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Chapter3-39 囚われて

 目が覚めると、顔に柔らかい感触。

 そして、すぐに異変に気付いた。

 身体が思うように動かせない。両手、そして両足を動かすたびにジャラジャラと金属音がする。

 顔を手の方に向けると、ベッドの隅から鎖に繋がれていることが分かった。

 なんだか、すこし目眩もする。それが収まるまでに暫く時間を要した。


 周りは薄暗く、今が何時かもよく分からない。

 どこかの建物の一室というのは間違いないようだ。


 どうして、こんな場所に居て、こんな状態にされているのだろう。

 馬車の中で男に何かを被せられたあと、そのまま眠ってしまったことを思い出す。

 そこが記憶の最後だ。

 まだ少しふらふらする頭で考えても、辿り着く答えは「何者かに眠らされて誘拐された」だった。


 天蓋のあるベッド、薄暗い中でもそれなりの広さはありそうな部屋なのは確認できた。

 ――縛られていなければ「親切な人が介抱してくれた」と思えるんだけど。

 身体をよじってみるけど、相変わらず四肢が拡げられた状態から抜け出せない。

 魔術でこの鎖をどうにかできないかと考えたけど、身体を傷つけてしまう可能性もあるので思い留まった。


 そう考えている中、突然ガチャリという音が聞こえた。

 音のした方へ身体をよじると、開かれたドアから男が入ってきた。


「目を覚ましたか」


 そう言って男は一歩一歩、ぼくへと近づいてきた。

 誰だろう、この人。

 この顔に見覚えはない。眠らされた男ではないのは確かだ。


「やはり、美しい……」

「ひっ……」


 髪を撫でられて、思わず声が出てしまう。

 ――気持ち悪い。生理的に受け付けない、悪寒を感じた。

 どうしてそう思ったのかは分からない。

 知らない人、だからだろうか。


 男の年齢は二十歳ぐらいか、ウィルより年上でラッカスさんよりは年下に見える。

 背は中背で男にしては長い青髪。身なりはしっかりしている。

 整った顔付きで、たぶんカッコいい部類の男に入るだろう。

 この男は、ぼくを誘拐したことに関わっているのだろうか?


「あ、あなたは誰ですか……!? なんでわたしにこんなことを!?」

「……ふふふ」


 男はベッドサイドに腰掛け、ゆっくりと話し始めた。

 自身をティーリオ・オルキデーアと名乗った男は、ここの家主らしい。

 なにやら王都外の騒ぎに関連して、宮廷魔術師に若いエルフ族の娘が居るという噂を耳にしてどのような娘なのか興味を持っていたとのことだ。

 王宮で開かれたパーティーで、ぼくがそのエルフ族だと分かって一目惚れをしたらしい。

 じっとぼくを見ていたらしい。それを聞いて気持ち悪さを感じるとともに、それに思い当たる節があった。


「……もしかしてバルコニーで、わたしを見ていたのも……」

「そうだ、私だ」


 そういって男はニンマリとした気持ち悪い顔をして再び僕の顔を撫でてくる。

 じっとりとした手で触れられ、身体が拒絶しているかのように震える。

 一目惚れしたからってこんなことをするなんて、発想がおかしい。


「なんで、こんなことを……」

「声を掛けてからゆっくり話をするつもりだった。しかし、君の傍にはエルフ族の男が居た……」

「……!」


 歯軋りして表情を歪ませる男に恐怖を感じる。おそらくは、ウィルのことを指しているのだろう。

 男は表情を元に戻し、再び口を開いた。


「君はあの男のことを好いているのだろう?」

「…………どう、して……」


 ぼくのことをほとんど知らない、そもそもさっき初めて見たと言っていたぐらいなのに、何故それが分かったのだろう。


「君はことあるごとに、何度もその男の方を見ていた。その視線でそうだと分かるものだ」

「……」


 たしかに、親衛隊の人ら次々と挨拶へきたときに、困ったらウィルに話を繋げてもらっていた。

 それもずっと見られていたということだ。

 そう考えると、この男の異常さがはっきりと分かる。ただただ気持ちが悪い。


「だから君をその男から離そうと、従者に連れてくるように命令した」

「……」


 馬車の中で乱暴を働いてきたのは、この男の従者だったのか。

 どうして、貴族たちと混じって宮廷魔術師のぼくが馬車に呼ばれたのか。それはこの男が仕向けたことだったのだ。

 もう少し用心していればよかったのに、疑わずについていったのがまずかった。

 不用心だったぼくも悪いけど、それ以上に悪いのはこの男だ。

 ――とはいえ、このまま黙って何もしないというわけにはいかない。

 

「こ、こんなことをしたら宮廷魔術師団が黙ってないですよ!」


 語気を強めるぼく。この男がやったことは誘拐、そして監禁だ。

 国の直属組織である宮廷魔術師のぼくにそんなことをするだなんて、どういうことを意味するのか分かっているのだろうか。

 国の後ろ盾があるから宮廷魔術師に手を出す人は居ない、というのをレティさんから聞いたことがある。

 だけどぼくの言葉を聞いた男は、とくに表情を変えることもなく淡々と語り始める。


「そんなことは分かっている。だから、急いでこの国の外へ出る手筈を整えた。……じきにここを発つことになる。国外に出てしまえば、連中もそう簡単に手を出せなくなる」

「こ、国外……」

「そうだ。幸い、エルフ族に寛容(・・)な地域に(つて)がある。……そう、エルフ族が街の外で歩こうものなら、すぐ襲われて奴隷商に売り払われてしまうようなところだ」

「そ、そんな……」

「君が屋外へ出るようなことはしなくなるだろう。捕まりたくなかったら、な」

「……酷い……」


 男の言葉にショックを受けてしまう。そんな場所に連れて行かれたら最後、この男から逃れることはできなくなってしまうだろう。

 この男と一緒に暮らすか、奴隷になるか。どちらとも選びたくない。

 でも、そんなところに無理矢理連れて行かれたとしても、こんな男と居るなんて無理だ。

 生理的に受け付けない、そんな気持ちにしかならない。


「…………あなたに好きだと言われても、その想いには応えられません。こんな酷いことをしたあなたを好きになるだなんて、不可能です」

「……そうか、残念だ。……ならば、無理矢理にでも好きになってもらうしかあるまい」

「……!?」

「君は私の伴侶になるのに相応しい……いや、ならなければならない存在だ。君は、私のものにならないと、きっと後悔することになる」


 矢継ぎ早に話すこの男は、狂っている。そう感じた。

 男が気持ち悪い笑みを浮かべる。男が一体なにを考えているのか、全く分からない。 

 狂気を孕んだそれに恐怖を抱き、身体が震えてしまう。


「そんな怯えなくても大丈夫だ。君と私はきっと良い夫婦になれる。暫くは大人しく言うことを聞いてもらうことになるが……。《喋るな》」

「……っ!?」


 突然喉に違和感を感じる。

 声を出そうとしたけど、全く声が出ないことに気付く。口を開いても、何も喋れない。

 そんなぼくを嘲笑うかのように、男はぼくの首元に手を触れてきた。

 なにか、冷たい感覚を感じた。

 下を向くと、自分の首に何か鉄製の輪っかが掛けられていることに気付いた。


「これは隷属の首輪という。本来は奴隷に使うものなんだが……。これを着けられた者は命令に逆らえなくなる。……こうやって、身体の自由すら簡単に奪える代物だ」

「……!!」


 男が《動くな》と言うと、身体が固まってしまったかのような錯覚に陥る。

 手も、足も動かせない。首も動かない。一切の自由を奪われてしまった。

 唯一動かせるものは、視線だけ。

 動きたい、そう頭で思っても身体が全く反応しない。まるで人形にでもなってしまったかのようだ。


「っ……。その絶望的な目付きはそそられるな。……楽しみはあとで取っておこうと思ったが、我慢ができそうにない」

「……!?」


 男に目を向けていると、そんなことを言い出してきた。

 男はぼくの手足に掛けられた鎖を解いた。拘束は解かれたけど、相変わらず身体はびくともしない。

 そして男はぼくの身体の上へ馬乗りになるように乗しかかり、腕を掴んで抑え付けてきた。


 本能的に、逃げないとまずいと察した。

 男の言葉と行動で、ぼくに対してこれから何をしようとしているか理解してしまった。

 でも、身体は動かせないし声も上げられない。


「……心配しなくてもいい。そのうちに首輪なしでも、快楽に染め上げて私のことしか考えられなくなるようになる」


 そう言って男はぼくの腕を押さえつけて、顔を近づけてきた。

 嫌悪感と恐怖感で自然と涙が溢れる。


(ウィル……助けて……!!)


 心の中でそう叫ぶ。

 男の唇が触れる間際、ドゴンという何かが壊れる音とともに、遠くからいくつもの足音が聞こえてきた。


「……!! オルキデーア卿、その宮廷魔術師からすぐに離れるんだ!」

「エリーちゃん!! 大丈夫!?」


 ドアが乱暴に開かれる音と、聞き慣れた声。ラッカスさんとレティさんだ。目の動かせる範囲で見ても、他の宮廷魔術師も何名か居るようだ。

 よかった、これで助かりそうだ。まだ身体の自由は取り戻せていないけど、皆が来たなら大丈夫だろう。


「……ッチ、もう気付かれるとは……」


 男は舌打ちしてそう呟く。

 だけど男にとっての”敵”が現れたはずなのに、男は恐ろしく冷静に見えた。

 仕方ない、と呟くと男は立ち上がり、どこからか取り出した短剣の刀身をぼくに向けた。


「《立て》」


 男の命令に、身体が勝手に反応する。

 安心したのも束の間、刃物を向けられて恐怖感で気がおかしくなりそうだ。

 そして男は、ぼくに別の命令を下した。

 その命令通り、男が持っていた短剣の柄を両手で握らされる。

 刃を自分の方に向け、まさに自分のお腹を刺さんとする一歩手前の状態で静止した。


「そこを動くな。動くと、この娘は自分の腹を割くことになる」

お読みいただきありがとうございます。

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