Chapter1-12 甘いものは大好き
ヴィーラさんからの”お願い”を引き受けた後、街へ出掛けようという話になった。まだ昼間なのに研究や講師の仕事は大丈夫なのか、と確認したのだけど。
「大丈夫大丈夫ー。今はこっちの方が大事なのよー」
そのような言い草で、仕事はどうでもいいとのことだった。”お願い”は確かに時間制限ありだけど、仕事をほっぽり出してまで優先するほど大事なことなのだろうか――。
ヴィーラさんのお願いとは、ぼくたちを”今日一日自由にしたい”というものだった。
そんな簡単なことで良いのかな。一日といっても既に昼を過ぎてるし、実際半日ぐらいなのだけど。ぼくは別に構わないし、シアにも尋ねたけどそれぐらい問題ないとのことだったので、了承した。
――この判断が誤りだったとは、このときは気付くはずもなく。
まず初めに件の魔術具工房へ行き、ヴィーラさんから譲り受けた宝石と手付金を店主に預けた。話によると少し加工に時間がかかるとのことで、翌日に完成品を受け取ることになった。これで王都に一泊するは確定したのだけど、予想はしていたので問題はない。
そして連れて行かれた先は、商業エリアだ。ここは巨大な市場があり、大陸の各都市から集められた食料品や日用品など、多種多様なアイテムが手に入る。商人たちの威勢のいい声が市場に響いていて、活気に溢れていた。ここにいたら、必要のないものまでつい買ってしまいそうな、そんな雰囲気だ。
「朝から歩いてたのなら、お腹が空いたでしょうー? 先にご飯を済ませないとねー」
そう言われたら、少しお腹が空いたような気もする。テレスを出てから何も口にしていなかった。
確か、王都に到着したのが昼頃だったはず。これまでの用事を済ませた時間を考えると、昼を大分過ぎた頃だろう。
昼食の時間にはちょっと遅いけど、夕食には早過ぎる時間ぐらいだろうか。
そのことを踏まえて、簡単に済ます方がいいだろうということとなった。
その市場を通り抜け、やってきたのは隣接している飲食店街だ。
オープンスタイルのお洒落なお店から、造りが他店と違って明らかに客層を選びそうなお店。はたまた何かの肉を焼いている屋台など、様々だ。
その一角にある、ヴィーラさんが行きつけにしているというカフェへと辿り着いた。入店しウエイトレスに席へと案内される。
店内を見渡すと、着飾ってはいないけど上品な雰囲気。こういうのをシックな感じというのだろうか。テーブルや椅子、店内に飾ってある調度品は小奇麗で、ゆっくりと落ち着ける空間だ。
さて、何か注文をと思い壁に掛けてあるメニューを見たのだけど、字が読めないため何が書いてあるのかわからない。ということで、ヴィーラさんのおすすめを選んでもらった。
「エリーちゃんやシアちゃんは、こういうお店は入ったことあるのかしらー?」
「わたしは初めて王都へ来たので、飲食店へ入ること自体初めてです」
テレスには飲食店はなかったし。元の世界では、似たようなカフェには入ったことがあるけど。
「私は飲食店には何度か入ったことはありますけど、こんなお洒落なお店は初めてです」
「そうなのねー。ここはねー、甘い物がとっても美味しいのよー」
そんな話を幾分か続けていると、注文した料理が運ばれてきた。
テーブルに置かれたそれは、パンケーキみたいなものだった。横に置かれた器には、甘い匂いを漂わせた何かの液体が入っている。
ウエイトレスに聞いてみると、木の樹液を煮詰めたものとのことだ。それをパンケーキの上にたっぷりとかけて、小さく切り分け口に運ぶ。
「お、美味しい……!」
ふわふわのパンケーキに、とろける甘さの蜜がたっぷりと染み込んでいる。極上の甘さに思わず顔を綻ばせてしまう。そういえばテレスでは野菜中心の食事で、ここまで甘い物は食べていなかった気がする。
元の世界のぼくも甘い物は好きではあったけど、ここまで感動するほどではなかったような――。味覚がエリーの方に合ってしまっているのだろうか。
シアの方を横目で見てみる。普段あまり表情を変えないシアでさえ、目を輝かせてパンケーキを頬張っていた。女の子は甘い物が好き、というのは本当なのだろう。
――女の子というフレーズに何か引っかかったけど、気のせいだろう。
パンケーキを食べていると、テーブルの向かいに座っているヴィーラさんに料理が来ていないことに気付いた。
「あれ、ヴィーラさんは食べないのですか?」
「ああ、気にしないでー。私は別にいいのよー」
そう言って、ヴィーラさんは終始ニコニコしたままぼくたちを見つめていて、結局そのまま何も食べなかった。
食事が終わった後の会計で、自分達が食べた分の料金を支払おうとしたけど、ヴィーラさんに断られてしまった。――ヴィーラさん自身は何も食べていないのに、申し訳ないと言ったのだけど。
「いいのよいいのよー。こちらこそご馳走様でしたー」
ヴィーラさんはそう言って、ニコニコとしているのだった。
ご馳走様ってどういう意味だったんだろう?
次に連れて行かれた先は、商業エリアの市場内にある服飾店だった。こじんまりとした佇まいのお店で、服に関しては一通り揃っているようだった。
頭に”女物の”という言葉が付くけど。
店に入るなり、ヴィーラさんは店員に「この娘たちに合いそうな服を片っ端から持ってきてー」と伝えた。
そして暫くのあと、夥しい数の服がぼくたちの前に積み上げられた。
「じゃあー、これを着てもらおうかしらねー」
この数を全部試着するのか――。
まあ自由にしていいという約束なので、やるしかないだろう。ぼくたちは着せ替え人形と化す覚悟をした。
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2016/05/17 一部描写追加
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。




