白い挨拶巡り【part山】
「新年あけましておめでとうございます」
「今年も贔屓によろしくな」
「…………」
新年早々店までわざわざ挨拶に来た二人を、知識屋の魔女は何とも言えない目でまじまじと見つめた。
いや、正確には二人の片割れの方をじっと観察した。
一人は白地に金糸で編まれた優美な白鶴が舞う豪奢な振袖を纏った、八百刀流陰陽師「瀧宮」の現当主である瀧宮白羽。普段はざっくりと簡単にポニーテールにまとめている長い白髪をこれでもかと盛り上げ編み込み、これまた煌びやかな簪でとめている。
しかし身に着けているものだけで高級車が何台も購入できそうな歩く一財産と化している幼女より、「魔女」としてはその隣の男の方が問題だった。
「……当たり前のようにやらかしてくれるなあ」
「くっくっく、俺がいつまでものうのうと出禁食らってるわけないだろ」
白羽とは対極の対極の対極にあるような地味な黒コートにサングラス、左目の下の刀傷と怪しさの塊の長身の男――瀧宮羽黒。彼はいつものように軽薄な笑みを浮かべながらさも当たり前のように紅晴市の大地を踏みしめていた。
彼はどこぞの誰かの策略によりこの街に立ち入れなくなったと、「魔女」は認識していた。
だというのに何故今目の前にいる――と、そこまで思考して違和感に気付いた。
かつて何度か対面した時に彼から感じられた、不気味さとか気味悪さとか、とにかくそういった狂気性が一切感じられないのだ。なんなら、目の前にいるはずなのに存在感が全く伝わってこない。
彼と最後に直接会ったのは数カ月前――いや、もっと前だった気がするが、何でか知らないが時間の感覚が曖昧な気がする――とにかく、取引先としてなんどか電話でのやり取りは続けていたのだが、ここまで纏う空気が変わるようなことが彼にあったのだろうか。
「困惑しているようで何より何より」
羽黒は軽薄に笑いながら、コートの前を外して中身を見せるように開いた。
「うわあ」
「隠蔽と姿消し、認識阻害の魔術やら護符やらアミュレットやら、詰めるだけ詰んできた。あと、ちょいと練習中の新技術もあり」
「術式同士で暴走させないでよ?」
羽黒が笑って震えるたびにコートの内側でじゃらじゃらと音を立てる数々の魔導具に苦笑する「魔女」。いや、認識阻害やらなにやらかかっているのに目の前に立っているのは認識できるし、案外競合はしているのかもしれない。
と、羽黒は手にしていた鞄を「魔女」へと差し出してきた。
「これまでの『本代』だ。待ってもらった分、ちょいと積んである」
「おや、随分と太っ腹だね」
「信頼の証だ。あと、こっちが次の注文」
そう言って手渡してきたメモを見ながら「魔女」は渋い表情を浮かべる。
「戦争にでも行く気かな?」
「ちょいとキナ臭くてな。ダチの弟子のための参考書だ」
「……まあ、資格がある以上、どう使おうがあなたの自由だけど」
溜息を吐き、「魔女」はメモを懐に入れる。と、羽黒の姿がチカチカと揺らぎ始める。それに自分でも気づいたのか羽黒は眉間にしわを寄せて吐き捨てる。
「ちっ、もう時間切れか!」
「思ったより早かったですわね」
「正月だから神さんも浮かれてると思ったんだが、真面目だねえ。そんなんだから神無月にもはぶ――」
と、何か言い終わる前にまばゆい光も残さず羽黒の姿が白羽と「魔女」の目の前から消え失せた。そしてしばらくの沈黙の後、店先の電話に着信が入った。
「はい、もしもし?」
『……クソが!! イエローストーンまで飛ばしやがった!』
「また随分と遠くまで行きましたわね」
「命があるだけいいんじゃない?」
『しゃーねえからベガスまで行ってポケットの小銭増やしてくるわ。白羽、三が日までには戻るともみじに伝えとけ』
「了解ですわー」
「……本当に、転んでもただでは起きないんだから」
次はラスベガスのカジノを出禁になるのではないだろうか。「魔女」は再び溜息を吐くのだった。
* * *
「魔女」に見送られ、迎えの車に乗り込んだ白羽が次に向かったのは寺湖田組本家の事務所だった。
本当なら街の術者の会合に合わせて新年の挨拶に行こうとしたのだが、「魔女」に割と本気で泣きそうになりながら止められたため、彼女の城で個人的に挨拶を済ませるに留めたという事情があったのだが、それはともかく。
事務所内で一番広い会議室にずらりと集められた組員の群れ。人相は悪いがぴしっとネクタイとスーツで極めている人垣の中央に、一本の道が作られている。白羽はしずしずと通り、上座までたどり着いたのち振り返り、全体を見渡す。
一呼吸置いて、軽く頭を下げる。
すると一糸乱れぬ動きでその場の全員が白羽よりも深い角度で頭を下げ、また完全に一致した動作で上身を上げる。
「本当、こういう礼儀作法だけは下手な堅気なんかより指導されていますわね」
苦笑しながらぼそりと呟き、白羽は小さく咳払いして小さな体からは想像できないよく通る声で全員に声をかける。
「『瀧宮』二四代目当主、瀧宮白羽ですわ。本日から仕事始ということで、挨拶をさせていただきますわ」
自業自得とは言え、嫌々引き継いだ重っ苦しい肩書を自ら名乗る。
「昨年度は皆さんの働きもあり、『表』も『裏』も、これまでにない業績となりました。特にここ紅晴市における魔王襲撃の際の手際は――」
あれ、そう言えばアレって今年の事件だっただろうか?
一瞬だけ違和感を覚えたが、白羽は事前に用意して頭に叩き込んだスピーチ原稿を読み上げる。
「皆さんの働きもあり、世に未だ『瀧宮あり』と名声を轟かせることができました。この業界、舐められたら負け、とは流石に時代錯誤ではありますが、その存在を改めて印象付けることができたと、私は思っております。……と、なんやかんや言いましたが、まあ簡単に言いますと――世界を救ってくれてありがとうですわ。皆さんの盟友・瀧宮紅鉄に代わり、私からお礼申し上げます。ささやかではありますが、月波よりお鑑をお持ちしました。是非とも皆さんでご賞味くださいな」
言うと、白羽の後ろに控えていた大きな酒樽のわきの台に立つ。白羽の身長では微妙に蓋の位置まで手が届かないのだ。
蓋の上に置かれていた槌を手に取ると、軽く咳払いをして改めて会議室全体に目線を送る。
「それでは僭越ですが私が開かせていただきます。ご唱和お願いします。それでは――せぇの!」
『『『よっ!!』』』
野太い合いの手に合わせて白羽は手にした槌で酒樽の蓋を叩く。すると綺麗に蓋が割れ、中から上品な酒精の香りと樽木の爽やかな香りが辺りに漂いだした。
「さあ本日は無礼講ですわ! 本年も引き続き頑張れるよう、今日は飲んで騒いでほどほどに暴れて羽を伸ばしてくださいな!」
『『『おおおおおおおおおお!!』』』
再び野太い雄叫びが響き、黒服の懐に隠していた一合枡を取り出して酒樽に集まってくる。その人の波に呑まれないよう白羽はさっさと舞台上から退散し、部屋の隅に避難する。
「よう、なかなか肝が据わった演説だったじゃねえか」
「宗喜叔父様」
と、椅子に座りながらも杖を手放せない初老の男が声をかけてきた。白羽の父・紅鉄の義兄弟にあたる、「寺湖田組」二代目組長、寺湖田宗喜。梟のようなぎょろりとした瞳をぱちぱちと動かしながら白羽をじっくりと眺める。
「短すぎる、下の連中に気を遣いすぎる、自身が遜りすぎている」
「はい?」
「さっきの演説の欠点だ。まあ初めてにしては堂々としていたのは褒めてやる」
「……別に白羽、『表』の頭にまでなるつもりはありませんわよ? 今日はたまたまお父様も梓お姉様も所用があったため白羽が代理で来ただけですもの」
「はっ、仮にも当主様を代理で下部組織の挨拶に行かせるかよ。修行だ修行」
ククと喉の奥で笑いながら、部下に取りに行かせた枡酒を一杯ぐいっと一息で煽る。
「ふぅ、美味い酒だ。やはり酒は月波の蔵に限る」
「よく分かりませんわ」
「分かっている方が問題だろうが。兄貴は母親に似てザルだったが、お前はどうだろうなあ。親父に似てあんま強くないかもしれんなあ」
心底どうでもいい。
年齢相応にアルコール類に興味が持てない白羽は白い目で宗喜を見る。しかし早くもぐびぐびと二杯目に手を出してしまっているため、もうさっきの話は終わりということだろう。中途半端に終わって不完全燃焼だが、元々興味も薄い内容だったため軽く会釈してからさっさと踵を返す。
と、執務室のフロアで何やらごそごそしている大きな人影が白羽の目に入った。
何かと思って覗いてみると、黒光りする筋肉達磨――畔井松千代が巨大な工具箱をロッカーから引っ張り出していた。冬だというのにいつものようにタンクトップ一枚を上に着ただけの格好だが、一応下はスーツを着ているようで正装で会合には来ていたらしい。
「畔井のおじ様、お仕事ですの?」
「お? おお、お嬢! いや、あけましておめでとうございます! 今年も倅と娘共々よろしくお願いしますぜ! はははははははは!」
「あ、はい。こちらこそですわ」
「で、まあ仕事ですわ。この仕事、正月とか関係ないですからなあ! ははははは!」
「お疲れ様ですわ。あー、そうですわ。あの邸にも挨拶に行こうと思っていたところですの。白羽も同行しても? あちらの方に渡したいものもありますし」
言うと、白羽は事務所の机の上に置かせてもらっていた大きな紫色の風呂敷袋に手を伸ばした。たいそう重そうなそれを軽々と抱え上げると、畔井はにっかりと笑った。
「へえ、あっしは構いませんぜ。では、準備ができたらこちらへ」
言うと、畔井は事務所の外ではなく奥まった小部屋へと白羽を案内する。小首を傾げながら畔井の大きな背中について部屋に入り、すぐに納得した。
部屋の中央には複雑ながらも綺麗な造りの魔法陣が描かれ、畔井の魔力に反応して煌々と輝いていた。
「一体いくらしたんですの?」
「ははははは! あの邸から搾り取ってる額からしたらはした金ですわ!」
「……相変わらずのようですわね、あの邸」
この街での仕事が終わってからもちょいちょい隙を見ては遊びに行っていたが、いつも通り日に10回単位で倒壊しているらしい。
というか、一体いつになったらあの邸の管理人は「邸が壊れないよう強度を上げる」という発想に至らないのだろう。金はかかるが、寺湖田組とあの邸のマッドサイエンティスト、刺青の魔術師の技術力があればそれも可能だろうに。いい金づるであるため絶対に自分たちからは教えないが。
「んじゃ、陣の中央にお立ちください。揺れはしませんが転移酔いにはお気をつけて!」
「了解ですわ」
促されるまま魔法陣に足を踏み入れ、心を落ち着かせる。
すると徐々に視界が端から崩れていき、そして崩れたそばから別の景色へと再構築される。確かにこれは慣れないと気持ちが悪くなるかもしれない。
「おお、待っておったぞ。白きお子よ」
「…………」
などと考えていたら、目の前にもっと気持ち悪い物が出現した。
黒毛に巨大な角の羊頭。そして何故か今日は赤く芋くさいジャージで無闇やたらと肉感的な体を隠している最強の変態――〈残虐なる螺旋〉こと「誑惑の魔王」エティスが、細かくルーンの刻まれたぶっとい鎖で亀甲縛りにされて地面を転がっていた。
「……聞くまでもないとは思いますが、何をしているんですの、あなた」
「うむ。我が君との姫始めに臨もうとしたら邸の監視者と白蟻、あと堕天使に縛り上げられてしまってな。これはこれでお預けを食らっている気分で……はあ、はあ、悪くはないのだが、流石に不自由が過ぎる。やつがれをして力づくでは引き千切るのに手間取っておる故、お子の力で斬ってはくれまいか」
「その理由で何で白羽が助けると思ってるんですの。しばらくそこで大人しくしているがいいですわ」
「ぬ……その見下すような目……嫌いではないぞ! それにお子のような麗しき女子が相手ともなれば尚更……はあ、はあ……!!」
「本当に気持ち悪い」
「時にこの国の伝統装束は下着を付けぬと聞いたのだが真か!?」
「く た ば れ ! !」
無駄とは分かりつつも、具現化させた鍔も柄もない太刀を羊の頭に突き立てる。以外にも何の抵抗もなく突き刺さったのだが、当の本人はケロッとしているどころかさらに気持ち悪く身をくねらせながら息を荒げている。
もう自分が何をしてもこいつにはご褒美になってしまうと悟った白羽は、寒戸の時間制御を行使して一瞬で距離を開けて邸へと近寄った。
「あけましておめでとうですわー」
「あ、白羽ちゃん、あけましておめで何その着物すっごく綺麗!!」
「本当なのじゃ! 貴文や、妾たちにも一着買ってくれまいか?」
「うちにそんなお金ありません! うっ、胃がぁ……!」
早々に倒壊していた異世界邸が畔井の手により修復されているのを背景に、貴文が胃の辺りを抑えながら蹲る。以前のように即座に胃薬を煽らなくなった辺り、多少は医師による内服指導が効いているらしかった。
「ちなみに今日は何でしたの?」
「そこの羊を取り押さえるのに手間取って周辺被害が出たんですわ。私たちは今回悪くないですわ」
と、豪奢なドレスが土埃で汚れ、ところどころ生地がほつれてしまっている白蟻の魔王フォルミーカが深いため息とともに事情を説明してきた。なんだかんだ久々に見た気がするその顔に、白羽はぱっと顔を明るくした。
「あ、フォルちゃん」
「その呼び方お止めなさいな!? あなた、初対面の時の敵愾心はどこへ行ったんですの!?」
「え、だってフォルちゃんは白羽の義妹ですし」
「私は納得してませんのよ!? あと、何であなたが義姉なんですのよ!? どう考えてもおかしいですわよね!? ほら、もっとガラ悪く絡んできなさいな! マフィアの因縁みたいにいちゃもん付けてきなさいな! ……遠くで眺めてるヴァイスとムラヴェイのほっこり顔がなんか無性に腹立ちますわ!?」
「えー、でも一度身内と認めた方に、何で敵愾心を向けないといけないんですの?」
「はっくしゅーん!?」
「うわ、梓きたない」
「あ、ごめんユーちゃん……ずーっ……なんか『お前が言うな』って感じの悪寒に襲われたわ」
「何だそれ」
「だからそもそもの前提がおかしいと言っていますの!」
「あ、フォルちゃんにこれをと思って持ってきたんですの! きっと似合うと思いますわ! 義姉から義妹へのお年玉ですわ!」
「いやだから――何ですの、これ」
白羽が抱えていた風呂敷袋をフォルミーカに手渡す。有無を言わさず押し付けられたそれを訝しげに眺めていると、白羽はパンパンと二回柏手を打ってヴァイスとムラヴェイ、そして倒壊した邸から避難していた那亜に声をかけた。
「お呼びですか? お嬢様」
「那亜、フォルちゃんに着付けをお願いしますわ。ついでにヴァイスさんとムラヴェイさんにも教えてあげてくださいな」
「あら、それはいいですね。フォルミーカさん、背が高いからすらっとして綺麗だと思いますよ」
「え、ちょっと」
「ヴァイスさん、ムラヴェイさん。そういうことですから、お手伝いくださいな」
「ほう、着付けですか。それはまだ『学習』していない内容ですね」
「とても興味深くありますれば」
と、いつの間にか背後まで迫ってきていた腹心二人もフォルミーカの両腕をがっちり掴んで固定していた。
「ちょ、だから……!」
「それではフォルミーカさん、小一時間ほど失礼しますねー」
「な、何なんですのおおおおお!?」
* * *
「あら、やっぱり思った通りですわ! とってもお似合いですわフォルちゃん!」
「ああ姫様、とても麗しゅうてありますれば……」
「着付けとは、なかなかに興味深いものでしたな」
白い三人がうんうんと満足げに頷く中、那亜によって振袖を完璧に着つけられたフォルミーカは複雑そうに帯の辺りを指で弄っていた。
「私が身に纏っているのですから綺麗なのは当然ですわ。……でも、いささか窮屈すぎやしませんこと? 特に胸とお腹の辺りが……屈みもできないですわ」
白羽がフォルミーカに見立てたのは、自身の振袖と同じく白地のものだった。こちらは薄墨色の葉と紅色の花弁の対比が映える牡丹模様。ただし、典型的な欧米体系のフォルミーカに無理やり着せるために胸をさらしでぎゅうぎゅうに絞めたうえ、くびれたウエストをごまかすために帯の下に布を挟んで巻いているため相当苦しそうだ。邸の方からフォルミーカの悲痛な叫びが聞こえてきた時は、初めて自分が幼児の姿をしていることに安堵した。
「ま、慣れですわ。最初は動きにくても、そのうち羽子板くらいならできるようになりますわ」
「本当ですの……?」
訝しげに眉間に力を入れ、行儀悪く腕をぶんぶん振り回すフォルミーカ。それを那亜が苦笑しながら窘めていると、フォルミーカが腕を振り下ろしたタイミングで
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!
異世界邸が爆破した。
「「「…………」」」
「わ、私じゃありませんわよ!?」
「今度は誰だちくしょうめぇっ!!」
貴文が涙目で爆心地へと竹槍片手に突っ込んでいく。すると即座に「ぎゃあああああっ!?」と悲鳴を上げ、空高くへと吹っ飛ばされた。
「あら珍しいですわね。管理人の方が吹っ飛ぶとは」
「ヴァイスが邸に来た時も吹っ飛んでましたわ。案外不意打ちには弱いのかもしれませんわね」
言いながら、崩壊した邸の一角からのっそりと姿を現したソレに呆れながら視線を向ける。
それは、異世界邸で飼われているマンモスサイズチワワであるジョンにも負けず劣らず巨大な魔獣――鉄仮面を頭に被った猪〈猛進の大牙〉だった。
ノルデンショルド地下大迷宮第二階層を守護する最速の魔獣に跨るのは、まあ当然と言えば当然だが、元「迷宮の魔王」グリメルだった。
「ふはははは! 今年は貴様の年らしいのだ〈猛進の大牙〉よ! 普段は表に出してやれんが、今日だけは無礼講なのだ! 思う存分駆け回るがいいぞ!!」
「ぶひぃぃぃぃぃっ!!」
ジョンとは違い人語は解せないのか、獣らしい雄叫びを上げると主を背に乗せたまま、大猪は異世界邸の裏山へと姿を消していった。
と、裏庭の方から普段グリメルを背中に乗せて遊んでいるジョンがしょんぼりと尻尾を下げながらのそのそとこちらにやって来た。
「くぅ……知らなかったのである……吾輩の年は去年だったなんて……去年? 去年とはなんである? ……ともかく、次の吾輩の年は11年先とは……残酷なのであーる……くぅん」
「あー、まあ、どんまい? ですわ」
白羽は手を伸ばし、ジョンの顔をぽふぽふと撫でる。それで彼の気が晴れるとは思えないが、見るからに落ち込む彼をそのまま放置するのはさすがに可哀想だった。
「……その理屈でいくと、来年は……いえ、これ以上考えるのはやめですわ」
と、フォルミーカが何か気付いてはいけないことに気付いてしまったのか、額を手で押さえながら首を振る。そして裏庭からバキバキと巨木が何本もへし折られるの聞いて、そそくさと食料調達に向かったヴァイスとムラヴェイの背中を眺めながら、大きく溜息を吐いた。
「今年も騒がしい年になりそうですわね」
自分も騒がしくする要因の一人であることは棚に上げ、深い深いため息を吐いたのだった。
「ちなみに、やつがれの年は8年後であるぞ」
「誰も聞いてませんわよ、そんなこと!」




