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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
百鬼夜行
97/175

術者達の動静【part 紫】

 タンタンタンタンタン。

 机を指先で叩く音が、忙しなく響く。


「…………」

 音を出している張本人は、眉間にこれでもかと皺を寄せて、魔石から投影された半透明のスクリーン映像を睨み付けていた。

 ダイダラボッチという巨大な妖を、いとも容易く空中お手玉しつづける張本人。スクリーンには直接当事者が映し出されるわけではないが、街境でガシャドクロを相手している男と合わせて、それが「何」なのかは、見ている側にとって一目瞭然だ。


「……言うまでもないと思うが」


 その音を縫うようにして、呆れたような声が背後からかけられた。

「ここで先走って街に乗り込めば、前回の二の舞だぞ」

「……分かっていますよ」

 低い低い声が相槌を打つ。普段通り抑揚の少ないしゃべり方だが、声をかけた側にはそれが極めて苛ついて──半ばふて腐れているのまでありありと分かった。

「分かっておるなら、無駄に殺気をばらまくのをやめんかい、鬱陶しい」

「ちっ……」


 隠しもせず舌打ちを漏らし、苛立ちと殺気無差別散布機と化していた本人──ノワールは、気を散らすように1つ深呼吸をした。未だに眉間に皺を寄せたまま、背後を振り返る。声と全く同じ呆れ顔をした師匠(ピエール)に、仏頂面で返した。


「分かっているのに、見ていなければならない立場が鬱陶しいだけです」

「まったく……」

「それに、あの吸血鬼とはいい加減に決着を付けたいんですよ」

 一度振り返り、スクリーンに再度視線を向け直す。何だかんだと横槍が入って不完全燃焼となっている、かの魔王級吸血鬼だ。そろそろきっちり消滅させたいという欲求がノワールの中で燻っている。

 が。

「とはいえ、アレはお前さんの「仇」ではないんだろう?」

「…………」

「今の所、ああやってどちらかと言えば人間寄りの行動を示しておるし、わざわざ狩らんでも良いのではないか?」

 ピエールからすれば、首輪付きであり、人間への害が少ない彼女に拘る必要性は低いように感じた。

「それに、あの男が監視しているなら、そうそう大事にはならんだろう。寧ろ下手に手出しをした方が危ない。お前さんも、寄り道で命を落としたいわけじゃあるまい」

 ノワールが吸血鬼に拘る理由について、詳しくピエールに語った事はない。が、おおよその事情は知っている故の、常識的な師匠からのアドバイスだ。


 頭では理解出来るが、理解出来ただけで引き下がれるならそもそもスブラン・ノワールは存在しない。


「吸血鬼が俺の目の前で蔓延っているというだけで、排除の理由になります。目障りなのでさっさと消したいんですがね」

「この馬鹿弟子……」

 ピエールが頭痛を堪えるように額に手を当てた。それを見て肩をすくめたノワールが、続ける。

「……とはいえ、今回は手出ししませんよ。そういう依頼(・・)ですからね」

「依頼?」

「何があっても直接的な手出しをするな、と。正直、あいつが街の為にここまで出すとは思いませんでしたがね」


 魔法士協会と、紅晴市の間に存在する、暗黙の不干渉協定。

 それが前回の対魔王戦で、ノワールが羽黒に巻き込まれる形で手出しをしてしまったが故に揺らいでいる。

 総帥としては、今回の百鬼夜行で隙あらば再び手助けをする形で、今後の干渉の足がかりにしたいという意欲があるようだ。それはノワールも分かっており、またそれが地脈を握る疾との全面衝突に繋がりかねないことから頭痛の種だったのだが、その疾の方から直接のコンタクトがあった。

 よもや「依頼」という形でノワールの足を止めてくるとは思わなかったが、確かにノワールは常日頃から依頼の多重受諾はしないし、対価を受けとった以上はきちんと果たす。そこを的確に突いてきたのは流石と言うべきかも知れない。


 が、ピエールはノワールの言葉を聞いて、怪訝そうな顔つきになった。

「……街の為?」

「……どんなメリットが有るのかは俺にもよく分かりませんがね。あの街は本当によく分からない」

 言外に「あの災厄が自分以外の為だけに動くわけがない」と共通認識を確認しあいながらも、ノワールは溜息をついた。実際、何故疾が紅晴に肩入れしているのかは、ノワールの調査でも判然としないままだった。


 そして、やはり疾は「紅晴のため」だけで済ませる気はないのも事実。


「まあ……人の失態をあげつらってまで頷かせてからふっかけてきましたよ。釣りだといって散々魔石を集られました」

「あやつは本当に良い性格をしとるのう……」

 過剰な対価を支払い、釣りと称して欲しいものを巻き上げていく辺り、相変わらずとしか言いようのない性格の悪さに、ノワールとピエールは2人、溜息をついた。

「まあ……今回の一件はあいつにも注目が向いていますしね。災厄としては、大きな案件だ」

 独りごちて、ノワールはスクリーンに目を向けた。ようやくダイダラボッチと吸血鬼から意識を逸らし、全体の流れに注目する。ピエールがその背後から覗き込みながら、尋ねた。

「ところで、その過剰な対価とやらは何だったんだ?」

「ああ、これです」

 ノワールがスクリーンから目を離さず、右手を掲げた。その掌の上に浮かぶものを視て、マスターは思い切り顔を引き攣らせる。

「おい……それは、まさか」

「そのまさかですよ」


 それは、神々しく燃え上がる、鳥の羽。その一枚だけで辺り一帯焼け野原に出来るほどの、炎の象徴。



「聖獣朱雀の、羽根です」




***




「さて、と」

 最高級クラスの魔石を無造作に放っては受け止めるという贅沢極まりない手遊びをしながら、疾は独りごちた。

「神門と鬼門の反転、ねえ……面白い事するじゃねえかよ」

 うっすらと口元に笑みを浮かべて、疾は眼下に広がる街を見下ろす。

『……あのう、主。そのような石ころを手に入れる為に、私の羽根を……?』

「主じゃねえ。ノワールの足止めが出来るなら安いもんだろ」

『そんなあ……』

 幼い少女の声が抗議の声を上げるが、疾の良心は1つも痛まない。この街のために羽根の一枚や十枚、引っこ抜かれるだけで済むなら安いものだろう。

「尻の毛……じゃなくて、尾羽引っこ抜かなかっただけ温情と思え」

『言い方が酷いです!?』

 軽口を叩いたらやたらショックを受けていたが、疾は無視した。一応人型が取れる上に声が子供だからといって、人外相手にデリカシーなどいるものか。

『そもそも、主が本契約をしてくだされば、そのようなものに頼らずとも、我々がいくらでも魔力を提供しますっ!』

「主じゃない、却下。本契約は生涯する気ねえっつったろ」

『主ぃ』

 少女の声が涙声になろうが、今更罪悪感など抱こう筈もない疾は、訴えかけるような声はまるっと無視して、朱雀の背中から街の動向を観察する。

「つーか神門から陽の気切り払って突進……ねえ。流石は神すら千切って投げる魔王級の妖ってか」

『これだから妖魔というのは野蛮で嫌いです』

「似たようなもんだろ、四神」

『全く違いますから! 我々は神獣です!?』

「俺から見りゃ全部同じだっつの」

『主がちょっと普通じゃないだけです!』

「主じゃねえけど、褒め言葉どーも」


 いちいち反応してくる朱雀をあしらいながら、疾は戦況を読み取る。事前に手間暇かけて地脈に干渉しておいたお陰で、現在に限って、街中の状況を把握出来る状態となっている。

「たかだか予定外の方角から襲われた程度で慌てすぎじゃねえのあいつら、んなもん珍しくも何ともねえだろうが。……とはいえ流石に司令塔は予想済みか」


 現在、九朗左右衛門が進軍してきている方向にいた術者はそのまま3000の軍を相手にして奮闘している。無理に押しとどめようとするのではなく、被害を最小限に敵勢力を削っている辺り、上手く手練れを揃えたらしい。

 更に3000のうち1000は、どうやら外部勢力──おそらく瀧宮羽黒が呼んだ増援によって分断されたようだ。やたら派手な攻撃で恐ろしい勢いで削られていくあたり、ほぼ間違いなく八百刀流の主戦力だろう。流石は対多数戦のプロフェッショナルというべきか。

 一方で悪十郎と天逆毎の転生体に対しては、各家に控えていた待機部隊を向かわせたようだ。こちらは遊撃隊扱いなのか、正面からは戦わずに急襲をかけては反撃を受ける前に引いている。

 どちらも共通点は、進軍の食い止めではなく数減らしに専念しているといったところか。


「魔王同士の技比べとくれば、さしずめ被害の数勝負。となればこの布陣は及第点だが……一網打尽にする術式が甘ぇよボケ」

 前回で学べ、と悪態をつき、疾は頭をかいた。魔王級に対抗できるだけの術式を、この街の術者が本当に編めるのか。その分析が甘いのは、単に彼らが蒙昧なだけではないのがややこしい。


「目一杯調整したんだが……日本にこんな仕掛け作れる術者がいるなんて、情報ねえぞ」

 瀧宮羽黒にカマかけても無反応だったし、とぼやきながら、疾はうっすらと口元に笑みを浮かべる。

「『中央の山を守れ』。ただこれだけの呪で、全術師に常時結界へと力を注がせ続けるなんて、な」


 守護を司る家々が、自身よりも身内よりも、土地神の封印を優先する。それを疑問すら抱かせずに継続する術式が、紅晴の地脈には組み込まれている。

 前回の魔力砲という街そのものを滅ぼす攻撃を目の前に、全霊で組み上げた障壁はあっさりと破られる程度のものでしかなかった。しかしその実、仮にノワールがおらずとも、中央の封印だけは破られないまでの減衰は果たしていた。むしろ、封印が破られないだけの威力減衰のみに集中していたと言っても良い。

 命の危機ですら無意識下に働く術式に逆らえない──これは、術が干渉の限界値としている領域を軽く越えていた。


「地脈掌握しても土台が崩れない継続式魔術ってどんなだ、ったく。壊すならまだしも、書き換えはそもそもノワールの十八番だしな……」

 疾が会話すら出来ないほどに集中してもなお、中央に危険を及ぼさない敵にも意識を向けられるだけの──状況把握能力を引き上げるだけの綻びしか生じさせられなかった、巧緻な術式。

 神の力を借りたとしても、ここまでの結果を引き出せるか──疾の知る限り最高峰の術者達ですら、難しいだろう。


 だが、綻びさえ作れれば、そこからの流れ(・・)を誘導するのは疾の得意とするところでもある。


「この術式についてお前達には問いただしたいところだが」

『!』

「ま、どうせ答えねえんだろうから、それは後回しだ」

 まごつく朱雀をそのままに、疾は丁度着信を知らせてきた携帯端末をポケットから取り出して画面に触れる。

『おっ、通じた!』

「竜胆か。暢気に電話してるたぁ余裕だな」

『でけえ妖共にぶん投げられてきた奴ら、ひとまず補給部隊から引きはがせたからな。特に強い奴らは何故か一直線に南西に向かってったけど……無理に引き留めず、数減らしに専念した。これでいいんだろ?』

「へえ。お前ら全員か?」

『……瀧宮白羽に関しちゃ、ケタケタ笑いながら突っ込んで行きそうだったから首根っこ掴んで止めたけどな』

 疲れたような声で付け加えた竜胆は、これでも100年以上を冥府で鬼狩りとしてやってきた経験がある。大規模討伐への参加経験もあり、こういう場での状況判断は冷静に下せる。相変わらず、お人好しは変わってないが。

『で、こっからどーする気だ? 中央に待機してても意味ねえけど、術者達は術者達でなんか忙しそうっつか、外者まで気にしてる余裕ねえっぽい』

 どうやら、指揮系統の混乱を見て直接指示を仰いできたらしい。……ここまで判断出来る頭があるのに、何故わざわざ首輪をかけたがるのか。つくづく疾にはよく分からない半妖だ。

「竜胆と瑠依は反転した鬼門……神ン野悪十郎がいる北西に行け。クソチビどもはその逆、南東だ。取り敢えず瑠依を軍の中に放り込めばどうとでもなるだろ」

『……あの子に天逆毎の転生体は荷が重くねえか? 逆の方が』

「ほお、竜胆お前、あの馬鹿と天逆毎の転生体を鉢合わせる気か? 方位の反転まで可能にする「あべこべ」と、あの半人前制御力皆無呪術師を正面衝突させたいと?」

『よし。俺らは北西に行く』

「そうしろ」


 もしも馬鹿(るい)と天逆毎が衝突するのであれば、疾は今直ぐ地脈の干渉を切りこの街を捨てて出来るだけ遠くに逃げる所存だ。


「クソチビは白蟻の兵隊が補佐すりゃ互角くらいにはなるだろ。んじゃ竜胆、精々頑張って生き延びろよ」

『俺既に3回くらい死ぬかと思ったんだけどな……』

 溜息と共に愚痴をこぼし、竜胆は通話を切った。何だかんだ言いながらも何故か死なない馬鹿の面倒を見る辺り、本当に人が好すぎるんじゃないかと思う。

「外野の援助は十分。後は中央目指してる猪武者だが……セキ」

『はいっ』

「セイに、北に直ぐ動けるよう指示出しとけ。コクもな」

『ッ、はいっ!』

 指示に対してやたら嬉しそうに返事をした朱雀が、守護獣と疾だけに使える伝達手段で指令を出す。それを確認して、疾は口元を引き上げた。


「──さあ、見せてみろよ」


 北に視線を向けて、疾はそこにいるはずの人物へと語りかける。



「あんたが本気を出せるだけの環境は整った。──山ン本如きに土地神を御せるわけねえんだろ?」




***




 バキン、と。

 手の中に収めていた扇子が、粉々に砕けてばらけ落ちた。


「ふ……ふふ、ふふふふふ」

 いっそ不気味な笑いを漏らす魔女に、周囲は思い切り顔を引き攣らせてじりじりと距離を取っていく。

「ふふふふふ、ふふふ……ふふっ。へえ……厄神、厄神ねえ? うちの大事な大事な土地神様を、よりによって祟り神如きと勘違いして? 中央の結界の意義すら理解できない資格なしが、封印破って神様の力を手にしようって? ふふ……あはははは」


 平坦に呟いていた言葉が段々と声を大きくし、徐々に1つの感情に染まり上がっていくのを、吉祥寺家当主は表情は変えないまま、内心どん引きして聞いていた。

 当主は知っている。この、全く笑ってない目をした己の血縁者は、ちょっと尋常じゃなくやべーほど怒り狂っており、更にこの後とんでもない真似をやらかしてくれる──というのを、彼女本人だけではなく見覚えがありまくった。


「反転されたとはいえ、神門薙ぎ払ってくるだけあるねえ? 神門だよ? 神様の通り道だよ? その通り道を汚して街に入ってきただけでも重罪なのに、挙げ句神様の御住まいを、我等の聖域を踏み荒らそうってわけだ。ふふふ……そう」

 ゆっくりと唇を吊り上げた『魔女』は、低く低く、言った。


「──巫山戯た真似をしてくれるじゃないか」


 しん、と一室が静まりかえる。屋外の喧噪がやけに耳に付く静寂が流れる事、しばし。


「……吉祥寺たるもの、常に沈着を忘れるなと。一番始めに諭したはずだぞ」

 ずしり、と重い声が、無音を断ち切る。


「どうせお前は老害の妄言と右から左へ聞き流しているのだろうと思っていたがな。……次期としてこの地を双肩に支えるものが、むざむざと感情を表に出すな」

「……むざむざと?」

 静かに繰り返し、『魔女』は振り返る。読めない表情で佇む吉祥寺家当主と対面し、『魔女』は艶やかに微笑んだ。

「馬鹿を言うなよ、『吉祥寺』」

「……」


「私は、私。『知識屋の魔女』だ。魔女は気まぐれで、身勝手。私の気ままな感情を、その辺の青二才の未熟さと一緒にするな」


 するりと、滑るように足が進む。吉祥寺当主を見上げ、『魔女』は楽しげに笑った。

「……お前」

「安心しなよ。今、私は貴方の一番頼りになる存在だ。そうだろ、『吉祥寺』?」

 『魔女』の浮かべる無邪気にすら見える笑みを見て、吉祥寺当主は諦めの溜息をついた。こうなってはもう自分の手に負えないと、半ば投げやりに許可を出す。

「……ふん。好きにしろ」

「ふふ。そうさせてもらうよ」

 当主にもう1度笑いかけ、『魔女』はくるりと踵を返した。

「各自、通達。当初の配置は変更しない。中央に向かう愚か者共は、私が誘導する。北西、南東の敵については、四方に待機している術者を適宜ぶつけて。数は少なくて良いよ……外部の戦力が動くだろうからね」

 一度天井を見上げて、『魔女』は顔を巡らせる。

「君達は、中央からこの邸に向かう経路に戦力の配備と、術式の準備を。今回はここが最大の戦場になると心得なさい」

 一斉に諾の返事が湧き上がる。戦意が高まる──高められた場の先導者は、悠然と、傲然と──チェシャ猫のように、笑った。


「弁えない慮外ものは──私がちょっとばかり、ご挨拶させてもらうよ」



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