」
なるほど、これは身に付けることができるらしい。結構良さそうだと思って値段を聞いてみたけど、思ったより高かった。高い理由を聞いてみると――。
「そいつは魔力が込められていてな。身に着けている者に幸運をもたらす効果があると言われている」
とのことだった。ちょっと高かったけどデザインが気に入ったので、これに決めた。鎖も一緒につけてもらったので、これで付けてもらえるだろう。
まだ小さいリアには少し大人びたアクセサリだけど、気に入ってもらえばいいけどね。
用事も全て済まして、時間的にはお昼前といったところか。
昼食を食べてから出るとテレスに着くのが遅くなるかもしれないとのことで、出店でパンを買い道中で食べることにした。
さあ街から出ようかと思って歩いていたとき、不意にシアが真横へ近づいてきた。
「シア?どうしたの?」
「……このまま真っ直ぐ歩いて。さっきから誰かにつけられてる」
「……え?」
シアの言葉に思わず立ち止まりそうになったけど、なんとかそのまま歩き続けた。
「つけられてる……ってどういうこと?」
「わからない。でも買い物をしていたときから視線は感じていた。このまま街を出るとよくないから、撒いてから出る」
「……どうやって?」
「奥の角に近づいたら、曲がって走る。しばらく走れるようにするから、付いてきて」
そう言うとシアはぼそぼそと何かを呟いた。その瞬間、体がとても軽くなったような気がした。精霊術だろうか? 聞こうとしたけどそんな時間はなさそうで、角がすぐそこまで迫っていた。
角に差し掛かった瞬間、シアは物凄い速さで角を曲がって駈け出した。ぼくもそれに続いて走る。さっき体が軽いと感じた通り、走るスピードが早く感じた。
しかしシアがかなり早い走りだ。ぼくは何とか遅れないよう、必死に走り続けた。けれど――。
「シア、どこ……」
道を右往左往しているうちに、次第にシアの姿を追えなくなってしまった。
気付けばシアとはぐれてしまい、今はどこかも分からない裏路地の中という訳だ。ただ、つけてきた人は上手く撒いたようだ。
商業地エリアからは離れて、恐らく居住区エリアにいると思う。この広い王都でシアとどうやって合流すればいいのか。お互いに連絡を取る手段――携帯電話なんて当然ないし。
(王都へ来たときに入ってきた門で待っていれば、会えるかも?)
テレスへの方角だと、たぶんそこの門が帰る方向で間違いないだろう。そこにいれば、会える可能性がある。
(まあ、そこまでどうやって行くかだけど……)
とりあえず位置だけは覚えているので、移動してみるかと思ったとき。路地の奥から誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
全身灰色の服を纏った男――ぼくたちを追いかけていた人だ。走る直前に後目で見たのだから、間違いない。上手く撒いたと思っていたのに。
このままだとまずいと思って、ぼくは別の方向へと駈け出した――。
走り回っているが、あの男はかなりしつこい。どれだけ逃げ回っても、必ずついてきているようだ。
そして別の問題が起こった。段々と走れなくなってきたのだ。あの精霊術っぽいものの効果が切れてきたのだろうか。そうなると、エリーの体力次第になるけど。
重い物もろくに持てないエリーに、どれだけの体力があるか。あまり期待しない方がいいだろう。
(しまった、行き止まりだ!)
疲れが溜まっている中で、路地の行き止まりのところに入ってしまった。オロオロとしていたら、路地の奥からは例の男が歩いてくるのが見えた。
もうろくに走れないだろうし、ここで何とかするしかないだろう。
そうは言っても、どうするか――。思い当たったのは魔術だ。魔術ならなんとかできるかもしれない。
けど、今使う相手は魔獣ではなく人だ。人に対して魔術を使うというのは抵抗がある。だって、人に当ててしまったら――。
いや、今はそんなことを考える余裕はない。とりあえず直接当てずに追い払えるぐらいにすれば、と考える。段々と近づいてくる男に対し、思いついた魔術は――。
「灼熱の壁ッ!」
壁を作ってこちらに来られないようにすればいい、と考えた結果。元の世界のゲームで似たようなものがあるのを見たことがあり、それを真似てみた。
その目論見は見事に成功したようだ。炎が風を切る――ガスバーナーが出すような――音とともに、路地の道路一杯に炎の壁が立ち塞がった。ただ、問題は――。
(あっ、流し込む魔力を決めてなかった!)
いわゆる威力を決め損なった結果。その壁の高さは、王都の一番高い建築物よりも遥か上空まで到達しているようだった。わざとではないけど、ちょっと派手にやりすぎた感じがする。
壁そのものも厚く、向こう側の男の姿を目視することはできない。これではこちら側へ来ることはまずできないだろう。
それはよかったのだけど。
(何だか騒がしくなってきた気がする……)
裏路地の一角のはずなのに、何やらがやがやと声が聞こえてくるのが分かった。もしかしなくても、これのせいだろう。街中で魔術を使うのはちょっと不味かったかもしれない。
さて、これはどうやって止めるんだろう。と思っていたら、徐々に炎の壁の勢いが収まってきた。それが完全に収まると、向こう側にいたはずの男は姿を消していた。
どうやら諦めてくれたようだ。
「……エリー!」
そうしていると、路地内からシアの声が聞こえてきた。行き止まりかと思われていたところは、わずかに通れるような隙間があったようだ。そこからシアの姿が見える。
「シア! どうしてここが?」
「……エリーの姿が見えなくなった後探しまわっていたけど、そのとき火柱が上がったのを見た。もしかしたらと思って向かってみたら、ここに出た。……周りが騒がしくなっているから、ここを離れる」
「……うん、分かった」
路地を抜けてテレスの方向の門へと向かっている最中、王都の中は騒がしくなっていた。賑やかとは別の方面で。
やれ魔術師同士の喧嘩が起きただの、隣国からの敵襲だの、はたまた神の警告だの。――最後のはなんだろう。
なんだかあまりよくない予感がしたぼくたちは、足早に門をくぐり、王都をあとにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。
-----
2016/05/27 シアの衣装に関する台詞を追加。一部描写変更。
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。