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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
百鬼夜行
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鬼の晩餐【part 山】

 紅晴市から遠く離れたとある街の一角に店舗を構える、ごくありふれた個人経営のファミリーレストラン。

 ごくありふれた制服に身を包んだごくありふれたアルバイト店員は、何やら尋常ではない装いの客が座るテーブルに水とおしぼりを届け、足早にホールの端へと逃げるように立ち去って行った。

「どういうつもりだ貴様ら」

 異様な客――継裃をまとった男は、腕組みをし大股開いて三人分の座席を一人で占拠し、対面に座る二人に睨みをきかせた。

「いや、それはオレたちのセリフっすよ九朗サン」

 一人はダメージジーンズを腰履きにしてぶっといベルトを緩く巻き、派手な般若の刺繍が施されたオーバーサイズのTシャツをだらしなく着て耳をピアスだらけにした、どこからどう見てもヤンキーないしチンピラ風の金髪の男。刺々しい外見の中で唯一愛嬌のある垂れた瞳を細くしながら、継裃の男に呆れた視線を送る。

「……あ、ドリンクバーの種類豊富だあ。頼んでいいですか?」

 その隣でマイペースにメニューを眺める少女は、二人と比べるとだいぶ地味、というよりも常識的な黒いセーラー服姿をしていた。ただし、それ前見えてんの? と突っ込みたくなるほど伸ばした前髪で目元を隠しているため、別の意味で注目を集めている。

 そんな三人が一つのテーブルに集まっているため、夕食時にも関わらず店内はがらんとしている。先ほど水を運んできたホール担当だけが脂汗を流しながら帰りたそうに棒立ちしている。

「貴様らも鬼の端くれであれば相応の装いをしろと常々言っているだろう。あと我のことを九朗と呼ぶな! 山ン本(さんもと)、もしくは九朗左衛門(くろうざえもん)と正しく呼べ!」

「私、正確には鬼じゃないんですけど……」

「だってアンタの名前長ぇっすもん。九朗サンは九朗サンでいいっしょ。ネエ、真子チャンもそう思うっしょ?」

「え、あ、うん……私も九朗さんの方が呼びやすいかな……あ、今月のおすすめはイチゴパフェと抹茶パフェかあ……」

 そんな店内の空気などどこ吹く風。三人はまるで家にいるかのような声量で普通に会話を進める。

「つーか、呼び方なんて今更どーでもいいっスよ。問題は九朗サンの格好の方っしょ。なんスか、その江戸時代からタイムスリップしたみたいな袴」

「魔王山ン本五郎左衛門(ごろうざえもん)の正統後継者として相応しい装いである!」

 ふん! と継裃の男――九朗左衛門は鼻を鳴らして自慢げに腕組みし仰け反った。それに対しチンピラ風の男が「山ン本のジジィが魔王だったのって遥か大昔のことだけどな」と呟いたが、幸いにして聞こえていないようである。

「うーん、迷っちゃうなあ……えーい、どっちも頼んじゃえ! すみませーん!」

「は、はーい、ただ今お伺いしますー」

 前髪セーラー少女――真子はどこまでもマイペースに店員を呼んでいた。

「そういう悪十郎(あくじゅうろう)、何なんだ貴様のそのやたらめったらちゃらついた服装は!魔王 神ン野(かんの)の名が泣くぞ!」

「いや九朗サンのに比べたら全然馴染んでると思うけどねえ。真子チャンはどっちの服がイーイ?」

 と、チンピラ風の男――悪十郎は、まだメニューを眺め続けている真子に話を振る。真子は一瞬だけ肩をびくっと震わせたが、話はちゃんと聞いていたようでおずおずと答える。

「え、えっと……私はもう少し地味なのが……」

「ほら見ろ! 我の勝利だ悪十郎!」

「あ、九朗さんのはナシです。はっきり言って」

「いえーい、ざまぁ」

「何故だぁ!?」

 くずおれる九朗左衛門。それをケタケタと笑いながら指さし、悪十郎は行儀悪くバンバンとテーブルを叩いた。

「あ、あの! ご注文お伺いします!」

 それを涙目で注文を取りに来た店員が精いっぱい声を張る。遅れながらも気づいた真子が改めてメニューを眺めながら指さしながら注文を伝えた。

「あ、はーい。イチゴパフェと抹茶パフェ、あとマルゲリータのLサイズ1枚と、カニクリームパスタ、エビピラフ、フライドポテト2人前お願いします。あ、パフェは食後で……あとあと、ドリンクバー三人で」

「あ、オレはジャーマンピザMサイズとグラスワインちょーだい。真子チャン、ピザわけわけしよーぜ」

「いいですよー」

 これには突っ伏したまま黙って聞いていた九朗左衛門も、思わず顔をあげて口を挟んだ。人外とは言え、少女が一人で喰らう量ではない。

天真子(あまのまこ)、貴様どんだけ食う気だ!」

「九朗さんはどうしますか?」

 が、当の本人はほやんとした笑みを浮かべて九朗左衛門に注文を確認する。淑女としてその食事量はどうなのだ――などと下手に口出しし、機嫌を損ねると後が恐ろしい。別に彼女が自分で支払いを行うのであれば問題ないのではないか。

 向かいに座る悪五郎も口元を真一文字に閉じ、小刻みに首を横に振っている。触らぬ鬼に祟りなし、である。

「鬼たる者、銀シャリさえあれば充分である!」

「ほもー」

「スミマセン、こっちの馬鹿にはライス大だけでいいっス」

「肉があればなお良し!」

「最初からそう言ってくださいよ……トンカツお願いしますね」

「待て。牛豚は手を地に付いている。手に土がつくことは敗北を意味する。勝負の前に食うのであれば鶏である」

「力士か」

「わがままだなあ……すみません、鶏の照り焼きで」

「ほもー」

「……店員よ、なにやら先ほどから変な鳴き声が聞こえる気がするのだが?」

「はい?」

「気のせいっしょ」

「気のせいですよ」

 一瞬、店員のスカートを覗き込む影が見えた気がするのだが、それも気のせいだったのだろうか。まあ仮にも魔王を称する鬼である九朗左エ門の探知には何も引っかかっていない。きっと気のせいだ。

「えっと、ご、ご注文繰り返します。マルゲリータLサイズ1枚、ジャーマンピザMサイズ1枚、カニクリームパスタお1つ、エビピラフお1つ、フライドポテトお2つ、鶏の照り焼き「ほもー」お1つ、ライス大がお1つ、グラスワインお1つ、ドリンクバー3人前、食後にイチゴパフェと抹茶パフェ。以上でよろしいでしょうか」

「なあ、やはり何か聞こえたんだが!?」

「以上で」

「ドリンクバー用のグラスと氷はあちらに用意していますのでご自由にどうぞ。それでは、ごゆっくり」

「私とってきますね。お二人は何がいいですか?」

「オレも行くよ。三つもグラス持てないっしょ」

「わあ、ありがとうございます」

「聞け! 無視するな!」

「で、九朗サンは?」

「なんでもよいわ!」

 怒涛の勢いで注文の確認を終え、逃げるように去っていく店員と飲み物を取りに行く悪十郎に真子。……真子の制服のスカートを下から覗き込もうとしている雄鶏の化け物を幻視した気がするのだが、疲れているのだろうか。



        * * *



「ではないわ!!」

「ウワびっくりした」

「ど、どうしました?」

 運ばれてきた鶏の照り焼きと白飯をガツガツと胃袋に収め終わり、ふうと一息吐いたところで九朗左エ門はハッと気づいて声を荒げた。

「貴様らどういうつもりだ!」

「だから何がっすか」

 ピザとポテトを真子とシェアしながらワインを傾けていた悪十郎が怪訝そうに首を傾げる。二人は楽し気に雑談しながら食べていたためまだまだテーブルには料理が並んでいる。もっとも、消費量の半分以上は真子によるものだが。

「何故にファミレスなのだ!」

「えー……」

「百鬼夜行前に英気を養うために飯を食いに行こうって話したの九朗サンっしょ」

「それが何故このようなファミレスだと聞いておるのだ! もっとこう……ふさわしい店があるだろう! このような店で酒を飲めるか!」

「え、九朗サンってファミレスで酒は反対派? いるんスよねえ、そういう狭量なやつ。せっかくメニューに用意されてんだから頼みゃいいのに。きっと古臭い家柄の出に多いんだ」

「何だと気様!」

「それにこの辺りにそれらしいお店ってないですよ……現世だともうちょっと足伸ばして月波市まで行けば私たちみたいなのでも入れるところはたくさんありますけど。もしくは冥府とか地獄とか魔界とかに戻るとか」

「そのような時間はない!」

「そもそも九朗サンが酔って暴れるからその辺の店も大概出禁だどな」

 冷たい目を投げながらビローンとチーズを伸ばしピザを貪る悪十郎。目元が見えないので分からないが真子も似たような表情をしている。

 二人に視線で責められさすがに分が悪いと踏んだのか、誤魔化そうと真子の皿に残っていた最後の一切れのピザに手を伸ばす。

「……んむぅ」

「ぬ」

 が、直前で真子が守るように皿ごと掻っ攫い、まだ口の中に残っているにも関わらずピザを一口齧る。

「…………」

 むなしく宙を掻いた九朗左エ門の手と真子の体を見比べながら、ワインとジュースで勝手にカクテルを作り出していた悪十郎が口を開く。

「真子チャン、今度タピオカをちょっと変わった飲み方してほしいんだけど」

「んむんむ……んく。……別にいいですけど、多分私できますし」

「マジで!?」

「それは真か、天真子!?」

「悪十郎さんはともかく、なんで九朗さんまで食いついてんですか、もう……その代わりに次のイベントでお二人には売り子してもらいますからね。写真も有料です」

「よし、この話はなかったことに」

「何故我々と瓜二人の男が抱き合っている表紙の書物を我々が売らねばならぬのだ!? 地獄の呵責でももう少し人道的であるぞ!」

「鬼に人道を語られましても」

 手についたチーズの脂を舐めとりながらふんすと鼻を鳴らす真子。そして酒ばかり飲んで料理にあまり手を付けていなかった悪十郎の分にも手を伸ばし始めたところで、改めて確認をする。

「というか、本当に私も行かなきゃいけないんですか……?」

「ここまで来て何をいまさら。……と言うか、我は別に来てくれと頼んでいないぞ」

「ああ、それはオレが頼んだんよ。真子チャンいたほうがスムーズだしぃ?」

「……そもそも今回の襲撃は山ン本家と神ン野家の力比べの面が強いのだぞ」

 大妖怪山ン本五郎左エ門と神ン野悪五郎――どちらも百鬼を統べる魔王である。ある時、どちらが魔王の頭として相応しいかと争いになり、どちらが早く百人の勇気ある少年を驚かせられるかという賭けを行うこととなった。

 結果として、五郎左エ門が稲生平太郎という少年に手間取っている間に悪五郎が目標に到達してしまい、魔王の頭は神ン野悪五郎が襲名することとなった。

 ここまでが、世に「稲生物怪録」と知られる怪談で語られている内容である。

 稲生物怪録の最後には、百鬼に怯えることなくひと月の間耐え続けた平太郎を五郎左エ門が紳士的に讃え、悪五郎に目を付けられた時は自信を頼れと言って去っていく。

 が、仮にも魔王――百鬼を統べる妖の頭領である。純粋な力では悪五郎に負けるとは思わない。一度の敗北に納得できるはずがなく、その後も幾度となく悪五郎に争いを挑み、何度となく頭の座を奪い、また奪い返され続けた。

 その諍いは当人たちの力が衰え、地獄から現世に顕現できなくなった後も子孫たちに引き継がれていた。

 それが四代目山ン本である九朗左エ門と、五代目神ン野の悪十郎である。

「先日の異界の魔王襲撃でばら撒かれた瘴気に中てられた鬼共を纏め、どちらがより精強な百鬼を率いることが出来るかが、此度初代たちが出した条件である。その基準として瘴気の起点――紅晴の地により大きな損害を与えることができた軍が勝者となる。悪十郎に何を言われたか知らぬが、本来貴様は無関係である。来たくないのであれば全く構わぬ」

「そうなんですけどぉ……」

 ちらりと真子は悪十郎を見やる。しかし当の本人はパスタについてきた蟹の殻をフォークで弄りながらニヤニヤと笑みを浮かべて二人を見ているだけだ。

「チケットぉ……」

「は?」

「今度、私の推しが近くでライブやるんですよ。そのライブにどうしても行きたくて、でもチケット手に入らなくって……」

「で、オレのオトモダチがそのライブの企画でさ。関係者席一枚くれるっていうから協力してもらってるワケ♪」

「悪十郎、貴様……それくらい無心してやればよいものを」

「ジジイ共の条件は『瘴気に中てられた百鬼を率いて紅晴市を襲え』っしょ? その内訳は明言されてない。真子チャンには今回、オレの百鬼の一員として動いてもらうよん」

「天真子は瘴気に中てられたわけではなかろう」

「ハハっ、九朗サンおもしれー」

 悪十郎はひょいと蟹の殻を摘まみ上げ、口に含んでバキバキと噛み砕く。

「あの瘴気の影響を全く受けない野良なんているわけないっしょ。……もちろん、オレもアンタも」

「……ふん」

 鼻を鳴らし、氷の解け切ったグラスを一気に煽る。

 話に聞く初代山ン本である五郎左エ門ほどではないものの、九朗左エ門も魔王の名に相応しい力を持つ鬼である。当代になってからは若干ではあるが魔王頭の争奪戦は神ン野に負け越してはいるものの、天真子が神ン野についたところで絶望的な戦力差が生まれたわけではない。それは、おそらくは悪十郎が招集したのであろうもう一人の強大な鬼を含んでも同じである。あのような鬼を悪十郎がどうやって抱き込んだのかは不明であるが。

 さらに今回は山ン本と神ン野だけでなく、角なしの異形の鬼――無角童子というイレギュラーもある。奴の狙いが何なのかは知らないが、あの街近辺に用があるらしい。奴の動きを利用することが出来れば、相手がいかに知恵の回る悪十郎と言えど十分に勝機はある。

「まあよい。……時間だ」

 九朗左エ門が立ち上がると、待ってましたとばかりに悪十郎も足元に置いていたバットケースを肩に担いで席を立つ。続いて、未練がましくパフェの底をスプーンで引っ掻いていた真子も愛用の巨大な工具箱を引っ張り出して立ち上がった。


「さて、紅晴を我らが百鬼にて蹂躙してくれようぞ!」



        * * *



「あの、すいません、お会計を……」

「え。あ」

「九朗サンあと頼んだ!」

「すみません、今持ち合わせが……! ごめんなさい!」

「天真子!! 貴様持ち合わせがないのにアレだけ食ったのか!?」

「お会計二万七千円になりますが……」

「ちょっと待て、いくらなんでも高すぎやしないか!?」

「お、お連れ様がワインの追加注文されていましたので……」

「悪十郎貴様あああああ!!」



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