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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
百鬼夜行
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矛盾の権化【part山】

「……来ましたわね」

 紅晴市南東部――大学と思しき大型の教育機関と駅が近くに存在することにより安価な飲食店が立ち並ぶ学生街と化している区画であるが、街の術者の張った結界により人っ子一人見当たらない。

 その駅前広場の何やら偉そうないでたちのおっさんの銅像の頭部に、不遜にも小さな尻を乗せて周囲を見渡していた瀧宮白羽は右手に白刃を構えて地面に降り立つ。まあまあ高いところからの着地だったが当然のように足を痛めた様子もなく、猫のように涼しい顔で前を見据える。

 雑多な低層ビル群から仄暗い霧が立ち込め、奥から大小様々な影が近付いてくる。

「悪十郎軍はおおよそ1000鬼。それを2軍に分けて北西と南東からの挟撃の構え――羽黒お兄様の情報通りですわね」

 当初は白羽も冥府の鬼狩りからの援軍(という名の罰ゲーム)の二人組と同じく北東(鬼門)側に陣取っていた。それが『あべこべ』にされたことにより急遽こちらも二手に分かれて対応することとなった。

「ほんとは白羽、悪十郎軍本隊とぶつかりたかったですわ」

 独り言ちるが、それは無理な相談だった。

 鬼狩り二人組の片割れの半人前呪術師と称される謎の生命体が天邪鬼の祖とも言われる天逆毎とぶつかるようなことがあれば、白羽は今すぐにでも自分の肉体を幾重にも張り巡らされた術式ごと粉微塵に斬り刻み、魂が封印されている妖刀を兄の魂蔵に避難させるのも厭わない所存である。また数年単位で肉体を失うことになるだろうが、背に腹は代えられない。

「さて」

 白羽と対する百鬼夜行は、濃い霧の中でもはっきりとお互いの顔を視認できる距離まで近づいてきた。

 黒いセーラー服に大きな工具箱と思しき肩掛けかばんを背負った、目元を前髪で隠した地味な少女――天真子。背後に控える烏合の衆はともかく、悪十郎軍副将である彼女と相対するには八百刀流陰陽師「瀧宮」の現当主とは言え、経験不足が最大の弱点である白羽にするとやや分が悪い。

 なので。


「来ましたわね! 一本松農業高校機械科2年M組田中良子さん!!」

「なんで私の個人情報知ってるんですか!!??」


 とりあえず、出鼻を挫くこととした。


「林業会社勤務の父・田中良明、専業主婦の母・明子さんの一人娘として生まれ、決して裕福とは言えないまでも喧嘩もほぼせず穏やかな家庭に生まれ育ち、成績良好で大抵の進学校に入学できたのに『パパが働く姿が格好いいから憧れて』という理由で農業高校に入学した田中良子さん!」

「え、え!? なんで私のプロフィールが事細かに紹介されてるんですか!?」

「中学2年の時に友人が抽選で当てた某男性アイドルグループライブに興味がないけど着いて行って、結果その友人よりもドハマりしてファンクラブにも入会し、天真子のハンドルネームでグループのまとめサイトを管理している田中良子さん!!」

「やめてぇっ!!??」

 顔を真っ赤にし、手をバタバタさせながら白羽の口をふさごうとダッシュしてくる田中良子――もとい天真子。しかしそれを白羽は身体強化を無駄にフル活用して瞬間移動級の速度で逃げ続ける。後ろの方で名もない鬼たちが「え、天真子様ってそんな名前だったん?」「なんか素朴」「お父さん大好きかよ」「うちの娘もなあ、それくらい素直だったらなあ」とざわついて、否、ほんわかしている。

「山ン本九朗左衛門と神ン野悪十郎がこの街を狙い始めて、悪十郎が貴女に声をかけた時から徹底的に調べましたの(羽黒お兄様が)!」

「怖い!?」

「今回の襲撃もライブチケット欲しさに釣られたってことは裏を取ってますわよ(羽黒お兄様が)!」

「どこから洩れたの!?」

「戦に勝つためにはまず相手を知るところから、ですわ!」

「限度があるというか、多分相手を知るってそういうことではないと思います!?」

「ちなみにスリーサイズは上からきゅ――」

「ぎゃああああああああああ!!??」

 もちろんそれ以外についての情報もばっちり仕入れている。

 天邪鬼と天狗の祖である天逆毎――その転生体である天真子の異能は当然ながら『あべこべ』だけに留まらない。おおよそ警戒すべき異能はいくつかあるが、その中でもとりわけ恐ろしいのが一つある。

「むわーっ! も、もう我慢なりません! ちっちゃくて可愛い女の子だからって好き勝手!」

 目元が前髪で隠れて分からないが、多分涙目になりながら真子はガチャガチャと背負っていた工具箱を開け、中身を取り出した。付属の紐を引っ張るとソレはブヮンと唸り声をあげ、何度か繰り返すとドッドッドッドと安定した()()()()()に変化する。

 ぺろりと下で唇を湿らせながら白羽は様子を見る。

 兄からもたらされた前情報にはあったが、実際に目の前にすると背筋が凍る。


 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!


 手元のスイッチを握ると、部品のチェーンが回り、取り付けられた刃が高速回転を始める。

「お仕置きだよ!」

 真子は得物――チェーンソウの爆音を撒き散らしながら突っ込んでくる。

 そのスピードはお世辞にも早いとは言えない。平均的な女子高生の走る速度からすればやや早かろうが、文字通り時間が止まって見える速度で動ける白羽からすれば欠伸が出る。

 しかし白羽は真子が自分のすぐ近くまで駆け寄り、チェーンソウを大きく振り上げたところでようやくハッと気付き、慌てて避ける。


 ガガガガガガガガッ!


 どうやったらチェーンソウでそんな芸当ができるのか、先ほどまで白羽が腰掛けていたなんか偉そうなおっさんの銅像が縦に両断される。それを見ながら白羽は背中に冷や汗が流れるのを感じ、それに気付いて舌打ちして左頬をパチンと叩く。

「なるほどこれが『威風』ですの。思ったよりも厄介ですわね……」

 その異能は極めて単純明快。

 相手を委縮させ、強引に優位に立つというもの。つまり、ビビったら負けである。

 その異能があるからこそ、真子はあえてチェーンソウというおおよそ武器としては不向きな得物を用いているのだろうが、父に憧れて入学した高校で扱いを学んだ工具を獲物として見ず知らずの街に攻め込んでくるその異常性に、白羽の戦士としての本能が警告を発する。

「むう、外れちゃった……」

 まるで鉛筆の芯が折れてしまったことを嘆く程度の声音で再びチェーンソウを構え、白羽に向き直る。

「次は避けないでくださいね?」

 口元には、ほんのりと笑みが浮かんでいた。


 やはりこの女――異常である。


 白羽は改めて再認識する。

 元々、羽黒からもたらされた情報にはいくつか理解しがたい内容が含まれていた。

 ごく平凡な家庭に生まれ、ごく平凡に家族想いで、ごく平凡に友人を持ち、ごく平凡に趣味を持ち、ごく平凡に学校に通っている――気に入らないことがあると荒れ狂い、力ある神々ですら投げ飛ばす悪神の魂と記憶と異能を持ちながら、肉体的にはただの人間である彼女が、そんな生活を送れるはずがないのである。

 これで生まれは月波市というのであればまだ納得ができる。生まれながらにして周囲に異能と人外が溢れ、幼少の頃から力を制御する教育を受けられる月波市であれば、一見するとごく有り触れた人間として日常生活を送るのは不可能ではない。

 この数年こそ悪十郎や九朗左衛門と連れ立っているが、それまで彼女の身の回りにはそういった特殊な環境や人材が存在した形跡は一切ない。

 独力で自身の魂に刻まれた本質をひた隠し、ごく当たり前の人間として生活を送る面の皮の厚さを持ちながら、今回のように欲求に負けて平気な顔をして襲撃に参加するという一貫性のなさが、白羽にはただただ気持ちが悪い。

 表の顔と裏の顔という言葉だけでは言い表せない矛盾――『あべこべ』


 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!


「……っ!」

 目の前まで迫ってきていたチェーンソウをすんでで避ける。それも何かの異能なのか、チェーンソウでアスファルト舗装の道路に大きな亀裂を作り出して見せた。

「ちょこまかちょこまか……もしかして、私の異能効いてないですか?」

「はっ、存外大したことないですわね!」

 無論はったりである。さっきからちょいちょい危なっかしい。

「うーん、やっぱりこれ重いから振り回しにくいよう……」

 再びスイッチを握り、威圧するように爆音をかき鳴らす。その不快な重低音に眉間にしわを寄せながら、白羽はちょいちょいと真子の後ろを指さす。

「……? え、あれ!?」

 無警戒にも素直に振り返った真子は素っ頓狂な声を上げる。


 さっきまでそこに控えていた500に届く大量の鬼が、一匹もいない。


 正確には、鬼よりも恐ろしい気配を放つ二匹の魔物はいた。

 執事服とメイド服を着た二人組の女の魔物――白蟻の魔王フォルミーカの眷属にして異世界邸からの増援という扱いで白羽の下についている、ヴァイスとムラヴェイである。

「ふむ、肩慣らしにもなりませんね」

「この程度、白羽様のお手を煩わせるまでもないでありますれば」

 刺々しい虫の足に変化させた腕の血糊を拭いながら、または不覚にも頬に付着してしまった返り血を拭いながら、二体の白蟻の魔物は粛々と百鬼を葬って見せた。

「白羽にばかり気を取られて後ろが疎かのようでしたので、軽く蹂躙してみましたわ。流石はヴァイスさんとムラヴェイさんですわ」

「「勿体なきお言葉」」

「な、な、な……!」

 わなわなと震えて二、三歩後ずさる真子。流石に数の優位性を覆されたら動揺するか。

 ……そう考えたが、しかし真子は口元に満面の笑みを浮かべ、


「ですわ口調の幼女お嬢様と男装執事にクールメイド!! キタ――(゜∀゜)――!! 天啓キター!! 次の新刊これでいこうっと!! ああ尊い!!」


 なんか吼えてた。

「…………」

 白羽、ドン引きである。

「この人間……人間? 何を言っているのでありますれば?」

「ふむ、以前街で聞いたことがあります。『尊い』とは本来我々が姫様や白羽様に抱く忠誠心のような意味合いなのですが、この場合はただ単に気持ちが高揚して漏れ出す鳴き声のようなものと捉えて問題ないかと」

「いや、何を冷静に分析してるんですの」

 いつの間にか白羽の背後に移動して従者のように控えていた二人にツッコミを入れる。

 純正な魔族である二人にはこの女の異常性は分からないらしい。普通この場面で妄想に頭をお花畑にして息を荒げることなどできない。

「ああ、そうか……」

 この気持ち悪い矛盾の塊、なんだか覚えがあると思ったら、仕事をさぼることで後で全部自分に返ってくると分かっていながらサボりまくり、駄々をこねて周囲に被害を撒き散らすどっかの馬鹿に似ているのだ。方向性はまるで違うが。

「……はっ! なんだか今ものっすごい侮辱を受けた気がします!」

 急に真顔になって白羽に向き直る真子。勘は鋭いらしい。

「て言うか、違う違う、違いますそうじゃないんです!」

 言い聞かせるように首を振り、改めてチェーンソウを構える。


「悪十郎さんの配下さんたちこんなにしちゃって! 後で注意されるのは私なんですよ! どうしてくれるんですか! こら!」

「怒るポイントそこなんですの?」

「ていうか、やばいかも……これ、もしかしたらチケットの件なかったことにされかねない……!」

 わなわなと震えながら、真子は力いっぱいスイッチを握りしめる。

 それに応えるように、心なしかチェーンソウは今までにない爆音を発し始めた。

「ダメ……ダメ……それだけはダメ……珍しく遠征費を抑えられてグッズに全力投球できる機会なのに……! ああ、そうか、君たちをぎったんぎったんにすればいいのかな?」

「……っ! ヴァイスさん! ムラヴェイさん!」

「「承知」でありますれば」

 声をかけるまでもなく既に臨戦態勢に入っていたヴァイスとムラヴェイが拳を構える。


「ち、ちけ……チケットおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 奇声を上げ、チェーンソウを振りかぶって再び突進してきた真子を、3人は迎え撃った。


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