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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
外伝2
76/169

新年騒動事始め 【part 紫】

「新年」

 眠そうな目を擦り、神久夜が寝惚け声を出す。

「あけまして……」

 げっそりと疲れ果てた様子で、貴文が声を絞り出す。

「おめでとうございます!!」

 心底楽しそうに、こののが挨拶を締めくくった。


「……あけまして、おめでとうございます」

「おめっとさん」

 三者三様の有様に、悠希は気圧されたように挨拶を返し、栞那はいつも通りの態度で軽く返した。

「栞那栞那! おとしだま!!」

「あーはいはい、ほらよ」

「わーい!」

 遠慮無くせがむこののに、栞那がポチ袋を放り渡した。ついでのように手渡された悠希も、微妙な顔ながら礼を言う。

「で? 管理人は、相変わらず年越しは不眠不休だったのか?」

「はは……屋敷が……請求が……胃薬……」

「ほらよ。神久夜の方は何を抱えてるんだ?」

「これかの? 昨日のうちに注文しておいた新しい野菜の種じゃ! 仕事始めはやっぱり畑作業だのう!」

「まーた謎生物が生成されるのか……」

 大人達がめいめいの会話を交わしている間に、こののは早速ポチ袋の中身を検めていた。

「何これ!? 500円玉5枚と100円玉10枚と50円玉10枚と10円玉100枚!?」

「ほーらこのの、全部でいくらか計算してみろ」

「えええ!? えーとえーと……やったあ1万円!」

「違いますよ!? 全然足りねえですからね!?」

 思い切りツッコミを入れる悠希。貴文も頭を抱えているが、まずはその隣で「……じゃあ9000円かの?」と呟いてるかぐやを気にした方がいいと悠希は強く思った。

「ねえねえ、悠希はいくらー?」

「えーと……あ、野口さん3枚と樋口さん1枚。ホント、きっちり毎年1000円ずつ増えていきやがりますね」

「ちゃんとそういうルールだって説明しただろ」

 さしたる驚きも喜びも無く中身を検めた悠希は、こののにぐいと手を引っ張られてたたらを踏んだ。

「このの? どうしました?」

「お年玉もらいにいこ!」

「は? いやいやいや!」

 悠希は慌てて引っ張られた腕を引っ張り返した。こののが不思議そうに見上げて来るのを必死で止める。

「やめましょうって! 自分去年のお正月を忘れてねーですからね!」

「? なんかあったっけ?」

「綺麗さっぱり忘れてる!?」

 衝撃を受けて目を見開く悠希に、唇を尖らせてからこののはにっこり笑った。

「忘れちゃったし、今年は今年だもん! ほらいこ!」

「いやその……あ! 自分先生を手伝わなきゃいけねーんです!」

「別に行って来て良いぞ、不良娘。頑張って稼いでこい」

「あああこんな時ばっかり見捨てやがるなです!?」

 ひらひらと手を振る栞那達に見送られ、悠希はこののに引き摺られるようにお年玉巡業を開始するのだった。



***



「あけまして」

「おめでとーございます!」

「あら、ご丁寧にありがとう。明けましておめでとうございます」

 にこやかに挨拶を返し、那亜は2人にポチ袋をそれぞれ手渡した。

「わーい! ありがとう!!」

「い、いいんですか?」

「あら悠希ちゃん、何を遠慮してるの? 子どもの権利なんだから」

「あ、ありがとうございます……」

 ほんの少し照れながら、悠希は那亜から受けとる。なんというか、母親にもらうよりも気まずかった。

「うふふ、悠希ちゃん良い子ねえ。そろそろ環境も変わるんだし、しっかりしないと」

「悠希はしっかりしてるよ?」

「てゆーか那亜さん、なんか気になる言い方しますねえ……」

 半目になった悠希が警戒の視線を向けるも、那亜はおっとりと笑うばかり。

「うふふ、気のせいよぉ。じゃあ、私はおせち詰めてるから、また後でね。……まずは神久夜さんのお餅を焼いてこようかしら」

「それです!!」

「わっ!? どうしたの悠希!?」

 急に大声を上げた悠希に、こののが仰天する。が、悠希はそれどころでも無く那亜に詰め寄った。

「那亜さん! お餅! 神久夜さんがついたお餅、ぜっっっったい出さないでください!? アレは人間が食べて良い物じゃねーんです!」

「へ? 何それ?」

「あら、悠希ちゃん。食べ物を粗末にするのはよくないわよ」

「そういう問題じゃねえです!?」

 幸か不幸か餅つきの過程を見ていない2人相手に、悠希は必死で主張した。那亜が諭すように言ってくるが、悠希は絶対に譲らない。譲って堪るか。

「あんな変態生物を食うくらいなら餅を喉に詰まらせて病院に運ばれる方がマシです!」

「悠希が病院に行く方がマシ!? どういうこと!?」

「このの! あの変態鶏を忘れたとは言わせねーです!?」

「変態鶏……あの気持ち悪いのがどう関係するの……?」

「それは、だからあれが…………」

 説明しようとして、悠希はまざまざと思い出してしまった。鳥肌が、鳥肌がヤバイ。

「とにかく! お願いですから別のお餅を出してください!」

 土下座する勢いで懇願する悠希に、那亜が困り果てた顔をする。

「そうはいってもねえ……神久夜さん、楽しみにしていたし」

「う……っ、それでもです!」


「そうだ嬢ちゃん!」

「我等も助太刀するぞ!」


 ばあん! と扉がぶち開けられ、トカゲとポンコツが全力で賛同した。

 ちなみに、扉は唯一の不可侵区域のためぶち破られなかった。那亜さん不在時に、そのありがたみはポンコツとトカゲですら実感出来たらしい。流石那亜さんだ、と悠希はこんな場面だが思った。

「那亜殿! 嬢ちゃんが正しいぞ! あれを食されるくらいならトカゲと仲良く酒を飲む方が遥かにマシだ!」

「おうよ! あんな生々しい惨劇を口にするくらいなら、ポンコツと肩組む方が耐えられる!」

「…………」

「…………」

「「ふざけんな! やんのかてめえ!?」」

「なんで喧嘩する方向に進みやがるんです!」

 前言撤回。ポンコツとトカゲには、那亜さんの母性すら通じなかったらしい。流石馬鹿コンビ。


 ちゅどおおおおおおん!


 新年事始めはいつも通り邸崩壊となり、悠希達のお年玉巡業は早くも終了するのだった。



***



「ばっっかやろぉおおおぉぉぉぉ…………うっ、胃が」

「何で、何でこんなニューイヤーを過ごさなければならないんです……」

 胃を押さえて膝を付く貴文と、ちっちゃくなって震えるアリス。アリスの背中をさすりながら、悠希は冷め切った目を馬鹿2人に向けた。

「で? 那亜さんのおせちを吹っ飛ばした罪、どーしましょうかねえ?」

「「…………」」

 包帯ぐるぐる巻きでチワワの鎖に繋がれたポンコツとトカゲは、答えない。悠希の気迫に呑まれている……わけがない。たかだか一般中学生に気圧されてくれるなら、こいつらは邸を破壊したりしない。

 では、なぜ無言で大人しくしているかというと。

『…………』

 そこには、住人ほぼ全員が魔王も尻込みしそうなオーラを漂わせている姿があった。

 那亜謹製、正月のおせち。

 毎年、苦労を重ねまくっている住人全員の癒しであり、楽しみであり、元気の元である嗜好の逸品。

 それが今や、原形も残さず崩れ去り、焼け焦げた煤と化していた。

「みんなの楽しみですよね? てめーらも毎年食べていやがりますよね? 風鈴家は不可侵で喧嘩御法度って、わかっていやがりましたよね……?」

 常に無い悠希のガチギレに、ポンコツとトカゲが顔を見合わせる。そして悠希の方を向き直ると……開き直った。

「スマン嬢ちゃん、このトカゲが悪いんだ! 頭に血ばっかのぼせやがって!」

「ああん!? ポンコツ、てめえが言うんじゃねえよ! 嬉々としてミサイル展開したのはどこのボケだ!?」

「なんだと!?」

「なにおう!?」


「——つまり、反省する気は無いということでよろしいか」


 ザクッ!

 肉に固いものが突き刺さる生々しい音が響く。


「ぐっ!?」

「がっ!?」

 トカゲとポンコツが仰け反る。背後からメスを一切の躊躇無くぶっさした栞那が、悪魔の微笑みを浮かべてメスを握りしめていた。

「ひいっ!?」

「…………」

 避難していたリックがノッカーに縋り付こうとして、押しのけられる。側にいたウィリアムがそっとリックに湯気の上る紅茶を差し出したが、——何故か、即座に冷えて湯気が消える。

「このまま頚髄まで一息にえぐってやろうか? 意識はあるが四肢の動かない状況にしてやるぞ?」

 物理的に冷気を漂わせてうっすらと笑みを浮かべて宣う姿に、既に避難を済ませていた悠希は、那亜さんに抱きついて暖を取った。

「分かってましたけど……分かってましたけど……!」

「悠希……っ、栞那がこわいよ……!?」

「そういえば、先生が一番おせち楽しみにしていたかもねえ」

 おっとりと呟く那亜さんに、悠希は癒された。こののが戦いているのを慰める程度には癒された。

「あのクソ院長を笑って許せる、大海原並みに心の広い医者先生が……一体どうしたんだ、悠希……?」

「いやあ、相当ストレス溜まってましたからねえ……事務仕事嫌いなのに」

「うっ……正直、それはすまん」

「本当に、管理人が倒れてから碌な事なかったですからねえ……」

 死んだ目で空を眺める悠希に、アリスから同情の眼差しが突き刺さる。

「大変だったのですね、悠希さん……」

「同情するなら金をくれですよ……自分、管理人消えてから無賃労働でひっでえ目にあったんですよ……」

「お疲れ様なのです。お年玉くらいなら、いくらでもあげるのです」

「あ、どうもありがとうございます」

 思わぬ所でお年玉をゲットした悠希だったが、目下の問題は栞那である。さてどうするかと考えを巡らせかけて、続く声に顔を上げた。


「まあまあ♪ 落ち着きたまえよ、カンナちゃん☆ 物騒なのは教育によろしくねーぜ♡」


「あ゛?」

 目を据わらせきった栞那が空を仰ぐのに釣られて、悠希も空を見ると。

「たこっ!?」

「おっきい!」

 こののが歓声を上げた通り、空を覆わんばかりの巨大な凧が浮いていた。

「やあやあ♪ みなさま、あけ☆おめだね♡」

「セシルか……何やってんだ、お前」

 気が逸れたお陰で鬼気が和らいだ栞那だったが、その分メスを突き刺した手が疎かになっており、ポンコツとトカゲが微妙に震えていた。

「いやあ、お正月だしね♪ 折角の催しは楽しまないと☆ って思って、フランちゃんと一緒に凧揚げしてるんだぜ♡」

「うふふ〜。揚力実験に持って来いだったよ〜」

「なんでウチまで巻き込まれるし!? 誰か助けてにゃぁあ!?」

「よくそんな兵器に乗る気になったな……」

 無理矢理乗せられたらしい水矢の悲鳴は無視するーして呆れ声を出した栞那とは裏腹に、貴文が血相を変えて身を乗り出す。

「待った! おいセシル、今直ぐ下りろ!?」

「え〜? 無粋だぜ管理人♪ それに、無理を言うなってもんだ☆」

「は!?」

「あのね〜フミフミ君。これね〜飛ぶ専用で〜、着陸については考えてないんだ〜」

「私も浮遊魔術までは行けるけど、2人分の飛行魔術は無☆理なんだな♡」

「はあっ!?」

「にゃー!? そもそもウチは見捨てる気満々!?」

 目を剥いた貴文が、さあっと青醒めた。ついでに水矢も青醒めている。

「とゆーわけで♪ ちょっくらその辺に凧ごと軟着陸しようと思うんだな☆ ミミちゃん、管理人、あとよろしゅう♡」

「いやふざけんなちょっと待て……邸がぁああああ!?」

「にゃぁあああああああ!?」


 ちゅどおおおおおおん!


 新年2度目の崩壊は、1度目の修復が終わった僅か15分後だった。



***



「もういやなのです……もういやなのです……」

 涙目のアリスを余所に、ミミに受け止められて怪我1つ負わずに済んだセシルとフランがケラケラと笑っていた。栞那によってもみじマークを頬に張り付けられてもお構いなしだ。

「邸の維持費がすっ飛んでいく……胃がぁ……」

「そんなものより、あんなものに一緒に乗せられ墜落させられたウチに誰か同情して!?」

「いやあ、ナイスネタ提供ありがとう水矢! これはアイディアが湧き上がるぞぉ!」

「最悪だこの雇い主!」

 薄情すぎる在麻のコメントに、ふしゃー! と威嚇のような音を出す水矢。胃薬を飲む貴文を横目に、悠希は虚ろな目でこののを見やった。

「このの……」

「なあに? 悠希」

 不思議そうにちょこんと首を傾げるこののは可愛い。可愛いが、しかし。

「本当に……お年玉集めとか、無理な事考えるのは2度とやめねーですか……?」

「えー……じゃあ、羽根つきとコマ回ししよう!」

「なんでいちいちデスゲームばりの危険度高い遊びを提案しやがるんですか!?」


「なんだそれは! 余も混ぜろ!」


 ドガァアアアアアアン!!


 盛大な破壊音と共に、土煙がもうもうと立ちこめる。けほけほと咳き込んだ悠希は、声の方向を向いてきっ! と眉を揺り上げる。

「グリメル! 出て来なさいっ!」

「とおっ!」

 土煙の中から、グリメルが香ばしいポーズを決めて飛び出てきた。四輪駆動の巨大な乗り物が、グリメルの周囲をライトアップして更に演出する。

「呼ばれて飛び出る、ヒーローなのだ!」

「魔王がヒーローごっこに憧れるんじゃねーですよ!?」


 ごちん!


 迷いの無い悠希の拳骨がグリメルの頭に落ちた。

「あだあ!」

「貴様! 我が主に失礼なのであーる!」

「やかましい駄犬毎度毎度キャンキャン吠えてねーで黙りやがれです!」

 主を害されて噛み付く巨大チワワにも悠希は怯えない。毎度毎度グリメルを叱るたんびにキャンキャン鳴くから慣れた。……慣れるくらい叱っているのに成果が全く見られないともいう。

 叫びすぎて喉が痛い。ぜえはあと肩で息をして主従を睨み付ける悠希の肩を、栞那がぽんと叩いた。にっこりと笑って、栞那は諭す。

「悠希。しつけってのはな、いつでも真っ直ぐ体当たりでやるばかりじゃないぞ?」

「へ」

 驚いて目を丸くする。そういやこの人自分の母親でした、と今更に思い出した悠希は、続いて期待の眼差しを向けた。

 ここの問題児連中と比べれば天と値ほどの差はあるが、悠希とて幼い頃は些細な悪戯くらいはしたものだ。それをきっちり叱って躾けてきた先達のアドバイスは聞くべきだろう。

 続く言葉を待つ悠希に、栞那はにこやかにこう言った。

「良いか、ああいうときはまず、全容余さず録画保存しておくんだ。その後でやっちゃいけない事を叱る」

「? 結局叱ってるだけじゃねえんです?」

 疑問符を浮かべた悠希に、栞那はさらっと言う。

「録画は大事だぞ。ほどよいお年頃になれば、『動画をばらまいてやろうか?』の一言で黙らせられる。弱みを握るのは幼い内だぞ」

「最悪だこの親!? つーか一体何を隠し持ってやがるんですか!?」

「ん? 翔が諸手を挙げて喜びそうな動画集」

「ぎゃー!?」

 悠希が密かに栞那の部屋への侵入・証拠隠滅を企てているのを余所に、こののはグリメルに羽根つきとコマ回しを一通り説明し終えた。

「なるほど! それは面白そうだな!」

「でしょー? グリメルもやろう!」

「うむ! 余を楽しませるがよい!」

 尊大に胸を張ったグリメルに、悠希ははっとなって叫ぶ。

「すとっっっぷ! グリメルステイ! まだ何も創りやがるなです!?」

「む?」

 目を丸くしたグリメルだったが、時既に遅し。魔王の創造は流石の素早さと正確さで使い手の意図を反映した。

「でっっっか!?」

「なんなのですあれ!?」

「おおおおっきいのじゃ!」

 目を丸くする貴文、真っ白な顔で叫ぶアリス、目をきらきらさせる神久夜の前には、1つ1つがディーゼル車並みのコマがごろっごろと転がった。

「グリメル!!! サイズは考えて創れと言ってるでしょーが!?」

「あだあ!」

「小娘貴様!」

「いちいちうるせーんですよデカチワワ!!」

 ゴチン! と2度目の拳固が落ちる。騒ぐジョンをBGMに、グリメルが頭を押さえ涙目で反論した。

「何故だ悠希! 余はちゃんと邸を壊さないサイズに収めたぞ!?」

「足りねーですよおばか! これ回るんですよ!? こんなもんが一斉に回されたら、自分の命が幾つあっても間に合わねーでしょうが!!」

「つーか制御出来るなら普段からそのくらいのサイズで抑えろよ!」

 貴文の真っ当な——それでいて血を吐くように切実な——ツッコミは流され、グリメルとこのの、悠希の攻防は続く。

「大丈夫だぞ! 悠希は余が守ってやる!」

「そうだよ悠希! このサイズのコマを回すなんてすっごく楽しそう! やりたい!」

「出来るか!? 回すのにもアホみてーな力が必要でしょうよこれ!! 後グリメル、真っ当な発言が出て来て感動したお姉ちゃんの気持ちを返せ!」

 何ら準備もせずにコマを回す準備を始めるグリメルに悠希が怒鳴り、必死で止めようとしていた、その時。


「あら、ではわたくし達は羽根つきの方を致しましょうか」

「いいね〜。運動の後のワインは格別だもんね〜。うい〜ひっく」

「呑みながら何を言っているのです!?」

 背後から聞こえてきた2人の会話に、悠希の背筋が凍り付いた。バッ! と振り返った先には、見たくもなかった顔ぶれが揃っている。

「じゃあ〜フォルちゃんと私でやろっか〜。ルールは顔面ありでやろうね〜」

「良いですわよ。なんだかワクワクしてきましたわ」

「ここでそのまま始めようとしないで欲しいのです!?」

「やめろ! 邸崩壊三回目はやめろ!?」

 アリスと貴文の必死の制止も当然届かず。どこからか取り出した羽子板を剣のように構えた。

「え〜い」

 カベルネが羽根を放り、羽子板を振るう。気の抜けた掛け声とは真反対に、振るわれた羽子板の軌跡は悠希の目に一切捉えられなかった。


 ブォン!


 羽根とは思えぬ音をたてて、羽根が消える。フォルミーカが身構えた。

「ふっ!」


 ブォン!


 羽子板が消える。腕の動きも見えないのに優雅さは失わないフォームで、フォルミーカが羽根を打ち返した……らしい。悠希には見えなかったが……


 \パリーン!/

 

 余波だけで邸の窓という窓が割れたため、ラリーが成立しているのだけは分かった。

「やめやがれです!?」

「ぎゃぁあああ修繕費がぁあああ!?」

「ひえっ!? 額が切れたのです!」

 常識人達の悲鳴が響き渡る中、2人のラリーは止まらない。邸を徐々に削り取りながら、2人とも落とさない羽根つきは続く。


「じゃあ行くよ? グリメル!」

「うむ!」

「はい!?」

 更に聞こえてきた声に、悠希はぐりんと首を巡らせた。そこには、今まさに紐を巻き付けたコマを振りかぶるこののとグリメルの姿。

「やめっ……」

 制止の声を上げようとするも、間に合わず。


「「そおれっ!!」」


 掛け声と共に、ディーゼル車サイズのコマが暴れ回る。

「ひぇえええええ!」

「こののぉ! この状況でお前は何をっ」

「ナイススローじゃこのの! 妾も続くのじゃ!」

「神久夜ぁ!?」


 \ガガガッガガ!/


 絶望の声を上げる貴文の前で、グリメルの投げたコマが異世界邸に食い込んで掘削を始めた。

「あら?」

「わあ〜すご〜い」

 フォルミーカが驚いた声を上げる。続く気の抜けた声と共に、カベルネがひらりと宙を舞う。

「は?」

 疑問の声は、誰のものか。


 ブォン!


 変わらず羽根つきの音は続き、フォルミーカもまた宙へと舞った。

「凄いですわねえ、この羽子板。一定の角度で打ち込むと素晴らしい飛距離ですわ」

「ミス・フランチェスカが貸してくれたんだよ〜。試作品だって〜」

「あのクソマッドサイエンティスト!?」

「なんてものをなんて人達に提供してくれたんです!?」


 \ヒューン、ドガァッ!/


 高速飛行の余波に、異世界邸の上層階が吹き飛んでいく。

「よしトカゲ! ここで決着付けてくれる!」

「上等だポンコツ!?」

「もう復活してる!? ああああもうやめやがれぇええ!?」

 いつの間にか復活したポンコツとトカゲが、互いに羽子板を持って構える。そして何故か、そのままチャンバラを始めた。


\ガリガリ、パリン! ドゴォ!/


 邸半壊なう。

 貴文が絶叫しながら馬鹿コンビを止めに行ったが、その分上空の羽根つきを止める者がいなくなってしまった。

「さあユーキちゃん! お空を飛べるのはユーキちゃんだけだし!」

「毎度毎度ステッキ持ってくるんじゃねーですよ駄猫!? ぜってー嫌です!?」

「でもこのままだと、悠希ちゃんコマに轢かれて死んじゃうよー?」

「うっ……」

 目をきらきらさせて迫る水矢の尤もな指摘に、悠希が怯む。尚、しれっと避難を終えている栞那には気付いていない模様。

「ほらほら、早くしないと邸が吹っ飛んじゃうぞ☆」

「あーもうっ!?」

 ステッキをひったくり、悠希は涙目で叫んだ。

「レッツ! リリカルメイクアップ!」

 ポン! とか パァン! とかマヌケた効果音が響き、服装が変わっていく。ファンシーなBGMが悠希の耳を刺激した。

 光が弾ける。

 簡ピンクと白を基調としたフリッフリなドレス姿に変身し、巨大な注射器にを軽々と持ち上げて――


「こ、この世に湧いた悪しき病原体やまいをく、駆逐する! ま、マジカルナース、見参! ――もうこの台詞言うの嫌ですぅ!?」


 べそをかきつつ決めポーズを取る悠希がそこにいた。

「さあ、ユーキちゃん! 2人を止めるのだ!」

「ええいチクショー!?」

 地面を蹴って宙を舞う。状況に気付かず、ひたすら羽根つきラリーを続ける2人に向けて、悠希は注射器を構えた。

「止まりやがれです!!」

 無数の魔法陣が展開し、膨大な魔力が吹き荒れる。光の筋がフォルミーカとカベルネを襲った。

「あら?」

「ん〜?」

 だが、さしもの元魔王と堕天使には、ポンコツとトカゲのようには通用しない。ひらりと避けられたが、元々の目的である羽根つき中断は成功した。

「邸が壊れるからやめやがれです! 今すぐやめねえと那亜さんに行ってワインセラー封鎖してもらいますよ!?」

「わかった、やめる〜」

「あら、終わりですの? つまらない」

 素早く服従したカベルネに、拍子抜けしたようにフォルミーカが肩をすくめた。ほっとしかけた悠希だったが、続いて上空から降ってきた声に顔を引き攣らせる。


「見つけましたよ、ユーキさん♪」


 ヒュオッ!


「ひぃっ!?」

 振るわれた大鎌を間一髪で避けた悠希は、恍惚とした笑みを浮かべるジークルーネに、素早く注射器に跨がって退避を開始した。

「逃げないでください! 今年という今年こそは! 是非手合わせを!」

「いやぁああああああ!?」


\ちゅどぉおおおん!/


 悠希の絶叫と共に、ついに限界を迎えた異世界邸が全壊した。



「分かってた! 分かってたけど! ど・こ・が! あけましておめでとうだ、ちくしょぉおおおおおおおおお!?」



 貴文の悲痛な悲鳴が響く元旦。三が日はまだまだ始まったばかりである。



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