Prologue-01 エルフの女の子になってしまったぼく(イラストあり)
「やっと今週も終わったなあ。週末はたまに何処か遊びに行きてえ」
学校からの帰り道。
夕日を背に、厳つい顔をした背の高い男が、学校カバンを左手に持ち、ぼくの隣を歩いている。
「あはは。でも確かにたまにはいいよねえ。でもそろそろ勉強の準備も始めないといけないでしょ」
そんな彼の言葉にぼくは同意しつつも、テスト期間という考えるだけでも気が重くなる日々がやってくることを、忠告しておく。
「そういや、もうそんな時期か……面倒くせえなあ」
「でもまあ土日だから、片方の日ぐらいなら遊びに行かない? テスト前の最後ということだしさ」
これが最後、のような前提は割と崩れてしまうのがセオリーだが、今回こそは守りたいと思う。
あれ、前にもこんなことを言ったような――。きっと気のせいだ。
「そうだな。カナタは何処か行きたいところはあるか?」
「ぼくは……うーん、変わった食材が売っているお店とかかなあ?」
「ああ、今度は料理にハマってるんだっけか。いつもみたいにあまりやりすぎるなよ」
「あはは……わかってるよ」
いつもよく聞くキーワードに苦笑いを浮かべつつ、ぼくはそう答えた。
ぼくの名前は南彼方。
ごくごく平凡な――成績も中の中から上、スポーツもそれなり――今年で十六歳になった高校生だ。
彼が言ったように、最近ぼくは料理にハマっている。数週間前からハマり出して、少しずつ料理の腕が上がっていることを実感している。数日前に調子に乗って、フランス料理のフルコースを作ってみたのだけど、これが思っていた以上に好評だった。
――のだけど、これを気にすっかり調子に乗ってしまった。
食材にこだわりすぎたり、料理は見栄えも大事だと思い高価なテーブルクロスを買ったりしたところ、母親から「凝りすぎよ」と怒られてしまった。
そんなことを思い出しつつ、いつもの通学路を並んで帰っていく。
けれど、今日はいつもと違って、とある交差点で足を止めた。
「あ、ごめん。今日はちょっと用事があるんだ」
「ん? そうなのか」
「スーパーで買い物。今日はぼくが晩御飯を作るから、トオルもよかったら食べに来てよ」
ぼくの数少ない友人であるトオルは、頻繁にぼくの家へ食事をしにくる。これはぼくが料理にハマる以前からの話だ。
トオルの自宅には、今は彼一人しかいない。
母が「一人でご飯を食べるのは寂しいでしょう」と、食事に誘ったのがきっかけとなり、もう何度もぼくの家族と一緒に食卓を囲んでいる。
「それならご馳走になろうか。今からだと……夜七時ぐらいか?」
「うん。それぐらいに家まで来てよ」
「分かった。それじゃ、あとでな」
そう言って、厳つい顔をした男――北中透――はいつもの帰り道を歩いて行った。
その後姿を見送って、ぼくは交差点から目的のスーパーへと向かった。
(今日は、魚介類のパエリヤでも作ってみるかな。……いい食材が見つかるかなあ)
今日の献立と、買うべき食材のリストアップを脳内で行う。
あんまり凝ったものにすると後から――まあいつものことだけど――色々言われるので、言われないだろうギリギリのラインで見繕うか、とそんなことを考えつつ。
「……ーッ……」
ここの角を抜けてもう二百メートルも行けばスーパーへ着く、というところで。耳慣れない音が一瞬聞こえ、ぼくは足を止めた。
(……何だろう、気のせいかな?)
辺りを見渡すが、とくに誰かがいるような様子ではなかった。一瞬だけだったので、気のせいだと思い歩き出そうとした、そのとき。
「……xx……xx……xx」
今度ははっきりと聞こえた。何かの声なんだろうけど、うまく聞き取れなかった。
辺りにはやはり誰もいない。スマホが誤作動して音を出しているんだろうか、と思いズボンに手を伸ばしかけた瞬間――。
突然眩い光が全身を包み、一瞬にしてぼくの意識は暗転した――。
**********
気が付いたときには、地面に倒れているということは分かった。
けれど、何故か目を開けることができない。
ぐわんぐわんと頭が揺れている。まるで頭を全力でシェイクしたかのような感覚に、思わず吐き気を覚える。
しばらくするとその揺れも収まり、吐き気を何とか抑える。
落ち着いたところで目を開けると、先ほどまでいたはずの景色と違うことに戸惑う。同時に、頭に蜘蛛の巣のような何かがかかっている感覚。それも、一部は顔を伝って口の方までかかっているようだった。
ぼくはそれを手で払おうとして――。
(……え?)
その手は色白で細く、とても小さな手だ。自分の意志通りに動かすと、視界に映った手も同じように動いた。どうやら自分の手らしい。しかしぼくの手はもう一回り以上大きくて、毛深いとまではいかないまでも、少し毛が生えていたはずだ。
何かがおかしい。
同時に、頭にかかっていた蜘蛛の巣のような何かも、確認をすることができた。これは髪の毛だ。手で摘まんで視界まで運ぶと、細くサラサラとした銀の髪がそこにあった。
試しに引っ張ってみると、頭の頭皮の一部分が引っ張られる感じがした。どうやら、自分の髪の毛らしい。
本来のぼくの髪の毛は当然ながら黒色で、かなり短めにしていたはずだ。
(何が、どうなって……)
気分が随分ましになったようなので体を起こし、自分の姿を確認しようと目線を下げる。着ている服も違っていることに気付いた。それよりも衝撃的だったのが、胸元が少し盛り上がっていることを確認してしまったことだ。
(ま、まさか……)
震える手を胸元へと持っていき、そっと触れてみる。返ってきたのは確かな柔らかい感触。どう見てもおっぱいだった。少しだけ強く揉んでみると、甘い痺れを伴ったものが自分の体へと返ってきた。思わず声が出そうになる。
(い、いやこんなことしてる場合じゃない!)
沸き上がった好奇心を捨て立ち上がり、自分の姿を確認してみる。
ここまでで分かっていることは、手が小さくなっている、髪の毛が長い銀髪に変わっている、服が変わっている。そして、どうやら女の子になっているということだ。
服を改めて見てみる。上着はフリルのついた白いシャツだ。その上に長袖のクリーム色のカーディガンみたいなものを羽織っている。肩に紐が掛けられており、それは膝下まであるコバルトグリーンの長いスカートに繋がっているようだ。中に何か穿いているのか、スカートは少し膨らみがある。スカートの下側はフリルが至る所に施されていて、かなり、フリフリした作りになっている。
これらは少なくとも自分では見たこともない――女性物の服をじっくり見る機会はなかったが――服だった。スカートの下部をほんの少しだけ捲り上げると、膝ぐらいまでの長さの白いブーツを履いていることを確認できた。
(こ、これって……男が着るのはすごく恥ずかしい……。でも今着ているのは十中八九女の子であって……いやでもぼくは男だ)
ぼくの記憶が正しければ、つい数分前までは十六年男として生きてきたはずだ。少なくとも、このような服を着るような女の子ではなかったはず――。
ありえない状況に脳がパンクしそうだけど、とにかく冷静になって状況を確認する。
全身を確認し終わり、持ち物はないか身の回りを確認したけど、特に何もなさそうだった。そのときに、右手の人差し指に変わった指輪をしていることに気付いた。
観察すると、リングは白色で、台座に丸い緑色の宝石が取り付けられていた。
次に周りを見渡してみる。先ほどまでいたはずのスーパーまで行く途中の道ではなく、木々に囲まれた中にいることがわかった。上を向いてみると、高い木々の隙間から陽の光が少し差してきていた。ここはおそらく森林の中だろう。
森林の中ということは、何かしらの動物がいてもおかしくはない。もし熊みたいな動物にでも出会ってしまったら、逃げるしかないだろう。けれどこの場に居ても仕方ないと思ったので、周りに何かないか確かめるべく、警戒しながら慎重に歩き始めた。
歩き始めてみると、歩幅がかなり狭くなってしまったような気がした。そして、目線もいくらか下がっているのにも気づいた。恐らくだけど、身長がかなり短くなってしまったのだろう。
ふいに茂みからザザッという音が聞こえ、ビックリして後ろずさりをした。茂みから出てきたのは、小さなリスのような動物だった。
それはぼくを認識すると、違う茂みへと入り込んでいった。
心臓にとても悪い。まだドキドキという音が聞こえそうなくらい、心臓が早く鼓動しているようだ。
ビクビク怯えながらも少しずつ歩き続けていると、開けた場所へと辿り着いた。
ここら一体は木々も少なく、陽の光が十分入ってきているようだった。どうやらこの辺りは湖みたいだ。水面がきらきらと光って、美しい光景が広がっている。
ふと目線を下げると、水面に銀髪の美少女が映っていた。
今までのことから推測するに、この美少女はぼくの現在の姿みたいだ。
(これが……ぼく?)
腰ぐらいまである、長く繊細な銀髪。目は青く、少したれ目。顔のパーツは完璧なまでに整っていて――。いや、一箇所だけ普通と異なるところがあった。耳だ。細長く尖った耳が、銀髪の隙間から飛び出している。
これを何と表現するか。しばらく考えたところ、幻想の世界でおなじみの「エルフ」が、まさにこれと同じということに気付いた。
これがそれなら。ぼくはエルフの女の子になってしまった、ということになる。
尖った耳に興味が沸き、少し触ってみると、強烈な刺激が体を襲った。
「xx…!!」
その刺激と共鳴するように、水面に映る少女の口からは艶めいた声がこぼれ落ちる。――それは少女の鈴の振るような声だった。そしてその刺激に思わずその場にへたり込んでしまう。
どうやら、この耳はかなり敏感みたいだ。下手に触ってしまうと、あまりよくない。気を付けよう。
気を取り直して、現状確認だ。エルフがいるなんて、ここは先ほどまでいた場所ではないことは確かだ。そもそもエルフなんてものは地球には存在しない。幻想の中だけの存在のはずだ。
もしかしたら全て夢ではないかと思い、頬を抓ってみたら――痛い。水面に映し出されている美少女も、少し痛そうな顔をしている。これは夢ではなく、現実のようだ。
何にせよ、湖の水面に映し出されている銀髪の美少女――つまり今のぼくだ――はとんでもなく可愛い。顔付きは日本人とはかけ離れているが、もし街を歩けば誰もが振り向く、そんなレベルだと思う。
物は試しと、目を少し細めて微笑んでみる。水面に映し出されたのは、柔らかい笑顔を浮かべた美少女だ。こんな微笑みをされたら、大抵の男は簡単に落ちてしまうだろう。
(おーい……おーい。聞こえてる?)
ふいに声が聞こえビクッとする。周りを見渡すけど、そこには誰もいない。
おかしいな、確かに声が聞こえた気がしたんだけど。
(もう、そこじゃないよ! 下だよ! しーた!)
やっぱり聞こえた。声の指示通りに下を見てみる。
するとそこには、三十センチぐらいだろうか。腰の長さまである金髪に、背中には鮮やかな羽。美少女?と言って良いのか――。言うなれば、幻想の世界に出てくる妖精のようだ。
妖精はムッと頬を膨らませ、両手を腰に当てこちらを見上げていた。
「っ!!」
思わずぼくは妖精から後ろへ離れる。
(あっ、ひどい! 別に取って食べたりする訳じゃないよ!)
妖精は喋っているというより、脳内に直接話しかけてくるかのように感じた。妖精の口は動いていない。そして妖精は地面から飛び上がり、鮮やかな虹色の羽をひらひらと舞わせて、飛んでいる。ぼくの周りをぐるぐると。妖精が飛んだ跡には金色の粉みたいなものがキラキラと舞っている。幻想的な光景だ。恐怖心があったはずなのに、あまりの美しい光景にぼくはその場で立ち尽くしていた。
(聞こえてるよね? 頭の中で念じれば話せるよ。念話っていうんだけど……どう?)
ぼくの目の前で妖精がそう語りかけてきた。物は試しだ。やってみよう。
(あー、あー。これで合ってるかな)
(うんうん! 聞こえるよー。よかったよかった)
どうやらこれで良いみたいだ。理屈はちっとも分からないけど、目の前の妖精とこれで意思疎通が図れる。まずは、この妖精のことを聞いてみよう。
(えっと、君は一体?)
(よくぞ聞いてくれました! わたしは……ってそれは後! 後ろを見て!)
妖精の言う通りに振り向くと――。遠くの方から何者かが手を振って近づいてきていた。
エリクシィルのイラストをはいばねさんに描いていただきました。(https://twitter.com/bane_tukumo)
-----
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク・評価等とても励みになっております。
誤字脱字等がありましたら、お知らせください。
-----
2016/04/18 指輪の設定を修正
2016/05/07 全体を改稿
2016/05/10 全体(表現・描写)を改稿
2016/07/03 全体(表現・描写)を改稿。詳細は後日活動報告にて。