Chapter1-08 訓練の成果ともう一つの訓練
訓練を始めた日から一週間が過ぎた。ちなみにこの世界の一週間も、元の世界と同じ七日間だ。
今日も例の広場に来ている。今日はシアの他に長老も一緒にいる。訓練の成果を見てもらおうという話だ。
「炎の矢」
ぼくの前に現れた一本の炎の矢は、発動と同時に真っ直ぐ的である木の板まで飛んでいき、木の板を粉砕した。
「ふふふ……」
思わず笑みがこぼれる。七日間に渡る訓練のお陰で、ぼくは基本的な魔術を使いこなせるようになったのだ。一番の問題だった威力をコントロールする、ということができるようになった。
例えば狭い場所で魔術を使うことがあった場合、威力のコントロールが上手くいかないと、自分や味方を魔術の巻き添えにしてしまう可能性があるとのこと。そのため、威力をコントロールして対象だけを狙うようにするということはとても重要、とはシアの言葉だ。
ちなみに、火以外の三属性も同様にできるようになった。難関だった”術に流し込む魔力”のコツさえ掴んでしまえば、あとは簡単だった。
「どうやら、上手く使いこなせるようになったみたいだな」
「はい。……まだ基本的な魔術だけですが」
「まあ、それだけでも魔獣には十分対抗できるだろう。ただ、実戦……魔獣と戦う場合は、相手は動くということを忘れてはならんぞ」
ここでの訓練は動かない的に対して、魔術を打ち込んでいるだけに過ぎない。でも、動いているものに対して、魔術を上手く当てられるのだろうか。シアに聞いてみる。
「発動の後に、対象をしっかりと見続けること。そうすれば動いている相手にも当てられる」
どうやら、魔術は追尾することができるらしい。よく覚えておこう。その後、長老から話があると言われ、ぼくたちは長老の家へと向かった。
「魔術を上手く扱えるようになったようだから、もう集落の外に出ても問題ないだろう。魔術具の修理のために、王都へ行ってもらおうと思ってるのだが……。それと別に、会ってもらいたい者がいるのだ」
「……会ってもらいたい者?」
「そうだ。元の世界に戻る方法がないか、こちらでも調べてはみたが、今のところ手掛かりはない。……今考えうる中で、可能性がありそうなのは精霊術だ。そこで、精霊術に詳しい者が王都にいるから、会って話をしてみてほしい。その者は元々テレスで生活していたエルフだ」
「……なるほど」
そういえば、精霊術というのもあるのだった。確か、エルフ族にしか行使できないとかいう術だったはずだ。会って聞いてみるのが良いだろう。
「その方は、どんな方なんですか?」
「……そうだな、今は王立の大学で講師をしておる。いくつかの研究分野を専攻していて、知識も幅広い。ただ……ちょっと変わり者だが」
「変わり者?」
「……まあ、悪い者ではないから警戒する必要はないのだが。……いや、エリクシィルの場合は、少し注意した方がいいかもしれないな……」
「……?」
長老の歯切れの悪い言い方に、首を傾げる。エリーの場合は、とはどういう意味だろう。
「まあ、とにかく一度会ってみてほしい。私の紹介状があれば、会ってくれるだろう。紹介状の内容にある程度エリクシィルのことは書かせてもらうが、差し支えなかったか? 信用に足る者かどうかは私が保証する」
「……はい、お願いします」
“エリーのこと“と言うのは、つまりぼくのことだろう。元の世界に戻れる手掛かりが掴めるかもしれないのなら、とくに問題はない。注意した方がいい、という言葉に少し引っかかってはいたけれど。
「早朝に出れば昼頃には王都に着くだろう。予定が済んだとき夕方になってしまっていたら、そこから帰るよりは王都で一晩明かす方が良いだろう。夜に外を出歩くのは避けたほうがよい」
「はい、分かりました」
修理にどれだけ時間がかかるか分からないし、会う予定のエルフももしかしたらその日に会えない可能性もある。王都で一泊するつもりでいた方がいいだろう。
「今日は準備して、明日の早朝にテレスを発つ形がいいだろう。予定通りフェリシアも同行してもらおうと思う。フェリシアよ頼むぞ」
「はい、長老様」
シアも一緒に来てくれるとのことなので、道中や王都では迷ったりすることはないだろう。あとはこれを、と長老が言い、小さな布の巾着のような物を手渡された。受け取るときに、金属の重なり合う音が聞こえた。
「……これは?」
「この大陸で流通している通貨だ。この村では使わなくても生活はできるが、王都では金がないと不便だ。魔術具の修理や、宿への宿泊で必要になる。余った分は自由に使ってもよい」
「……いいのですか?」
「構わん。ああ、その代わりと言ってはなんだが、御使いを一件頼まれてはくれないか。ここでは中々手に入らん物があってな」
「分かりました。ありがとうございます」
その後御使いの詳細を聞き、ぼくとシアは長老の家を後にした。家まで戻る途中、ぼくはシアに気になっていることを尋ねてみる。
「シアは、長老の言っていたエルフのことは知らない?」
「ほとんど知らない。出身者の中に講師をしている者がいる、ということだけは聞いたことがある」
「……そうなんだ」
注意しておいた方がいい、との長老の言葉がずっと引っかかっているのだが、情報がなさすぎる。ただ、現状ではどうしようもなさそうだ。
「シアは王都で泊まったことはあるの?」
「一度だけ。泊まることになったら、そのときに使った宿を使う」
「宿ってどんな感じ……というか、何があるの?」
「ふつうは寝るだけの施設。お風呂もないけど、汗をかかないから一日ぐらいは問題ない。気になったら濡れ布で体を拭けばいい」
「……汗をかかない?」
ちょっと気になる言葉に聞き返す。そういえばエリーの姿になってから、汗をかいたことがあっただろうか。気候的には過ごしやすい――元の世界の体感で十五度ぐらい――のだけど。
そういえば、魔術の訓練などで体を動かしていても、ほとんど汗をかいていなかったような気がする。
「……そのままの意味。私たちの種族は汗をほとんどかかない」
シアの話によると、人間族と違い、エルフ族は代謝がとても少ないとのことだ。
なるほど、ずっと気になっていたトイレの回数の少なさも、それと関係していそうだ。食事の量がとても少ないのも納得できるし。二十歳ぐらいで外見の成長が止まるというのも、その辺りが関係しているのか。
元の世界だと、年を取ると代謝が悪くなるとは聞くけど。こちらの世界では、元の世界の常識が尽く通用しないことは理解しているので、あまり深く考えないことにした。
「王都行きの準備は後でするとして。今日ももう一つの訓練をするわ」
「…………うん」
シアのその言葉に、ぼくは重苦しく返事をする。恐らく王都行きの準備はそれほど時間はかからないだろう。持っていくものは聞いてあるけど、とても少ない。準備するにしてもまだ昼を回ったばかりで、時間はたっぷりある。
でも、その訓練をするのはとても、疲れるのだ。
その訓練とは、女の子らしく振る舞うことを意識するものだ。それは多岐に渡る内容で、言葉遣いから始まり、仕草や歩き方や座り方。着衣の仕方もある。そのほか、名状しがたいことも。
エリーとして過ごすのだから、とシアが提案して始めたものだ。正直なところ、魔術の訓練よりこちらの訓練の方が疲れる。主に精神的に。
訓練を重ねるごとに、少しずつ男としてのアイデンティティーを失っていくことを感じている。
事実、今も着ているフリフリでヒラヒラな服も少しずつ、着ることに抵抗がなくなってきている。これしか着る物がないとはいえ、まだ肌の露出が少ないことが救いか。幸いにもエリーの持っている服は全てロングスカートだ。あと、訓練のお陰で下着も当たり前のように、手早く着けることができるようになった。
口調や仕草などは、数日で身に付くようなものではないだろう。今は常に意識していないとできない状態だ。
あと、何故か料理まで訓練させられることになった。女の子なんだから料理ぐらいはできるように、とのことだ。ちなみに、エリーは全く出来なかったそうだ。まあ、洗い物を手伝うと言ったときのエリーの母親の慌てっぷりをみると、大体察しがついた。
幸いにして、数週間とはいえ料理に熱中していたこともあってか飲み込みは早かったのではないか、と思う。基礎があるとないとでは、上達の差は大違いのはずだ。包丁の代わりにナイフで材料を切るのは少し慣れが必要だったけど。
ただ、調味料類は元の世界と全然違ったのには参った。種類が圧倒的に少ないのだ。ほぼ塩分のみで味付けをしなければならない。しかも薄味だ。これでは料理のバリエーションに苦労しそうだ。
エルフ族は自然志向なのか分からないけど。野菜中心でかつ味に差が無いと、食事に飽きてこないのだろうか。
調味料類は、商店のないテレスでは手に入らないけど、王都へ行けば手に入るらしい。王都へ行ったときに、少し調達した方がいいかもしれない。――ぼくが料理する機会が、どれぐらいあるのかは分からないけど。
ぼくはふとエリーでの生活が長引いて、女の子らしさに染まってしまった場合、元の世界へ戻ったときにそれが出てしまわないだろうか、という恐ろしい考えが思い浮かんでしまった。
ぼくは大丈夫だ、きっとすぐに戻れると自分に言い聞かせ、厳しい訓練に勤しむのだった。
次話より王都編です。数話続く予定です。
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2016/05/05 一部台詞を追加。魔術設定について追加。
2016/05/07 全体を改稿
2016/05/12 全体(表現・描写)を改稿
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。