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Epilogue

「ママ!」


 昼下がりの静寂を打ち破る、高いトーンの声。

 とてとてとおぼつかない足取りで歩く、小さな女の子。

 腰まで伸ばした金のさらさらな髪の毛を揺らして、こちらへと近づいてくる。

 ピョコンと飛び出した耳がぴこぴこと揺れて、愛らしい。


「~~♪」


 その少女は、椅子で編み物をしていたわたし(・・・)のお腹に顔を埋める。

 乳離れはとうに済んだというのに、まだまだ甘えん坊だ。


「ねーねー、またお腹の音聞いてもいい?」

「また? 本当に飽きないね……」


 許可を出すと、エリネ(・・・)はわたしの膨らんだお腹をゆっくりと撫で上げて、耳をお腹に押し当てた。

 わたしは編み物をやめ、その姿を眺めて髪を撫でる。

 もう何度もやっているこの行為。エリネは心音を聞いてるんだと言ってるけど、聞こえているのはわたしの心音の方じゃないのかと言いたくなるのをぐっと堪えている。

 ふと、お腹が少し動いたような気がする。どうやらエリネは分かったらしく、ブンと顔を上げた。目をキラキラと輝かせて。


「あっ、動いた! 動いたよママ!」

「うん。エリネにも早く会いたがってるのかもね」

「いつうまれるの? はやくあいたいな!」

「もうすぐだって長老様が仰ってたよ」

「やったあ! たのしみ!」


 愛娘のエリネはその場で体を動かして全身で喜びを表現している。でもそんなに動き回ったら危ない――と思ってたら机に頭をぶつけて大泣きし始めた。

 わたしはまたか、と思いつつ「大丈夫?」といい治癒(ヒール)をかけながら泣きじゃくるエリネをあやすのだった。


 ☆


「じゃあ、フィアちゃんとあそんでくるー!」

「はいはい。暗くなる前に帰ってきてね」


 元気よく飛び出していった愛娘を見送って、再び編み物に戻る。


 ウィルと結婚してから、五年の時が流れた。

 愛娘――ティエリネと名付けた――が産まれたのは、婚礼の儀から二年も経たないうちだった。

 そして今、わたしのお腹には第二子がいる。


 エルフ族が生涯に産む子の数って、そう多くはないと聞かされていたのだけど。

 普通に考えて、寿命の長いエルフ族が子沢山だったら、この世はエルフ族で溢れかえっていることだろう。


 ――そのはずなのに、誰かさんが毎晩頑張ってくれるお陰で、もうふたり目が産まれそうな状態に。

 それに付き合ってるわたしは、何も言えないんだけど。このままだと、あっという間に家の中が手狭になりそうな気がする。

 これから数百年はある寿命を全うするまで、とんでもない大家族になってしまうような――。

 

 さて、わたしの身長はあれからほとんど伸びることはなかった。

 もう少し伸びて欲しかったな、という残念な気持ち。お母さんはそれほど身長が低いわけではないのに、なんでだろう?

 ウィルはさらに伸びたというのに。もう見上げるレベルまで差が付いてしまった。

 お陰でたまに王都を歩くと、少女と間違えられることもあった。わたしはもう一児の母だと言うのに。それを伝えると大体驚かれる。

 もう二十歳が近いため、身体的な成長は見込めない。もしかしたら、子どもに身長を抜かされたりとかしてしまうかもしれない。


 それはさておき、エリネは大変元気に育ってくれている。真っ直ぐな明るい性格でどちらに似たんだろうか?

 ちなみにシアにこの子を見てもらったところ、わたしに匹敵する、もしくはそれ以上の魔力を備えているらしい。

 聖樹様の加護を受けたエルフ族同士の子、さらにそのあと聖樹様から直接祝福を受けているので当然なのかもしれない。

 これまでのわたしのことを考えると、あまりやりすぎないように、と言い聞かせる日も近いのかもしれない。


 聖樹様へ子どもの顔を見せに行ったとき少し話をしたのだけど、聖樹様自身は少しずつ力を取り戻しているとのことだった。

 事実、集落の周りの魔獣も少しずつではあるけど減っていっているらしい。

 完全に力を取り戻すには、まだまだ時間が掛かるらしいけど。


 さて、この子は将来どういった子に育つのだろうか。魔術に興味があるようだから、宮廷魔術師の道もあるのだけど。

 この子がやりたいことをやらせてあげられればなあ、と思う。

 でも仮に冒険者になりたい、とか言い出したら危ないとかなんとか言ってウィルが全力で止めそうな気がするけどね。


 エリネは集落の皆にかわいがってもらっている。かつてわたしが指導した子どもたちにはもちろんのこと、レティさんが産んだ女の子ともよく遊んでいるようだ。


 レティさんは(くだん)の男性と結婚して、わたしと同じぐらいのタイミングで子どもを産んだ。

 人族とエルフ族との子なのでハーフエルフなのだけど、少なくともこの集落では差別は起こらない。

 エリネもそういったことは一切気にしていない――そもそもそういうことを判断できる歳でもないけど――毎日のように、一緒に遊び回っている。

 レティさんは子どもを産んだあと、子育ての傍ら引き続き宮廷魔術師の支部長としての仕事を続けている。

 支部の建物は、一家の家と支部を兼ねてそのまま家族で住んでもらうことになった。

 レティさんもすっかりテレスの住民として馴染んでいたし、その方針で異論が出ることもなかった。


 シアは、集落を出る道を選んだ。なんでも、王都で調合店を開きたいとのこと。

 今はなぜかヴィーラさんのところに身を寄せて、調合の傍ら助手みたいなことをしているようだ。何やら坑道調査のときから仲がよくなったらしい。

 たまに集落へ戻ってきては話相手になってくれるし、母体に良いという薬を持ってきてくれたりと相変わらず面倒見の良いお姉ちゃんとして居てくれている。



 ふと編み物の手を止め、膨らんだお腹を擦る。

 今はこんな身重の体なので、宮廷魔術師の仕事は産休状態だ。その分ウィルが頑張ってくれているので、とくに問題が起こってはいない。

 リアたちも十分活躍できるようになったので、集落周りの魔獣退治は随分楽になった。


 そういえば、ミルとテオはいま恋仲の関係だとリアから聞いた。ミルの「上手くする」と言っていたのはそういうことだったのか。何にせよふたりの様子を見る限りだと、テオは尻に敷かれそうだなあ、という気がしている。ミル、気が強い女の子だからね。


「帰ったぞー」

「ママただいま!」


 そんなことを考えていると、ドアのガチャリと空けられる音。

 それとともに、ふたりの声が聞こえてくる。


「おかえりなさい」


 ドアの方へ向いて立ち上がろうとすると、ふたりに制止される。

 お腹の子に障るといけないから、というのだ。

 優しくしてくれるのはありがたいけど、少しは動かないとダメだからね。


 やんわりと説明したあと台所でお茶を淹れて、皆が居るテーブルへ。

 ウィルはエリネが作ったらしい、花輪を頭に掛けてもらっていた。

 トイレ、と言ってエリネが席を外す。

 そしてウィルとふたりきりになったあと、魔獣退治の結果を尋ねていた。

 わたしはその内容を報告書にまとめていたんだけど。

 

「あー! またパパとママいちゃいちゃしてるー!」


 戻ってきたエリネが指を指し、大声でそんなことを言う。

 わたしとウィルはふたりして吹き出してしまう。

 尋ねているときに、ちょっと体を寄せ合う形になっていたのだけど、それを見たせいだろうか。


「エリネ、その言葉どこで聞いたの?」

「リアおねえちゃんが、わたしのパパとママはらぶらぶ? でいちゃいちゃだからって!」


 エリネの言葉を聞いて、ふたりして顔を見合わせる。

 リアももうそれなりの歳なのに、なんというか変わってない。

 それよりも、一体どんな話を吹き込んだのか気になる。

 そんなことを考えているとウィルが立ち上がり、わたしに体を寄せて頬にキスをした。


「ちょ、ちょっとウィ……パパ!?」

「そうだ、パパとママはラブラブだからな」


 頬から唇を離したウィルがそう言うと、エリネはキャッキャと喜んでいた。

 わたしは結婚したての時期みたいな、初心な反応をしてしまった。

 たかがキスぐらいで――。でも、娘の前で見られると何となく恥ずかしい。


「も、もう……」


 今でもたまに帰ってくるシアにからかわれるぐらい、その、ラブラブなのは否めない。

 五年経った今、ウィルへの愛がより一層増している気がする。――なので、ラブラブでも仕方ないのだ。

 そう自分に言い聞かせ、ウィルに体を寄せた。


 愛するウィルとエリネに囲まれて。

 そして間もなく産まれてくるふたりめの赤ちゃん。

 ――これからも幸せな家庭を築いていけたら、とわたしは願うのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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