Chapter3-41 想い伝えて
どうやら時間は深夜だったらしく、そこから事情を聞かれたりして解放されたのは日が変わるぐらいのときだった。さすがに疲労困憊で、ぼくとウィルはそれぞれお風呂だけは入り、すぐに眠りに就いた。
翌朝は日が昇ってからかなり時間が経ったあとに目が覚め、急いで準備をして王宮へと向かった。
折角ベネが気を遣って国王に時間を空けてもらうように言っていたのに、予定の時間はすでにオーバーしていた。
昨日の今日でエリーを一人にさせるわけには、と心配したウィルが一緒に王宮へやってきたことのだけど、なぜかそのまま謁見をすることになった。
謁見の間にて国王に会い、まず先に時間に遅れたことを詫びた。だけど、国王はすぐに顔を上げてほしいと。
どうやら国王の耳にも昨日の件が伝わっていたようで、深夜にまで及んだのだから遅れてしまったのは仕方ないことだと言ってくれた。
無事で良かったと、身を案じてくれたのは嬉しかった。
ぼくを襲った男はすぐに捕らえられて、これから処遇を決めるとのことだ。屋敷を調べるとよくないものが出てきているらしく、刑が重くなるのは避けられないとのこと。
出来れば二度と男の顔を見たくない、と伝えたところその心配は要らないと言ってくれた。貴族と言えど誘拐、監禁、道具の不法所持などがあるため、牢屋から出てくることはないだろうとのことだった。
そして宮廷魔術師であるぼくを助けてくれたウィルに対しても、お礼とともに報奨金を手渡していた。
事件を解決したから、なのかな?
当初の目的である鉱山の調査報告書を手渡して、簡単な報告を行い謁見の間をあとにした。
ベネにもドレスのお礼を伝えたいと思って取次をしてもらい、ベネの居室へ。
初めて連れてきたウィルを紹介して、ドレスのお礼を述べた。かなり高い買い物ではないのかと聞いたものの、大したことないですわとの一点張りだった。
話題はすぐにそのあと起こった件に。ベネも今回の騒動を聞かされていたようだった。
「大丈夫でしたの? 誘拐されたと聞いたときは卒倒してしまうかと思いましたわ」
「うん。宮廷魔術師や兵士さん、そしてウィルが助けてくれたから」
「怪我もなくて? ……本当によかったですわ」
「ありがとうベネ。でも……」
あのときのゴダゴダで、少しドレスが傷んでしまったことを伝えて詫びた。
隷属の首輪が無茶な動きをさせたせいだとはいえ、もらったものをすぐに痛めてしまうなんて。
「いいですのよ、エリーが無事なのであれば。……それに少し遠くからでしたけど、エリーの姿は目に焼き付けておきましたから。本当に美しかったですわ」
結構遠くからだったけど、ベネはぼくの姿を捉えていたようだ。それで、衣服店に手直しをして届けさせると提案してくれたけどそれは断った。頼る伝があったからだ。
ベネはウィルに対してもお礼を述べていた。
時間も押していたのでお礼だけで帰ろうとしたところ、ベネから耳打ちされる。
「ウィルさんというのは、エリーにとっての幼馴染みでよかったのかしら」
「……うん、そうだけど」
「そうですの。本当に、仲がよさそうですわね」
そのままニッコリとした表情のまま、ベネはぼくたちを見送った。
謁見のとき、国王からもう一泊するなら部屋を手配すると言われていたけどぼくは固辞した。
とある決心をしていたからだ。それ自体は王都でも実行できなくはないけど。
今の気分的には集落へ帰ってから、それを実行したいと思っていた。
普段より少し遅めに王都を出てテレスへと戻り始める。
道中は、あまり言葉がなかった。ぼくはとあることで考え事をしていたせいだけど、ウィルとも最低限の話だけ。ウィルは疲れがあったのだろう。
魔術具が新しくなったお陰で、ぼくは魔獣との戦いに復帰することができた。
何度か魔獣と遭ったものの、分担して対処していった。
「なあ、ちょっと寄り道していかないか」
そんな中、集落まであと少しというところで、ウィルが提案した。
どうしたんだろうとあとをついていくと、例の湖だった。
すでに日が傾き初め、水面がオレンジ色に染まっている湖。
この時間帯に来るのは初めてかもしれない。
ふたり並んで岸に腰掛ける。
――それで、ウィルはどうしてここへ寄り道しようと言い出したのだろう。
横に居るウィルを横目で見るけど、まっすぐ湖を見たまま動こうとしない。
歩き疲れた足をブラブラさせる。ひんやりとした風が、頬を撫でた。
ふたり無言で、静かに時が流れていく。
(……どうせなら、もうここで言ってしまおう。先延ばしよりは……)
ぼくは集落へ戻ってから伝えようとしていたことをここで話してしまおうと考えた。
もう決心したことだ、勇気を振り絞って言わなければ。
ウィルの方を向いて口を開いた。
「あの、あのね……話があるの」
「……なんだ?」
ウィルがこちらへ向く。
ぼくは少しだけ俯き加減になるけど、覚悟を決めて顔を上げ口を開いた。
「その……わたしね、ウィルのことが……好き、です。何回も言い出そうとしたけど、中々決心が付かなくて、言えなくて……」
「ウィルのことは、お兄ちゃんみたいに思っていたけど……。違うことに気付いたの」
「ウィルと離れたくないって日に日に思うようになってきて……ずっと一緒に居たいって思って……!」
「昨日助けてもらったときも、やっぱりウィルじゃないと嫌だって気付いて!」
「今まで恋愛ごっこのフリを続けてたけど、そういうのはもうやめてウィルと本当の恋仲になりたいの!!」
矢継ぎ早に、一世一代の告白。
汗をかきにくいはずなのに、額には汗がじんわりと滲んでいるような気がした。
ドキドキと胸が高鳴っている。
どんな返事が来るか、ウィルの反応を待つ。
「…………あー、俺から言うつもりだったのに、先に女の子から言わせるなんて恥ずかしいな」
そういうウィルは頭を掻いてばつの悪そうな顔をしていた。
「……俺も、エリーのことが好きだ。俺もごっこ遊びなんか続けるつもりはない」
「俺も何度も好きだと伝えようとしたんだが、今一歩踏み出せなくてな……。そして結局エリーに先に言われるとか、年上として失格だな」
そう言いながら、ウィルは俯いて悄気ているようだった。なんだか思ったよりダメージを受けてそうな感じ。
ウィルが言おうとしていたというのは心当たりがある。そこまで落ち込まなくてもと慰めようとしたけど、次に顔を上げたときは顔付きは真剣なものに変わっていた。
「昨日宿に戻ったときエリーが居なくて連れ去られたと分かったときは、どうかなりそうだった。無事にエリーを保護できて抱きしめていたとき、エリーが居ないといけないと改めて気付いた。そのあと、ちゃんと俺の気持ちを伝えなければと思ってた」
そういうとウィルはぼくの手をとって、
「……エリーと将来結婚することを前提で付き合いたい」
じっとぼくを見つめて、そう伝えてきた。
ぼくはその言葉を聞いて、目を見開いた。ドクン、とひときわ大きく胸が鳴った気がした。
け、結婚――? そこまで考えてなかったけど、でも、付き合い続けるってことはそういうことだよね。
そしてふと、テレスのしきたりについて思い出す。ウィルは一八歳までに伴侶が居ないと、テレスを去ることになってしまう。それはぼくも同じ。
ウィルと結婚すれば、ウィルは出て行かなくて済むし、ずっと一緒に居られる。
――色んな感情が渦巻いて、誤魔化すようにウィルの胸へと顔を埋めた。
だめ、まだ泣いてはだめ。大事なことを聞いていない。
「……嬉しい。でも、ウィルは本当にいいの……?」
「……? どういう意味だ?」
「わたしはエリーだけど、半分カナタだし……。魂の半分は、男なんだよ。そんなわたしでも、本当にいいの?」
「……逆に俺から告白して、その辺りの事情で拒絶されるんじゃないかと恐れていた。だけどはっきり言うが、そういうのも全部ひっくるめて、今のエリーが好きだ。……違うな、愛しているんだ」
ウィルの言葉にぼくは驚愕する。
「あ、愛して……?」
「好きになるってそういうことだろ? ほら、あっちの世界の言葉でライクじゃなくてラブのほうだよ。そういう意味だよ」
「ぁ、ぅ……」
「さっきも言ったが将来的には結婚して……。そして、子どもも欲しい。そう思っている」
ウィルからの立て続けに刺激の強い言葉で、ぼくの顔がにわかに熱を帯びているようだった。
きっと、真っ赤に染め上がってしまっているだろう。
「子ども……。そうだね、そうだよね……」
ぼくは、女の子だ。女であるぼくが、子どもを産む。至極当然のこと。結婚する男女の愛の結晶であり、かけがえのない存在。
エルフ同士の子だから、産まれるのもエルフだ。カッコいい男の子か、可愛い女の子か。
まだ見ぬ子の顔を、いくつも思い浮かべてしまう。
「子ども……どっちに似るのかな……?」
「おいおい、さすがに話が早すぎるだろ。……そもそも、まだ答えをもらってないが?」
「答え……?」
「……はあ、もう一度言うぞ。俺は、エリーを愛している。エリーが良いなら、伴侶になることを前提として付き合いたい。……受けて、もらえないか?」
真っ直ぐな目でそう言われる。
ウィルからのプロポーズを受けて、涙が溢れ出てしまう。
答えはとっくに出ている。
「…………はい、お受けします。わたしも、ウィルを愛しています」
「……よかった。ダメって言われたらどうしようかと思っていた」
「ふふっ、言うわけないよ」
二人で見つめ合ってそんなことを言う。
ぼくは顔を近づけると、ウィルもそれに応じてくれた。
ぼくは精一杯背伸びをして肩に手を置いて。ウィルは少し腰を落として。
初めは触れ合うようなキス。一度顔を離して、微笑みかける。
「だいすき」と言い、ぼくは首に手を回し身体を密着させてウィルの口を塞ぐ。驚くウィルの口へ舌を差し込み、絡ませる。フレンチキス。ウィルもそれに応えてくれた。息継ぎも忘れて頭のクラクラするような、唾液の交換を伴う甘いキス。
「ぷあっ……」
「……ここまでだ」
「……えっ」
ふわふわとした夢の世界から、急に現実に戻されたかのような錯覚。
ぼくはウィルの静止に驚いてしまう。
もっとキスしたいのに。どうして止めちゃうの?
「すまん、これ以上続けると抑えがききそうにないんだ」
「……っ!」
「俺たちは、まだ付き合い始めたばかりだ。焦る必要なんてないだろう」
「……そうだね」
ウィルが何を言わんとしているのかは分かった。ちょっぴり残念な気もするけど。
――そのまま押し倒されても、受け入れるつもりでいたんだけどね。
ウィルがそう言うならしょうがない。
だけどもう一度だけ――。そうしておねだりをして、ぼくはもう一度ウィルの首に手を回して、優しく唇を合わせた。
ついに、ようやく、ウィルと本当の恋仲になれた。
その幸せを、ウィルの温もりを全身で噛みしめていた――。
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