Chapter3-36 王都デート(仮)
「お待たせ、遅くなってごめんね」
「おう。……ん? その服は……」
ウィルが少し驚いた様子で、ぼくの全身を見つめていた。
今身に着けている服は、いつもののではない。薄い青の肩出しトップスと、白のショートパンツという組み合わせの姿だ。
以前シアがヴィーラさんに着せられていた組み合わせを、お母さんに頼んで製作してもらい持ってきたのだ。その際、お母さんがアレンジしてくれた。靴は衣服店でミュールを見立ててもらった。
少しでもデートをしている気分を出してみたかったから、ちょっと冒険してみようと思ったのだ。
普段の服が可愛くないわけではないけど、王都へ来るたびに色んな服を着ている人たちを見ていて、たまには違う服もいいかなと思っていた。
「お母さんに作ってもらった服なんだけど……変じゃない、かな?」
少し不安な気持ちがあって、ウィルに尋ねてみる。
この服が可愛いのは間違いない、はず。
衣服店の店員からも、似合っていると褒められたぐらいだったし。
だけど、これがウィルの好みかどうかは別の問題だ。目をキョロキョロさせてどこか戸惑ったような様子だったから、もしかしたらと思ってしまう。
「いや……似合ってる……ぞ」
ウィルは目を逸らしながらも、そう言って褒めてくれた。その声に、ぼくは心の中でよかったと安心する。
正直、これほど肌を見せる服を着るのは恥ずかしい。
だけどウィルの気を引くもの、と考えたときにこれが思いついたのだ。ぼくがヴィーラさんから買ってもらったのは、宮廷魔術師の衣装とそこまで違いがなかったからだ。
はたして目論見は当たっていたようだ。ウィルの視線を身体に受けているような気がする。
なにか、前みたいに足の方を見ている気がするんだけど、ウィルってもしかして――。
まあそんなことよりも、これから楽しむことを考えた方がいい。
ぼくは目を泳がせているウィルの手を取って、
「ほら、早く行こう?」
そう言い、ウィルを連れ出したのだった。
そして魔術具工房へ行き、壊れた魔術具と例の宝石を手渡してきた。
工房の人は差し出した宝石を目にしてかなり驚いた様子だったけど、今日中に修理を済ませてくれるとのことだった。
☆
そしていつもの宿へ行き今晩と明日泊まる手続きを取って、今日の予定は消化した。ウィルの予定がないことは、道すがら確認してある。
つまり自由時間であり、ウィルと一緒に好きなところへ回れるということだ。
それが意味することは、デートだ。
もちろんそれはぼくがそう思っているだけで、本当のものではないのだけど。
行きたい場所ややりたいことはいくつも考えていたのに、いざそのときが来たらどれからにしようか迷ってしまっていた。
この前みたいに食べ歩きでもいいけど、一緒に買い物とかもしたいし。なんなら王都の中を歩くだけでもいい。
ウィルに身体を預けるようにして、通りを歩きゆく。通りがかる人らから突き刺さるような視線を感じるけど、それすらも心地よい気がする。たぶんぼくの格好のせいなんだろうけど。
だけどきっと、ぼくたちはカップルに見えているはず。
ウィルから顔を見られないのを良いことに、表情を緩ませているぼくがいた。
そうしてアテもなく歩いていると、一つの看板に目が留まる。
「公園……かな、あれって」
「書いてあることは読めないが……そうみたいだな」
「……折角だし、少し休んでいかない?」
昼食を摂ってからは動き回っていたので、少し疲れていたところだ。
看板のある方を眺めていると、何か屋台も出ているようだった。何か買って休むのがいいかなと思ったのだ。
ウィルは了承してくれたので、そのまま公園の方へと歩き始めた。
公園の広さは、テレスの魔術訓練に使う広場二面分ぐらいだろうか。王都の広さと比べると、こぢんまりとした印象を受ける。
公園を囲むように木々が植えられ、その付近にはベンチが設置されている。中央にはいくつかの屋台が出ていて、そこで買ったものを口にしている人が疎らに見えた。
ウィルが適当に買ってくると言うので、ウィルに任せて空いていたベンチに座って待つことに。
ふう、と一息吐いていると近くのベンチに目が留まる。若い男女とその女性の胸に抱かれた小さな子。その子に対して、男女が笑顔を向けていた。
その仲睦まじい姿に目を奪われていると、突然木のコップが視界に入った。
「こんなのでよかったか?」
「あ、ありがとう」
いつの間にかウィルが戻ってきたようだ。コップを受け取って、木の棒を口に入れる。
ウィル曰く、中身は果物を搾った生ジュースらしい。甘みの強い果物らしく、口に含んでみると濃厚な甘さを感じた。
まるで果物をそのまま食べているかのようだ。
ふとウィルは何を買ったんだろう、とコップに目を向けていると、
「ん、こっちのも気になるのか? 少し交換するか?」
「うん! じゃあ、交換ね」
それぞれ飲んでいたコップを交換する。ウィルから差し出されたそれを受け取って、まじまじと見つめる。
色が違うところをみると、ぼくが飲んでいたのと種類が違うようだ。
あれも美味しかったし、これもきっとそうだろう。ぼくは木の棒を口にしようとしたところで、あることに気付く。
あれ、これって間接キスになるんじゃ――?
横目でちらっとウィルの方を見ると、既にぼくが使ったストローに口を付けて飲んでいた。
恐らくだけど、表情を見る限りウィルはそんなことなど考えていなさそうだった。
「ん? どうした? 美味いぞ」
「う、うん……」
再び飲み物に視線を落とす。目の前にストローがある。ウィルが一度口を付けたものだ。
ドキドキと胸が鳴っているのが分かる。このままぼくが口に運べば、間接キスだ。
少し躊躇したけれど、意を決してストローを口に含む。
目を閉じてストローを吸い上げる。口の中に冷たい液体が広がる。
そのまま飲み込んで、ストローから口を離す。
「お、オイシイネ、コレ……」
ぼくはそう答えるけど、当然味なんて全く分からなかった。味わう前に飲み込んでしまったからだ。
ウィルと間接キスをした、そのことだけで胸が一杯になっている。
そしてぼくはウィルに飲み物を返して、自分の分を飲もうとして。
だけどそれがまたウィルとの間接キスとなることに気付いてしまい、何も考えられなくなったぼくは一気に中身を飲み干したのだった。
☆
そんなことがあったせいか、頭の中で思い描いていたデートプランは全て吹き飛んでしまった。
諦めたぼくは、ウィルに行き先を任せることにした。そんなわけで、ウィルに連れられて次なる目的地へと向かって歩いているところだ。
うん、こうして一緒に歩いているだけでもデートをしている気分になれる。
さっき休憩して時間を使ったとはいえ、まだ昼下がり。時間はまだ十分にある。
どこへ連れていってくれるのかと期待に胸を膨らませ、ウィルと通りを歩き進んでいった。
☆
(遅いなあ……。どうしたんだろう)
何軒目かに寄ったアクセサリーを扱うお店で買い物をしていたところ、トイレへ行ったウィルがいつまで経っても戻ってこないことに気付く。
どこまでトイレをしに行ったんだろう? お店を出て暫く行ったところで、ウィルを見つけた。
そのウィルは、見慣れない女の人と一緒に何か談笑をしているようだった。
(誰だろう……?)
遠巻きに見ていると、どうやら人族らしいその女性は軽鎧を身に着けていた。腰には剣を携えていて冒険者のようにも見えるけど、知り合いなのかな?
どこか、よく見知った相手という雰囲気なようにも見える。
どうしてだろうか。その光景を見ていると、胸になにかむかむかとした感情が込み上げてきた。
(なんだろう……嫌な感じ……)
その感情にいてもたっても居られなくなったぼくは、ウィルの元へと駆け出した。
「ええと……。ウィル君、その子は?」
「……同じ集落に住んでいる、幼馴染みのエリクシィルです」
勢い良く飛び出したのはいいものの、近くまで来たところで女性の眼光の鋭さに圧倒されてウィルの背中へ回り込んだのだった。
背中から顔を出して覗いてみると、やっぱり怖い。なんか睨まれているような気がして、気迫に押されてしまう。
ウィル曰く同じ親衛隊に所属している人らしく、よくお世話になっているらしい。
その話を聞いているときも、やっぱり鋭い眼差しが怖くて背中に顔を戻してしまった。
「すいません、エリーが怖がってます」
「……ああ、すまない。どうしてもアタシの癖でこんな目付きになってしまうんだ。よく勘違いされるんだケド、睨み付けてるワケじゃないんだ、許してほしい」
「いえ……」
そう言うと女性からの睨みが緩くなって、ぼくはウィルの横に立ち腕を挟んで肩に顔を寄せる。
ようやくまともにその人の顔を見ることができた。目付きは悪いけど、美しい人だ。背丈もウィル並にあって、凜々しさも感じられる。おそらく、レティさんと同じぐらいの年齢だろう。
女性ながら鍛えられた体付きながらも、とある一部分の主張が激しい。
「うん? ……ウィル君、エリクシィルちゃんは……」
「ああ、その……」
「ウィルは、わたしと付き合っていますので!!」
普段出さないような大きい声を出していることに、自分自身で驚く。
女性は目を丸くしていたけど。ああ、と一声出したあとウィルの方へ向き、
「だめじゃないのウィル君、こんな可愛いカノジョと一緒だったのにアタシなんかと話してちゃ。知ってたら引き留めなかったし」
諭すかのようにそう話す女性。ウィルは何かどもっていたけど、すぐに黙ってしまった。
そして女性は、ぼくに対して頭を下げたあとに口を開いた。
「デートの邪魔をして悪かったわ、許してねエリクシィルちゃん」
「いえ……その、大声を出してごめんなさい」
「いいのいいの。それじゃ、ウィル君をよろしくね」
女性はそう言うと、足早に去っていった。
そして場に残された、ぼくとウィル。何ともいえない空気が、場を支配していた。
「……悪かった。ばったり会ったもんで、つい話込んでてしまってた」
「う、ううん、気にしないで」
ウィルの言葉にぼくは笑顔を作りそう答えるけど、胸のむかつきと気分の悪さは収まっていなかった。
顔には出さないようにはしているけど、あまり抱いたことのない感情でどうすればいいのか分からない。
ウィルはそのあと何度も詫びてきて、どこでも連れていくし奢ってやると言ってくれた。
それならば、と以前一緒に行ったカフェへ連れて行ってもらい、あのパンケーキをごちそうしてもらった。
食べながらウィルと他愛のない話をしていたら、いつの間にか心の落ち着きを取り戻していた。
なんで、あんな気分になってしまったんだろう――?
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等、とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。