Chapter3-37 魔術具とドレス
「ねえ、早く行こう!」
「分かった分かった。あまり急ぐと転ぶぞ」
日が昇って間もない頃、ウィルの手を半ば引っ張るようにして、通りを歩いていく。
ついさっき衣服店での仮縫いの確認が終わり、魔術具工房へと向かっているところだ。
いよいよ魔術具が手元に戻るという嬉しさから、ぼくの足は自然と早くなる。
ようやく自分自身で魔術が使えるようになるのだ。
昨夜はわくわくして、なかなか寝付けなかったほどだった。
「わわっ!?」
「おわっ!?」
もっと急ごうと地面を踏みしめた次の瞬間、なにか段差に躓いてバランスを崩してしまう。
石畳の上に顔から突っ込みかけたそのとき、ふわっと体が浮く感覚。
目を開けると、ウィルに身体を抱きかかえられていることに気付く。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
「だから言っただろうが。もうちょっと落ち着けって」
「そ、そうだね。気を付ける」
そう言ってすぐに体を離すウィル。
――もう少し、このままでもよかったなと名残惜しい感じがした。
だけどそれよりも、身体を支えられるときに胸に腕が当たってたことの方が気になって仕方がなかった。
触らないで、と言おうと思ったけどわざととかじゃないはず。咄嗟に助けてくれたのだから。
こんなことで怒るのもよくない。助けてもらったのだから、あまり強くも言えないし。
そもそもウィルは気付いてなさそうだし、ぼくが意識しすぎなだけな気がする。あまり考えるのは止めた方がよさそうだ。
そう思ったものの、何とも言えない気分になってしまい顔を俯かせて歩いていったのだった。
☆
「お、嬢ちゃん。頼まれてたやつを直しておいたぞ」
「本当ですか!」
そして魔術具工房へ。店主からの報告に思わず大きな声を出してしまった。
店主から渡された指輪は、台座に七色に輝く宝石が取り付けられていた。
じっと見つめて撫でていると、早く指に嵌めるように催促された。
しばらく不在だった中指に指輪を嵌めると、どこか安心感を覚える。まるで、長い間そこにあったかのような――。
「流石にこいつが壊れることはないはずだが……。まあ、無茶はしないでくれ」
「あはは……。ありがとうございます」
店主からそんなことを言われて苦笑いしてしまう。もう壊れるのはこれっきりにしてほしい。
代金を支払い、ぼくたちは魔術具工房をあとにした。
☆
ウィルと一緒に王都の外を歩いて十数分。目的の場所へやってきた。
実際に魔術を使っても、指輪が壊れないかどうかを確かめないといけない。
そこで、王都の外にある訓練場で魔術を試しにやってきたのだ。
ここへ来る前にラッカスさんに許可をもらったけど、そのとき「王都の住民らが驚くから、派手な魔術は使わないようにしてほしい」と釘を刺された。
まあ、この前に大爆発で大騒ぎになったことがあるし。加減しながらやった方がいいだろう。
他に何名か、宮廷魔術師が訓練をしているようだった。
団員らに挨拶をしてから、的がある場所へと移動する。
的を目の前にして、精神を集中させて簡単な魔術を発動させた。
「炎の矢」
矢を象った炎の魔術が、空気を切る音とともに一直線に走り、的を貫いた。
まずは無事に成功本数や速度といった威力部分もぼくの調整通りだ。指輪も壊れていないようで、ふうと息を吐く。
何度か威力を変えたりして試してみたけれど、とくに問題はなさそうだった。
「どうやら大丈夫そうだな!」
指輪を撫でていると、傍で見ていたウィルから声を掛けられた。
ウィルもさっきまでは心配そうな顔をしていたけど、今は安心したかのような、嬉しそうな表情を浮かべていた。
「うん。……ちょっと試したい魔術があるんだけど、少し離れてもらっていい?」
「ん? ああ、分かった」
基本の魔術が上手くいったら、試してみたいと思っていたことがあった。
恐らく大丈夫だと思うけど、念のためウィルには少し離れて見てもらうことにする。
ぼくも的から数メートル離れ、一度深呼吸をした。
そしてさらに精神を集中させて、ある場面を思い出し頭の中で魔術を組み立てていった。
(あのとき、氷結と竜巻を合わせたんだっけ)
それは、ぼくとエリネ――わたしが一緒に魔獣退治をしていたときの出来事。
二つの魔術を組み合わせる、それを想像することは難しくはない。
だけど、実践をするのは魔力や適性がないと至難の業となる。
でも、今のぼくならきっと――。
「……吹雪!」
発動と同時に、小屋ほどの空間に風と冷気が渦を巻き始めた。
僅かにゴゴゴという地響きを耳と足元で感じる。少しだけ漏れ出た冷気が肌を刺す。空間の中は凄まじい風と冷気に晒されていて、近付くと危険だ。
あのとき中に居た魔獣のことを考えると――。
しばらく発動状態を続けたのち、徐々に魔力を弱めていき魔術を止めた。
「で、できた……」
的のあった場所に何も残っていないのを見て、目論見が上手くいったことを確信する。
ぼくとわたしで擬似的な二重魔術が使えていたのだから、本来の自分に戻ったことで二重魔術が使えるのじゃないかと思っていた。
威力もコントロールできていたし、十分に扱えそうだ。魔力的に負担が重そうな魔術かなと思ったけど、発動後の今はほとんどそのようなことは感じない。
「エリーちゃん、さっきの魔術って……!?」
「どうみても二重魔術だよな……?」
そんなことを考えていると、周りに居た宮廷魔術師たちが近付いてきて声を掛けられた。取り囲まれるかのように言われて少し戸惑ってしまう。
確かに二重魔術は、扱える魔術師が僅かしかいないとシアから聞いたことがある。
――こういうのって正直に答えていいものだろうか。
結局その場凌ぎの思い付きで場をなんとか切り抜け、足早に訓練場を去らざるを得なかったのだった。
☆
夕方前に再び衣服店へ。ぼくが到着すると、ちょうど本縫いが終わり仕上がったようだった。
マネキンに掛けられた美しいドレスに、つい見とれてしまう。
店員総出で作ってくれたということもあって、短時間で仕上げられたとは思えない出来だった。
そのまま着付けと化粧をしてもらったあと、店員がぼくの前に姿見を持ってきてくれた。
(これが……ぼく……?)
姿見に映っているのは自分なのに、それは自分でないような不思議な感覚だった。
イブニングドレス、と呼ばれるものらしい。色は白を基調として、昨日きたウェディングドレスと同じで肩出しのタイプ。
全体はレースカーテンのような薄い布が組み合わされて作られている。スカート部分を摘まんでみると透けてみるほどだった。とはいえ胸からスカート部上部にかけては透けないようになっているので、決して下品には見えない。
至るところに花びらのような刺繍が施されている。ドレスだけでなく、花の髪飾りやネックレスも着けてもらった。
――派手ではない。ないのだけど、これは目立ちそうな気がする。豪華というものではなくて、綺麗な雰囲気が滲み出ているような。
だけど、ドレスに着られているような気がしてならない。
店員はよく似合っていると言ってくれたけど――。
(……ウィルは、どう言ってくれるだろう?)
このドレスを着たぼくは、これから沢山の人がいる場へ行くことになる。代えがないからこれを着るしかないけど、見た目の意見は聞いておきたい気がする。昨日のウェディングドレスとは違って、これだったらウィルに見られても抵抗はないし。
そう思ったぼくは、店員に頼んで外で待ってもらっているウィルを呼んでもらった。
ぼくの姿を見たウィルはピタッと固まってしまった。表情も固まっている。
それをみたぼくは不安に苛まれる。やっぱり、似合っていなかったんじゃないだろうか――。
「ウィル? やっぱり、似合わない……?」
「そんなことない、めちゃくちゃ似合ってるぞ。あまりに綺麗で見とれていた」
「……そ、そうかな……? えへへ」
ウィルから褒められて、つい頬が緩んでしまう。ウィルにお墨付きをもらったのだから、きっと大丈夫なのだろうと自信が湧いてきた。
「ああ。たぶん、かなり目立つと思うぞ」
「……あんまり目立つのは嫌なんだけど……」
「……まあ、頑張れ」
一転して少しブルーな気分に。やっぱり目立つのは避けられそうにない。
堂々としていれば問題ないだろうと励まされたものの、やっぱり会場の隅っこで早く終わるのを待っていた方がいいような気がする。
この格好のまま王都の中を歩いていくのは難しいし、脱いでから行こうにも自分でもう一度着る自信がなかった。化粧もしてもらったし――。
結局馬車を呼んでもらって、そのまま王宮へと向かうことにしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。