Chapter1-10 王都クェルクス
休憩を挟みながら、歩くこと数刻。あれ以降は道中魔獣と出会うことはなく。森林を抜け、辺りを見渡す限り草原の地帯へと辿り着いた。
しばらく歩いていると、道に轍があった。そこを歩き進めると、ある程度舗装された道へ出た。といっても、馬車等も通れる程度に均された道、という感じだけど。当然コンクリート舗装なんてものはない。
街道の側に、木の板のようなものが設置されていた。それには何かの文字のようなものが刻まれているが、何と書かれているのか全く分からない。シアに尋ねてみると、案内板とのことだった。これを読めるのか聞いてみたが、たぶん王都への案内だろう、とのことだった。
たぶんとはどういうことだろう。シアは、地名ぐらいは読めるけどほかはよく分からない、と言った。どうやら、文字の読みが完璧ではないらしい。
エリーの知識を読んでみたけど、エリーも文字の読み書きはできないようだった。
この世界では、文字の読み書きは、誰もができるという訳ではないらしい。
どうやら、元の世界の日本のような、義務教育という制度は恐らく存在しないみたいだ。
王都には大学というものは存在するようだが、その下の学校はどうなのだろう。少なくとも、テレスには学校というものはなかった。
生きていく上での知識や技術は、各家庭で教えられているようだった。
文字の話でふと思いついたが、元の世界ではぼくはひらがな、カタカナ、漢字、英語、計四種類の文字の読み書きができていたということになる。
それをシアに話してみたら、元の世界では語学の研究者をやっていたのかと、とても驚かれてしまった。
元の世界のぼくは、成績は中の中から上の、ごく普通の高校生だ。
文字はテレスに戻ってみたら勉強してみよう。きっと、役に立つことが出てくるはずだ。
閑話休題
案内板からしばらく歩き、ついに王都の近くまでやってきた。ここの途中の道で、行商と見られる馬車と何度かすれ違った。
すれ違いざまに、何かを感じ取ったのだけど、何だったのだろう。
王都クェルクス。都市の周りが二重の城壁で囲まれている、いわゆる城郭都市だ。王族が暮らす宮殿があり、市場や飲食店などがある商業が盛んなエリア、工房などのもの作りが集中しているエリア、一般階級の住居があるエリア、貴族などが暮らすエリアがある。道すがらシアから聞いた内容だ。
王都の入り口であろう巨大な門までやってくると、人の列ができていた。どうやら検問のようなものをやっているようだ。
順に並び、しばらくすると順番が回ってきた。金属製の鎧を身に纏った男が受付をしているようで、こちらへ話しかけてきた。
「ようこそクェルクスへ。今日はどのような用事か」
「王立大学の講師へ面会に。テレスの長老様が書かれた紹介状もあります」
そう言うと、シアは長老の紹介状が入った封書を、受付の男に差し出した。受付の男は、封書にあるサインと印章を確認すると、通ってよいと言い、紹介状を返してくれた。
門をくぐると、そこは人の波がうねっているかのごとく、人で溢れかえっていた。活気に溢れている、という表現が合うだろう。
どちらかと言えば喧騒という表現の方が合うかもしれないけど。
地面は石畳できちんと舗装され、ひしめき合うかのように建造されている建物群は、レンガ造りとなっている。森林の中に集落があり、諸々の素材がほとんど木だったテレスとは大違いだ。これが、この世界の都市の姿なのだろう。
歩きが遅くなり周囲をキョロキョロしていると、シアからはぐれるからちゃんと付いてきて、と言われてしまった。
まるで田舎から都会へ出てきた田舎者みたいな感じだ。実際そうなんだけど。こんな光景を観たら、色々見渡したくなるのは仕方ない、はずだ。
道を歩いている人は、普通の人だけではないようだ。
頭に猫のような耳をつけた人がいたかと思えば、頭部そのものが獣だったり、全身が獣毛で覆われていたり、何かの尻尾のようなものが生えている人もいる。
アニメやゲームの世界にいた、いわゆる獣人族というものだろうか。長老が言っていた通り、エルフ族以外の種族も沢山いるらしい。
つい観察してしまい、ぼくは足を止めてしまっていた。見かねたシアは世話の焼ける妹ねと言って、ぼくの右手を取ったかと思ったら、自身の左手と握り合わせた。
つまり、手繋ぎの状態だ。
シアの突然の行動に、思わず固まってしまった。
なぜなら、ぼくは女の子と手を繋いだことがないからだ。
シアの柔らかい手の感触に、少しドキッとする。
はたからみたらぼくたちは姉妹に見えるんだろうか、などと考えつつ、シアと手を繋ぎながら道を歩き進んだ。
シアの横顔をそっと覗いてみるけど、表情を変えずいつもの――ほとんど無表情のままだった。
元の世界のぼくには妹はいるけど、姉はいない。姉がいる子の気持ちは分からないけれど。
ここでお姉ちゃんと言って接したら、ぼくたちは本当の姉妹のように見えるのだろうか。
ふとそう思いついたけど、その光景を想像したときに、何でそんなことを思いついたのかと、何とも言えない気分になってしまった。
少し顔――頬の辺りを熱く感じたのは、恐らく気のせいだろう。
そしてやって来た所は工房エリア。
途中通ってきた商業エリアと違い、この辺りは人の声より、作業場から聞こえる音の方が目立っている。カンカンと何かを叩くような音がする。店の前に剣が立てかけてあるということは、武具の鍛冶職人がいる工房ということだろう。
このエリアは、そのような工房が軒を連ねている。
シアに案内されやってきた工房へ入ると、工房内にはカウンターがあるだけで、ほとんど何もなかった。せいぜい壁に、木の棒や剣が少しだけ掛けられている程度だ。
「どなたかいらっしゃいませんか」
シアがそう言うと、カウンターの奥の扉から背が高い壮年の男が出てきた。
エリーの身長からでは、見上げるような高さだ。見た目の雰囲気から、いかにも職人という感じがする。顎には長く生えた髭がある。
「おお、いらっしゃい。お嬢ちゃん方、一体何の用事だ?」
「魔術具が壊れてしまったので、修理をお願いしたいのですが。……エリー」
シアに言われ、ぼくはポシェットの中から宝石の取れた指輪を取り出し、男に差し出した。男はそれを受け取り、しばらく観察したあと、こう言った。
「……これは、宝石が魔力に耐え切れなくてぶっ飛んだようだな。……銀髪のお嬢ちゃんがやったのか?」
はいと答えると、男はううむと言いながらしばらく髭を弄っていた。
「こいつ自身、それなりの魔力に耐えられるはずの物のようだが……ちょっと待っててくれ」
男はそう言うと、カウンターの奥へ入っていた。
しばらくの後、男が何かを抱えて戻ってきた。カウンターの上に置かれたのは、台座の上にガラスのような球状の玉が置かれている物だ。占い師が使っているようなイメージの物だ。
「ちょっとこいつに魔力を流してみてくれ。こいつは魔力を見ることができる代物でな、それでお嬢ちゃんの大体の魔力が分かる。それに合う宝石を選ぶという訳だ」
「えっと、どうすればいいんですか?」
「普段魔術を使っているときに、流し込む魔力を決めているだろう? それと同じようにやるんだが、魔力を可能な限りの最大にして、やってみてくれ」
とりあえず言われた通りにやってみる。目を閉じて精神を集中して、対象はこれ、流し込む魔力、”最大”。
その瞬間、ピシッという音がした。何の音だろうと目を開けると、目の前の玉に深くヒビが入ってしまっていた。
恐る恐る玉に触れてみると、ヒビの入ったところからバラバラに崩れ落ちてしまった。
「これは…………ううむ」
男が顔をしかめてそう呟いた。不味いことをやってしまったのかな――。
玉を壊してしまったせい?わざとではないとはいえ、高価な物だったら不味いだろう。
汗をほとんどかかないはずのエリーの体だが、冷や汗が出たかのような錯覚に陥った。
そして男はこう言った。うちでこの魔術具の修理はするのは難しい、と。
”術に流しこむ魔力量”のイメージは、「星をみるひと」の攻撃ESPのイメージから取っています。同じESPでもさいこ力(MPみたいなもの)の消費量によって威力が変わる、というシステムでした。――元ネタが魔術じゃないですね。
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2016/05/09 一部表現追加
2016/05/12 全体(表現・描写)を改稿
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。