女傑達は暗躍する【part 紫】
「管理人、今日から少々暇を貰うぞ」
「…………!!??」
風鈴家の朝。
那亜さんの作る朝食——本日は京風おばんざいの盛り合わせに、ぶぶ漬け——に舌鼓を打っていた貴文は、おはようのおの字よりも先に言い放たれた言葉に頭が真っ白になった。
とまれ、そこは百戦錬磨の胃痛職人もとい異世界邸の管理人。3秒で傾いでいた体勢を戻し、くわっと目を見開いた。
「考え直してください! 今あの腹黒爆弾魔がうちの医務班になったら、異世界邸が5分に1回全壊しますよ!?」
「そりゃおっそろしい頻度だな」
「しかも高確率で悠希がぐれる! うちの貴重な常識人が!!」
「すでにぐれてるだろ」
「うるせえですよ!? あと管理人! 今なんかひでー扱いしやがりませんでしたかねえ!?」
朝の朝とて、異世界邸の住人は低血圧と無縁である。
「こら、食事中に喧嘩しないよ。静かになさい」
『ごめんなさい』
そして、風鈴家での那亜さんは法律である。
一呼吸ついたところで、貴文は改めて開口一番爆弾を投下した張本人、栞那に向き直った。
「で、先生、どーいうおつもりで?」
栞那が何故この異世界邸に悠希と2人暮らしているのか、貴文は誰よりもよく知っている。裏事情も、翔と栞那の約束も、想いも、まざまざと目にした当事者だからだ。
そして、誰よりも翔の想いを理解し寄り添っている栞那が、安易に暇乞いをする筈もない。余程の事情で思い詰めているのではと、貴文は想像だけで心配と不安で胃がキリキリしてきた。
対する栞那は至極アッサリと、かつ笑っていない目で恨み節を披露する。
「契約外の事務作業、分単位で命の危険。体が幾つあっても保たない環境から、ちょっくら逃げ出したいと思ったっておかしくはないだろう?」
「うぐぬぅ……」
貴文の喉から奇妙な音が漏れ出た。流れるような手付きで胃薬を取りだし口に放り込もうとして、栞那にひょいと瓶を取り上げられる。
「あ、ちょ」
「過ぎたるは及ばざるがごとし。頻回服用は控えろって言われたんだろーが、依存しすぎ」
「ちょ、ちょっとだけ」
「悠希、これ捨ててこい」
「了解です」
「やめろぉお!?」
「静かになさいと言ってるでしょう!」
戦友を問答無用で捨てられた貴文は、またも那亜に怒られた。
「というわけで、2,3日ほどいなくなる。代理の医師は既に手配してるから安心しろ」
「……へ? 2,3日?」
てっきり見捨てられるとばかり思っていた貴文がずっこける。呆れた顔で栞那が頷いた。
「今になって麓に帰るわけもないだろう? 悠希だってどうするんだって話だ」
「ですねえ。もし腹黒変態と暮らせとか言われたら、自分は迷わず親子の縁切って家出します」
「同じ父親だと思うと胃が痛みそうな台詞なのに、あいつのことだと思うとざまあとしか言えねえ」
悠希と貴文が真顔で握手するのを呆れ顔で見守り、栞那がすっくと立ち上がる。
「じゃ、しばらく悠々自適に麓生活満喫してくる。悠希、あたしがいない間しっかりな」
「……あれ、よく考えたら自分も一緒に下りていけば良い話じゃ」
「じゃあな悠希! 留守番任せたぞ!」
「先生がいない間はよろしく頼むな悠希!」
「またこの流れですか勘弁しやがれです!? 自分にも平穏をよこしやがれってんですよ!!」
絶叫する悠希の真っ当な要求は当然のように通らず、栞那は軽やかに悠希を置いて異世界邸をあとにした。
***
「……さて」
ひとまず最大の目的地である中西病院に足を運んだ栞那は、敢えていつもの救急外来──翔が大概出張っている──ではなく、裏口に近い事務部の入口から入った。
「あ、栞那先生!」
目敏く気付いて駆け寄ってきた白衣の女性に、栞那は片手をあげる。
「久々だな、槇田先生。元気そうで何よりだ」
「あはは、栞那先生がいなくなっちゃってから、ただでさえ忙しい救外は毎日が戦場ですよ」
軽やかに笑いながらさらっと地獄を口にすると、槇田と呼ばれた医師は弦の細いメガネを軽く押し上げた。
「あたしも毎日戦場だよ。あの連中と来たら、学習の2文字を搭載していないからな」
腕を組んでしみじみと言う栞那に、槇田医師は苦笑いをして頷く。
「院長も、なにも栞那先生を、あんな魔界に送らなくても良いのにですよね。私達も戦力低下すぎて大変ですし……っと、行きながらにしましょうか。時間も限られてますしね」
「ん、そうだな」
久々の会話に花が咲きかけたが、栞那がここにきたのは目的があってのことだ。踵を返して歩き出す槇田医師の横を歩きつつ、確認を口にする。
「で、院長は?」
「ばっちりです。今は救外も忙しい時間帯だし、何よりオペ中の筈ですから。加えて看護師達にもお願いして、誘導してもらってますし。幾ら院長でも、栞那先生の気配を察知出来る状態にありませんよー」
「そりゃ上々」
「ただ、産婦いっつも急患に追われてるから、場合によっては時間ぎりぎりかもしれません」
「ああ、それは問題ない。あたしの友人にちょっくら時間稼ぎを頼んでる」
「おー、さっすが先生! ぬかりないですねー」
にこやかな会話だが、さりげなく院長が邪魔者扱いされているのには訳がある。栞那としては、まだ翔には気付かれずに話を進めたい、という狙いがあったのだ。……少々、現状への鬱憤晴らしが込められているのも否めないが。
「院長が知るのはもっと後の方があたしも助かるからな。今んとこ、気付いてるのは院内の一部だけだ」
「任せてください。噂好きを排除して、確実に院長を誘導出来るベテランだけで話を進めていますから」
「優秀な後輩がいてあたしは嬉しいよ」
黒い笑みを閃かせた栞那を見て、槇田医師は嬉しそうに笑った。
「あは、栞那先輩のその笑顔、懐かしー。良いなあ、やっぱり帰って来て下さいよ」
「そうしたいけどな、まあ今の状況じゃな。悠希が大学行くくらいになったら、考えても良いが」
「ええー……遠い……」
そんな会話を交わしながら、栞那は目的地である外来の扉を叩いたのだった。
***
ワクワクした顔で待ち構えていた槇田医師に、栞那は軽く親指を立てて頷いて見せた。目を輝かせつつもにやにやする後輩医師に、照れ隠し半分、事務的に話しかける。
「つーわけで、計画実行だ。シフト組みは任せて良いんだな?」
「もっちろんです。栞那先生は続けて外堀埋めておいてください」
「ん、了解」
ひらひらと手を振って見送ってくれた槇田医師に挨拶すると、栞那はそのまま病院を後にした。
「……うーん、本当に会っていかないんだ。こういう時は意地っ張りというか、きっちり計画を進めちゃうんだから、先輩ってクールよね」
綺麗に伸びた背筋を見送りながら呟いて、槇田医師は何食わぬ顔で戦場へと戻っていった。
栞那の方はといえば、病院の門を潜り、さて歩くか、電車でも乗るかと考えを巡らせていたのだが、軽く鳴らされたクラクションに驚いて視線を向けた。
「栞那さん」
「……眞琴じゃないか。どうした?」
栞那はブルーの乗用車に歩み寄り、窓をあいた運転席を覗き込む。魔女と呼ばれる女性は、にこりと笑い返した。
「貴方が久々に山を下りているという情報が入ったので。送るよ」
「さっさと寄り道せずに帰れと? 酷い話だな」
「違うって。こっちも噂は聞いてるってことさ」
栞那は眉を上げて眞琴を睨みつける。
「随分と大きな耳を持ってるな? 何をしでかしたんだ」
「あはは、それは勘ぐりすぎかな。貴方と仲が良い先生のうち1人が、時々うちの門下生の診療に来てくれるというわけだ」
「おいおい……」
どうやら、医師側からの栞那の手伝いのつもりらしい。苦笑を漏らし、栞那は肩をすくめた。
「ま、どうせ遅かれ早かれだから良いけどな。守秘義務はどうしたんだ、あいつ等」
「あはは、そこはまあ、根回しの共犯者だと思われたんじゃないかな」
楽しげに笑って、眞琴はにっこりと微笑んだ。
「というわけで、後ろどうぞ。大事なお客様だ」
「口の減らないガキなのは相変わらずだな」
苦笑を滲ませ、栞那は後部座席へと滑り込む。ドアが閉まりシートベルトを締めるのまで確認して、眞琴はゆっくりと車を発進させた。
「そういえば、後始末は片が付いたのか?」
「うーん、まあ……お金はね、何とかなったよ。色々あってね……」
実に複雑な表情でそう答え、眞琴は続ける。
「街の復興は外部の術者が日単位で終わらせてくれた。後は被害状況のとりまとめや、今後こういう事があった時どうするかっていう改めての話し合い、怪我人の穴を埋めるためのシフト調整辺りは、まあ……目処は見えてきたよ」
「そりゃ上々じゃないか。頑張ったな」
「どうも。流石に今回は、あわや部外者に乗っ取られかけたっていう危機感もあって、年寄り連中が比較的腰が軽かったからね。私としてはやりやすかったよ。……礼を言うつもりは、全然、これっぽっちも、ないけどね」
物騒な表情を閃かせた眞琴に、栞那は微妙な表情を浮かべた。
「あの、とんでもなく性格の悪い守護獣の契約者とやらか」
「うん、そう。……詳しく聞きたければ話すよ? 愚痴になるけど」
「いや、いい。教育によろしくない」
「あはは、確かに」
軽やかに笑って、眞琴は話を戻した。
「問題は怪我人だ。流石は中西病院、数百単位の怪我人をもう全員退院させてくれた。とはいえ直ぐに戦力復帰は厳しいし」
「そりゃそうだ。流石にリハ病棟をあんたらで埋められないからな」
怪我が治って直ぐ動けないのは、異能に絡む医療でも同じだ。鈍った体を鍛え直すリハビリは必須だが、そこまで中西病院では面倒を見きれない。
「分かってる。というかいくら何でもこれ以上『中西』に負担かけるのはね……翔さん筆頭に、あの屈強なスタッフ達がいい加減倒れそうだったし」
「だよな」
ただでさえ万年人手不足の病院が、短期的にとはいえ100単位の患者を抱えたら普通そうなる。残念ながら、3交代制どころか日夜勤制も出来ない中西病院は、朝も昼も夜もなくスタッフが駆け回るという力業通り過ぎた闇を抱えている。
幾ら元々の体力やら気力やらが人間離れしている中西病院のスタッフといえど、今回の件は完全にキャパオーバーだろう。ちょっと夫の心配した栞那だったが、続く言葉に眉を寄せた。
「問題は、元々入院までは必要なさそうだった軽傷者だ。白蟻の酸に瘴気も混じっていたのかな、どうも治りが遅いんだ」
「瘴気の混じった傷か……厄介な。寝込んでるだろ?」
「そりゃあね。それぞれ浄化結界の中で休んでもらってるけど、なかなか……もうすぐ百鬼夜行も来るし、少しでも人員は欲しいんだけど」
「百鬼夜行……そんな時期か」
百鬼夜行。あらゆる妖が鬼門から列を成して跳梁跋扈する夜。一般人に仇なす妖が大量に外部から雪崩れ込む、災害とも呼ぶべき現象だが、ここ紅晴市ではそれほど珍しくはない。年に1度、神無月の新月に起こる定期災害だ。
「そう。それも今回、この騒動で瘴気が撒き散らされちゃったみたいで……規模が大変なことになりそうなんだよ」
「げ」
栞那が呻き声を上げると、眞琴も渋い顔で頷き返した。
「一応、術者が外部から協力してはくれる……けど、戦力としては未知数だから。外部に頼りきりだと、いざという時右往左往するからなあ」
「だろうな」
仮にも元四家の分家の一員として、栞那にもその程度の心得はある。集団討伐において、未確認の戦力というのは諸刃の剣だ。
「じゃ、あたしは今のうちにその怪我人の手当をしてやるよ。恩も売れるし、根回しにも最適だ。それで良いか?」
「とっても助かるよ。ありがとう」
にっこりとチェシャ猫のような笑みを浮かべた眞琴に、最初からそのつもりで車に乗せたらしいと気付いた栞那は呆れた顔をした。
「あたしが言うのもなんだが……逞しく育ったな、眞琴」
「あはは、お陰様でね。素晴らしい兄姉に恵まれて鍛えられたからさ」
「管理人には同情するけどな」
思い切り被害を被った貴文に思いを巡らせながら、栞那は強かな妹分に笑みを返した。
***
「まさか、フランに大量複製させた魔力調整機1つで泣いて拝まれるとはなあ……」
「そりゃそうだよ、一気に解決しちゃったじゃないか」
呆れ顔で運転する眞琴は、ちらっと疲れの欠片もない栞那を見やる。
4つの家それぞれで治療を行われていた患者全ての状態を把握し、塞がっていない傷の処置をし、必要な薬を処方し、さらに数の限られた魔力調整機──体内の魔力、霊力の流れを整えることで身体の回復を促す機械の適応不適応を判断していく。
更に元々看病に携わっていた家人に看病の方法を手ほどきして、自分がいなくても回復に導けるよう指導した栞那の仕事ぶりは、傍らで見ている眞琴をして、感嘆せしめるものだった。
それを顔色1つ変えずにこなし、あまつさえ「明日明後日様子みりゃ、百鬼夜行にはなんとか間に合うだろ」という有り難いお墨付きまで与えてくれた栞那には、尊敬と感謝の意ばかりが膨らんでいた。
それでもそれに恩1つ着せない格好の良い姉貴分に、つい普段は封じている愚痴が漏れてしまう。
「『吉祥寺』なんか私に何度魔導書使わせたと思う? 毎晩魔力切れすれすれでベッドに倒れ込んでたんだよ?」
「……相変わらずか、眞琴の家は」
栞那が苦い表情を浮かべると、眞琴の表情に影が差した。
「うん……そうだね。私は次期になったからまだ良いけど、梗の字がね」
「あの魔術師か。相当優秀に見えたんだが」
「優秀だよ。この間の襲撃でも、街全体に結界を張って、一般人の家を中の人ごと食べられないよう守ってくれたんだからね」
「……魔力量もかなりものじゃないか。ったく、老害共が」
吐き捨てた栞那に、眞琴も口元だけに笑みを浮かべて頷く。
「ま。梗の字は梗の字で問題あるけどね。……とっても、それはもう、強く強く血筋を感じるよ。……あれの」
「……あれかぁ」
栞那が遠い目をした。眞琴もまた、運転さえしていなければ同じ顔になっただろう。
「やっぱり1度、思い切り殴っておくべきだったかな」
「やめとけ、泣かれる」
「……だよねえ」
ふう、と同時に溜息をついた。共通の知人に思いを馳せつつ、栞那が話を戻す。
「中西病院でも割と新しい機械だからな、あれは良いぞ。ベッドに転がしておくだけで済むから楽だしな」
「発想が酷いなあ」
「医者なんてこんなもんさ。……さて、大御所だな」
車が1つの家屋の門を通った。ここに至るまでに回った各守護の家々よりは小さいが、それなりに歴史を感じさせる構えの和式家屋を眺め、栞那が呟いた台詞に、眞琴は苦笑した。
「私にとっては最大の敵であるあの連中より、栞那さんは栞さんが怖いんだ」
「そりゃそうだ。あの妖怪ババア、未だに油断ならないからな」
「もう、口悪いなあ」
苦笑いをして、眞琴が車を止める。2人揃って降り立つと、出迎えた家人が狼狽えた。栞那はともかく、『吉祥寺』の次期当主が運転手として現れたら当然だが。
「あー、眞琴はあたしの連れだ。母上に取り次ぎしてくれ、大事な話がある」
「は、はい!」
慌てふためいた家人が飛び込むようにして中へ入っていくのに肩をすくめ、栞那は勝手知ったる実家の敷居をまたいだ。
***
「あのクソババア……」
「あはは……確かに、強烈な親子喧嘩だ……」
眞琴が半笑いで茶を傾ける傍ら、栞那は悪態をつきつつ痛む腕をさすった。
「可愛い可愛い一人娘が、しばらくの間実家帰りする許可ひとつで、なんでこんな膨大なリスト照合なんぞ任せてくるんだ……」
「うーん、本当に見事な交渉劇だったよね。勉強になったよ」
眞琴がしみじみと思い返すのは、栞那とその母栞の壮絶な口論。どちらも目の笑っていない笑顔のまま、罵倒を交えて凄まじい勢いで言葉でのやり取りをする様は壮観だった。
そして栞は、栞那にしっかりと『対価』を請求していた。
「うちもそろそろ始めないとなあ……年賀状のリスト確認と、宛名書き」
「くっそ、事務仕事は嫌いだっつうの……」
呻きながらも、栞那の手は止まらない。パソコンに打ち込まれたデータの確認作業を、キーボードを叩く指が視えないほどの速度でこなしていく。
「その割に早いよね」
「苦手と嫌いは違うだろ。というか、眞琴、お前手伝え」
「あはは、勘弁してよ。私はお客様なんだから」
「このお調子者が……」
コロコロと笑って悪態を流す眞琴を苦々しく見やり、栞那は諦めたように溜息をついて作業に戻った。
しばらくはキーボードを叩く音と、時折眞琴がお茶を啜る音だけが響く。
「……ねえ」
やがて沈黙を打ち破ったのは、眞琴だった。複雑そうな顔で、尋ねる。
「……やっぱり、麓には下りてこないの?」
「ああ」
栞那が顔も上げずに即答した。眞琴は複雑そうな顔のまま、言葉を重ねる。
「いくら何でも今あの邸に、母子共々一緒にいるだなんて危険すぎる。私が率先して守護の用意くらい──」
「眞琴」
言葉を遮り、栞那が溜息をついた。作業の手を止め、顔を上げる。
「気持ちは有り難いがな。──立場を忘れるな。お前は、実質この街の要だ」
「……」
「あたしら家族という「個人」に、力を、心を向けるべきじゃない」
「違う!」
眞琴が叫んだ。押さえきれない激情を吐き出そうとするのを、
「甘ったれるな」
「っ」
栞那が、押しとどめた。
「翔を見て何も思わないのか。あれだけの事があって、それでも何一つ投げ出さずに戦ってるのを見て、言ってるか。だとしたら、大馬鹿者だお前は」
「けど……」
「舐めるな。あたしたちはこの程度で死ぬ程弱くない」
矜恃を感じさせる言葉を口にして、栞那は不敵に微笑む。
「うちの不良娘も逞しく生きてるさ。毎日笑って怒鳴って駆け回ってるよ。最近は、変な趣味にも目覚めたみたいだが……。なあ、眞琴。お前の仕事は、そんな子供達の毎日を守る事だろ?」
「……栞那さん」
「適材適所。うちの家族はあたしに任せろ。大丈夫だ。悠希もいい加減、分かる年さ」
言い切った言葉に、眞琴は泣きそうな笑みを浮かべた。
「……ずるいなあ」
「しゃあないさ、諦めろ」
「……ほんと、ずるいなあ」
子供のような泣き言をちょっとだけ漏らして、眞琴はすっと背筋を伸ばした。
「それじゃあ、ここにいる「玖上」栞那「姉さん」には、精一杯力になってもらうかな」
「げ」
「ふふ。私の権限が通用しないほど、「玖上」は非協力的じゃないからね」
そう言ってシニカルに笑う眞琴は、既にいつも通りの表情を取り戻していた。それを見て取った栞那は、諦め混じりに了承の意を込めた溜息を漏らす。
「ったく、逞しく育ったもんだ」
「あはは、お陰様でね」
軽やかな笑い声が、部屋に響いた。
***
2日後。
「ここまでで良いぞ」
「良いというか、これ以上は入れないよ」
「おいどの口が言った」
つい先日結界を破って侵入を果たした張本人のボケに、栞那は半眼で詰った。当然のように笑顔で流し、眞琴はにこやかに尋ねる。
「ネタばらしはいつの予定かな?」
「最低でも、安定期入ってからだな」
「あれ、それもうちょっとじゃない?」
指折り数えて確認する眞琴に、栞那はぷいとそっぽを向いた。
「かもな」
「あはは、そういうとこは乙女だよね、栞那さん」
「うっせえ」
くすくすと笑う眞琴に言い返し、栞那は荷物を担ぎ直す。
「じゃあな、眞琴。確かうちからも百鬼夜行の助っ人が行くが、うちの住民と張る問題児だから覚悟しとけよ」
「わあ、最後の最後に聞きたくない情報が来たなあ」
苦く笑う眞琴にくつくつと笑い、栞那はひらりと手を振った。
「忙しいだろうに、色々案内ありがとうな。良い息抜きになった」
「それは良かった。気にしないで、私も抜け出す良い口実だったから」
「そりゃ重畳」
2人笑い合うと、女傑2人は示し合わせたように手を持ち上げた。
「しっかりやれよ」
「栞那さんこそ、朗報をお待ちしてます」
ぱしん、と手のひらを打ち合わせ、2人は手を降って別れた。
邸に入っていった栞那の背を見送った眞琴が車に乗り込み、坂道を走り始めた、数分後──
ちゅどぉおおおおおおおん!
「……本当に爆発多いんだなあ。というか、子供の危険云々以前に、あんな場所で妊婦が働こうだなんて、いくら何でも無茶苦茶すぎると思うんだけど」
そう、呟いて。眞琴は1人笑って、アクセルを踏み込んだ。




