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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
百鬼夜行
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開戦!百鬼夜行【Part夙】

 異世界邸は静かな夜を迎えていた。

 いつもなら日付が変わる頃までちゅどんしていてもおかしくないのだが、今夜に限っては事情が違う。

 無数の魑魅魍魎が街へ攻め入ってくるからだ。恐れていた百鬼夜行である。

 それだけなら無関係を貫いてもよかったが、百鬼夜行のボス格の一体が那亜を狙っているからそういうわけにはいかなくなった。

「いいかお前ら! 今夜は徹夜でバケモノ駆除だ!」

 異世界邸の癒しを脅かすものに鉄槌を! と貴文は気合いを入れて背後の主戦力を振り向き――


・トカゲ   → 人間じゃない。

・ポンコツ  → 人間じゃない。

・駄ルキリー → 人間じゃない。

・しろあり姫 → 人間じゃない。

・駄天使   → 人間じゃない。

・チワワ   → 人間じゃない。

・羊     → 変態でしかない。

・貴文    → もはや人間じゃない。


「おかしい、バケモノしかいねぇ……」

 ある意味、異世界邸も百鬼夜行の一種ではなかろうか?

 他の住民は全員地下のダンジョンへ避難している。念のためセシルやフランチェスカやウィリアムといった戦える住民もそっちに割いてしまったわけで、表には真正の怪物しかいない。その辺の鬼くらいなら金棒放り捨てて泣きながら逃げ出すレベル。

「わたくしが攻めた時よりも堅牢な布陣ですわ。この世界の悪鬼羅刹がどれほどのものか知りませんが、これを突破できるほどの猛者はいないのではなくて?」

 しろあり姫、もとい『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランが魔王らしく余裕のある笑みを見せた。どうも事態を重く考えていないようだ。

 それはフォルミーカだけじゃない。

 トカゲとポンコツはいつものように額を擦り合わせていがみ合い、カベルネは玄関に寄りかかってワインをラッパ飲みしており、ジークルーネは強者と戦える可能性にワックワクしながら大鎌を素振りし、変態羊は魂が抜けた様子のジョンをもふっていた。

 緊張感が皆無である。

「お前らな、那亜さんの身が危ないんだぞ。もうちょっとやる気出せよ」

「失礼ですわね。やる気ならありますわよ。今回の件はわたくしが原因なのでしょう? ヴァイスたちと一緒に街の方へ加勢に行きたかったくらいですわ」

 ふんすと鼻息を荒げるフォルミーカは、余裕はあるがやる気もあるということらしい。彼女クラスの魔王が味方についてくれているのは非常に心強いが、それでも貴文は不安なのだ。

「緊張したってしょうがねえだろ、管理人」

「うむ、そもそもあの街を突破してここまで来れるのか?」

「もし突破できたのならそれは間違いなく強者です。先陣は譲りませんよ! えへへ♪」

 三バカがバカのくせにもっともなことを言っている。貴文とて街の術者たちを舐めているわけではないのだが――

「お前らは奴らを見てないからそんな暢気なことが言えんだよ。いいか? もう一度説明するが、ボス格は一体一体が魔王級の力なんだ。それが五体。もし一気に攻められたら、いくらそこの変態羊が変態でもけっこう厳しいと思うぞ」

「そんなことよりまず我輩を助けてほしいのである!?」

 変態羊にもふもふされているジョンが悲鳴を上げるが、今は無視。

「そりゃ戦わなくていいならそれに越したことはない。だが、俺の経験上絶対そんなことにはならない。根拠はないが確信はある! もしお前らの怠慢で那亜さんになにかあったらその時は俺がお前らを粛清してやるからな!」

 半ば脅しつけるように竹串を突きつけると、トカゲとポンコツはポカンとした顔になって――

「「いつも通りじゃん」」

「コノヤロー!?」

「つまり敵を見逃せば貴文様と戦える!? ぐぬぬ、私はどうすれば……」

「見逃すな!?」

「ウィ~、ひっく、あんれ~、管理人さんワインが切れちゃった~」

「話聞いてた!?」

「戦うから我輩を助けてほしいのである!?」

「ふむ、もふもふにも飽きてきた。やはりやつがれのとれんどは幼きお子よな」

「ダメだこいつら人選ミスッた!?」

 もう時間ないけど敵が来るまで猶予はあると思うからセシルたちとチェンジしようかと真剣に考え始める貴文だった。

 と――

「一つ、確認したいことがありますわ」

「なんだ?」

 真面目な顔になったフォルミーカが街の方を見詰めつつ訊ねてきた。比較的まともなのが魔王だけってもうこの世の終わりである。

「敵は鬼門――北東の方角から来るということでしたわね?」

「ああ、今の街は鬼門か裏鬼門の方角からしか野良の妖は侵入できない状態になってるらしいからな。で、裏鬼門はこの異世界邸がある山だから、ここを越えてくることはまずあり得ない」

 この山はかなり特殊で、街側からの正規ルートでなければ越えることはできない。それは人も妖も同じだ。

「そうですの。でしたら少し、おかしいですわね」

「え?」

 目を細め、先程までの余裕を消してフォルミーカが告げる。

 一気に不安が押し寄せ、貴文も街の方に視線をやった。


        ***


 沼島清吉は補給部隊として街の中心寄りの場所に配置されていた。

 術士として未熟な清吉は当然だが前線に出させてはもらえないし、手柄を挙げたい欲求もないから出たいとも思わない。

「今回は攻めてくる方角がわかっているから楽勝だろうな」

「ああ、奴らが宣戦布告したおかげで一般人は前もって避難できたしな」

「鬼門の防備も万全だ。我々が忙しくなることはないんじゃないか?」

「馬鹿だよな。白蟻の時みたいに突然攻め込まれなけりゃ、我らが負ける道理はない」

 すぐ近くでは清吉の同期たちが楽観的に談笑していた。もうすぐ零時だというのに身構えもしない。白蟻の時ほどやばい事態にはならないと思っているようだ。

 清吉だって準備期間のあった今回はそこまで酷いことにはならないと思っている。いや、そうであってほしいと願っている。

 だが――

 ――なんなんだ、この胸騒ぎは。

 胸の内の不安がどうしても拭えない。やはり百鬼夜行が今夜だとわかった時点で他県に逃げておけばよかった。


「伝令! 鬼門郊外に多数の妖が出現! その数およそ三千!」


 零時まで残り三分を切った時、通信担当の術士が慌てた様子で声を張り上げた。

 それまで緩かった周囲の雰囲気が一変した。

「三千!? 百鬼って百体じゃないのか!?」

「詐欺だろ!? 街の戦力がえーと……いくらだっけ?」

「落ち着け! いくら数を揃えても通れる場所は一つ!」

「どうせ一網打尽だ!」

 こんなところに配属される低級術士故の無知さ加減に清吉は呆れつつ、胸騒ぎが全く収まらないことに気づく。

 敵の数は清吉が考えていたより多い。

 だのに、不安の種はそこじゃない。

「なんなんだ? なにが起ころうとしてるんだ?」

 杞憂であってくれと祈りながら、開戦まで残り三十秒。二十秒。十秒。


 途端――ぐわん、と。


 世界が回転したような感覚に襲われた。

「な、なんだ今の?」

 周囲を見るが、特に変わった様子はない。不安すぎて平衡感覚に支障でも出してしまったのだろうか?

 それなら全く問題なかった。


「で、伝令! 北西と南東に妖の大群が出現! 手薄の守りを呆気なく突破され街へ侵入されました!?」


「馬鹿な!? どうなっている!? 奴らが鬼門以外から来られるはずがない!?」

 あり得ない報告に、この安全地帯でふんぞり返っていたお偉いさんの一人が喚き散らして真偽を確かめる。

「嘘だろ……」

 清吉も呆然とした。だが、それは思わぬ方角から敵が襲撃を仕掛けてきたからだけではない。

「嘘だと、言ってくれ」

 清吉の視線は、上を向いている。

 満月の浮かぶ夜空に、点々と黒い影が出現していたのだ。次第にそれらは大きくなり、無数の妖怪の姿として視認される。

 北西と南東だけじゃない。

 真上からもだなんて聞いてない。


 さらに奥には街を見下げるような大きな影が二つ。


 片方は山のように巨大な骸骨――ガシャドクロだ。もう片方はそれより遥かにでかい。今日の昼にも現れたらしいダイダラボッチで間違いないだろう。

 奴らが方角の意味がなくなるほどの上空へ妖怪たちを投げ飛ばしたのだと嫌でも理解した。

 そして落ちてくるのは、そんな高度から落下しても問題なく街で暴れられる存在だ。

「いやいや無理無理こんなん絶対死ぬだろもうおかぁあああちゃああああああん!?」

 絶望からつい叫んでしまった直後――


 どごぉおおおおおおおおおおおおおん!!


 目の前に落下したそれが盛大な爆音を轟かせた。

「ひぃいいいいいいいいおとぉおおちゃああああああああああん!?」

 衝撃で清吉も同期たちも紙切れのように吹き飛ばされる。かろうじて意識のあった清吉は腰砕けになりながらも這うように後ずさる。

 もくもくと噴き上がる土煙の中で、そいつは悠然と立ち上がった。

「あ……え……?」

 細いが筋肉質な上半身に、爆風に靡く赤黒いロングマフラー。妖しくも鮮やかな紅の髪。角はないが、気配から鬼だと感じ取る。

「え……あ……鬼……え……?」

 鋭い眼光が腰を抜かした清吉を捉える。すると、その隣にバサッと漆黒の翼を背中から生やした中学生くらいの少女が舞い降りた。

「ほらほら、人間が腰を抜かしてるよ無角様。ボクらが怖いのかな? 怖いんだね。あっははは、楽しそうだなぁ♪」

 おちゃらけた調子で覗き込んでくる少女。ショートの黒髪にくりっとした大きな瞳。そんな背中の翼以外この場には似つかわしくない彼女に、清吉は僅かながら毒気を抜かれる。

 なにが楽しいものか! そう言い返そうとして角なしの鬼と目が合った。

「ひっ」

「人間、貴様、那亜という名に心当たりはないか?」

「へ? な……え?」

「知らんか。ならば用はない。消えろ」

 一瞬で清吉から興味が失せたらしい角なしの鬼が軽く手を翳す。その掌に凄まじい妖気の込められた鬼火が出現する。

「よかったね、君。無角様の鬼火でイケるなんて幸せ者だね!」

 刹那、爆発的に弾けた鬼火が視界を埋め尽くし――

「……おばーちゃん」

 最後にそう漏らし、清吉の意識は途切れた。


        ***


 天逆毎(あまのざこ)

 天狗や天邪鬼の祖先とされ、スサノオの体内から吐き出された猛気が形を成すことで誕生したとされる女神である。気性は荒く、力ある神だろうと千里の彼方へと投げ飛ばすほど強い妖として語られている。

「真子チャンは天逆毎の転生体。前ほどの力はなくても、天狗の神通力と天邪鬼の〝あべこべ〟を利用すれば南北を軸に鬼門の位置を『反転』させることができるっつー寸法よ」

 天真子の力で鬼門となった北西から悠々と街へと侵入した神ン野悪十郎は、作戦の成功にクツクツと笑った。

「真子チャンは裏鬼門から攻めて街を挟撃。進行速度は一ヵ所から攻めるより断然早ェ」

 それから本来の鬼門である北東を見据え、口の端を吊り上げる。

「正々堂々やる気なんざないんでね。これで一気に差をつけてやるッスよ、九朗サン」


        ***


 紅晴市北東――郊外。

「天真子の力をそのように使ったか、悪十郎め。考えたではないか。どうりで時間になっても現れなかったわけだ。ククク、なるほどなるほど」

 勝負を諦めて逃げた可能性も考えていたが、そういう段取りになっていたのか。

「我なんも聞いてないんだけど!?」

 最初から正々堂々正面から突撃することしか考えてなかった九朗左衛門にとっては、まさに目から鱗だった。頭が回る悪十郎らしい作戦だ。

「九朗左衛門様、我々も北西か南東へ向かいましょう。こちらは神門と化し、もはや行軍が難しく――」

「なにを言っている。なにが難しい? 貴様、我が誰だか忘れたわけではあるまい」

 側近の一鬼が具申するも、九朗左衛門は切って捨てる。

「我は山ン本九朗左衛門。魔王の名を継ぐ鬼ぞ。わざわざ回り込む必要などない」

 紅晴市の周囲は結界が張っているわけでもなければ、物理的に阻まれているわけでもない。入ろうと思えば誰でも入れる。

 だが、こと鬼に関しては非常に近づき難い気が満ちていると言うべきだろうか。

 鬼門裏鬼門にはそれがなく、鬼の心情的にはどうしてもそこから入りたくなってしまう。まるで誘蛾灯だ。加えて『反転』したことにより、こちらの方角は『神門』――陽の気が満ちる場となってしまった。鬼にとっては息苦しいことこの上ない。

 それでも、九朗左衛門クラスの鬼となれば効果は薄い。

「ふん、たかが人間の仕掛けたちんけな誘蛾灯など」

 九朗左衛門は虚空から刀を取り出し、居合の構えを取って――一閃!


「神門ごと斬り裂いて進めばよいだけだ」


 周囲に満ちていた鬼避けの気が一瞬にして吹き飛ばされる。するとまるで肩の荷が下りたかのように、整列していた悪鬼羅刹の空気が変わる。

 オオオオオオ! と鬨の声が上がった。

「行くぞ。少し遅れたが、なに問題はない」

 勝敗の条件はどちらが紅晴により大きな被害を与えられるかである。手薄になっている他の方角より、敵戦力が集まっている北東側で暴れた方がいいに決まっている。天真子がいるとはいえ、悪十郎軍は九朗左衛門の三分の一。奴が卑怯な手を使ったのも、正攻法では九朗左衛門に勝てないとわかっているからだ。

 前方で身構える紅晴の術士たちを視界に収め、九朗左衛門は高々と宣言する。


「さあ、開戦である!!」





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