Chapter1-09 初戦闘と『精霊術』
翌日の陽が少し昇った頃。準備のできたぼくはエリーの両親にいってきますと告げ、家を出た。
エリーの両親には、昨晩のうちに王都へ行くことを伝えてあったけれど、かなり心配をされてしまった。十三歳が家を空けるのだから、無理もないかもしれない。シアと一緒に行くから大丈夫と言うと、何とか納得してもらえた。
今日のぼくの服装は、あの日エリーが着ていた服だ。こちらの世界に来た時に着ていた服だから愛着が沸いたのか、少し気に入っている。――少しだけだ。
持っていく荷物は最低限だ。動くのに邪魔にならないように、小さめのポシェットを斜め掛けしている。王都までの移動は徒歩なので、なるべく身軽にしておいた。
シアの家へと来た。ドアをノックして暫くすると、ドアが開くと同時に背の低い緑髪のかわいらしい少女が顔を出した。
「あっエリーお姉ちゃんだ!」
そう言うと少女は、ぼくの胸元へ飛び込んできた。この少女は、シアの妹のアーリアだ。皆はリアと呼んでいる。髪と目の色はシアと同じだが、性格はシアとまるっきり異なる。とても愛くるしい笑顔をする少女だ。シアはあまり表情を出したりすることはないし。ぼくに抱きついているリアの頭を撫でながら、話しかける。
「おはよう、リア。シアを呼びに来たのだけど、呼んできてもらえる?」
「うん! 待っててね」
そう言うとリアは家の中へ駆け出していった。
ちなみに、ぼくはリアとはもう二、三度は会っている。初めは元気いっぱいなリアに少々戸惑ったけれど、無垢な笑顔がとても可愛らしくて、今では頭を撫でて話をするぐらいには振る舞えるようになった。
エリーも、リアとこのようなスキンシップを取っていた、のだと思う。
暫くしてシアが出てくると、シアの両親と祖父――見た目はみんな若い――も同時に出て来た。シアお姉ちゃんにお世話になります、と挨拶した。
出掛けの際、リアにお土産をねだられた。覚えておかないと。王都で良いものがあればいいけど。
そしてテレスの門の近くまで来ると、オルさんが門番をしていた。あの日と同じだ。
「おはようございます、オルさん。お疲れさまです」
「やあ、おはようエリーちゃん。シアちゃんも一緒だね……外へ出るのかい?」
「はい、用事で王都まで行ってきます」
「王都まで? ……ご両親は知っているのかい?」
「大丈夫です。長老様の御使いの用事もあります」
「……長老様も了承済みということだね。分かったよ」
それでは行ってきます、と言ったところで。オルさんがああそうだ、と言って引き留めた。
「最近、ここら一帯で魔獣の出現が増えているみたいなんだ。見回りの連中がそういうことを言っていたからね、十分気を付けて行ってほしい」
「……分かりました、ありがとうございます」
王都へ辿り着くまでに、魔獣と出会うことがあるかもしれない。オルさんの警告に少し気落ちしつつも、ぼく達はテレスをあとにした。
☆
森林の中を黙々と歩いていく。とくに問題が起きなければ、長老の話通りだと昼過ぎには到着するだろう。会話ぐらいしかすることはないから、折角だしシアには色々と聞いておこうかな?
「そういえば、移動手段って歩く以外には何かあるの?」
「……馬車がある。テレスにはないけど。……たまにテレスへ来る行商は使っている」
テレスでの生活環境から、車みたいなものは存在しないだろうと予想していたけど、やはりそのようだ。
ちなみに、とシアが付け足したところによると、馬車は揺れが酷く乗り心地が悪いらしい。
ぼくの予想だけど、たぶん地面はアスファルトのような舗装はないだろうし、馬車には車にあるようなサスペンションもないだろうから、路面の状態による振動をもろに受けてしまうのだろう。馬車酔いとかしてしまいそうだ。
幻想の世界は、こういうところは不便だ。魔術を使って空を飛ぶ、とかできればいいのに。
行商についても聞いてみた。ある程度予想はしていたけど、テレスは相当な田舎であるらしく、物を手に入れるとなるとわざわざ王都まで行かないとならないらしい。徒歩だと今みたいに数時間かけて、だ。
さすがにそれは不便だということで、定期的に王都の商人がテレスまで商売に来るそうだ。ただ商売に来るだけでなく、テレスの特産品の買い取りなどもしているらしい。――特産品? そんなものあったんだ。
工芸品みたいなものを想像したけど、どうなのかな? まあ、それは今どうでもいいだろう。それよりも、王都の情報を聞いておきたい。
「王都ってどんなところ?」
「広くて色んな物とヒトに溢れている場所。テレスとは全く違うし騒がしい」
シアはそう答える。何だか端的であんまり説明になってない――。言わんとしていることは何となく分かるけど。
王都って名前から、一つの国の首都みたいなものをイメージしている。元の世界だと、東京みたいなものか。人がとても多いし、ごちゃごちゃしているような感じだろう。
まあ王都まで時間がかかるし、ゆっくり聞いていけばいいだろう。
そんなことを考えていると、少し離れた茂みからガサガサという音が聞こえた。
咄嗟に身構えるぼく達。茂みから現れたのは、青い毛並みが特徴の狼の魔獣。ぼくが初めて魔獣と遭遇した、あの時と同じ魔獣だ。
あの時の記憶がフラッシュバックし、体がガクガクと震えるぼく。
動けないぼくにシアは、魔術具であるスタッフを手にして前に出る。
「氷の矢」
直後、シアから放たれた氷の矢が魔獣に襲いかかる。――これから起こるだろうことに、ぼくは目を背ける。
魔獣のものだろう、ギャアアアアという声が聞こえた。
「落ち着いて。もう倒したから大丈夫」
シアはそう言うと、体を震わせていたぼくを優しく抱きしめてきた。暖かく柔らかい感覚に、安心感を覚える。次第に体の震えが治まってきたと同時に冷静になり、女の子に抱きしめられていることに気付き、何か恥ずかしくなってきた。
「も、もう大丈夫だから」
ぼくがそう言うと、シアはそう、と言ってすっとぼくから離れた。
しかしシアは何かを察知して、先ほどと別の方向を向く。
「……待って。もう一体いる」
小声でシアが言うと、向いた方に別の魔獣がいた。様子を見る限り、どうやらまだこちらには気付いていないようだ。
「次はエリーがやって」
シアは真剣な表情でぼくにそう言った。ぼくは気付かれていないならこの場から立ち去ればいいんじゃないか、と言ったのだけど。
それを聞いたシアは厳しい目つきで。
「厳しい言い方をするけど、いつまでもそれじゃ駄目。いずれはやらないといけない。早めに慣れた方がいいと思う」
ぼくにそう言った。
――そうだ、長老にも魔獣退治に協力してくれと言われていたじゃないか。いつまでも怖がっていてはだめだ。自分を奮い立たせて、魔獣の方へ向く。
「大丈夫。訓練通りにやればできる。魔獣から目を離さないで」
シアは優しくぼくに語りかけた。
一度深呼吸して息を整える。いつも通りやれば大丈夫だと自分に言い聞かせる。
訓練通り、魔術のルーチンを組み立てる。そして――。
「氷の矢っ!」
ぼくの前に現れた氷の矢が、魔獣を目がけて一直線へと飛び立った。
ザシュッ、という突き刺さる音。魔獣の頭部にそれが突き刺さった。
魔獣は断末魔を上げ、その場へと倒れ伏した。氷柱が刺さった場所と口からは、赤いものが流れているようだった。
「……倒せた、の?」
不安に感じたぼくはシアに確認する。ぴくりとも動かない魔獣を見る限りは、大丈夫だと思うけど――。
「……ええ。初めての魔獣退治、お疲れ様」
シアのその言葉に、ぼくはふうと息を吐いた。どうやら、上手くいったみたいだ。
安心したと同時に、とても嫌な気分が体を襲った。それは、生き物を殺してしまったという、罪悪感。前回魔獣を倒した時は、体が勝手に動いたこともあって、そこまでではなかった。
でも今回は、明確に自分の意志で、殺したのだ。
やらなければやられる、それは分かっている。けれど、あちらの世界で平和に暮らしていたぼくには、納得しがたいことだった。
今後も魔獣退治からは避けられないだろう。なるべく早く、慣れなければいけない。
ぼくにはその覚悟が、できるだろうか。
☆
その後はとくに魔獣と遭うこともなく、順調に森林の中を進んでいった。集落からだいぶ離れたのだろうか、少しずつ周りの光景が変わってきているようだ。
集落の近くにはなかった植物を散見する。虹色の花を咲かせているものや、巨大なウツボカズラのようなもの。そういったものに目を奪われていると、足元に生えていた草に足を滑らせて、前のめりで盛大にこけてしまった。シアから「大丈夫?」という声を受けて立ち上がる。
手のひらがひりひりしたので見てみると、少し擦りむいて血が出ていた。地面へ手から落ちてしまったからそのせいだろう。
「もう、こういった所はあの子と変わらないのね」
シアはそう言うと、ぼくの手に手をかざし、ぼそぼそと呟く。すると、ぼくの手から淡い緑の光が広がっていく――。
光が収まると、ぼくの手のひらにあったはずの擦り傷は、確認できなくなっていた。
事前にエリーの知識を読んでいたお陰で、この現象が何かは知っている。
精霊術の治癒というものだ。直接見るのは初めてだ。ちょうど良い機会なので、精霊術とは何か、をシアに尋ねてみる。
シアによると、精霊術はエルフ族だけが行使できる術で、精霊にお願いして様々な現象を起こすのだとか。
「治癒はとても便利。これを仕事にしているエルフもいる」
元の世界の医者に当たるものだろう。アニメやゲームの世界では、このような治癒の術というのはお馴染みのものだ。この世界でのそれは、どのぐらいまでの怪我を治せるのだろう。
「時間をかければ骨折も治せる。ただ、出血がひどい場合は傷を治せても上手くいかないことがある」
傷を塞ぐことはできるが、出てしまった血液までは元に戻すことはできないらしい。そういう意味では、怪我をしたらすぐに治療するということが必要みたいだ。
疑問に思ったけど、治癒は怪我には効くようだけど、病気とかには効くのだろうか。怪我とかが外科的なものなら、いわゆる内科的なものの方だ。
それとなく聞いてみたが、効くときもあれば効かないときもある、と曖昧な返答だった。まあ今は考えても仕方ないだろう。それよりも気になるのは――。
「……わたしも、使えるかな?」
「……あの子も使えていたし多分大丈夫。精霊に好かれていればの話だけど」
精霊にお願いして様々な現象を起こす、ということで精霊に好かれていないと術が発動しないことがあるらしい。術者の性格的なものや、日頃の行いなどでそれが決まるらしい。精霊はそこまで見ているのか――。
「精霊に好かれているかどうか、確かめることってできるのかな?」
「……直接呼んでみれば分かる」
どうやら特定の言葉を発語することで、精霊を呼び出すことができるそうだ。
その内容は、魔術の詠唱に近いようだ。シアに教えてもらい、早速試してみる。
「我の声に耳を傾き給え」
言い終わると同時に、小さな人型の何かが光を伴って現れた。それは目測で二、三十センチぐらいの、背中に蝶のような鮮やかな羽根をもった少女――妖精というイメージに近いものだ。
それは次々と現れ二、三、四、――十のそれが、ぼくの周りを飛び交っている。精霊の羽根からは、光を放つ粉のようなものがきらきらと舞っていて、神秘的な光景だ。
「……驚いた。普通は好かれていても、せいぜい二、三体ぐらいしか現れないはずなのだけど」
「……そうなの?」
「とても好かれていると思っていい。これなら精霊術の行使は問題ないはず」
精霊に嫌われてしまって術が使えない、という事態にならなくてよかった。逆にそこまで好かれているとは。ぼくは精霊に何かをした訳ではないのだけれど。
ふと、好かれているのはエリーなのか、ぼくなのか、どっちなのか疑問に思う。見た目の話なら前者だけれど。確認する術もないので、これ以上考えないようにする。
精霊を見ていてハッと思い出す。あの時に現れた精霊がいないだろうか、確認してみる。けど、どうやらいないようだった。いれば、色々話を聞けたのに。一体どこへ行ってしまったんだろう?
そんなことを考えている間も、精霊たちはぼくの周りを楽しそうに飛び回っている。そのあどけない光景に思わず頬が緩む。
「……ところで、この精霊達を呼んだあとって、どうなるの?」
「……精霊達が飽きて帰るまではこのままね」
そんな訳で、ぼく達は多数の精霊達をあやしながら、王都を目指すのだった。
”次話より王都編”と言っていたのに、王都に辿りつきませんでした……。
筆の遅さと展開の遅さをどうにかしたいです。
遅くなりましたが、10,000PV到達しました。いつもお読みいただきありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
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お読みいただきありがとうございます。
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誤字脱字等がありましたら、お知らせください。
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2016/05/12 全体(表現・描写)を改稿
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。