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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
管理人、おかえりなさい
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ミッションコンプリート【part 紫】

 ちゅどおおおおおん!



「……やれやれ、帰ってきた実感を嫌でも叩き付けられた気分だ」

 敷地に入るなり盛大な爆発音が聞こえてきて、栞那は深々と溜息をついた。

「あ、お帰りなさいなのです、先生」

 栞那の姿に気付いたアリスが、ぺこりと頭を下げる。栞那は片手を上げて挨拶を返す。

「なんだかやけに久々な気がするな、管理人補佐」

「それはそうなのです。先生がその大きな荷物を持って帰ってきたのは、実にひと月ぶりなのです」

「ちょこちょこ戻ってきてはいたじゃないか」

「……お陰で、悠希さんがそろそろ管理人みたいな顔色になってきたのです」

「あいつもまだまだメンタルが弱いな」

 くすくすと笑う栞那に、アリスは深々と溜息をついた。「いくら何でもスパルタ教育がすぎると思うのです……」という呟きは聞かなかった事にして、片手を庇に異世界邸を見上げる。盛大に爆破倒壊した異世界邸は、既に高らかな笑い声と共に修復されるところだった。


 ……そういやどこぞの妹分が、先日会った際、やたらと人相の悪い人物に拝み倒されて、転移魔法陣を編んでいた気がする。そして黒光りするマッチョがのっしのっしと歩いて行く先にうっすら輝いているあの魔法陣、どこか見覚えが……。

 そこまで考えて、栞那はすっと目を逸らした。栞那は所詮、何も知らない一般人である。何も見てない知らないワカラナイ。


「さてと、取り敢えず医務室に行くか。最近、手のかかる怪我人は出てないようで何よりだな」

「ええ、まあ、怪我人はね……」

 何故かごにょるアリスにちゃっかり荷物を持たせ、栞那は医務室へと足を運ぶ。ゆっくりとした足取りで戻る栞那を見上げて、アリスはふと首を傾げた。

「そういえば先生。なんだか珍しい服装ですね」

「ん? まあな」

 さらりと相槌を打ち、栞那はスカートの裾を軽く払う。階段を上りきると馴染んだ扉を引き開ける。音に反応して顔を上げた悠希が、ぱちぱちと瞬いた。フランも遅れて気付き、ふんわりと笑う。

「あ、先生。お帰りなさい」

「カンナちゃん、おかえり〜」

「おう、ただいま。留守中はきちんと医務班代行してたか?」

 栞那が問いかけると、フランはニコニコ笑顔のまま、悠希はげんなりとした顔ながら頷いた。

「うん〜、なんとかなったよ〜。悠希ちゃんが頑張ってくれた〜」

「……お陰様で大変でしたよ。模試もあるというのに馬鹿どもが騒ぎやがりますし……管理人がいない割にはマシですけど」

「なんだと?」

 栞那が声を上げると、悠希が意外そうに首を傾げる。

「あれ、先生知らないんですか。管理人、今、短期療養中ですよ」

「1週間前くらいから、事ある毎に胃薬胃薬言っていたのです。それで胃薬をジュースのように飲み干しだしたので、これはマズイと思ったのです」

「ったく……薬は用法用量守れっての」

 精霊が持ってくる胃薬が医療の常識に沿うかは分からないが、薬の過量服用は腎臓や肝臓に影響が出かねない。過ぎたるは及ばざるがごとし、記載されている用法用量を守らなければ飲む意味がない。

 だから1度悠希に取り上げさせたのだが、効果は無かったらしい。舌打ちをした栞那に、気持ちは分かると悠希とアリスが頷く。

「はい。それでフランさんに相談したところ、麓の病院に電話してくれまして。「数日休ませろ」とのことなのです」

「とはいえあの管理人が素直に休むわけないでしょ。というか、異世界邸にいて管理人が休めるわけもねえんですが」

「だからね〜、私がフミフミ君を薬で眠らせて、かーくんに数日お願いーって預けておいたよ〜」

「ほー」

 口々にされた説明に相槌を打ちつつ、栞那は密かに親指を立てたフランに頷き返した。どうやら、足止めも兼ねているらしい。……もしかすると、貴文の方も役割を理解した上での入院かもしれない。


「……いや、待て。じゃあなんで、異世界邸がこんなに長い時間形を保ってる? おかしいにも程があるぞ」


 前回の貴文長期入院中の惨状が嫌と言う程頭に残っている栞那は、眉間に皺を寄せて疑問の声を上げた。何せ前回は15分から30分おきに邸が全壊していたのだ。栞那が戻ってから今まで、何だかんだ小一時間はかかっている。それまで騒ぎ1つないというのは異常だ。

 栞那の異世界邸では至極真っ当な理由に、部屋にいた3人が3人とも頷いた。……ただし、どこか死んだような目で。

「はい……普通に考えて、馬鹿どもが大暴れしねえのはおかしいですよね」

「実際〜、ポンコツとトカゲは、相変わらず定期的に邸を吹っ飛ばしてるもんね〜……学びもせず〜」

「救いなのは、白蟻の魔王が邸を食べる頻度が減ったことなのです。ムラヴェイという部下が彼女の元に戻ってきて、節制生活が始まっているのです」

「……ダイエットて」

 ムラヴェイが戻ってきた際の一悶着を知らない栞那が微妙な顔をする。フランが「確かにあれは物凄かったね〜。……フォルちゃんもヴァイスちゃんもびびってたし〜」と呟く。


「失礼いたしますれば」

「おや、噂をすればなのです」

 栞那の聞き覚えがない声とともに扉がノックされ、見覚えのないメイド服の女性が入ってきた。表情に乏しい顔が栞那に向けられ、警戒を顕わにする。

「どちら様でございますれば?」

「あー、この医務室の主ってとこだ。栞那という。所用でしばらくいなかったが、今日戻ってきたというわけだな。そっちは?」

「白蟻の魔王フォルミーカ・ブラン様が配下、ムラヴェイと申しますれば。医者ということでありますれば?」

「ああ、そうだ。あんたの主に思うところはあるが、ここの住人である以上はきっちり治療する。怪我でも病気でも相談してくれ」

 栞那の言葉に、ムラヴェイはきっちりと腰を折った。

「よろしくお願いしますれば。出来れば、姫様の節制についてもアドバイスをいただければと思いますれば」

「……マジだったのか、ダイエット」

 確かに、女性があれだけ食べたい放題食べ、かつてのように無差別に殺戮を振り撒くという物騒極まりない運動をやめれば、行く末は知れきっているか。微妙な顔ながらも納得した栞那は、ひとまずと食事のカロリーと運動による消費カロリーが記された冊子を手渡してやった。

「ま、食事に関しては那亜がきっちりやるだろ。運動の方は……邸に損害を出さないのを最優先で頼む」

「かしこまりますれば。それでは」

 丁寧にお辞儀をして退室したムラヴェイを何とも言えない顔で見送った栞那は、ぽつりと呟く。

「魔王の配下だってのにまともに見えるな」

「まあ……若干、いえ大分常識外れではいやがりますけど、フォルさんに関わる応対はまともなんですよねえ」

「それは単に、お二人の感性がずれているからだと思うのです?」

 そっと囁かれたアリスの言葉は親子揃って聞かなかった事にして、会話を続けた。

「そういや先生、週一で顔出すだけでしばらくいなかったのは、結局何だったんですか?」

「ん? 実家の手伝い」

「ええ……」

 悠希が不満の声を上げた。大方「そんなものよりこっちの方が危機迫っています」とでも言いたいのだろうが、栞那は知らぬフリでスルーした。

「で、だ。カルテはある程度確認させてもらったが、何人か新しい住人がいるんだよな?」

「あ、はい。そうなのです。どいつもこいつも、迷惑な奴ばかりなのです」

「そりゃそうだろ、ここに住もうってんだから。あたしもようやくこっちに戻って来られたし、改めて紹介してくれ。出会い頭に攻撃されちゃかなわん」

「はいなのです。では、案内するのです」




***




 麓町、中西病院。

「全く……、ようやく病院が落ち着いてきたと思ったら再入院って。貴文も懲りないなあ」

「……うるせえてめえのせいだ」

「いや、俺は関係無いだろ?」

 呆れ顔で言い返してきた院長殿に、貴文はケッと顔を顰めた。フランの意図は分かるものの、このムカツク面を3日間も眺めるのは、貴文にとってなかなかの苦行だった。

「つーか、落ち着いたなら休めよ院長。俺にかかり切りって暇か」

「前回入院時に奇声を上げて暴れ回った問題患者さえいなければ、俺もそうしたけどねえ」

 患者相手に遠慮会釈ない毒舌を吐き出す院長に鼻を鳴らして顔を背ける。何だかんだ言って軽口を叩くその顔は、前に見たよりも大分顔色が良くなっていた。ちょっとほっとしたのは多分気のせいか、栞那の心労を思ってのことだ。絶対に、絶対にこいつの為ではない。

「さて。神久夜さんに許可をもらって胃薬の成分鑑別をさせてもらったんだけど、やっぱり回数制限が必要だな。いくら貴文が半ば人間をやめていたとしても、あの邸で馬鹿どもが暴れる度に胃薬を飲むのは多過ぎ」

「うっ」

「はっきり言っておくけどな、全く意味ないぞ。多く飲むだけ効果があるタイプじゃないからねえ。1日3回飲めば十分で、それ以上はただの毒。寧ろ効果減りかねないよ」

「ぐっ」

「ましてやジュースのように煽るって。客観的に状況見たら、ただの過量服薬自殺未遂だからな?」

「……ぐう」

 前言撤回。この容赦ない追い詰め度合いは戻らなくても良かった……と貴文はベッドに突っ伏した。追い打ちのように、溜息が降り注いでくる。

「ま、入院の間に薬は抜けた。今後の飲み方だけど……しばらくは栞那の管理にしようかな。食後に飲むだけなら、那亜さんでもありか」

「は!?」

「ああやっぱり……その反応を見るに、帰ったら速効元通り飲みまくる気だったよねえ」

 だからこれは返さないよ。と笑っていない目で言い切られて、貴文はふぐ、と口を紡いだ。この目をした翔の意思は絶対に変わらない。下手に逆らってみろ、今度こそ拉致監禁してでも貴文をベッドに縛り付けかねない。

「うう……」

「まったく……精神依存も甚だしいなあ。そりゃあそこの管理人がそうそう心穏やかに出来るもんじゃないってのは分かるけども」

 呻く貴文に呆れた溜息を漏らして、翔は行儀悪く椅子に身を投げ出した。その様子を横目で見た貴文は、ささやかな反撃に出ることにする。

「で?」

「うん?」

「そっちこそ、酒は控えてるんだろーな? 栞那さんが心配してたぞ」

「……おやおや」

 翔が苦笑を滲ませて、両手を肩の横に広げた。オーバーなほどの仕草を、そういえば久々に見たなと貴文はふと思う。……もしやあれは疲れると出てこなくなるのだろうか、それはそれでなんかムカツク。

「いつの間に、俺の心配までするようになったんだい? 豆腐の角で頭ぶつけて死んでしまえ、が口癖だったくせに」

「葬式で指差して笑ってやる準備ならいつでも出来てるぞ」

「あははっ」

 ブラックジョークに珍しく本心からツボったらしい。けらけら笑う翔に、貴文は行儀悪く指差した。

「笑ってる場合かっつうの。栞那さんが落ち込んで仕事にならなきゃうちも困るんだって」

「栞那はそういうタマじゃないよ、俺じゃあるまいし。……この間盛大に叱られたからな、一応我慢しているよ」

 思わぬタイミングで素直な返事が返ってきて、貴文の身体が斜めに傾ぐ。その反応を見て、翔が苦笑した。

「心配かけている自覚はあるよ。……この間も気を使わせたようだし」

「…………」

 貴文は思わず沈黙した。おそらく言っているのは前回の休暇、栞那が麓町の情勢を聞き出しに行った際のことなのだろう。その際に不摂生を窘めた事は貴文も知っているし、だからこそのこの発言だとも分かる。分かるが、しかし。

「……お前さ」

「ん?」

「……栞那さん相手に関しちゃ、アホだよな」

「へ?」

「いや、訂正。悠希と栞那さん相手に付いちゃ、ド阿呆だよな」

「あー……まあ、そう、かな?」

 半笑いを浮かべて首を傾げた翔に、貴文は溜息をつきつつ、内心で密かに悪巧みの笑みを浮かべた。

「悠希とも相変わらずなんだって?」

「悠希はねえ、相変わらずの反抗期だな。貴文の搬入に医務班として顔を出してたけど、盛大に威嚇されたねえ。可愛いもんだけどね」

 にこやかに、かつ平然と応じる翔に、貴文はふんっと鼻を鳴らした。

「おーおー、親父殿は嫌われてるなー俺と違って。俺なんか悠希に滅茶苦茶! 懐かれてるからな!」

「それは良かった。管理人に大事にされていれば、悠希の生活も安泰だ」

 嫌みをさらりと流されイラッとしながら、貴文は心底抱いた疑問を口にした。

「今の異世界邸の面子を見て、マジでそれ言えるか……?」

「あはは。聞く限り、確かにかつて無いほどの豪華面子だよね」

 軽く笑い声を漏らし、でもさ、と続ける。

「ほら、俺が居た頃もなかなかの危険だったし? 俺が生き残れるのに、栞那が側にいる悠希がどうにかなるわけがないだろ」

「いや、お前はお前で大概おかしかったからな……?」

 悠希の神がかった危機回避能力は白羽にまで「異様」と評されるレベルだが、貴文相手にリアル鬼ごっこ──山中に蔓延るトラップを添えて──を仕掛けて生き残った翔は、正直頭がおかしいと思う。異能すらないくせに。

「まあまあ、そこは教育の成果だと思って」

「そして愛娘に嫌われる、と」

「あはは。ま、そうなるよねえ」

「教育としてどうなんだそれ」

「悠希はしっかり育ってきているからいいんじゃないか。まあ、その辺は栞那がしっかりやってくれるさ」




***




「……教育に悪い」

「まったくもって否定出来ないのです……」

 二人の視線の先では、シルクハットに燕尾服の青年が、泣き喚きながら全身全霊ダッシュしていた。

「うわぁあああん!? もう嫌ですこの人!?」

「ふむ、逃げるを追うもまた一興。やつがれの今の()()()()からは外れているが、淫魔と熱い一時を過ごすのもまた一興。はあ、はあ……」

「ボクは淫魔じゃなくて夢魔ですぅううう!?」

 全力疾走しながらも律儀に訂正するソーニョ・ソンジュの燕尾服がはためく。その後ろには、首から下が褐色肌でやけに肉感的な黒羊頭が、何故か両足をぐるぐる巻きにされた状態のまま、よだれを垂らしそうな顔で追いかけていた。

「……教育に悪い。追い出せ」

「追い出せるならば追い出したい、というのが全員の総意なのです」

「管理人までか」

「こののさんや悠希さん、グリメルの教育と貞操に悪いと言っていたのです。ですが、異世界邸の総戦力を振り絞っても、一時的に縛り上げるのでやっとだったのです」

 アリスの説明に、異世界邸のあれこれでも滅多に動じない栞那の顔がひきつった。

「なんだその化け物……後、貞操ってどういうことだ」

「……現在のトレンド(標的)が「幼子」だそうで」

「今直ぐあの変態を追い出せ!?」

「だから出来るものなら追い出しているのです! それが出来ないから、仕方なくああやって定期的に犠牲者を与えているのです!?」

 涙目で叫ぶアリスに、一瞬平静を失っていた栞那が我に返って問い詰める。

「おい、なんだその犠牲者って」

「……管理人が入院中というのは、先程説明したのです」

「ああ、そうだな。何故か邸が無事だが」

「それの理由が、あれです」

 アリスが変態を指差すのを見て、栞那が思い切り胡乱げな声を上げた。それを受けて、アリスが死んだ目で順を追い説明をしだす。

「ミス・フランチェスカが入院の話を出した際、住人同士で話し合ったのです。管理人がいなければ、異世界邸はまた地獄に戻ってしまうのです、と。流石にまたあんなに倒壊していては、異世界邸の存続の危機なのですと……予算的にマジでやばいのです、と伝えたのです」

「理解出来たか、あの馬鹿どもに」

「無理だったのです」

 項垂れるアリスに、さもありなんと栞那が頷く。それで大人しくなるなら、異世界邸の問題児は問題児たり得ないのである。

「それで、困ったあまり、うっかり『活力の風』の店主さんに愚痴を漏らしてしまったのです」

「ほう? 何か良いグッズでも買い取ったのか」

 何でも屋に近い雑貨屋のことだ、一時的に異世界邸の強度を引き上げる道具でも売ってくれたのだろうか。そう尋ねる栞那に、アリスは濁りきった目で首を横に振った。

「……その、誘薙さんは最初、アイテム的解決は無理だと仰ったのです。それで諦めかけたのですが、翌朝一番に顔を出して……」

 言葉を濁したアリスを、栞那が視線で促す。アリスは深々と息を吐きだし、絞り出すように言った。


「──『邸を半壊以上させた人を『誑惑の魔王』さんに提供する、というアイディアをとある方から得たのですが、どーですかあ?』……と」


「おいなんだその鬼畜提案」

 栞那は思い切りどん引きした。アリスは遠くに視線を飛ばして頷く。

「確かに、あの時は変態の処遇に困っていたのです……が、「変態を大人しく出来て、幼子達の身の安全を守れて、更に異世界邸の倒壊を控えさせる、問題をいっぺんに解決出来る方法」という意見には、私もちょっと耳を疑ったのですが…………背に腹は代えられなかったのです」

「そうか……」

 なんというか、ほんの少しだけ罪悪感を感じた栞那である。よもや足止め作戦でそのような阿鼻叫喚が描かれるとは夢にも思わなかった。

 ……それにしても、そのアイディアを出した鬼畜はどこの誰なのだろうか。腹黒でえげつない策にも躊躇いのない夫を持つ栞那ですら、どん引きするレベルのえぐい手法である。

「まあ、流石に自由に弄ばせるのは良心に悖るので……足だけは縛っておくことにしたのです。それでも大概逃げ切れずに捕まって、変態の根城で暫く酷い目に遭うらしく……ここ数日、住人がいやに大人しいのです」

「そりゃそうだろうよ……」

 恐怖支配にも程があった。流石の問題児共もトラウマになったというわけか。……それでもまだ懲りずに倒壊させたあの夢魔も大したものだが。

「それで? あっちの犠牲者は?」

「あれは夢魔なのです。夢を見せるだけで糧になるというのですが……魔法薬を作ると爆発させるのです」

「フラン二号とは迷惑な」

「はい。異世界邸の問題児が増えたのです」

 頷き合った2人は、しかし悲鳴を上げながらどこぞへ連れ込まれる彼を同情的な眼差しで見送った。

「先生は助けたいです?」

「いや、変態が悠希の目の入らない所で大人しくしてくれるなら、あたしはその方がありがたい。邸壊さなきゃ無事なわけだしな」

「……気持ちは分かるのです」

 異世界邸で非力なものが生き残る為の鉄則、「我が身大事に」。補佐として働き出してまだ数ヶ月のアリスにも、その意識は強く植え付けられている……必要性に応じて。

 その為、迷い無く夢魔を切り捨てた栞那の言葉にも理解を示したのであった。……決して伝える気は無いが、もし夢魔が悠希に夢を仕掛けやたらと落ち込ませたという事実を知れば、寧ろ変態の方を応援したかもしれない。

「ええと、新しい住人はこれで全部なのです」

「そうか。……んじゃ、そろそろお知らせの時間とするかな」

「へ?」

 アリスが見上げた先、栞那はにっと、どこかイタズラめいた笑みを浮かべた。

「那亜んところに全員集合。ちょっとばかしのサプライズだ」






「……えーと。先生、お知らせってなんなんですか? 自分もきいてねーんですが」

 風鈴家にて。変態と夢魔、貴文一家以外の住人全員が集まる中、悠希が怪訝そうな顔で小さく手を上げて尋ねた。

「言ってないからな」

「ええ……」

「というか、気付かない方が悪い」

「はい!?」

「そうねえ、悠希ちゃんってば変なところで抜けているわよね」

「はい!?」


 栞那だけでなく那亜にまで駄目出しを食らった悠希が、衝撃に蹌踉めいた。……実際、まさかここまで全く勘付かないとは思っていなかった栞那である。中学生のくせに。


「カンナちゃんがちゃっかりしてるからだと思うな♪ セシルちゃんもびっくりのペテンぶりだぜ☆」

「ペテン言うな」

「ペテンと言うよりは〜、名女優〜?」

「……一応褒め言葉として受けとっておく」


 悪友達の言葉に肩をすくめ、栞那は咳払いをして周囲を見回した。怪訝そうな顔をする面々に、にやりと笑って見せる。


「実はな──」


 続く言葉に、一拍の間を置いて驚愕の絶叫が響き渡った。



***



「で。反抗期の娘を抱えた父親ドノは、もう少し娘に会おうって気はねえのか? 薄情者が」

 翔は瞬いて、直ぐに笑みを浮かべ直す。

「俺に出禁を食らわせてるのはどこの誰だったかなあ」

「ほー、言ったな? じゃあお前、俺が出禁といたら顔出すんだな? ……つーかこないだ人がいない隙に堂々と入ってきただろ」

「それはそれってやつ? 俺もこれで立場のある身、そうそう病院ここを離れられないからねえ」

 のらりくらりと貴文の追求を躱す翔の意思は固そうだ。……まあ、それは栞那と悠希が異世界邸に来た時のやりとりで分かってはいたが。

 一応、翔が2人の安全のために異世界邸への隔離を選択して、その結果自身が育児に関われない責をきちんと負っているのも、貴文は理解している。自主的にとはいえ父親代わりを自負する貴文に、だからこそ悪態をつかれても反論をしないのも、翔なりの誠意だと分かっている。

 が。それはそれとして、あれほど慕っている栞那や、素直になれないながらも寂しがっている悠希を、分かっていても気持ちを受け止めきれないこのヘタレに、言ってやりたいことの10や20はあるのだ……友人として。

「ったく、馬鹿が」

「直球で罵倒だなあ」

 ほけほけと笑った翔を睨み付け、貴文は体を起こした。

「はー、古馴染みの腹黒と話してたら却って疲れるぜ。もう薬の影響についちゃ良いんだろ? 俺は帰る、邸が心配だ」

 3日も開けた間に、一体どれだけの修繕請求が来ているのか……考えただけで胃が痛む。無意識にポケットを探ったところで、翔の呆れたような視線が突き刺さった。

「……胃薬については、栞那に連絡を入れて対応してもらうべきだな。返したらまた呷りそうだし?」

「ぐぬう……」

 返す言葉もなく呻く貴文にくくっと笑って、翔も立ち上がる。見送る姿勢になった悪友を見上げ、よし、と頷いた。


 3日間、ムカツク面と顔を付き合わせ、勘の良いこの男の目を逸らすというミッションもこれで終わりだ。基本的には栞那、ミス・フランチェスカ、病院の面々で行われていた悪巧みだが、最後の最後に嚙ませてもらうのも悪くない。


 何より、たまには何を言ってものらりくらりと躱す悪友をぎゃふんと言わせたい。


「じゃな、翔。しゃあねえから、栞那さんにゃまた休みをくれてやるさ。ちゃんと払うもんは払ってやれよ?」

「栞那が休みたがるのは貴文が倒れて、書類仕事を押しつけられるからじゃないか?」

 栞那は事務仕事が大嫌いだし、と苦笑する翔にふんっと笑って、貴文は歩き出した。

「なわけあるか、愛されまくってるくせして。ま、お前がそんなんだから、栞那さんもたまには意地悪したくなるんだろうさ」

「……意地悪?」


 怪訝そうな声が、引っかかった単語を繰り返す。ちょうどその時、こののと神久夜の声が聞こえた。お迎えに貴文が手を上げると、神久夜がイイ笑顔でぐっと親指を立てる。オーケーサインを受けて、貴文は肩越しに振り返って、超笑顔で言ってやった。



「お姉ちゃんみたく良い子に育つといいな? 悠希の弟妹」



 翔が動きを止める。1度、2度と瞬き、じわじわと目を見開いた。

「…………え?」

 呆然とした声が、その口から漏れる。貴文は笑顔を崩さず、続けていってやった。

「だから言ったろ? 栞那さんに関しちゃアホだよな、って」

「……は、……え、いや……え?」

 本当に、本当に珍しい事に、腹黒院長はまだ混乱しているようだ。仕方ないので、直球で現実を教えてやる。



「安定期、入ったってよ。おめっとさん」



「……え、いや、ちょっと待て、それって……!」

 ようやく理解が追いついたらしい翔が、慌てたように貴文に詰め寄ろうとし……ガシッ、と両側から腕を掴まれた。

「院長、そろそろ時間です」

「飛び込みの急患がわんさか来たので、応援お願いしまーす」

 腕を取ったまま告げた壮年の医師二名が、ものっそい楽しそうな笑顔で翔を引き摺る。普段なら直ぐに振り解くだろう拘束だが、混乱したままの翔は振り解けずになすがままだ。

「ッ、ちょっと待って……というか、君達まさか……!?」

「やだなあ院長、俺ら別に裏切り者じゃないですよ」

「そうそう、玖上先生に頼み込まれて、頭が冷えるまで仕事漬けにしておけってだけですよ」

「っ!! あ、いつ……っ」

 口調まで崩れてくる見事な同様っぷりをがっつり堪能しつつ、貴文はすちゃっと手を上げた。

「じゃな、院長殿。お仕事頑張れよ?」

「っ、待て貴文」


 prrrr! prrrr!


『オイゴラこのクソ親父、どういう事か説明を──』

「あ、悠希ちゃんごめんねー、今お父さん取り込み中だから『ブツッ』」

「さあ行きましょうか院長!」

「ちょ……待てって……!」


 絶賛混乱中の翔を余所に、おそらく栞那から話を聞いたであろう悠希からの電話も勝手に応対し、楽しそうに救急外来(戦場)へと院長を連れて行く彼らを目に、貴文はガッツポーズを決めた。


「はっ、ざまぁああああみやがれ!」


 栞那がこの数ヶ月、病院の栞那と親しいベテラン勢やフラン、実家と手を組んでひた隠しに隠してきた、妊娠の報せ。

 安定期に入り状態が落ち着いたことで異世界邸に帰ってきた彼女は、ようやく身内にも伝えるゴーサインを出した。おそらく、悠希が生まれる際にあったあれやこれやを考えて手を打ったのと……魔王襲撃後の混乱で限界寸前まで戦っていた翔にいらぬ心労を増やさぬ為の策だ。


 ……とはいえ、2人の気持ちを分かった上で身勝手に無茶をする翔に対するささやかな報復であるのも事実で。貴文としては翔のあの動揺っぷりは、溜飲を下げるのに十二分の眺めだった。


「ぬふふ、うまくいったのおダーリン」

「悠希の弟かな? 妹かな? 楽しみ!!」

「おかげでな、マイハニー。いやーあいつのあんな顔、ひっさびさに見たぜ!」


 笑顔で拳をぶつけ合い、期待に目を輝かせるこののを抱き上げる。2人に笑顔を返し、貴文は再び異世界邸(せんじょう)へと戻っていった。


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