白蟻たちの就職活動【Part夙】
「それでは、自己紹介をお願いします」
「ヴァイスです」
「ムラヴェイでありますれば」
「……」
「……」
「……」
「それだけ?」
「他になにか?」
「以上でありますれば」
「え、えっと、では長所と短所を教えてください」
「長所は学習力が高いことです。短所は最近少々姫を甘やかしてしまうことですね」
「姫?」
「長所は守備力が高いところでありますれば。短所は義務とはいえ姫様に厳しく節制してしまうことでありますれば」
「だから姫ってなに!?」
「貴様、我らが姫を知らないと?」
「これだから人間は低俗なれば」
「何様!?」
「面接は終わりですか?」
「人間社会で働くなど、姫様の命令でなければあり得ないでありますれば」
「あのう、我が社を受けた動機は?」
「給料がよかったので」
「お金が必要だと姫様が仰られますれば」
「……」
***
「解せませんね」
「同意であれば」
その日の夜、異世界邸の食事処『風鈴家』にて、ヴァイスとムラヴェイはテーブルに置かれた面接結果が書かれた紙を見下ろしながら唸っていた。
「そもそもたかが人間に我らの合否を決めるなどあってはならないのです」
「寧ろ人間が我らが姫の下で奴隷のごとく働くべきなれば」
なかなかに無茶苦茶なことを言っているが、この場にそれを諌める者は残念なことに存在しない。
「どんなに優秀でも入社できるとは限らないのが人間社会ですわ。必ずあなたたちが役立つ職はあるはずですから、根気よく探すしかありませんわね」
唯一同じテーブルについている彼女たちの主人――『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランは、自分がまだ人間だった頃に聞いただけの話を自信満々に部下たちへと説く。
「まずは自分がその仕事でどのように役立てるかをしっかりアピールするのですわ。人間は利益を求める生き者ですの。役に立つかどうかわからない人材を確保する余裕などありませんわ」
人生の先輩風を吹かせるフォルミーカに、ヴァイスもムラヴェイも「なるほど」とメモを取り始めた。
「では、姫はどのようにしてあの作家の下でアシスタントをすることになったのでしょうか?」
「え?」
「後学のために教えていただければ」
「ええっ!?」
目を輝かせて質問してくる二人にフォルミーカは冷や汗をたっぷり掻いて明後日の方角を向いた。目がめっちゃ泳いでいる。全力でクロールする勢い。
「え……あー……その、な、成り行きですわ。別に面接をしたわけでも試験があったわけでもないですわねー」
部下にはまだ彼の作家――呉井在麻が憎き『降誕の魔女』だと教えていない。もしそうだと知られてしまえば余計な事をしてフォルミーカの首を絞めかねないからだ。
「流石は姫。向こうからスカウトされたということですね」
「そ、そうなりますわねー」
間違ってはいない。強制労働とも言う。
「人間社会とは思っていた以上に難しいものですが、必ず〝学習〟してみせます。ところで――」
メモを仕舞ったヴァイスが、視線を窓の外へと投げた。
「姫、アレはなんですか?」
そこには庭の植木に吊るされた巨大ミノムシのような影が――
「簀巻きにされ逆さ吊り放置とは……やつがれ、このようなプレイは初めてよ。ふむ、これをショタとなった我が君にされていると思うと、悪くない。はぁ……はぁ……」
「変態ですわ」
「私の記憶に間違いがなければ、『誑惑の魔王』に見えるのですが?」
「変態ですわ」
「連合に加入すれば次期〝魔帝〟の座を狙ってトップ争いができるほどの実力者と聞き及びますれば」
「アホみたいに強い、ただの変態ですわ」
フォルミーカはアレが魔王だなどと認めたくなかった。百歩譲って魔王因子の破壊衝動を変態的欲求な方向に拗らせたことはいい。破壊以外を求める魔王も少なからずいる。
だが、仮にも魔王ともあろう存在が他の存在の下につくなどあってはならない。『迷宮の魔王』の全盛期がどれほど強大だったか知らないが、敗北は認めても配下になるなどフォルミーカにとっては言語道断だった。いや、『誑惑』は別に負けて降ったわけではないだろうが、それでもだ。
魔王連合だってそうだ。〝魔帝〟という頂点は存在するものの、他の魔王を支配できるわけではない。実力の格は違っても扱いは平等だった。
奴のことを考えるだけで頭が痛くなる。
「アレについては管理人がなんとかしますわ。わたくしたちは極力関わらない方がよろしくってよ」
「御意」
「かしこまりますれば」
フォルミーカを含め、異世界邸の主力とも言える戦力でようやく捕らえることに成功したバケモノだ。その気になればいつでも脱出できるだろう。正直ホントもう関わりたくない。
「あんなのよりあなたたちの就職の方が問題ですわ。給与の金額ではなく、なにかあなたたちの特技を活かせる職を探すべきかもしれませんわね。……そうですわ!」
ふと思いつき、フォルミーカは席を立った。
「姫、どちらに?」
「この世界の人間社会のことは、この世界の人間に訊けばいいんですの」
***
「中学生に就活のアドバイス求めてんじゃねえですよ!?」
自室で平和に学校の宿題をやっていた中西悠希は、突然訪ねてきて意味不明なことを言ってきた魔王軍に鋭いツッコミを放った。
「子供でもアルバイトなるもので働けると訊いていますわ」
「間違ってはねーですが誰から聞きやがったんです!?」
「『黒き劫火』の眷属――レランジェさんですわ。アルバイトのプロと仰っておりましたの」
「あの人、他でいろいろやらかしてクビになりまくって最終的にこの人外魔境に派遣されたって代行から聞いてんですけど!?」
確かにこなした数は多いだろうが、馘首のプロではなかろうか?
「だったらレランジェさんに訊けばいいじゃねえですか!」
「今日はお休みでしたの。そういえばここしばらく見ていませんわね」
ついこの間そこに控えているヴァイスと駄ルキリーとドンパチやっていたような気がしたが、言われてみると最近見かけない。なにかトラブルでもあったのかと心配になりかけた悠希だったが、今そっちはどうでもいい。
「とにかく、自分は先生の手伝いくらいしかやったことねえんでアドバイスなんてできねえです」
「栞那さんの手伝い……なるほど、時給いくらですの?」
「やらせねえですよ怪我人増えるでしょうが!?」
「人間など唾をつけとけば治るでありますれば」
「あんたらの唾は人間溶けるでしょ!?」
「医務室の常連は竜神とアンドロイド、それとフランチェスカです。問題ないのでは?」
「……いやでも、それ以外の人だってちゃんと来ますから!」
一瞬、そうかもと思ってしまったのは内緒だ。
「あ、だったら実際に街でアルバイトしてる人に訊けばいいんです!」
もうさっさと出て行ってほしい悠希は、他人に丸投げすることにした。
***
ふっふっ、とリズミカルな息遣いが聞こえる。
部屋での素振りを禁じられたジークルーネは、筋トレしかやれることがなく片腕立ての真っ最中だった。
と、勢いよく扉が開け放たれる。
「ジークルーネさん、いらっしゃいますの?」
白蟻たちが無遠慮に部屋へと入ってきた。ジークルーネは片腕立ての姿勢のまま彼女たちを見上げると、嬉々とした表情で言い放つ。
「勝負ですか!」
「違いますわ」
上がりかけたテンションが一気に冷めた。
「じゃあお引き取りください。私は筋トレで忙しいので」
戦ってくれないのなら興味はない。ジークルーネはむすっとした表情になって片腕立てに戻った。まったく八秒も無駄にしてしまった。この埋め合わせに千回ほど追加しなければなるまい。
「姫に対しその態度。やはりこの半神は気に食いません」
「思い知らせてやりますれば」
「おやめなさい。喜ぶだけですわ」
魔王の取り巻きが戦闘態勢になってちょっと期待したジークルーネだったが、どうやら本当に戦うつもりはないようで残念である。
「ジークルーネさん、あなたのアルバイトについて教えてほしいことがありますの」
「トレーニングジムですか? ハッ! まさか特訓してそれ以上強くなるつもりですか! いいですね! 目標が高くなればなるほど私も燃えるというものです! えへへ♪ えへへへ♪」
「あー……うん、まあ、もうそれでいいですわ」
フォルミーカがなんか諦めたような顔をしたのは気になるが、そういうことなら話は別だ。しかし普通の人間用のトレーニングジムで彼女たちが鍛えられるのか疑問である。まあ、そこには魔王にしかわからないなにか深い考えがあるのかもしれない。
これは楽しみだ。
ジークルーネのテンションが上がってきた。
「ヴァイス、彼女は敵が強くなることをなぜ喜んでいるのでありますれば?」
「バトルマニアの思考など〝学習〟していませんよ」
ヴァイスとムラヴェイが真っ白い視線を向けてくる。が、そんなものを気にするジークルーネではない。
「では早速行き……あ、今日はもう閉まっている時間ですね。明日の夕方から私のシフトが入っているので、一緒に行きましょう!」
***
「騙されました!?」
魔王がジムで鍛えるのではなく、魔王の配下がジムで働きたいという話だったことを、ジークルーネは到着してから知った。
「この子たちもルーネちゃんのお友達? 前の子たちとは違うわね。ウチで働きたいって?」
ジムのオーナーが筋骨隆々な体をくねくねさせつつヴァイスとムラヴェイを検分する。ちなみにフォルミーカはいない。保護者同伴で就活するわけにはいかないからだ。
「友達ではありません」
「ただの知り合いなれば」
辛辣に答えた二人だが、流石にこの場で『敵』だのなんだのとは口にしないようだ。ジークルーネもそれで貴文に怒られるのは不本意なので、彼女たちが一応常識的なことに少し安心した。
「ここで働かせていただけますでしょうか?」
「面接が必要なれば、すぐにでも」
「あー、いいわよいいわよ。あたし、そういう堅苦しいのキライなの。面接でわかるのはコミュ力くらいよ。実際に働いてもらうのが一番。あなたたちなら、できそうな気がするわ」
働いているスタッフのほとんどはオーナーが第一印象で決めた者たちだ。オープニングスタッフから誰も辞めたことがなく、ジークルーネも含めて皆が優秀なので人を見る目はあるのだろう。
「それじゃあジークルーネちゃん、二人の指導をしてくれるかしら?」
「え? どうして私が」
「お知り合いなんでしょう?」
「……わかりました」
白蟻たちを連れて来てしまった責任は確かに自分にある。だったら彼女たちの面倒は自分が見るべきだ。それに、他のスタッフに任せてもし怪我をさせるようなことになってしまっては困る。
なにかあった時は自分が力ずくでも抑えて……力ずくで、戦って、戦って……
「なにをニヤケているのですか?」
「気持ち悪い半神でありますれば」
「なんでもありません」
危なかった。街では欲求を抑えないと貴文に怒られてしまう。
「ではまずフロアの掃除から始めてもらいましょうか」
正直言うと、白蟻たちと同じ職場で働くなどジークルーネにはごめんだった。今は敵意がないとはいえ、ソリが合わないことには変わらない。いつ反発して迷惑をかけるかわからない存在と一緒に働けるはずがないのだ。
アルバイトとはお客様への奉仕。
破壊しか能のない魔族にできるはずがない。
どうせすぐに音を上げるだろう。
そう、思っていた。
「掃除、完了でありますれば」
ムラヴェイが担当したジムのフロアは一階~三階までピッカッピカに磨かれていた。床どころか壁や天井に至るまで、完璧という言葉すら霞んでしまうほどの仕上がりだった。
「設備の点検も〝学習〟した通りに終了しました」
ヴァイスに任せた各階のトレーニング器具やマッサージ器具なども、初めてとは思えないほど順調に、そしてやはり完璧以上に行われていた。
「うお、なんかいつもより使いやすくなってる?」「今日は掃除が行き届いているな」「ホコリ一つ落ちてないぞ!」「いい気分だ」「この器具新品にしたんですか?」「お前ら大浴場入ってみろ!」「HPとSPが全快して攻撃速度が上がった気分になるぞ!」
ジムを利用した客たちの声も喜び一色に満ち溢れていた。
さらに疲労した客へ適切に水分を補給させたり、トレーニング方法を教本のごとく教えたり、格闘技のミット打ちを手伝ったりと言うことなしである。オーナーなんか「この子たちしゅごい! プロよ! きっとオモテナシのプロよ!」と感動している始末。
「ぐぬぬ……なかなかやりますね」
あまりにテキパキ過ぎる白蟻たちに、ジークルーネは自分がやれる仕事がなくなり悔しげに歯噛みするしかなかった。
「あなたは我々をなんだと思っていたのですか?」
「姫様に仕える執事とメイドは伊達でなければ」
言われてみるとそうだった。レランジェもだが、魔族の使用人とはこれほどまでに優秀なのか。割と雑なところが目立つジークルーネではこうはいかない。
二人が正式に働いてくれたなら、このトレーニングジムは間違いなく繁栄するだろう。
だが――
「ですが、やはりダメですね」
「我々が仕えるのは、あくまで姫様でありますれば」
「はい? なにを言ってるんですか?」
意味のわからないことを言う二人にジークルーネが小首を傾げると、ヴァイスはざっとジム内を見回し――
「人間に奉仕する。我慢はできますが、到底続けられるとは思えませんね」
同意するように、ムラヴェイが静かに頷く。
「姫様に魔王因子が残っていれば、間違いなくここにいる人間を皆殺しにしていたと思いますれば」
魔族としての矜持だろうか。仕事は完璧でも、やはり人間相手にアルバイトをするのは難しかったのだろう。
「申し訳ありませんが、他の仕事を探すことにします」
「体験しなければわからなかったことであれば。感謝するのでありますれば」
二人は残念そうにするオーナーにハッキリとそう告げ、トレーニングジムを辞去するのだった。
***
「就職とは、難しいですね」
帰り道、すっかり暗くなった空を見上げながらヴァイスはそう呟いた。
「姫様の魔王軍にいた時は、このようなことになるなど考えもしなかったのでありますれば」
能力的には接客業は最高に向いている。しかし、フォルミーカに仕えている身で、他の不特定多数の人間にまで奉仕することはどうしても無理だった。
フォルミーカが許しても、ヴァイスたち自身が許せない。
となると、奉仕以外のアルバイトを探すしかない。工事現場とかなら大丈夫だろうか?
「せっかく姫に協力していただいたのに、このままでは帰れませんね」
「今から仕事を探すなれば?」
立ち止まって軽く周辺を見回してみる。繁華街なだけあり、けっこうな店がこの時間になっても繁盛しているようだった。
「酒場に娼館……あり得ませんね」
「カラオケとやらも接客業でありますれば」
ぱっと見つかるほど現実は甘くない。コンビニに立ち寄って求人雑誌を眺めるくらいが関の山だろう。
と、そこで二人は唐突に違和感を覚えた。
魔術的ななにかが体を通り抜けたかと思えば、異変はすぐに発生した。
「妙でありますれば」
「人間たちが流れていきますね」
人払い。
そして、殺気。
どうやら、この街の術者たちが魔族である自分たちに喧嘩を売るつもりのようだ。
「囲まれていますね」
「面倒でありますれば」
街の術者との戦闘は避けねば、異世界邸に、引いてはフォルミーカに迷惑をかけてしまうことになる。どうにか交渉だけで終わらせることができればいいのだが……最悪の場合、力ずくで撤退するしかないだろう。
人間から逃げるなど、腸が煮えくり返りそうになるが……。
「貴様ら、何者だ?」
「この魔力……白蟻の残党か? なぜ今さらになって」
「待て、そう言えば少し前にも強大な白蟻の魔族が堕天使と共闘していたと報告が上がっている」
「まったくどうしてこの時期に……」
術者たちが姿を現す。数は……十人程度だろう。彼らの言っていた堕天使とはカベルネのことだとすると、強大な白蟻の魔族とはフォルミーカで間違いあるまい。
「我々に戦意はない。大人しく退けば、見逃してあげましょう」
ヴァイスが腕を組んで術者たちと交渉を始める。が、上から目線の言葉が悪かったのか彼らの殺気は膨れ上がってしまった。
妙に彼らがピリピリしているのは、最近の街の状況が悪いためだろう。もっともそれはヴァイスたちがそもそもの原因であるのだが、今、それとこれはどうでもいい。
「街に不和をもたらす存在は排除する!」
「消えてもらうぞ、魔族!」
術者たちが一斉に魔法陣を展開する。正直言うと誰も彼もがヴァイスたちの敵ではないのだが、素直に攻撃を受けてやるつもりは毛頭ない。
それに、どうも敵は術者だけではなさそうだ。
「うわぁああああああああああああッ!?」
術者たちの最後尾から悲鳴が上がった。
見ると、そこには小山のように巨大な大蜘蛛が術者に糸を絡めているところだった。それも一体だけではない、二体、三体と次々に増えている。
「このタイミングで妖が!?」
「最近の街はどうなってるんだ!?」
「ええい!? とにかく迎撃しろ!?」
術者たちが構築していた魔術を大蜘蛛の方へと放つ。しかしほとんど効いていない。蜘蛛が強大すぎるというよりも、この場にいる術者の練度が低すぎるのだ。
「この街の術者はもう少しマシだったと記憶しているのであれば」
「そのマシな術者を我々が叩き潰したのですから、余り者がこの程度なのは仕方ないかと」
この隙に逃げようかと考えたその時、見覚えのある白い影が術者たちの頭上を飛び越えた。
そして次の瞬間、白刃が夜闇に煌めき、大蜘蛛の一匹が頭部から真っ二つに斬断されていた。
「この程度の妖に苦戦しているなんて、あなたたちは本当に街の防衛を任された術者ですの?」
髪の毛から爪先まで全身真っ白な少女は――週末限定で異世界邸のお世話になっている瀧宮白羽だった。
「あら? そこにいるのは」
襲いかかってきた別の大蜘蛛を斬り伏せた白羽がヴァイスたちを見つける。
「ヴァイスさんとムラヴェイさんではありませんの。丁度いいですわ。そこの雑魚たちが使えないので、手伝ってくれませんこと?」
「お前、魔族になにを!?」
「彼女たちは無害ですわよ。白羽が証明しますわ」
術者を問答無用で黙らせ、白羽はぴょんとヴァイスたちの前まで跳んでくる。向こうでは術者たちが代わりに大蜘蛛に襲われているが、まあ彼らでも時間稼ぎくらいはできるはずだ。
「確か就活をなさっていたのですわよね? でしたら白羽を手伝ってこの街のゴミ掃除をしませんか? もちろん、報酬は出ますわよ。街の術者たちから」
「なるほど、戦闘ですか」
人間を助けることになるが、別に奉仕をするわけでもない。手伝いが認められれば、さっきのように街の術者にも狙われなくなるだろう。
「悪くない提案です」
「ヴァイス、よろしいのでありますれば?」
白羽を手伝うということは、白羽に従うということ。フォルミーカ以外に仕える形になってしまうことを、ムラヴェイは気にしているようだ。
「彼女は人間ではありません。それにほら、まるで幼い姫を見ているようではありませんか?」
「むむむ、言われてみれば白いですし口調も似ていれば」
「白羽をあの妖怪キャラカブリと同様に見ないでほしいですわ!?」
「こういうところも姫にそっくりです」
「確かに、悪い気はしないでありますれば。寧ろお世話したくなってくるなれば」
「あーもうそういうのいいですわ! やりますの? やりませんの? 早く決めないと彼らが死にますわよ?」
駆逐してから話しかければよかったのではと思いつつも、別に術者の命などどうでもいいヴァイスはなにも言わない。
代わりに、提案の返答をする。
「了解しました」
「そのお仕事、我々にも手伝わせていただければ」
「決まりですわね」
ニヤリと笑った白羽は、ヴァイスたちの後ろに迫っていた大蜘蛛を一刀の下に両断。そして白羽の背後から鋭い爪を振り下ろす別の大蜘蛛を、ムラヴェイが守備力特化した肉体で受け止め、ヴァイスが昆虫化した腕で頭を斬り落とす。
「あは、楽しくなってきましたわ♪」
「これより白羽様とお呼びいたします」
「存分に我々を使っていただければ」
その後、ヴァイスとムラヴェイの協力もあり、街に湧いて出た妖は一晩と経たずに狩り尽されるのだった。
***
「そうですの、白羽さんのお手伝いを」
二人はまだかと心配しながら待っていたフォルミーカは、異世界邸に帰宅したヴァイスとムラヴェイが職を見つけたことを報告して一安心した。
「わたくしが思っていたアルバイトとはまあ少し違いましたけれど、あなたたちがそれでいいのならなにも言いませんわ」
部下が無事に就職できてフォルミーカはとても嬉しく思っていた。最高級の木片と紅茶を自分で用意してしまうほどだ。二人の就職祝いをするためにずっと準備して待っていた甲斐があったというものである。
「ありがとうございます。そうです。姫に一つ提案がありまして」
「はい、なんですの?」
ヴァイスを促し、フォルミーカは優雅に紅茶を口へと運ぶ。賃金の振込先でも決めてほしいのだろうか? それとも個別にお小遣いがほしいとか?
ヴァイスはムラヴェイに目配せし、提案の内容を告げた。
「白羽様を養子として迎え入れてはいかがかと」
「ぶっふっ!?」
フォルミーカは盛大に紅茶を噴霧した。
「ど、どういうことですの!?」
「白羽様が姫様の養子となれば、我々も真の意味で心置きなくお仕えすることができれば」
「あの子、確かどっかの家のボスだったはずですわよ!?」
「養子が無理でしたら姉妹の盃を交わすということでも構いません」
「それなら……ってやっぱりなにか違いますわ!? 絶対に承諾しないと思いますわ!? あの子わたくしのこと妖怪キャラカブリとか言ってますのよ!? わたくしが馬鹿にされていますのよ!? ほらいつもみたいに怒らないんですの!?」
「可愛いではありませんか」
「可愛い!?」
「親子姉妹となれば似ていて当然なれば」
「なったとしても義理ですわよ!?」
一体この二人になにがあったのか。フォルミーカにはわけがわからなかった。ヴァイスたちにしては珍しく白羽のことを容姿・性格・実力とも全て買っているようだ。ここであとは魔族の身内というステータスがつけば、なるほど、もう完璧。文句などなくなる。
わかる。わかるが、やっぱり自分に養子だの妹だのは考えられない。
「では先に白羽様を説得するなれば」
「それがいいかもしれませんね。彼女のあらゆることを〝学習〟して必ず首を縦に振らせてみましょう」
「白羽さん逃げてくださいまし!?」
まさか身内から幼女のストーカーが出てしまう危険に怯える日が来るとは思わなかった。ロリショタを好む変態はあの羊だけで充分……いや奴も別にいらない。
今後部下たちを自由にさせていいのかと、真剣に悩むことになるフォルミーカだった。




