Chapter3-38 王宮パーティー
王宮の中でも一際大きな会場の前に、馬車が止められた。
御者に促され降り、ゆっくりと大理石の床を踏みしめるように歩き始める。
(あ、歩き辛い……)
慣れないハイヒールのせいで、ゆっくりと歩かざるを得ないせいだ。
兵士が立つ扉の前までやってくると、名前を尋ねられる。
なんだか様子がおかしかったけど、どうやらぼくを貴族かと勘違いしたようだった。
衣装のせいだろう、仕方がない。宮廷魔術師と分かったあとも変わらず丁寧に扱ってくれたのでとくに気にしない。
扉をくぐると、豪華絢爛な造りの会場が目に入った。
見上げると巨大なシャンデリアが、いくつも天井からつり下がっていた。
壁際には至るところに調度品が設置されている。田舎者のぼくは近寄るのも躊躇われるほどだった。
会場全体を見渡すと、まだ時間的には少し早いぐらいだったようで、人は疎らだった。
貴族が集まる場って初めてだけど、なんだか独特な雰囲気だ。
派手な出で立ちの人が多い。まだぼくのドレスは控えめな方で、露出の激しいドレスやアクセサリーをじゃらじゃら付けた人などが目に入った。
(……うう、見られてる……)
参加者からのじっとりとした視線を感じる。
普段王都を歩いているときに受けるそれとまた違うような、そんな感覚。
もう勘違いされないように「わたしは宮廷魔術師です」とでも書かれた札を首にぶら下げた方がいい気がしてきた。
何にせよなるべく目立たないように、という願いは叶いそうにない。
もうどうしようもないので、隅の方で静かにパーティーが終わるのを待つしかない。
(と、とにかくどこか……)
落ち着ける場所はないか、と辺りを見渡す。すると、窓の近くで他の宮廷魔術師と話しているのレティさんを見つけた。
転ばないようにゆっくりと近付いて、小さい声でそっと話掛けた。
「レティさん、こんばんは」
「……え、エリーちゃん……? 一瞬誰か分からなかったわ……」
「あはは……」
レティさんの言葉に思わず苦笑いする。
ドレスで整えているとはいえ、誰か分からないとまで言われるとは思わなかった。
普段していなかった、髪留めもしている。
ウィルに褒めてもらったから、ネガティブな気持ちではない。
「けれど本当に可愛いというか、キレイね。普段のイメージと全然違うわね」
「わたしも慣れないですけど……こんな靴も初めて履きますし」
「エリーちゃんは、こういう場は初めてだったわよね」
「はい。……なんだか場違いな気がするんですけど」
お店すらない田舎もいいところの集落出だし、そんなのあるわけないしね。
レティさんは何度か出たことがあると聞いているけど、まあ硬い雰囲気の場らしく。
一応ぼくたち宮廷魔術師は、警護の意味も含めて参加するみたいだけど。
「しかしまあ、改めて見ても目を引く格好ね……。宮廷魔術師だなんて、分からないんじゃないかしら」
「……うーん、わたしの耳を見れば貴族じゃないというのは分かると思うんですけど……」
レティさんとの話で、王都に居る貴族と呼ばれる上流階級は、人族しかいないと聞いた記憶がある。
とはいえその爵位も上下があり、そうなっているのは本当の上の層だけ。
成り上がりで爵位を取った人族以外の種族もいなくはないらしいけど、ほとんど例がないそうだ。
これでも他の大陸よりは種族に寛容らしいけど、この辺りは人族が優位なようだ。
――まあそんなことはどうでもよくて、ぼくはこんな場に出なくても良いのであれば出たくなかったのだけど。
「とは言っても、その服相当お金が掛かってるように見えるけど。そこらの貴族と変わりないんじゃないかしら」
「えと、その……」
「ふふ、エリーちゃんだったら、貴族から求婚されちゃったりしてね」
「……え?」
どういう意味かと聞いたけど、こういったパーティーは未婚の人が良い相手を見つけるため――つまりは出会いの場としても使われているらしい。
「で、でもわたしエルフ族だし、貴族でもないし、さっきの話だとそんな人は……」
「気にする人はいるけど、気にしない人もいる、というところかしらね。エリーちゃんに一目惚れして、声を掛けられてくる貴族が居てもおかしくないわね」
「……」
レティさんの話に、声を失ってしまう。なんだか面倒なことになりそうな気がしてならない。
でも万が一声を掛けられたとしても、ぼくにはウィルが――。
そんなことを考えているとレティさんが別の人に呼ばれたので、会話を打ち切る。
会場を見渡すといつの間にか会が始まっていたようで、多くの人が歓談していた。
今回のパーティーは、婚約の儀に纏わるものらしい。
ベネの姉に当たる王女が嫁ぐとのことで、その報告を兼ねたものらしい。
例によって、他国の王子と結婚するのだとか。
やっぱり、こういうのって政略的なものだろうか?
あちらの世界での小説で、そんなものを読んだ記憶がある。
当人らが幸せならいいけれど、どうなんだろう。
ふと、ベネの顔が思い浮かんだ。
ベネも将来こういうことになるような気がする。
ベネは、どう思っているんだろう?
(……あれ? あそこに居るのは……)
色んな事で頭が一杯になっていたところ、会場を歩いていると。
遠目でもすぐに分かってしまった。
特徴的な耳のある種族なので、ただでさえ珍しいのに。
見慣れた顔なので忘れることはない。
急いで行きたいのは山々だけど、走ることはできないし、何より余計目立ってしまうだろう。
初めて履く、と伝えたら衣服店の店員が歩き方を教えてくれたのでその通りに歩く。
「ウィル? どうしてここに?」
「……ああ、エリーか。いや、あのあと街を歩いてたんだが、親衛隊の人らとばったり会ってな。色々話をしていたらこの場に呼ばれることになったんだよ」
聞くところによると、親衛隊もこの場で警護を担うらしい。
どうせ王都に居るならば、と急遽このパーティーへ参加することになったようだ。
まあ、ウィルがいれば警備の面を考えたら安心できそうな気がする。
(なんか……普段と雰囲気が違う……)
雰囲気が違うのは、場が場だから、相応しい衣装にしたのだろう。
全身鉄のような重鎧を身に着けていた。これが親衛隊の正装らしい。
重くないのかな、と聞いてみたけど流石に少し重いらしい。こんなのを着て戦闘ができるのか不安になったけど、動くのは問題ないみたいだ。まあぼくたち魔術師と違って近接が主となるのだから、これぐらい重装備じゃないと身を守れないのだろう。
でもなんだか本当の騎士みたいでカッコいいな、とか思ったり。
ぼくをいつも守ってくれるウィルは頼もしいし、心強いし、そしてなにより大好きだ。
身体に寄り添いたい気持ちが強くなったけど、こういう場だったので何とか抑える。
じっと見ていたらウィルから「何か顔に付いてるか?」とか言われてしまって、慌てて首を横に振るのだった。
そうしてしばらくウィルと一緒にいると、親衛隊の人が次々と挨拶にやってきた。
正所属でない宮廷魔術師のぼくに、なんでわざわざ挨拶に来るんだろう?
最初は丁寧に対応していたものの、あまりに多く来るものでだんだんと疲れてきてしまった。
とはいえウィルの知り合いに、ぞんざいな対応をするわけにもいかない。
「ね、ねえ、なんでわざわざわたしに挨拶に来るの?」
「いや、エリーのことは話題にしてたんだが……」
「……?」
「親衛隊の間でも、エリーのことが話題になっててな。前に王都の外で、魔術をやらかしたんだろ? それと一度来てくれたときにも話題になってさ、さっきこのパーティーへ来るってことをつい話してしまったんだよ」
「……?? 意味が分からないんだけど? それでなんでわざわざ挨拶に?」
「いや、そのな……あー、エリーを一目見たい人らが多いってことだ」
「……」
歯切れの悪いウィルの答えに、ますます意味が分からない。
考える間もなく次から次へと訪れる人にてんてこまいになってしまった。
ようやく解放された頃には、パーティーが始まっていて随分と経った頃。
遠くに目をやると、壇上で何人かが腰掛けているのが見えた。
顔ぶれから、どうやら国王の一族じゃないかと予想した。ベネも居たので間違いはないだろう。
あの辺りはとくに警戒されているのか、親衛隊が傍で目を光らせていた。
ベネに挨拶をしようかなと思っていたけど、とても近づいていけるような雰囲気ではなかった。
まあ無理に行く必要はないだろう。どうせまた明日の朝に会うだろうから。
ふと会場の一角を向くと、立食形式での料理が準備されているのに気付く。
だけど、どうも食べる気が起きない。話疲れてしまったせいだろうか。
同時に香水やらが混ざった臭いが漂ってきて、どうにも気分が悪くなりそうだったので、バルコニーへ出ることにした。
バルコニーは石畳の小さな空間。広さはテレスの訓練場の半面ぐらいだろう。
端まで歩き手すりに手を掛け、遠くに見える街を望む。
がやがやとした騒音の中から少し離れたことで、少し落ち着けたようだ。
ここへ来る途中で受け取ったグラスの水を飲み一息吐いてから、身体を見下ろす。
ウィルから褒められたので多少自信は合ったのだけど、他の宮廷魔術師の人からも格好を褒められた。
親衛隊の人らにまでベタ褒めされて、なんだか恥ずかしいような複雑な気分。
褒められるのは嬉しいけれど、ぼくより可愛かったり美しい人は会場にいくらでも居る。
そういう人らよりも目立ってしまっているような気がして、精神的に疲れてしまった。
今日ほど刺さる視線がキツく感じたことはない。
(……?)
そんなことを考えていると、また視線を感じた。振り返るけど、辺りには誰も居ない。
――気のせいかな? 確かに見られていたような気がしたんだけど。
バルコニー上を眺めたけど、やはり人影はない。
釈然としないまま、ぼくは会場へと戻ることにした。
☆
それからしばらく経ったあと、閉会になったのだけれど。
(そ、そろそろ帰りたいな……)
それとなく周りを観察するも、まだまだ参加者は多く残っている。
馬車の都合で貴族たちが優先して帰るため、なかなか帰れずにいた。
レティさんは話相手になってくれていたけど――ウィルの方は酔い潰れていた。
閉会のあとに残っていたお酒をがぶがぶと飲んでいたせいだ。会の途中は警備の都合でお酒を飲めなかったからだ。
端から見てても大丈夫かな、と不安になるぐらいだったんだけど。やっぱりダメだったらしい。
いやまあ、ウィル自身から飲み始めたのでなくて、親衛隊の人らが飲ませたというところがあるから、仕方ないところはあったのだけど。
そんなわけで親衛隊の人らが休ませてから送り届ける、とのことでぼくだけで帰ることになった。
このベロンベロンの状態で、帰りの馬車の中で吐かれても困るしね。
「すいません、馬車の用意ができたそうです」
「……はい?」
のびていたウィルを眺めなつつレティさんと話している途中、近くへやってきた給仕の人からそう伝えられた。
あれ、貴族たちがまだ帰ってないのになぜ先にぼくが?
「レティさんが呼んでくれたんですか?」
「ううん? 私は違うわよ」
レティさんに尋ねるも、そんな返事。
給仕の人に「間違いじゃないですか」と聞いて確認してもらったけど、やっぱりぼくで合っているらしい。
宮廷魔術師としては呼んであるから、先に乗っちゃえばいいんじゃないかしら、とはレティさんの意見。
まあ、良いのかな? 他がつかえているとまで言われてしまったので、乗せてもらうことにした。
燕尾服を着た別の男に引き継がれて、馬車まで案内をされる。
――なんだか乗ってきたものよりも豪華な作りの馬車な気がする。以前ラッカスさんに乗せてもらったものよりも。
中に入り長椅子部に腰掛けて息を吐くと、突然知らない男が入ってきて出窓を閉められた。
「えっなに……むぐっ!?」
その男がぼくの顔に何かを被せてきた。一体何が起こったのかわからない。
逃れようにもがっちりと身体を押さえつけられていて、どうしようもできない。
息苦しく感じるのと同時に、段々と頭がぼーっとしてきた。
身体の力が抜けていくような感覚。
そして眠気が身体を襲ってきた。
そんな場合でないのに、自然と瞼が降りてきた。
それが、馬車の中での最後の記憶だった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。