サンタさんと遊ぼう!【part 夙】
次元の狭間。
距離や時間といった概念があやふやなこの空間に、どういう理屈なのか小さな煙突つき一軒家が建っている。なぜか雪の積もったモミの木に囲まれたそこは、伝説上の人物とされるサンタクロースの住居である。
「サンちゃん、いるか? 暇だから将棋でもどうかな」
そんな普通であれば到達することすらできない家に、近所のお爺ちゃんのようなノリで茶髪の老人が訪ねてきた。
「またデースか、ピエちゃん。ミーはこう見えて忙しいのデース」
玄関を開けたサンタクロースは、昔馴染みの茶飲み友達を苦笑混じりで出迎えた。彼はわかりやすく言うとお隣さんである。とはいえ物理的に隣近所というわけではない。どういうことかって? 説明ムツカシイので省略。
「忙しいと言ってもどうせ筋トレじゃないか」
「なぜバレたデース」
「両手にダンベルを握ったタンクトップ姿のむさ苦しい髭ジジイが現れたらそう思うさ」
「ジジイはピエちゃんも同じでショウ……」
彼はピエールと名乗っている。本名はサンタクロースも知らない。そもそもサンタクロースだって本名ではないのだ。それでも『ピエちゃん』『サンちゃん』と呼び合うくらいには仲のいい二人だった。
「まあまあ、上がらせてもらうぞ。将棋だ将棋」
「ミーはチェスの方がライクだといつも言ってるデース」
「儂はチェスがどうにも苦手でなあ」
「ピエちゃんのせいでミーは将棋を覚えてしまったデース」
二人は暖炉の前のテーブルで向かい合って座り、ピエールの持ってきた将棋盤に駒を並べていく。先攻後攻を決め、パチパチと一手ずつ将棋を指していく。
「この前は悪かったな。うちの馬鹿弟子が」
「まったくデース。ギリギリ聖夜パワーをユーズできたからリカバリーできマシたが、今後は気をつけてほしいデース」
前回のクリスマスで吸血鬼とガチバトルをやらかしていた黒コートの少年が、まさか友人の弟子だったと知ったのは全てが終わった後である。一応謝罪は受けた。だからもうそのことは気にしていない。サンタクロースは心が広いのだ。
「ところで『聖夜の奇跡』さんや」
「その呼び方ストップ!?」
「なんでだ? 面白……いい名前じゃないかぶふっ!」
「今『面白い』って言いかけたデスね!? あと思いっきり噴いてマース!?」
口元に手をあてて震えるピエールに、サンタクロースは『歩』を一マス前に出しながら抗議した。あのクリスマスの後、なぜか魔法士協会からそのようなコードネームをつけられたのだ。あれから付け狙われるようなことはなくなったからいいが、正直あまりいい気分ではない。
「それで、なんの話デース?」
「ああ、今年のクリスマスはどうするのかって思ってな」
「? HAHAHA! ついにボケましたかピエちゃん! クリスマスはこの間終わったばかりデース。 ミーは三百六十四日休まないとワークできまセーン」
「ん? なんだ気づいてないのか、サンちゃん?」
そう言ってピエールは親指で後ろの壁を示した。そこにはカレンダーがかけられており、月は過ぎ去ったはずの十二月。そして二十四日が赤い丸で囲まれていた。
「ホワッツ!? どういうことデース!? なんでまたクリスマスが!?」
前回の聖夜戦争から一ヶ月程度しか経っていないはずだ。もしかしてそれはサンタクロースの体感でしかなく、現実世界はもっと時間が経過していた? 確かに、あの戦争の後は疲労でかつてないほど爆睡していたが……いやまさか。そんな馬鹿な。
「どうやら、呑まれたようだぞ」
「呑まれた? 一体なににデース?」
恐る恐る訊ねるサンタクロースに、ピエールは『飛車』でサンタクロースの『桂馬』を奪いつつ深刻な顔で答えた。
「あらゆる生物の年齢や環境が全く進んでいないにも関わらず、高次元の世界と連動したせいで季節や情勢ばかりが移り変わる永遠のループに、だ。標準世界ではこの現象を『サザ〇さん時空』と呼んでいるそうだぞ」
「〇ザエさん……ホワッツホワーイ?」
「つまり、儂らの時間は大して進んでいないにも関わらず、何度もクリスマスが来るような時空になってしまったということだ。まあ、まだ完全ではなかろうがな」
「意味がわかりまセーン……」
魔法とやらにはあまり精通していないサンタクロースには、ピエールがなにを言っているのかこれっぽっちも理解できなかった。いや、魔法関係あるのか知らないが。
「これに気づいておるのは儂ら狭間の住人くらいだろう。かといって逆らうのも碌な事にならん。来てしまうものは来てしまうのだから、サンちゃんも諦めてクリスマスの準備に取り掛かった方が良いぞ」
「じゃあ将棋してる場合じゃありまセーンよッ!?」
サンタクロースはいても立ってもいられず将棋盤をひっくり返した。
「ああ!? あと二十四手で王手だったのに!?」
なんか嘆いているピエールは放置して、ドタバタとクローゼットへと駆け寄る。その中には聖夜戦争でボロボロになったままのサンタクロースの衣装が適当に放り込まれていた。
「NOOOOOOOOO!? 面倒だったから後回しにしてマーシた!? 明日にはクリスマスだというのに、今から一張羅のサンタウェアをクリーニングに出しても間に合いまセーン!? それにピュアボーイ&ピュアガールたちの願いも集めないと……Oh、ミッションインポッシブル。万策尽きたデース。今年は総集編じゃダメ?」
「そりゃあ、ダメだろう」
「シット! サンタウェアはあとで購入ゴーするとして、先に願いの収集デース!」
クリスマスが近いおかげで聖夜パワーも徐々に回復してきている。どうりで最近筋肉の調子がいいと思った。
「うおほん!」
咳払いを一つ。
「さぁーて、『クリスマスだよ☆マジのサンタクロースがお届けするプレゼント大賞』のセレクトをスタートするデース!」
ふんぬと隆起した筋肉を見せつけるようなポーズを取ったサンタクロースは、「毎年そんなことしてるのか」と若干引いているピエールを無視して奇跡を発現させる。
ぽふん!
マヌケな音と共に特大のプレゼントボックスが空中に出現。薬玉のごとく蓋の開いたそこから、一枚のA4用紙がひらりひらりと舞い落ちてくる。
「今年最初のラッキーピュアボーイorピュアガールは――ジャララララララ、ジャン!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」
「どうしたサンちゃん!?」
用紙を見るや顔面を蒼白させて腰を抜かしたサンタクロースにピエールが慌てて駆け寄ってくる。が、サンタクロースの心境はそれどころではない。
あの忍者屋敷の子供はサンタクロースに呪いでもかけているのだろうか?
「だ、大丈夫デース。ちょっと取り乱しただげごおッ!?」
ピエールの手を借りて起き上がろうとしたサンタクロースは、突如襲ってきた腰の激痛に悲鳴を上げた。
「こ、腰が……腰がぁ!?」
今まで経験したことのない腰痛にサンタクロースは涙目になる。
「サンちゃん鍛えてるのにぎっくり腰って……そんなもん聖夜パワーとやらで直せばよかろう?」
「……たぶん無理デース」
聖夜パワーは聖夜にこそ一番力が高まるのだ。それに今日はまだ聖夜ではないため、願いの収集といった準備にしか使えない制約がある。
明日の夜になればなんとか治せるだろうが、それでは遅い。このままでは準備もできないのだ。
まずい。
非常にまずい。
サンタクロースが出勤できないクリスマスになってしまうと、世界中のピュアボーイ&ピュアガールたちが悲しんでしまう。
「誰かチェンジを……あ、そこに丁度いいジジイが」
「儂はやらんぞ」
チッ、と舌打ちするサンタクロース。前回のような聖夜戦争になってもピエールなら大丈夫だと思って押しつけようとしたのだが、失敗してしまった。
しかし腰の痛みも子供たちを悲しませたくない気持ちも本物である。
他に手は――
「ワタシに任せてくださいデース、お爺サマ!」
「そのボイスは!」
ドバン! と玄関の扉が勢いよく開き、一人の少女が家に飛び込んできた。
歳は十四歳くらいだろう。控え目な胸元をけしからん風に大胆に開いたサンタ衣装にミニスカート。ベルの髪飾りで結った金髪ツインテール。くりっとした碧い大きな瞳にサンタクロースを映す彼女は――
「ミリアじゃないデースか!」
「おや、この娘さんは……?」
ピエールが首を傾げ問う。気持ちはわかる。この場所は次元の狭間。そこを行き来できる存在がそういるはずもないのだから。
だが。彼女なら心配はいらない。
「この子はミリア。ミーのグランドドータァーになりマース」
「はあ!? サンちゃん孫いたのか!? というか結婚しとったのか!?」
「ミーだって人の子デース!? 結婚くらいしてマース!? ぐおっ、叫んだら腰が……」
ズキズキと痛む腰を押さえ、サンタクロースはその筋骨隆々とした肉体を芋虫のように這わせて彼女の下まで近づく。
「ミリア、どうしてここに?」
「ハイ! 今年はお爺サマをお手伝いするために参上したのデース。でもその様子だとお爺様は動けそうにないデース。だから今年はワタシが一人で頑張ってみマース!」
両手で小さく握り拳を作って見せるミリアは、やる気満々だった。
サンタクロースは慌てて首を横に振る。
「だ、ダメデース!? ミリア一人だなんてデンジャラスすぎマース!?」
「子供たちにプレゼント配るだけデース。お爺サマ、なにをそんなに心配しているのデース?」
「……いや、その」
きょとりと小首を傾げるミリアにサンタクロースは言葉を窮する。説明がムツカシイ。省略したい。
「ワタシもいつかお爺サマみたいな立派なサンタクロースになるのデース! だから今回はいい勉強になると思いマース!」
「ぐ……」
キラキラした瞳でそう訴えられサンタクロースは口を噤んでしまった。世の中にはサンタクロースの力を狙う悪い連中がおってな、などと可愛い孫娘の夢をぶち壊すようなことは口が裂けても言えない。
「まあまあ、いいじゃないかサンちゃん。これも修行だ」
「ピエちゃん、ちょっと無責任過ぎない?」
「お願いしマース、お爺サマ!」
「ぬぬぬ……」
可愛い顔が上目遣いでサンタクロースを見上げてくる。こんなピュアガール、世界中にミリアだけに違いない。
まあ、前回あれだけやらかしたのだ。連中も今回は大人しくしてくれるだろう。それにミリアがサンタクロース代行だとバレなければいいのだ。
「わかりマーシた。そこまで言うのなら、今回はミリアに任せてみるデース」
「やったー! 一生懸命頑張りマース!」
彼女だけでは心配なのは確かだが、そこはサンタクロースが陰ながらこっそりフォローしてあげれば問題ない。もし敵がいたとしても、ターゲットはサンタクロースとして姿を見せたことのある自分になるはずだ。
「さっそくお願い事を集めてみるデース……えーと、日本の紅晴市異世界邸にお住いの、マジカルナース☆ユーキちゃん?」
めっちゃ不安になった。
***
『エマージェンシー! エマージェンシー! 日本領空――』
「以下省略デース♪」
ちゅどぉおおおおおおおん!!
今年のクリスマスも航空自衛隊の偵察機がマッハ三十のソリに貫かれ華麗な花火を咲かせた。もちろん自衛隊の人は聖夜パワーで無事である。
七匹のトナカイにソリを引かせるミリアは、ミニスカサンタ服の懐から次のプレゼント対象の資料を取り出した。
「お爺サマに言われた通り、日本の紅晴市は最後にしたデース。でもどうしてここが最後なのでショウ? ちょっと回り道したみたいで効率的じゃなかったデース」
疑問はあるが、それでも言いつけはしっかり守る良い子のミリアである。
「まあいいデース。えーと、マジカルナース☆ユーキちゃんのお願い事は……平和? クリスマスの夜だけでも平穏な生活がしたい? よくわかりませんが、聖夜のサンタクロースに不可能はないデース! ワタシにお任せくだサーイ!」
具体的な物品じゃないからイメージしづらいが、聖夜パワーでなんとでもなるだろう。なんなら今から第三次世界対戦が唐突に勃発したって止められる自信はある。
ミリアは急ブレーキをかけてトナカイを停止させ、資料にある地図と照らし合わせて立ち上がった。
「この真下が異世界邸デース。トナカイさんたち、ちょっとここで待っていてくださいデース! ――トウッ!」
白い大袋を肩に担いだミリアは、なんの躊躇いもなく遥か上空から地上へと飛び降りた。
***
異世界邸。
時刻は深夜。日付などとうに跨いでしまっている。流石にこの時間は住人のほとんどが寝静まり、昼間の騒がしさが嘘のような静寂に包まれていた。
邸中にクリスマスのイルミネーションが飾りつけられ、深夜でも全体を明るく照らしている。中庭には邸よりも背の高いモミの木――に似た異世界の樹木が植えられており、間違いなく世界一巨大なクリスマスツリーになっているだろう。
そんなクリスマス一色な雰囲気の中、邸の前庭に四人の少女たちが集まっていた。
「いい、みんな? 前回サンタさんはここに来たけど、お父さんにプレゼントを渡して帰っちゃったみたいなの。だから今度は私たちが待ち伏せして捕まえるんだよ」
もこもこのコートを羽織り、白い息を吐きつつ力強い口調でそう言ったのは、異世界邸管理人の娘である伊藤こののだった。こんな夜更けに呼び出されて何事かと警戒していた中西悠希は、友人であり妹的存在でもあるこののに、注意するよりも前に呆れた視線を向ける。
「いや、このの、それってサンタさんの正体が管理人だったって話じゃむごご!?」
「悠希さん、子供の夢を壊してはいけませんわ」
悠希の口を押さえた白髪の少女は瀧宮白羽だ。週末しかいないはずの彼女はなぜかそれ以外も異世界邸に入り浸っている気がするのだが、それはきっと悠希が疲れているせいだと思う。
「というか、サンタさんはいますわよ? 白羽去年会いましたもの。ねえ、リーゼさん」
「うん、けっこう強かった。今度会ったら燃やせるかな?」
白羽に話を振られて相槌を打った金髪赤眼の少女は、リーゼロッテ・ヴァレファール。こちらも異世界邸の住人ではないのだが、時々メイドのアルバイトをしているレランジェと一緒に遊びに来るのだ。
「ええ!? 白羽ちゃんもリーゼちゃんもいいなー」
「白羽はあんまりもうあのサンタさんとは関わりたくないのですけど」
「アハハ、また魔王がいっぱい来るかも♪」
「ちょっと待ちやがれです!? 今めっちゃ物騒な言葉が聞こえたんですが!?」
ただでさえこの異世界邸は魔王ホイホイなどと言われているのに、これ以上やべー奴が増えたら今度こそ命の危険を感じずにはいられない悠希だった。
と――
ちゅどぉおおおおおおおん!!
テロリストでも現れたのかと思ういつもの大爆発が異世界邸の一部を盛大に吹き飛ばした。
「おいこらクソトカゲ!? またおね火しやがったな!? 聖夜くらい静かにできないのか貴様!?」
「ああん!? てめえこそウイーンガチャンウイーンガチャンうるさくって寝れねえんだよ!?」
「そんな陳腐なロボットみたいな音など出してないわ!?」
ちゅどんちゅどん、とみるみる内に崩れていく異世界邸。夜は比較的問題の発生率は低いものの、今回のような特別な夜だと問題児たちのテンションが上がるためそうもいかない。
だから悠希は平和を渇望する。
「アハハ! どんどん壊れてく! やっぱりここ楽しい!」
「リーゼさん、なかなかいい性格してますわね」
「管理人はまだですか!? なにやってやがんです!?」
「ごめんなさい、悠希。私が去年お父さんについ『なんでサンタさん捕まえてくれなかったのお父さんなんて大嫌い!』って言っちゃったから、今朝からお母さんと一緒にサンタさん捜しの旅に出るって……」
「どうりで二人とも見かけねえと思ったです!?」
昼間悠希は街に下りていたため知らないが、恐らく管理人不在の間、邸は幾度となく破壊と再生を繰り返したのだろう。想像するだけで意識を手放したくなる。
「管理人がいないなら、白羽たちが鎮圧するしかありませんわね」
「えー、あいつら燃やすの簡単すぎてつまんない。飽きたー」
「お父さんがいないのは私のせいだし、頑張ってみる」
「待ちやがれですこのの! 万が一こののにかすり傷でもついたらあの二人文字通り命がなくなっちまうです。ここは白羽さんに任せて」
「よく考えたらこれは白羽のお仕事じゃありませんわー。やって欲しければ出すもの出していただきませんとー」
「このヤクザ!?」
凶悪な笑みを浮かべて親指と人差し指で円を作る白羽に悠希は絶叫した。頼みの綱のリーゼロッテもやる気なさげに欠伸をしている。
これは経験上、悪い流れだ。
どう悪いかと言うと――
「つまりユーキちゃんがやるしかないってことだし」
「ぎゃあ!? ミャータンどっから出て来てんですか!?」
こういうことになるからだ。
「そんなことはどうでもいいし。それより早くしないとユーキちゃんの部屋も粉々だよ? クリスマスの夜まで大工さん出勤してくれるかわかんないし」
いつの間にか悠希の肩からひょこんと顔を出していた赤い仔猫は、器用に尻尾で巻きつけていた変身ステッキを悠希に手渡す。
このステッキを持ち、規定のくっそ恥ずかしい文言を唱えれば、悠希は一般人を逸脱した力を手に入れることができる。そう、絶賛大暴れ中のトカゲとポンコツを轟沈させるくらい訳はない力だ。
「……あいつらはサクシアじゃねえんです。駄ルキリーかフォルミーカかカベルネか変態羊辺りを捜して頼めば――」
「あの人たちが参加して収拾なんてしませんわよ?」
「ぐぬぬ……」
白羽の言う通りだった。戦闘狂、魔王、堕天使、変態羊。どう考えても事態は最悪の斜め上に転がる予感しかしない。レランジェやヴァイスやセシルたちに頼んだとしても同じだろう。
「本当に、自分がやるしかねえんですか……?」
一日中邸を空けるなら代行を呼べ! と娘のせいで正常な思考ができなかっただろう管理人を恨みつつ、悠希は諦めてステッキを握り締めた。
「れ、レッツ! リリカルメイクアップ!」
叫んだ瞬間、悠希の体が光のリボンに包まれる。
「ユーキちゃん今回は一回で言えたし。ワンモア?」
「しねえですよ!?」
なんでこんな恥ずかしい台詞を何回も叫ばないといかんのか? ちゃんと発動したし、変身も正常に完了したからやり直す意味がない。
赤十字のキャップとピンクカラーのフィッシュテール。そこだけ見れば可愛いのに、巨大な注射器という物騒な物体に変化したステッキが狂気的すぎる。
「この世に湧いた悪しき病原体やまいを駆逐する! マジカルナース、見参! やっぱ恥ずかしすぎんです……」
「もう何度も人前で変身してるんだからいい加減慣れるし」
「無理!?」
そもそも『サクシア』との戦い以外で変身している回数の方が多いってどういうことなのだろう。
「話は聞いていましたが、思っていた以上に魔法少女ですわね」
「なにそれユーキ! 楽しそう! わたしもやりたい!」
「見なかったことにしてください、二人とも」
白羽はニヤニヤと、リーゼはキラキラと、それぞれ表情を変えて悠希を見ている。できればそんなマジマジと見ないでもらいたい。
「あーもう! さっさと終わらせんです! メディカルフォース――」
魔法少女のエナジーを注射器へと注入した、その時だった。
「平和を……プレゼントデース!!」
天から、赤と白のなにかがドガシャーン!! とトカゲとポンコツを巻き込んで降ってきた。ちなみに今ので異世界邸の四分の一が完全にお亡くなりになられた。
「えっ?」
悠希は目を丸くし、注射器に集めていた魔法少女力を霧散させる。
「誰だチクショーッ!?」
「敵襲か!?」
当然、その程度では倒れないトカゲとポンコツが相手を確認しないまま炎を吐き、ミサイルをぶっ放す。
「サンタクロースマジック! ディメンションゲート!」
だがそれらは、撃ち出した本人ごと白い光に呑まれて呆気なく消えてしまった。
「聖夜の平和を乱す悪い人は、朝まで次元の狭間で反省するといいデース!」
一瞬でトカゲとポンコツを無力化、というか追放したのは、瓦礫の中に立つミニスカサンタ衣装を纏った金髪ツインテールの少女だった。
「誰!?」
てっきり神久夜辺りがふざけた格好をして帰ってきたのかと思った悠希だったが、サンタクロース少女の顔に見覚えはない。
サンタクロース少女は悠希たちに視線を向けると、にこぱっと人懐っこい笑顔を咲かせた。
「ワタシはサンタクロースのミリアといいマース! アナタがマジカルナース☆ユーキちゃんデース?」
「いえ違います」
「あれ?」
いきなり頭のおかしい発言の真偽はともかく、悠希は打てば響くように否定するのだった。
「ユーキちゃんで合ってるし」
「なぁーんだ♪」
「ミャータンこの野郎!?」
どうして否定するの? 的に可愛く小首を傾げられても悠希にとっては『この野郎!?』である。
「サンタさんって女の子だったんだ……」
こののはちょっと失望したように肩をがくりとさせた。
「いやいや、白羽が見たのは絵に描いたような……白い髭をした、ムキムキのお爺さんだったはずですわ!?」
「うん、あんなんじゃなかったと思う。もっと強そうだった」
白羽とリーゼは悠希とはまた違う意味で懐疑的な様子だった。
「三人ともなんで普通にサンタクロースがいる前提で話してやがんです!?」
「ですから白羽たちは『本物』を見てるんですの」
「みんなで戦ったけど倒せなかったんだよね」
「レイドボスですか!? そういう物騒な話になるから信じられねえんですよ!?」
その内『サンタの服が赤いのは返り血のせい』とかいう噂が真実味を帯びて来そうで耳を塞ぎたくなる悠希だった。
「でも、さっきのはもみじさんたちを次元の狭間に飛ばした奇跡で間違いないですわ。まさか、若返って性転換したんですの? 聖夜パワーならあり得そうですわ……」
なんか『聖夜パワー』とかいう謎ワードも出てきた。これはもう悠希の理解を超える話だと割り切って聞き流すことにする。
「ああ、それはワタシのお爺サマデース。今年はぎっくり腰でお休みしたので、ワタシが代行をすることになったのデース」
「ぎっくり腰……」
サンタクロースがぎっくり腰。なんだか急に老人的イメージに近づいてきて余計に悠希は混乱する。
「ハッ!? そういえばサンタクロースはプレゼントを配る子供に見られちゃダメだったデース!? はわわ、一体どうすれば……」
と、いきなり青い顔をしてはわはわ言い出したサンタクロース少女――ミリア。彼女は挙動不審に周囲を見回すと、顔面を蒼白とさせたまま悠希たちを見て――
「く、口封じ?」
「サンタがそんな物騒なことしていいんですか!?」
今日だけでどれだけ『物騒』という単語を使うことになるのだろうか?
「そ、そうデース! サンタクロースは良い子たちの味方! だから……良い子がこんな時間に起きてるはずないデース! 悪い子は口封じ」
「なんでですか!? さ、最近は良い子でもこのくらい夜更かしするのは普通じゃねえですかね?」
「そうなんデスカ? ムムム、となるとワタシの時間設定が間違っていたようデース。反省しマース」
良い子も悪い子もこんな夜遅くまで起きてなどいないだろうが、ミリアはあっさり悠希の言葉を信じてしまった。アホの子で助かった。
「ん?」
と、眉を顰めたミリアが瓦礫の上からぴょんと飛び降り、こちらに歩み寄って悠希をじろじろと見詰めてきた。
「あのう、マジカルナース☆ユーキちゃん」
「人違いです」
「失礼ながら、おいくつデース?」
「くそう、もう騙されねえですね……十四ですけど」
なぜ年齢を聞かれたのかわからないが、素直に答える。するとミリアは頭に疑問符をいくつも浮かべて口元に手をやった。
「あれぇ? サンタクロースのプレゼント抽選は十二歳以下のサンタクロースを信じてる子供だけのはずデース。どうしてマジカルナース☆ユーキちゃんが選ばれたのデース?」
そんなこと訊かれても悠希は困るだけである。そもそもプレゼント抽選ってなんぞ?
「悠希ちゃんは十四歳だけど、マジカルナース☆ユーキちゃんは生まれて二ヶ月くらいだし?」
悠希の肩からミャータンがそう言うと、ミリアは納得したようにポンと手を叩いた。
「なるほど、じゃあセーフになるデース」
「ならねえです!? そもそも自分、サンタを信じてなかったんですが!?」
「えー」
なんなら今だって信じていない。サンタクロース本人を名乗る少女が目の前にいても信じられない。確かにさっきの力は凄まじかったが、そのくらいのことは日常的に見慣れている普通の女子中学生――中西悠希である。
「まあ、細かいことは気にしないデース!」
「軽い!?」
アホの子に悩みは無縁のようだった。
「ユーキちゃんのプレゼントは一晩の平和デース! ワタシはそれを届けに来たのデース!」
「平和って……まあ、確かに望んじゃいますが、具体的にどうすんです?」
「……」
「……」
「……どうしまショウ?」
「まさかのノープラン!?」
たった今ポンコツとトカゲの争いを止めて(?)くれたのでもう充分平和になった――ということでお帰り願えないだろうか?
「ねえねえ、サンタさん。私のプレゼントは?」
悠希がミリアの処遇に悩んでいると、こののが彼女のサンタ服をくいくいと引っ張って期待の眼差しを向けた。
ミリアは困ったように眉をハの字にする。
「ええと……伊藤こののさんデスネ。残念ながら抽選に漏れてしまったようデース。でもそういえばお爺サマが集めた願いにそんな名前が――」
「むぅ、だったらやっぱりサンタさんを捕まえるしかないね!」
「ホワット!?」
「あはっ、確かにこっちのサンタさんなら白羽たちでも捕まえられそうですわ!」
「なにを!?」
「え? 燃やしていいの!」
「ワタシの平和がピンチデース!?」
獲物を狙うハンターのごとくギラつく目をした三人に迫られ、ミリアは冷や汗を掻いて後ずさる。このままではこののたちが無茶をして余計に邸が破壊されそうなので、悠希は仕方なく頼んでみることにした。
「サンタさん、プレゼントどうにかなんねえですか? じゃないとこの子たち止まんねえですよ?」
「ムムム……」
ミリアは少し悩むような素振りをすると――
「わかりマーシた! だったら希望通り鬼ごっこをするデース! 夜明けまでに見事ワタシを捕まえられたら特別にプレゼントをあげマース! 範囲はこのお邸とその周辺で!」
「どうしてそうなりやがったんです!?」
「乗った!」
「乗りますわ!」
「アハハ、楽しそう!」
やる気を漲らせるこののたち。この三人の実力を知らないのか、ミリアの瞳はまるで「まとめてかかってきな」とでも言うような自信に溢れていた。
「よーし、そうと決まったら」
こののはなにを思ったのかトタタタっと邸の方へと駆けていく。それから玄関の前で立ち止まると、大きく息を吸い込み、両手を口の脇に添えて――
「みんなーっ!! サンタさんが自分を捕まえたらプレゼントくれるってーっ!!」
「ホワット!?」
まだ開始もしていないのにとんでもない爆弾を放り込んだ。
「あはは……」
平和とは?
もはやその単語だけで哲学な気がしてきた悠希だった。
***
サンタクロース(ジジイ)は草葉の陰から顔を出し、異世界邸の様子を窺っていた。いや死んではいない。文字通りの草葉の陰である。
「結局このジャパニーズニンジャハウスには来てしまうディスティニーなんデスね……」
ミリアに気づかれず結界を抜けねばならなくて少々時間がかかってしまったが、まさか今頃罠にかかって泣いていないだろうか? この邸は三歩歩く度に普通の人間なら致死レベルの罠が張り巡らされているのだ。
「やっぱりミリアが心配デース」
ミリアはサンタクロース業界のド新人である。聖夜パワーの制御も不安定で、ここに来るまでにも明らかに対象年齢外のおっさんとかいて麦芽酒をプレゼントしたりしていた。対象者に姿を見られてしまうのも特にリスクがあるわけではないが、サンタクロース的にはタブーである。
「無事にこの邸からエスケープするためには――」
ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおん!?
突然、邸が爆発した。
「何事デース!?」
ビビるサンタクロースは、白い大袋を担いで邸の周囲をピョンピョン飛び回るサンタ服の少女と、それを追いかける複数の人影を見て口からエクトプラズムしそうになった。
「ああ、ああ、ミリアが、ミリアが……」
追い回されている。前回のクリスマスでサンタクロースがやられたように。
「なるほど、やっぱりミリアを狙う輩がいやがったデース。その戦争、今回もミーが受けて立つデース!」
怒りで鼻頭を赤くさせるサンタクロース。
「あ、でもミリアにミーが心配でついて来たなんて思われるわけにはいかないデース。とりあえずなにか顔を隠せるものは……」
ふと、サンタクロースはそれを見上げる。
邸の中庭に聳え立つ、巨大なモミの木の天辺――そこに飾りつけられたスターを。
***
「さ、サンタクロースマジック! テレポート!」
光に包まれたミリアは邸の裏側へと転移した。
「厄介なことになったデース。まさかお邸の人みんな参加するとは思わなかったデース」
てっきりあの場にいた四人だけだと思ったのだが、今は一体何人が参加しているのかミリアも把握できていない。
夜明けまで逃げきれればミリアの勝利。本当はぎりぎりのところで捕まってあげるつもりだったのだが、大人も参加してしまった今はもうサンタクロースの矜持にかけて負けられないだろう。
「見つけましたよ、サンタクロース様!」
窓ガラスを斬り破り、大鎌を携えた蒼銀の乙女が飛び出してきた。聖夜パワーで気配を察知していたミリアは慌てず後ろに跳ぶ。
蒼銀の乙女は大鎌をミリアに突きつけ――
「さあ、私と戦いましょう!」
「なんで!?」
自分は鬼ごっこと言ったはずなのに、と思っていると目の前に大鎌の刃が振り下ろされた。
ハラリと散る前髪。
「ぴゃあああああああッ!?」
殺されると思ったミリアは悲鳴を上げて全力で逃げ出すのだった。
「なんでサンタクロース様まで貴文様やユーキちゃんみたいに逃げるのですか! 戦いましょうよ!」
「嫌デス無理デス戦うなんて一言も言ってないデース!? サンタクロースマジック! フラッシュ!」
聖夜パワーを攻撃力のない光に変えて解き放つ。
つもりが――ちゅどぉおおおおおおおおん!!
「あれ……?」
収束した光が前方へと放射され、邸の一部をごっそり抉り取って夜空へと消えていった。
目が点になるミリア。
頬を上気させる蒼銀の乙女。
「えへへ♪ すごいですね今の光線! いい反撃です! 魔王の魔力砲にも匹敵しそうですよ!」
「いやただの目眩ましのつもりだったデース!?」
どごぉおおおおおおおん!?
涙目のミリアに蒼銀の乙女が再び襲いかかりそうになった時、邸の壁が吹き飛んで執事服とメイド服を纏った色白の女性二人が現れた。
「サンタクロースにプレゼントをいただくのは我らが姫です」
「半神は下がっているとよろしければ」
ミリアを一瞥すると蒼銀の乙女に向かって飛びかかる二人。すると斜め上空から極太のレーザー光線のようなものが地面を貫いた。
戦っていた蒼銀の乙女たちは三方向に跳び退って光線をかわす。
「プレゼントをいただくのは我がマスター安定です」
邸の屋根の上には、砲の腕をしたゴスロリメイドが無表情で佇んでいた。
「あなたたちの相手も楽しいですけど、私はサンタクロース様と勝負がしたいのです」
「それが邪魔だと言っているのです。学習しなさい」
「まずはこの場のライバルたちを制圧するでありますれば」
「あなた方に分け与えるプレゼントはない安定です」
プレゼントは一人だけとか言った覚えはないのだが、なぜか三つ巴の争いを始める住人たち。しかし捕まえられたら全員になどと今口にすれば、あの無慈悲な暴力がミリアに向いてしまう。
「サンタを見つけたぞ! 行くのだジョン!」
「あそこに飛び込んだら吾輩死ぬのである!?」
さらにそこへ巨大なチワワに跨った五歳くらいの男の子が突っ込んできた。ドンパチをやらかす女性たちにチワワは今にも泡を噴きそうな勢いだった。
これはまずい。
争いの方もそうだが、あんなところにサンタクロースプレゼントの対象年齢だと思われる子供を突入させるわけにはいかない。
「喧嘩する子は悪い子デース! そんな悪い子にはプレゼントはあげまセーン! 朝まで次元の狭間送りデース! サンタクロースマジック! ディメンションゲート!」
白い光が周囲を包む。争っていた女性たち、巨大チワワ、それと男の子も保護する目的で一旦狭間へと転送させる。
が――
「ただいま帰ったぞ」
「えええええッ!?」
なんか男の子だけが玄関の扉を開くような気軽さで空間に穴を穿って普通に戻ってきてしまった。
「余は魔王だ。次元くらい渡れるのだ」
だったら他の人も一緒に連れて帰ってくればよかったのにと思わずにはいられないミリアだった。
「その通りですわ」
と、聖夜パワーが背後に強大な気配を探知。
「わたくしを含め、この邸の上位住民は狭間ごときで閉じ込められる器ではありませんわよ」
息を飲むほどの美女がそこにいた。ホワイトブロンドの長髪に純白のドレス。魔王と名乗った男の子もそうだが、落ち着いていながらも絶望的なまでの力を内包した存在感はミリアの足を竦ませた。今日が聖夜じゃなければ既にちびって失神していてもおかしくないレベルである。
「サンタさんみ~つけた~、どんなワインを頼んじゃおっかな~」
さらに、上空。
黒い天使の翼を広げた、ワインレッドの女性がワインボトルを片手に浮かんでいた。こちらも負けず劣らぬ強大な存在である。
どうも聖夜パワーの扱いに不安定さを自覚し始めたミリアは、正直ここで諦めて捕まるのが最善じゃないかと思い始めた。
次の瞬間――
「そこまでデース!!」
ミリアが異世界邸に降り立った時のように、天から降ってきたサンタクロースの衣装を纏った筋肉が空爆のように周囲をクレーターに変えた。
「「「――ッ!?」」」
魔王級の三人が目を瞠る。新手かと思って全力で謝り倒そうとジャパニーズドゲザの姿勢を取るミリアだったが、予想外のことが起きた。
筋肉サンタがミリアを庇うように背を向けて両腕を広げたのだ。
「さあ、行きなサーイ。彼女たちはミーが引き受けるデース」
こちらを一度だけ振り向いた筋肉サンタの顔は、なぜか星の被り物をしていて見ることができなかった。声も被り物のせいでぐぐもっていて、聞き覚えがあるようなないような……きっと気のせいだろう。
「誰だか知りませんがありがとうございマース!」
ミリアはペコリと筋肉サンタに頭を下げ、サンタクロースマジックでこの場を離脱した。
***
転移した先は中庭だった。
もっと遠くに逃げようと思っていたのに、意外と近くだったのはやはり聖夜パワーが上手く操れていないせいだろう。
とにかく周りに誰もいないようなので、一息つけ――
「おや? これは牡丹餅ですね。ボクのところに転移してくるなんて」
「新手デース!?」
物陰から眠気を誘う声と共に、シルクハットとタキシードの怪しい青年が現れた。
「ボクはソーニョ・ソンジュです。サンタさん」
恭しく名乗ったソーニョとかいう青年は、ゆるりとミリアに歩み寄って顔の前で指を立てる。
「ボクはですねぇ、調合しても爆発しない薬品が欲しいんですよ」
「えっと、そんなのそこら辺にあると思いマース」
「身構えなくても大丈夫。手荒な真似はしません。ちょっとの間、夢の世界で楽しんでもらうだけですよ」
ソージュの白金の瞳が淡く輝く。すると、なぜだか頭がボーッとしてフワフワしてきた。
「あ、あれ……? なんだか意識が……ハッ!」
瞼が下がりかけたその時、ミリアの聖夜パワーが膨れ上がった。
「えっ!?」
「聖夜のサンタクロースは眠っちゃダメなんデース!」
白い輝きを纏い、ミリアは大袋を振り回してソーニョを押しのけると、全力ダッシュでその場を駆け抜けた。背後から残念そうな声が聞こえたが、あのような姑息な手段で捕まるわけにはいかないのだ。
逃げられたと思ったのも束の間、前方に魔法陣が蜘蛛の巣のように展開された。
「ホワッツ!? 魔法陣!?」
慌てて急ブレーキをかけるミリア。あと数センチで魔法陣に突っ込むところだった。
「惜っしい♪ あと一歩踏み込んでたら引っかかったのになぁ☆」
中庭のクリスマスツリーの陰から現れたのは、二人の女性だった。片方は全身に刺青を刻み、もう片方は肌が透けそうなネグリジェを纏っている。
「これがサンタさん~? ずいぶん可愛らしいね~」
ネグリジェ女が首を傾げ、ふんわりした声で言う。
「いや、セシルちゃんが前に見たサンタは世間一般のイメージを筋トレさせたようなお爺さんだったけどな♪ もしかして前回のせいで世代交代しちゃったとか☆」
刺青女は愉快そうにケラケラ笑う。どうやらまた祖父の知り合いのようだが、サンタクロースはプレゼント対象者以外なら見つかってもいいのだろうか? 勉強不足を痛感するミリアである。
とにかく、どちらも若作りしているがサンタクロースのプレゼント対象からは大きく逸脱した人間だ。捕まるわけにはいかない。
「今とーっても失礼なこと思われた気がするな♪」
「とりあえず~、最新型の鳥もち弾どぉ~ん!」
ネグリジェ女が胸の谷間から取り出したバズーカをぶっ放す。白いべとべとした物体がミリア目がけて飛んでくる。
「危ないデース!?」
鳥もちを避けるも、どうやらあのバズーカは連射性能に優れているらしく次々と隙なく射出されてくる。そこへ刺青女の魔法陣トラップまで仕掛けられていて、一つミスればあっという間に捕まってしまうだろう。
「なんなんデースかこのお邸の住人はぁあああああああッ!?」
だから全部聖夜パワーで吹っ飛ばした。コントロールが上手くできなかったから刺青女とネグリジェ女も一緒に吹き飛んでしまった。まあ大丈夫だろう。聖夜パワーで人は死なない。
今度こそ夜明けまでどこかに隠れて――
「凍てつく空は呼気を白く染め、お子の頬は桃色に上気せし」
「――ッ!?」
ゾクリ、と。
身震いする悪寒が背筋に走った。
「煌めく黄金の髪は星のよう。木々の葉を思わせる碧の瞳。白磁のごとき肌はまさに聖夜の天使」
振り向けば、そこには巨大な角の生えた黒毛の羊がいた。ただの羊ならよかったのだが、首から下が肉感的な女性の体だった。しかもこの寒い冬の夜に呪術的な装飾具で局部だけを隠した意味不明な姿をしている。
「嗚呼、尊きかな尊きかな! やつがれの今のとれんどより僅かに外れてはいるが、だからと言って愛でぬ対象とはいい難し!」
大仰に両腕を広げて近づいて来る黒羊。聖夜パワーが感知する力だけで言えば今まで出会ったどのような存在よりも強大である。
警戒するミリアに、黒羊は言う。
「お子の短き女袴、その内に秘められし至宝――即ちパンツを、やつがれが貰い受ける!」
「ヘンタイさんだったデース!?」
回れ右。
ダッシュ。
もういっそテレポート!
目の前に黒羊がいた。
「逃げるもよし。追うもまた楽しみなりや。はぁ、はぁ、はぁ(*´Д`)」
「ぴゃああああああああああああああああッ!?」
なにをどうすれば転移を先回りされるのか。ミリアはあまりの恐怖にぺたんと尻餅をついて滝の涙を流した。
刹那――
「ミリアになにしているこのヘンタイがぁあああああああああああああッ!?」
世界の怒りをその一身に集めたかのような怒号が聞こえ、黒羊は砲弾のように飛んできた赤と白の筋肉に一瞬で吹っ飛ばされた。
「今のは……なんなのデース?」
とにかく助かった。
助かった、と思う。
なんでもいいからあのヘンタイが戻ってくる前に、とミリアは震える足で駆け出した。
***
異世界邸郊外の山の中。
サンタクロースはミリアを襲っていた黒羊と対峙していた。
「ユーだけは絶対にミリアに近づけさせまセーン!」
憤怒に顔を真っ赤にさせたサンタクロースは孫の仇を見るような目で黒羊を睨む。ちなみに被り物に使っていた星は怒りの熱で溶けてしまった。案外脆いものだった。
「これはこれは、三世紀前のやつがれなら飛んで抱きつき喜び勇むご老人。その筋肉、悪くないぞ」
「イメージ以上のヘンタイだったデース!? と、とにかく、ここから先は一歩も通しまセーン!?」
あまりのヘンタイに怒りが寒気に変わりそうだったが、なんとかサンタクロースは堪えて聖夜パワーを纏った。
聖夜の奇跡が、最強の変態と激突する。
***
異世界邸――管理人室。
なにがあっても崩れることのない安全地帯には、ゲームに参加しなかった住人たちが避難していた。
「作家先生は、参加しないのか? サンタを捕まえれば願いが叶うのだろう?」
窓から外の様子を見ながらニヨニヨしている中年に、中西栞那は興味本位で訊ねてみた。
「んー? オレはこの騒動自体がプレゼントさ。いいネタいただきました。そういう医者先生はどうなんよ?」
「アレに混ざるほど命知らずじゃないよ」
「ですよねー」
同じように避難しているリックやアリスたちも栞那に同意してうんうんと頷く。呉井在麻としては正直、サンタクロースを追うつもりはなくても、ここにいるだけじゃあまり面白いことにはなりそうにないのが不満だった。
「しゃーない。取材取材。もうちょっと全体を見渡せる場所にいかないとね」
爆発に伏せる住人たちの目を盗んで在麻は管理人室を出た。
「あ、そうだ。せっかくユーキちゃんが変身してるんだ。あっちのオレとしては、ここはもっと盛り上げるべきかな」
作家が作品に登場することはないが、あちらの場合は話が別だ。ここで動かなければ、これといった山場がなく終わってしまいそうだから。
***
異世界邸――前庭。
「こののさん! そっちに行きましたわ!」
「ぴゃ!?」
「えいやー! リーゼちゃん!」
「ぴゃあ!?」
「アハハ! 避ける避ける! ユーキの方に行った!」
「ぴゃあああああああっ!?」
振るわれる刀を避け、地面を抉る拳をかわし、たぶん触れたら一瞬で蒸発する黒い炎をギリッギリでやり過ごしているミリア。
「こんなん自分が望んだ平和じゃねえですけど!?」
ユーキちゃんだけはミリアを攻撃せず、白羽やリーゼたちの余波が自分に襲いかかるのを魔法少女の力で捌いているだけだった。ちなみにミャータンは危なくなったのでさっさと退散している。
「もう! 悠希、真面目にやって!」
「こののは怒った顔も可愛い……じゃねえです! 自分は自分の命を守るだけで精一杯なんですよ!?」
だいたいユーキちゃんはプレゼントをあげることが確約されているのだ。参加しないでくださいと心から願うミリアである。
「こ、これ、捕まる前にワタシ死んじゃうデース!?」
こんなところで暮らしているのだから、ユーキちゃんが平和を願うのもわかる気がする。今日は聖夜だからミリアもなんとか無事でいられているが、そうじゃないならたぶん十分持たない。
鼻先を白い刀が掠る。
空振った拳が空気を破裂させる。
特大の黒炎が間欠泉のごとく噴き上がる。
ズシンと巨大ななにかの足音がこちらに迫って来る。
「――って、これはなんの音デース?」
ミリアを捕まえようと――殺そうとしてる気がする――三人とは別の音源に足を止めた。大きな隙になってしまうが、彼女たちも気づいたようで全員が足音の方角に視線をやっている。
足音の正体は、山の木々を踏み倒すほど巨大なトナカイだった。
「ワオ! 大きなトナカイさんデース!」
トナカイの頭にはサンタ帽。首にはベル。胴体もサンタ服を纏っており、どう考えても野生じゃないことがわかる。
するとユーキちゃんが驚愕に目を見開いた。
「アレは『サクシア』!? どうしてここに!? ていうか、なんで倒したはずのトナカイが!? しかもなぜクリスマス仕様!?」
わけがわからないといった様子の悠希に、答える声はトナカイの上からあった。
「フハハハハ! メリー・クリスマスだ魔法少女たちよ! いつから同じ『サクシア』が二体以上いないと錯覚していた?」
トナカイの背中には、サングラスとサンタ帽と白もじゃの付け髭で顔を隠した男がサンタ色のコートを羽織って立っていた。
「出やがりましたね変質者!?」
「ドクトル・マルアーだ! 変質者ではなーい!」
変質者の男はトナカイの背中で子供みたいに地団太を踏む。
「なんですの、あのおじさん?」
「燃やしていい?」
胡散臭さが滲み出ているせいか、白羽やリーゼもアレを敵と認識したようだ。
「あのおじさんはドクトル・マルアーっていって、この世界を征服しようと企んでる悪い人だよ」
眉を吊り上げたこののが説明するも、その説明自体がもうなんというか胡散臭い。
「ドクトル・マルアー……マルアー……もしかして」
白羽がなにかに気づきかけているようだが、その前にトナカイが夜空に向かって咆哮を放った
「本物のサンタの力、我が野望のために使ってもらおうか!」
「させねえです! このの!」
「うん!」
ユーキちゃんが目配せすると、こののは力強く頷いてどこからかステッキを取り出した。
「レッツ・リリカルメイクアップ!!」
光るリボンに包まれて、こののが肉球ミトンを両手に嵌めたゴスロリワンピース姿になる。
「悪戯する子は許さない。もふっと懲らしめてあげる! マジカルフォックス、参上!」
決め台詞とポーズを取るこののに、傍で見ていたリーゼがぷくぅと頬を膨らました。
「コノノずるい! わたしも変身したい!」
「リーゼさん、白羽たちは二人の援護ですわ」
「むう」
不承不承といった様子で左右に散る白羽とリーゼ。こののは肉球ミトンから炎を飛ばして巨大トナカイを牽制する。
ミリアはなにもできず呆然と突っ立っているだけだった。
「サンタさんは逃げてください! このトナカイには魔法少女じゃねえとダメージが入らねえんです!」
ユーキちゃんが叫ぶ。確かにトナカイはこののが炎を放てば苦しげに呻くのに、白羽やリーゼの攻撃には微動だにしていない。効いていないというより、そもそも攻撃自体が当たっていないような反応のなさだ。
そこでミリアはハッとした。
「そ、そういうわけにはいかないデース、マジカルナース☆ユーキちゃん。今夜はマジカルナース☆ユーキちゃんに平和を届けに来たのデース。だから下がるのはマジカルナース☆ユーキちゃんデース」
「いちいちフルで呼ぶのやめれ!?」
確かにちょっと長くて言いにくい。☆の辺りの発音とか。
「聖夜のサンタクロースに不可能はありまセーン! 魔法少女じゃないとダメなのなら、魔法少女になればいいだけデース!」
「はい?」
「えっと、確かこう……レッツ! リリカルメイクアップデース!」
なに言ってんだこいつという顔をするユーキちゃんの前で、聖夜パワーの光がリボンとなってミリアの体を包み込んだ。どこからともかくBGMが流れ、光が弾けると、そこにはミニスカサンタ服を纏ったミリアがいた。
「なんも変わってねえじゃねえですか!?」
「聖夜の平和はワタシが守る! 悪い子にはお仕置きデース! マジカルサンタ☆ミリアちゃん、現参!」
「決めポーズと台詞までやらんでいいです!?」
「でも悠希、力は魔法少女だよ!」
「はあ!?」
「聖夜のサンタクロースに不可能はありまセーン!」
「なんでもアリですかサンタクロース!?」
ユーキちゃんはツッコミで息切れしていた。
「フハハ! いくらサンタクロースでも我が『サクシア』には傷一つ負わすことなどできまいて! やってしまえ! 製造No.Ⅶ『夙夜の多々なる歴史』聖夜Ver!」
ドクトル・マルアーが指示を出すと、謎のネーミングをしたトナカイが咆哮を上げて突進してきた。
ミリアは迎え撃とうとするユーキちゃんたちを手で制し、向かって来るトナカイに向けて両手を翳した。
「地の彼方まで吹き飛ぶがいいデース! サンタクロースマジック! お爺サマ直伝、ミラクルホワイトクリスマスビーム!!」
両の掌に聖なる光が収斂する。コントロールなど考えていない。本家サンタクロースには遠く及ばないものの、それでも国一つくらい簡単に焼原に変えるほどの聖夜パワー。
それを、迫り来るトナカイに向けて一気に解き放った。
「エイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「なんだってぇええええええええええええええええええッ!?」
トナカイが光に呑まれ、ドクトル・マルアーの絶叫が轟く。周囲一帯が真昼よりも明るく白く染まる。
やがて光が消えた時、そこにはトナカイの姿はなく、代わりにほぼ全壊した異世界邸の痛々しい姿があった。
「お邸が!? ムムム、あの悪者、よくもやってくれたデース!?」
「いや明らかにサンタさんのビームのせいですが!?」
「ホワッツ!?」
「ドクトル・マルアーはどうなったの?」
「えっと、逃げたみたいデース」
てへぺろと舌を出すミリア。ユーキちゃんはなんか諦めたように溜息をつき、こののは悔しそうに唇を尖らせた。
と、東の空が白みがかってきた。
「あ、朝デース……」
聖夜が終わる。
それはつまり、この殺人的な鬼ごっこの終了を意味する。
「結局徹夜してしまいましたわ」
「ふわぁ、どうりで眠いと思った」
ミリアがほっと胸を撫で下ろしていると、集まってきた白羽とリーゼロッテが疲れた顔で欠伸をした。良い子を徹夜させてしまったことにミリアは罪悪感を覚える。
「騒がしい聖夜になってしまい申し訳ないデース、マジカルナース☆ユーキちゃん」
ミリアは申し訳なさそうにユーキちゃんに頭を下げた。
「いや、原因を言えばサンタさんのせいじゃねえですよ。うちの馬鹿どものせいです」
「お詫びに、最後にお邸を元通りにしておくデース」
「あ、それは管理人が泣いて喜びますね」
パチンと指を鳴らせば一瞬で建物が元の姿を取り戻す。サンタクロースマジック。
「今日一日はなにがあっても壊れないようにしマーシた。安心して休んでほしいデース」
「超ありがたいです!?」
できれば永遠に壊れないようにしてあげたいが、聖夜パワーの効果はクリスマスの期間だけなのだ。
「ワタシはそろそろお暇しマース」
「ああ、そうですね。いろいろありがとうございます、サンタさん」
「サンタさん、待って……こののと……すやぁ」
電池が切れたように夢の世界に旅立つこののに苦笑し、ミリアは上空に待機させていたトナカイたちを呼ぶ。もちろん、さっきの巨大トナカイではなくサンタクロースのソリを引くトナカイたちだ。
「それじゃあ皆さん、縁があったらまた来年のクリスマスで会いまショウ!」
ミリアはソリに乗ると、見送るユーキちゃんたちにサムズアップしてトナカイを走らせ――はたとミリアは思い出す。
「ハッ! サンタクロースが聖夜に人と会っちゃダメなんデシタ!?」
***
サンタクロース(ヒゲ)は異世界邸のある山の中を彷徨っていた。
「はぁ、はぁ、思わぬタイムをロスしてしまったデース」
あのヘンタイと戦っていて、どうしてこうなったのかは思い出せないが、あわや遭難かと思いかけた時になってようやく例のジャパニーズニンジャハウスが見えてきた。
「ミリアは?」
そっと邸の様子を覗き見る。
「ホワッツ? いない?」
気づけば空はずいぶんと明るくなっている。邸からミリアの聖夜パワーは感じないので、無事に帰ることができたのだろう。流石サンタクロースの孫!
「じゃあミーもゴーホームするデース」
聖夜パワーも弱まってきた。あとは帰るくらいの力しか残っていな――
「見つけたぞ、サンタ」
「見つけたのじゃ」
背後からかけられた怨念じみた声に、サンタクロースはムキムキの肩幅をビクリと跳ねさせた。
振り向けば、白髪の高校生くらいの男と、狐耳の少女。二人ともなぜかボロボロの様子で幽鬼のような足取りでサンタクロースへと迫って来る。
「ユーは確か胃薬の人!? どうしたのデース? そんな怖いフェイスし――」
「捕獲!!」
「ラジャなのじゃ!!」
「ぎゃあああああああああああああああっ!?」
飛びかかってきた二人に、帰る分の聖夜パワーしかないサンタクロースは成すすべなく捕らわれるのだった。
***
「ただいま戻ったデース! お爺サマ! ワタシ、しっかりクリスマスをやり遂げたデース!」
「おー、おかえりミリアちゃん」
次元の狭間の家に戻ったミリアを迎えたのは、敬愛する祖父ではなくその友人であるピエールだけだった。
「あれ? ピエお爺サマだけデースか? ワタシのお爺サマは?」
「さてな。ミリアちゃんを迎えに行ったのだが、会わなかったのか?」
「見てないデース」
さては迷子にでもなったのだろう。ミリアの祖父にはそういうおっちょこちょいなところがあるのだ。
心配するだけ損なのである。
「まあ、お爺サマのことデース。その内ひょっこり戻ってくると思いマース」
***
時は数時間経過する。
「見ろこのの! 本物のサンタクロースだぞ! 父さんからのクリスマスプレゼントだ!」
帰宅した貴文は、要望通りのプレゼントを持って娘の部屋へと飛び込んだ。娘のこののは寝起きの眼を擦り、父親が連れてきたサンタのコスプレをした涙目の筋肉ジジイを見て――
「……違う」
不機嫌そうな声で、そう言った。
「本物のサンタさんは女の子だよお父さん! そんなムキムキのおじいちゃんじゃないもん!」
「なんだと!?」
どうやらその女の子のサンタを取り逃がしたらしい。機嫌の悪い娘はサンタクロースに見向きもせず、布団を頭まで被って不貞寝を始めた。
「えっと、じゃあ、このサンタは?」
「いらない。博士に送っといて」
「博士って誰デースかぁああああああああああああああああッ!?」
その後なんやかんやで、サンタクロースは異世界邸を抜け出して次元の狭間へと帰還することができたのだった。