Chapter1-15 魅惑されたぼく
明くる朝。窓から差し込む光と、鳥のさえずりで目を覚ました。
昨日のあれは夢だったんだろうか――。そうであって欲しいという願望に近いものだけど。
ふと目線を落とすと、胸元に赤い跡があるのを見つけた。ヴィーラさんが付けたものだ。
それを見た瞬間、昨日自らが犯した痴態が思い起こされる。
ヴィーラさんの誘いに屈した後は、ただされるがままになっていた。
いや、最初こそは恥ずかしさやなんやらが残っていたからそうだったけど、途中からは――。
(じ、自分から、もっとしてとお願いをするなんて……)
女の子の体から引き起こされる快感に、あっさりと敗北したぼく。あんな声色で自らおねだりをしてしまった。
思い起こすだけでも、顔から火が出そうだ。もはや男としてのアイデンティティが、クライシスな状態だ。
元の世界で男だったぼくは、一人でしたことはある。健全な男子なら当然だ。えっちなことには当然興味はある。
けど、異性との経験はない。そもそも、異性と付き合ったことがない。自分の性格上、積極的に異性へ話しかけるようなことはできなかった。
そんなぼくがどういう訳か、男としての経験より先に女の子側の経験をしてしまった。普通では起こりえないことだけど。
昨日ヴィーラさんから教えてもらった快感は、許容範囲を超えたものだった。男より女の方が、受ける刺激が――というのは聞いたことがあるけど、両方経験してしまった今ならその通りだと言える。
もしこれをするのが癖になってしまったら、抜け出せないだろう。女の子の体は、それぐらいすごかった――。
よく分からない思考を捨てて、ベッドから這い出る。そういえば、いつの間にか下着は新しいものを着せられていた。というのも、最後の方は記憶がない。たぶん意識を失ってしまったのだろう。
初めに着ていたものは体液で濡らしてしまい、途中で脱いでしまった。
というか、今着ているのもサイズがピッタリなのだけど。まさかヴィーラさんは初めから2着買っていたのだろうか――。
いろんな煩悩を振り払いたくなったぼくは、シャワーを浴びることにした。
夜のあれやこれやで汚れてしまった体を、洗い流したかったことも理由の一つだ。
シャワーを浴び終わったあと、エリーの普段の服に着替える。どうやら、洗濯してくれたようだ。服からは石鹸のような良い香りが漂っている。
居間に行くと、すでにシアとヴィーラさんが起きていて何か会話をしていた。シアはぼくと同じでいつもの服を着ていた。さすがにあの薄着の状態で、テレスまで歩いて帰るのは難しいだろう。
二人におはようございます、と声をかけた。
――ヴィーラさんの顔をまともに見ることはできなかった。
「エリー? シャワーを浴びていたの?」
「……普段寝る環境と違ったらなかなか眠れなくて。目覚めが悪かったからシャワーで目を覚ましてたんだよ」
「……ふうん、そう」
シアに聞かれて咄嗟についた嘘だったけど、不審に思われなかったみたいだ。
まあ、言ったことはあながち嘘でもないんだけど。結局寝たのはいつ頃だろう。
ちらっと横目でヴィーラさんを見たけど、ニコニコと笑みを浮かべていた。
朝食を摂ったあと、昨日修理に出した魔術具を受け取りに行こうという話になった。あのお店って何時に開店、とかあるのだろうか。そもそも今が何時なのか分からないけど。
そういえばこの世界に来てから、あまり時間というものを気にしていなかった気がする。テレスには時計がなかったからだ。あの集落は、悪く言うと時間にルーズ。時間の概念がほとんどない。空の移り変わりで一日が動いているのだ。
閑話休題
ヴィーラさんに聞いても「多分開いてるんじゃないかしらー」と大雑把な答え方だった。まあここからさして遠くもないし、ひとまず行ってみるという動き方でもいいだろう。まだ開いてなかったら、その辺を散歩してもいいし。
長老のお遣いを先に済ませてもいいし、リアのお土産探しでもいいかもしれない。
ぼくたちはもう家には戻らないので、荷物をまとめて出ることになった。王都へ来る前より手提げ袋が1つ増えてしまっている。
買ってもらった服のせいだ。重くはないけど動き辛いので、王都を出るまでになにか背負うタイプの鞄を見繕った方がいいだろう。
そして、魔術具工房へとやってきた。店の前に立て看板が置いてある。どうやら既に開店しているようだ。
店内に入ると既に客がいて、店主の男が応対していた。すぐ終わりそうなのでそのまま店内で待つ。とくにやることもないので、店内に展示してあるものでも見ることにする。ヴィーラさんは、待ち椅子で本を読んでいるようだった。
壁に掛かっている剣に目をやる。柄の少し上に宝石が付いている、ということはこれも魔術具なのかな?
「ウィルが使っているのと同じものね」
ジロジロと見ていたら、近くにいたシアがそう言ってきた。そういえばウィルはあのとき、剣を使っていたのを思い出した。
「この剣ってどうやって使うの?」
「刀身に魔術を纏わせて相手に斬りかかる。纏わせたものを打ち出すこともできる」
なるほど、ゲームやアニメでよくある魔法剣士みたいなタイプのようだ。少しカッコよさそう、ぼくもできたらとは思ったけど。今のぼくでは、こんな剣はとても振り回せないだろう。逆に剣に振り回されるのがオチだ。
そういえば剣を見てふと思い出したけど、エルフ族のイメージだと弓を使う種族というイメージが強い。それだけにウィルが剣を振り回していたのは、少し驚いた。それをそれとなく聞いてみたけど、ウィルはたまたま剣を使っているだけで、弓を使う者もいるとのことだった。
それを聞いて、ぼくは剣はダメでも弓なら扱えるかなと思ったけど。シアから弓を引くのも力がいる、と聞いてがっかりした。ほとんど力のないこの体では、魔術に頼るしかなさそうだった。
そんな話をして時間を潰していると、どうやら前の客が帰ったようだ。壮年の店主がこちらに声をかけてくる。
「待たせてすまなかったな。修理は終わってるぞ」
そう言って店主は、指輪をカウンターの上に置いた。指輪の台座には白い宝石が取り付けられている。この宝石はなかなか流通していないものらしく、店主も普段扱わないものらしい。
昨日預けるときに一度魔力を込めてみたけど、光を放つだけでビクともしなかった。恐らく今度は壊れることはないとのことだったけど、まあ実際に使ってみないと分からないだろう。
テレスに帰ったら、例の広場で試してみればいいかな。
店主に残りの代金を支払い、お礼を言って魔術具工房をあとにした。
さてここでヴィーラさんとはお別れだ。今後はヴィーラさんの古文書解読の連絡待ち、ということを改めて確認した。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「気にしなくてもいいのよー。全部私が好きでやったことだからねー」
「あ、あの……色々とありがとうございました」
まだちょっと話し辛いけど、お礼はきちんと言わないといけない。服を買ってもらったり、ご馳走になったりしたし。礼儀は大切だ。
「いいのよー。また困ったことがあったらいつでもいらっしゃいねー」
そう言うと、ヴィーラさんは歩き出した。しかし、ぼくの横を通り過ぎるとき。立ち止まって耳元で――。
「……次はもーっとすごいことを教えてあげるからねー」
そんなことを呟いてきたのだ。驚き横を見ると、妖艶な笑みを浮かべたヴィーラさんの顔がそこにあった。そんな姿のヴィーラさんに、顔を真っ赤にしてしまったぼく。
しかしヴィーラさんはすぐに表情を緩め、悪戯が上手くいったと言わんばかりに。うふふと笑いながら、立ち去っていった。
ヴィーラさんはハーフエルフだけど、実は夢魔か何かじゃないのか、と疑わずにはいられなかった。
ぼくの胸の鼓動は、しばらく収まることはなかった――。
王都最終話だと言ったな、あれは嘘だ。
……ごめんなさい許してください。
次話……エリー追われる!?な、お話予定。
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2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。




