ハッピー・メリークリスマスウォーズ!【Part夙】
シャンシャンシャン♪ シャンシャンシャン♪
次元の狭間という虚無の中にポツリと佇む、赤煉瓦造りの煙突つき一軒家。雲もないのにその周辺だけふわふわの雪が降り、庭には色とりどりの飾りつけがされたもみの木が何本も生えている。庭の端にある簡素な馬小屋では七匹のトナカイがエサを食み、その横の車庫には大きなソリが出発はまだかとドンと構えている。
今にもジングルなベルが鳴り響きそうなその一軒家では現在、一人の老人がせっせと真っ白い大袋にラッピングされたプレゼットを詰め込んでいた。
「今年も聖夜パワーが漲ってきたデース!」
鮮やかな真紅のコートにもさっとした白い髭。老人とは思えない筋骨隆々とした逞しい肉体を持つ彼は、なにを隠そう本物のサンタクロースである。イメージと違う? そんなのは知らない。
「百個のプレゼントボックスは準備完了デース! あとは今年の抽選に選ばれたピュアボーイ&ピュアガールたちの願いが、聖夜パワーによってこのプレゼントボックスに具現化しマース!」
無論、なんでも叶うわけではない。具現化できるのは現代世界で実現可能な物だけである。以前タイムマシンを所望されたがそんなのは無理なのである。
とはいえ、聖夜のサンタクロースに不可能はない。それは世界のバランスを崩してはならないというサンタルールに則っているからである。自らに戒めたその制約を解除してしまえば、タイムマシンだろうがタイムな風呂敷だろうがどこでもなドアだろうが余裕なのだ。
「さぁーて、『クリスマスだよ☆マジのサンタクロースがお届けするプレゼント大賞』のセレクトを始めるとするデース!」
ぽふん!
サンタクロースの斜め頭上に特大のプレゼントボックスが出現した。薬玉のように勝手に蓋の開いたプレゼントボックスから一枚のA4用紙がヒラリと落ちて来る。
「今年最初のラッキーピュアボーイorピュアガールは――ジャララララララ、ジャン!」
【伊藤このの。十二歳。おうち――異世界邸】
「ふんぬ!」
くしゃ。ポイッ!
「さぁーて、『クリスマスだよ☆マジのサンタクロースがお届けするプレゼント大賞』のセレクトを始めるとするデース!」
なかったことにした。
ぽふん! 再びサンタクロースの斜め頭上に特大のプレゼントボックスが出現。一枚のA4用紙がヒラリ。
「今年最初のラッキーピュアボーイorピュアガールは――ジャララララララ、ジャン!」
【伊藤このの。十二歳。おうち――異世界邸。年末ジャンボ宝くじの一等が百枚欲しいです】
「ふんぬらぁあッ!!」
ビリビリバリバリ!
「さぁーて、『クリスマスだよ☆マジのサンタクロースが以下省略!」
見なかったことにした。
ぽふん! 三度目の正直!
「今年最初のラッキーピュアボーイorピュアガールは――ジャララララララ、ジャン!」
【伊藤このの。十二歳。おうち――異世界邸。ねぇ、どうして捨てちゃうの?】
「怖いわ!?」
その後何度リトライしても同じだった。しかも本人の意志など介入しようもないただの願書なのに毎回コメントが違う。これも聖夜のパワーが成せる奇跡か。
「運命からはいかにサンタクロースでもエスケープできないということデース……」
サンタクロースは諦めた。
またあの忍者屋敷に挑むことになるのだと思うと今から憂鬱だった。
だが、今年はその異世界邸に向かう前に数々の試練が待ち受けていることを、サンタクロースはまだ知らない。
* * *
異界監査局。
「――というわけでぇ、サンタクロースは実在するみたいなんですよぅ。物凄い力を持っていてとてもただの人間だとは思えません。もし異世界人だった場合は、監査局として放置はできませんねぇ。私もプレゼントが欲しいですぅ」
魔法士協会。
「ねーねー、サンタクロースって知ってる? 標準世界においてどんな願いも叶える力を持った存在なんだって。一年に一夜だけだから今までは見逃していたけど、流石にそろそろなんとかしたいなぁ。というわけで、その素材の確保……じゃなかった、対象の捕縛よろしくね」
魔術師連盟。
「聖夜にだけ発動する奇跡の魔導。長年追ってきたサンタクロースの動向がついに掴めたらしいんだぁね。サンタクロース自体は悪いことしてるわけじゃないからおっさんたちが動くのはお門違いなんだけど、〈聖夜の奇跡〉を狙っている組織は多い。戦力的な話になると動かざるを得ないよね」
魔王連合。
「ヒャホホホ! 白蟻姫に頼まれた探し物の最中にとても興味深い話を聞いた! その名も〈聖夜の奇跡〉サンタクロース! どんな願いも一夜限りで無制限に叶えられる至高の万能! 手に入れたいと思う魔王よ、標準世界ガイアへと集うがよろしい!」
瀧宮組。
「お兄様! こののさんに聞いたのですがサンタさんは実在するそうですわ! あの街ではサンタさんを捕まえたら一晩中どんな願いも何度でも叶えてもらえると噂になっていますの! こののさんは取り逃がしたようですが、白羽も捕まえてみたいですわ! なにより面白そうですわ!」
異世界邸。
「毎年クリスマス・イヴになるとこののが張り切ってサンタ捕獲用の罠を張るんだが、いい加減にリックの解除も間に合わなくなってきた。夜が明けたら大惨事になること間違いなしだから今年はやめさせたが、代わりに俺たちでサンタを迎え撃とうと思う。あ、もちろん各自こののへのプレゼントは忘れないように!」
始まろうとしていた。〈聖夜の奇跡〉の争奪戦が。
* * *
『エマージェンシー! エマージェンシー! 日本領空に謎の飛行――』
「急いでいるのでそこどいてくだサーイ!」
ちゅどおおおおおおおおおおおおおん!!
マッハ三十で夜空を疾駆する七匹のトナカイに引かれたソリが航空自衛隊の偵察機に突撃し爆墜させた。凄まじい爆発だったが中の人はサンタクロースの聖夜パワーに守られて無事に地上へと送られるから問題はない。
あんな偵察機など障害にもならない。なにしろ一晩で様々な国の領空を不法侵犯するわけである。ここに来るまでにも世界各国の空軍の包囲網をいくつも突破してきたのだ。
だが、今回の敵は少々厄介なようだ。
「――精製、【無銘】十本」
聖夜のサンタクロースイヤーが千五百メートル下の地上から敵意ある声を捉える。
「オゥ!?」
突然真下から物凄い勢いで飛んできた馬鹿馬鹿しいほど長大な大太刀が、マッハ三十で飛ぶソリのランナーを掠めた。一本だけでなく、二本三本とサンタクロースのソリをガリガリ削ってくる。
サンタクロースは咄嗟に手綱を引いて大太刀の追撃を回避した。
「何者デース!?」
誰何すると、背後からゴォオオオオ!! と凄まじいジェット音が轟いてくる。先程の偵察機など比ではない最新鋭のジェット戦闘機がサンタクロースへと迫っていた。それも二機。
「流石は羽黒お兄様ですわ! サンタクロースを発見しましたわ!」
「サンタの足止めご苦労さん。クソ兄貴にしてはいい仕事したんじゃない?」
ジェット戦闘機だけではない。マッハ三十以上で空を裂く明らかに魔術的処置の施されたそれを、まるでサーフィンボードのように乗りこなしている者たちがいる。
片や、髪から爪先まで全身真っ白の小学生くらいの幼女。
片や、亜麻色の目と髪をした高校生くらいの少女。
「ミーになんのご用デース?」
「白羽たちと来ていただきますわ!」
「あんたを捕まえたら願いが叶うって聞いたのよ!」
超絶的に好戦的な笑みを浮かべた彼女たちの周囲に無数の刀剣が出現する。それらが一斉に射出され、サンタクロースを全方位から襲いかかった。
これは、避けられない。
「ちょおおおおおっ!? いきなり乱暴はありえないデース!?」
ズガガガガガガッ! 刀剣の嵐が容赦なくソリを解体していく。手綱が切れ、驚いた七匹のトナカイたちはサンタクロースを置き去りに夜空の彼方へと走り去ってしまった。
「ちょいミーのトナカ痛だだだだだだだ――ふんぬ!!」
刀剣の嵐を気合いで吹き飛ばしたサンタクロースは、ソリが壊されたため自力で空を飛ぶしかなくなった。
「ぬう、痛いじゃありまセンか! サンタクロースにだって痛覚はあるのデース!」
いきなり理不尽な攻撃を仕掛けてきた少女たちに怒鳴る。躾のなっていない悪い子たちだ。抽選から漏れるのも当然だろう。
「いや、あの攻撃くらって『痛い』で済むとかどんだけだよって」
「鋼の肉体ですわね」
呆れながらも楽しそうに笑う少女たち。どうやら反省の色はなさそうだ。お仕置きしてやりたいところだが、生憎と夜明けまでに残りのプレゼントを配らねばならない。構っている暇など――
「次は私の番ですね」
上。
見上げると同時、ほっそりとした白い掌がサンタクロースの顔面に押しつけられていた。そのまま隕石の落下もかくやという勢いで地上へと突き落とされていく。
「へあっ!?」
それは美しい黒髪をした絶世の美少女――いや、この感覚は人間ではなく吸血鬼。それも恐ろしく高位の存在だ。今日が聖夜でなければサンタクロースなど対面しただけで息の根が止まっていたことだろう。
「いいぞ、もみじ! ここで落とせ! あの街に入られたら俺には手出しができなくなる!」
また地上からの声をサンタクロースイヤーが捉える。なるほど、彼女たちの司令塔がこの声の主か。
「というわけです。申し訳ありませんが、このまま地上に叩きつけても大丈夫ですか?」
「ミーのことなら心配無用デース! このままフォールすることもありまセーン!」
「あら?」
サンタクロースは少女の手を掴んで強引に引き剥がした。だが流石に相手は最高クラスの吸血鬼。完全に引き剥がすことはできず、落下しながら力比べに突入する。
「ふふ、元気なお爺さんですね。仕方ありません」
少女の髪が白銀へ、目が真紅へと変貌する。
吸血鬼の本性。あらゆる力が何十倍にも膨れ上がった。
「ヴァンパイアガールも大概デース!」
だが、聖夜のサンタクロースに不可能はない。
「ふぉおおおおおおおおおおおッッッ!!」
ムキッと上半身の筋肉が膨れ上がる。少女の細腕をがっしと掴み――
「ぬううううううううううンンンン!!」
落下しながらの空中ジャイアントスイングで地上へと投げ飛ばした。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
少女の墜落とサンタクロースの着地により、半径キロ単位のクレーターが生成された。近くに民家がなかったのは例によって聖夜パワーによる奇跡である。
「驚きました。サンタクロースさんはこれほどお強いのですね」
「一夜限りデース。夜が明ければただのオールドマンに戻りマース」
クレーターの中心で対峙する二人。
そこへ――
「――精製、【無銘】五十本」
最初と同じ大太刀がサンタクロースの頭上から降り注いだ。恐らく魔力から具象されたその大太刀は、画質の悪い映像のようにブレつつもサンタクロースを切り刻む。
甲高い金属音。
「待て、人肉を叩いてどうしてそんな音が鳴る?」
クレーターへ降りてきた襲撃者は、左頬に横一文字の火傷のような刀傷がある黒ずくめの男だった。サングラスをしているその顔は実にヤクザである。サンタ怖くてちびりそう。
「ユーがリーダーですね? なんのつもりか知りまセンが、ミーは子供たちにプレゼントを届けないといけまセーン。邪魔をしないでくだサーイ」
「はっはー、クリスマスに子供に夢を配るのは俺たち大人の仕事ってな。別にあんただけの使命じゃねーのよ」
鼻で笑った黒ずくめの男。彼の後ろに上空で戦闘機サーフィンをしていた少女たちが着地する。どうやら彼女たち本人の力とは別の魔術的な加護を受けているらしい。でなければ戦闘機サーフィンしながらあのような戦闘はできまい。
黒ずくめの男が白い方の少女を親指で示した。
「悪いが、ウチのお姫様があんたをお望みだ。大人しく捕まってくれや。安心しな、待遇は保証するからよ」
「……はぁ、理解したデース」
どうやらここにも、サンタクロースを捕まえてやろうという誰もが一度は考える夢を拗らせた子供がいたらしい。これから向かわねばならぬ忍者屋敷のピュアガールのように。
こうして手勢を集めて直接襲撃してきた子供は初めてである。
「サンタクロースは子供たちの味方デース」
たとえその子供が人造人間だろうと、子供は子供だ。
「デースが、ミーは『いい子』の味方デース! 来年は大人しくハウスでスリープしていれば訪れるかもしれまセンね!」
聖夜パワーがサンタクロースを中心に爆発的な光を放つ。
「――なッ!?」
「マジかッ!?」
「眩しいですわ!?」
夜に慣れた目にはサングラスをしていてもかなりキツイだろう。
今のうちに脱出を――
「させませんよ?」
吸血鬼の少女が、目を灼かれようとお構いなしにサンタクロースへと掴みかかった。
「シット! お願いデスからもう見逃してくだサーイ! タイムがないんデース!」
基本的に小心者のサンタクロースはガチで涙目だった。
「サンタを追えなんて馬鹿馬鹿しい任務中に、吸血鬼に会えるとはな」
「――ッ!?」
この場にいない誰かの声が聞こえた瞬間、サンタクロースに掴みかかっていた少女が弾かれたように飛び退った。
「オオウ? なんか助かっ――」
直後、燃え盛る灼熱の火炎がサンタクロースを火達磨にした。
「ほわちゃあああああああああああああああああおおおおおおおおおおおおッ!?」
地面を転がって炎を消そうとするサンタクロースの前に、黒いコートを羽織った少年があからさまな殺気を纏って現れた。底の見えない凄まじい魔力を感じる。ただの魔術師とは一線を画しているが、憐れなサンタクロースを助けに現われたヒーローというわけではない。
新手だ。
だが、ヤクザ男の仲間でもなさそうだ。だってあのヤクザ男、なんかとんでもなく面倒臭そうな顔をしているし。
「おいおい、まさか魔法士協会もサンタを捕まえようとしてんのか? あの若作りジジイもプレゼント欲しいの? それともただ暇なだけか?」
「知るか、どうでもいい。吸血鬼がいる以上は任務も後回しだ」
「おいこの馬鹿弟子仕事しろ!?」
少年の殺気はサンタクロースではなく、吸血鬼の少女へと向けられている。なにやら因縁でもあるのだろうか? サンタクロースには知ったこっちゃない。
「いいですよ。受けて立ちます。この前はお互い不完全燃焼でしたもの」
「おーいもみじ!?」
吸血鬼少女もやる気だ。
「私が彼を抑えている間に、羽黒たちはサンタクロースをお願いします」
「いや、お前!? サンタ捕まえても世界が滅んじゃ意味ねーだろ!?」
「善処します」
吸血鬼少女と黒コートの少年が激突する。その衝撃波だけでクレーターが二倍に広がり、巻き込まれた者たちも抵抗虚しく吹き飛ばされる。
立っていられるのは聖夜パワーで超人となったサンタクロースくらいだ。
両者の衝突は次第に苛烈になっていく。大地を砕き、天を裂き、荒ぶる大気が周囲のなにもかもを強制的に風化させていく。
「この戦闘の中からサンタさんを捕獲するなんて無茶ですわ!?」
白い幼女が叫ぶ。
「ミーはただ子供たちにプレゼントをデリバリーしたいだけデスのにぃいいいいいいッ!?」
サンタクロースも叫ぶ。この規模の戦闘が続けば冗談抜きで世界が滅んでしまう。今のうちに逃げ出したいところだが、放置していたら子供たちにまで被害が及ぶだろう。
「喧嘩はエクストラステージでやれデース!?」
聖夜パワーを開放。聖なる白き光が争う二者を一瞬で包み込む。
「なにッ!?」
「これはッ!?」
今度は目眩ましなんかではない。光が収まった時、争っていた少年少女は影も形もなくなっていた。
「ちょっと!? あんたもみじ先輩になにしやがった!?」
亜麻髪の少女が怒気を孕んでサンタクロースに叫んだ。
「聖夜パワーでディメンションの狭間にエグザイルしたデース。あのボーイ&ガールがいくら規格外でもモーニングまでリターンして来ることはありまセーン。向こうで楽しくバトルしているはずデース」
「凄まじいですわね、聖夜パワー」
「こりゃ確かになんでも願いが叶いそうだ」
「あっ、リターンする時は別々の場所にムーブするように設定しているデース」
「なるほど、それなら再度激突して世界が滅ぶこともないわね。やるじゃん、サンタ」
彼らは聖夜のサンタクロースが起こした奇跡に素直に感心している様子。次元の狭間に追放するなんて大技には大量の聖夜パワーを消費するからちょっと疲れたサンタクロースである。
「では、ミーは急いでいるのでこれにてグッバイデース」
世界を救ったサンタクロースは、少女たちに爽やかな挨拶を残して悠々と飛び去って行った。
「――ってサンタさんが逃げましたわ!?」
「「まだ捕まえる気だったのかよ」」
白い幼女が我に返った時には既に、サンタクロースは夜空の彼方だった。
* * *
トナカイとソリがなくとも聖夜パワーでマッハ三十のサンタクロース。
それならトナカイもソリもいらないのでは? そんなわけがない。自分で飛ぶなんて疲れるからめんど……トナカイもソリもサンタクロースがサンタクロースたる重要なファクターなのである。イメージは大事なのである。え? 筋肉? 今は筋トレの話はしていません。
「だいぶスケジュールにロスが生じてしまったデース。なんとか取り戻さないと……む?」
魔力の気配。
まさか先程のヤクザ顔と少女たちが追ってきたのかと思ったが、違う。
突然、サンタクロースを中心に巨大な魔法陣が夜空へと展開されたのだ。
「ホワット!?」
恐ろしく緻密で複雑な魔術構造は聖夜のサンタクロースでも一目で看破はできないレベル。だが、この魔法陣がどのような効果を発揮するのかは既にわかっている。
動けないのだ。
魔法陣に文字通り釘打ちされたような格好のサンタクロースは、手足を縛られているのと同じ感覚に陥っている。
「対象が捕縛魔法陣のトラップにかかったのです」
地上からこちらを監視する者の声が聞こえた。もちろんサンタクロースイアーである。
どうやらまた別の勢力のようだ。
「いやぁ、この規模で捕縛魔法陣を誤動作もなくあっさり発動できちゃうなんてねぇ。流石は元大幹部の椅子に座っていた魔法陣の権威だぁよ。おっさん超ビックリ」
「いやいや♪ 謙遜はいけないねオジサマ☆ セシルちゃんは術式を編んだだけで、それを扱えるだけの魔力を流して発動させたのはあんただろう❤」
「いやいやいや、おっさんだけじゃ思いつきもしない魔術理論だったよ? もっと自分を誇んなさいって」
「そんなに褒めるなら指名手配解除してくんない♪」
「それはムーリ」
「連盟の大魔術師様ならどうにかできるって♪」
「あっ、おっさんの抱える特殊部隊に入ってくれるなら考えてもいいかな。女の子成分が足りなくってさ」
「危険なニオイしかしないからヤーダ♪ じゃあ報酬アップでいいよ☆」
「契約金以上の支払いは却下なのです! 本来ならあなたは懲罰の対象なのですよ!」
……ジャパニーズマンザイ?
あんなおふざけに付き合っている暇はないのだが……罠を張って聖夜のサンタクロースを捕縛する実力は驚異的だ。
「それより主任、早くサンタクロースを!」
「うん、そうだったね」
ズン!
真上から殴られたような衝撃がサンタクロースを襲った。
「ぬおぉおおおおお!? こ、これはとんでもない重力デース!?」
直下の地上を見るといつの間にか別の魔法陣が展開しており、その範囲内だけ超重力の空間に変える高位魔術だ。
捕縛魔法陣ごと――落とされる。
「本日二度目デェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーース!?」
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
赤い隕石が日本の大地に二つ目のクレーターを穿った。当たり前だが近隣に人里はないので、このクレーターは一般の誰にも知られないまま聖夜パワーで元に戻るのだ。
「アウチ……」
遥か上空から超重力を受けて落下した程度で傷を負うサンタクロースではないが、痛いものは痛い。
「やあやあ、本物のサンタクロースさん。初めまして、いや、もしかしておっさんが子供の頃に会ってたりする?」
魔法陣で拘束され、芋虫のように地面に転がされたサンタクロースに近づいてきたのは、和風のローブを纏った無精髭の中年だった。先程の黒コートの少年に勝るとも劣らない魔力を感じる。というかどっちも底なし過ぎて強弱の判断がつかないだけなのだが……とにかく彼らの会話から察するに、この男は魔術師連盟の大魔術師だと思われる。
普段のサンタクロースだったら勝ち目などまずゼロ以上になることのない相手。
でも髭力ならサンタクロースの圧勝である。聖夜パワー抜きで。
「主任がサンタさんに来てもらえるような子供時代を送っていたとは思えないのです」
「セシルちゃんも同意♪ 間違いなくご近所で有名なイタズラ好きの悪ガキだったと思うよ☆ 利害が一致しなかったら絶対協力なんてしなかったね❤」
「酷くない!? 超いい子だったよ!?」
中年男の他には女が二人。ローブを纏った十代後半くらいの少女と、顔の左半分以外を入れ墨で覆われた女性である。
サンタクロースの鋭敏な感覚が告げる。この三人だけではない。クレーターの周囲を大勢の魔術師が取り囲んでいる。最悪なことに、あの吸血鬼少女のような神話級の人外まで何体もいるようだ。困った。
「で、捕まえたサンタはちょっとだけ貸してもらえるんだよね♪」
「そりゃもちろん。おっさんは約束を守るいい子だもん!」
「根に持つねぇ♪」
「いい歳したおっさんが『だもん』とか言わないでほしいのです」
このまま黙ってお持ち帰りされるわけにはいかない。魔術師連盟にはずいぶんと昔から目をつけられていたのだ。捕まったらなにをされるかわかったものではない。
「……人をオブジェクトみたいに扱わないでほしいデース」
この程度の魔法陣と重力など、聖夜のサンタクロースにかかれば――
「ふんならぁあッ!?」
気合いだけで吹き飛ばすことだって叶ってしまう。
「うそん!? セシルちゃんの捕縛魔法陣が……ッ!?」
「あーらら、おっさんの重力魔術も消し飛んじゃったね」
「は、早く捕獲し直すのです!」
瞠目しつつも彼らは即座に対応して次の魔術を発動させようとしている。飛んで逃げようにも、周囲を取り囲んでいる魔術師たちがクレーター上空に結界を張っているようだ。
百人単位で発動させた結界だろうと、聖夜のサンタクロースにかかれば破るのは一瞬だ。だが目の前にいる大魔術師と刺青女ならば、その一瞬で先程よりも強力な捕縛魔術をかけることくらいできるだろう。
ここはやはりいつものサンタフラッシュ(今命名)で目眩ましを――
「あらあら、サンタさんが悪い人たちに襲われていますねぇ。お助けしましょう」
パリィイン!! と。
ガラスの砕けるような音と共に、上空に張られていた結界が呆気なく粉砕された。
結界に穿たれた大穴から――ヒュオオオオッ! と超自然災害にも匹敵しそうな暴風が荒れ狂い、クレーターを囲んでいた有象無象を力の弱い者から順次吹き飛ばしていく。
「ぬおおおっ!? なんと凄まじいガスト!? プレゼントがっ!? 子供たちにデリバリーするプレゼントが吹っ飛びそうデース!?」
聖夜パワーで大袋を押さえていなければ吹き飛ばされるどころかバラバラに切り刻まれていたかもしれない。
「はっはっは、これはのんびりしすぎちゃったかな?」
荒れ狂う暴風をそよ風のように受け流す大魔術師が見上げる先には、一人の少女が浮かんでいた。
鮮やかな十二単を纏い、緩やかにウェーブした淡い緑色の髪。月を背にする彼女は天女かと思うほど美しいが、人間ではないことは一目で理解した。
と――
「サンタクロース様を保護安定です」
「オオウ!?」
気配もなく背後に舞い降りた何者かがサンタクロースの襟首を掴んで空へと飛び上がった。全く駆動音のしない飛行ユニットを装備してサンタクロースを空輸しようとしているのは、フリッフリのゴスロリメイド服を着た女性だった。
「ユーは何者デース!? ミーをどうする気デース!?」
「サンタクロース様は異界監査局が保護安定です。大人しくしていてください」
保護などされるいわれは全くない。恐らくそういう名目でサンタクロースの力を手に入れようとする連中だ。
「アレは管理人が雇ったメイドの……レランジェだっけ? あっちゃあ、今日は敵同士になっちゃったか♪ ミミちゃん☆」
クレーターの外周から一人のメイドが跳躍した。艶のある黒髪に褐色肌をした長身の女性だった。
褐色メイドはサンタクロースを運んでいるゴスロリメイドに躊躇なく蹴りを入れる。ゴスロリメイドは咄嗟にサンタクロースを手放してその一撃を受け止めた。
「……」
「丁度いいですね。ミミ様とはいつかメイドとして決着安定したいと思っておりました」
空中で目にも留まらぬ拳打蹴脚バトルを繰り広げる二人のメイド。なんかサンタクロースのことなんてスポーンと忘れ去られているような気がしないでもない。
「どうでもいいけどミーは今日三度目のフォールを体験してるんで……あ、ミー自分でフライできるんでしたネ」
なんとか地面に叩きつけられる前に聖夜パワーで浮遊する。だが次の瞬間、再びサンタクロースを中心に捕縛魔法陣が展開された。
「もう勘弁してほしいデース!?」
やはりこの短時間で最初の魔法陣から幾重にも改良が重ねられてある。改良点は主にコストと規模。大魔術師ではない刺青女でも同等以上の性能で扱えるようになっているようだ。
これを大魔術師が改めてかけ直せば、今度は気合いだけではどうにもならない可能性も出てきた。
「監査局に持っていかれちゃ困るからね♪ オジサマ、今の術式でセシルちゃんの上から重ねがけできる?」
「フッ、おっさんを誰だと思っているのかな。やってみるべ」
大魔術師が一目見ただけの術式を発動させかけたその時だった。大魔術師の背後から日本刀を構えた少年が迫り、その首筋に刃を突きつけたのだ。
「そこまでだ。大人しくしてもらうぞ」
「……やるねぇ、少年」
「あっ! 管理人代行じゃん♪ おっひさー☆」
「え? あれ? セシルさん、なんでここに?」
どうやら知り合いらしいが、大魔術師に魔術を使わせなかったことには感謝しよう。この隙にサンタクロースは力業で捕縛術式を破壊して逃げ――
「アッハハハハハハハハハ! この赤いのがサンタね!」
ゴッ!!
実に楽しそうな高笑いが聞こえ、頭上から降ってきた金髪黒衣の少女が黒い炎を宿した拳でサンタクロースを地面へと殴り落した。
「おぶしっ!?」
サテライトレーザーのごとく落下したサンタクロースはクレーターの中心に人型の穴を穿った。危なく地殻まで届きそうだった。
「もう!? ユーたちミーになんの恨みがあるんデース!?」
なんやかんやで這い上がって叫ぶ。しかし、ちょっと数分目を放した隙に地上の様子はがらりと変わっていた。
「……ホワッツホワーイ?」
目が点になる。
なぜなら――
「やっと追いつきましたわ! サンタさんは白羽たちがいただきますわ!」
「おいおい、協会だけじゃなく連盟に監査局までってお前ら暇か!」
「いいねぇ、楽しそうなことになってるじゃん」
瀧宮組。
「そこに見えるは羽黒青年! ほら、俺俺! おっさんだよおっさん!」
「た、たたた瀧宮組まで来るなんて聞いてないのです!?」
「セシルちゃんは連盟というより異世界邸からの参戦なんだけどなぁ♪」
「……」
魔術師連盟。
「あらあら、これは簡単には収拾つきそうにないですねぇ」
「戦争安定ですね」
「レージ、こいつら全部燃やせばいいのね?」
「ダメだから! でも大人しくさせる必要はあるか。代行してた頃を思いだ……うっ、胃が」
異界監査局。
『吸血鬼なんか呼び寄せたのどこの馬鹿? ノワールが「おつかい」放棄して遊びだしたじゃないか。お陰で余分に人材を投下しなきゃなんないし、標準世界の分際でおかしな真似するよね』
積極的にサンタクロースを狙ってきた三組織に加え、突然出現した次空の歪みから性別も年齢も分からぬ声が聞こえた。さらにそこから統一性のないローブを纏ったカラフルな頭の連中――魔法士協会の戦闘員までもが次々と降り立ってくる。
そこは四つの組織が睨み合う、もはや戦場とも呼べる光景だった。
* * *
炎が吹き上がり、氷柱の雨が降り、雷が水平に落ち、旋風が大地を巻き上げる。各所から斬撃銃撃打撃突撃爆撃とバリエーション豊富な戦闘音を絶え間なく響き渡り、瞬きする間に地形が大きく変わる。
「えー……」
地面に開いた人型の穴から頭だけ覗かせたサンタクロースは、もうそれだけしか言葉にできなかった。
数の上で最も優位に立っているのは魔術師連盟だろう。魔術師だけでなく、ドラゴンや神狼や神鳥といった強大無比の幻獣たちも猛威を振るっている。
次に多い魔法士協会は突出した力を持つ者こそいないが、雑兵の平均的な戦闘力は魔術師連盟を圧倒している。おまけに各々が扱う魔法を放つ道具が際立って凶悪で、周囲の土地ごとまとめて吹き飛ばしている。
異界監査局は逆に雑兵と呼べる有象無象がいない代わりに、個人の質が絶対的に高い。異世界の技術と思われる自立戦闘兵器を十二単の天女が転送しまくったことで数的不利も覆してしまった。
最後の瀧宮組はたったの三人だが、対多数相手に一歩も遅れを取らない戦いぶりで無双している。
これだけ激しい戦場だが、負傷者はいれど死者は一人も出ていない。聖なる夜に死人など出るわけがない。サンタクロースが許さない。
「ミーのために争わないでくださいデース!?」
サンタクロースの叫びは白熱した戦場の音の虚しく掻き消されるだけだった。
「いや、マジでこれどうすればいいのデース?」
今、彼らが戦っている隙に逃げることはできるだろう。聖夜のサンタクロースに不可能はない。だがそうすると、この大戦力を最終的に人里まで引っ張ってくることになってしまう。それだけは避けねばならない。
「遠くでウォッチしているだけの傍観者たちはエントリーするつもりもないようデースし、ミーがなんとかしないと……」
いっそ全員次元の狭間にぶち込めば解決するだろうか? いや、今その扉を開くと最初に追放した二人が出てきてもっと大変なことになってしまう。
あの二人クラスの強者は今戦っている中にもいるだろうが、そちらはあくまで理性的な戦いをしてくれているから世界への被害がこの周囲一帯で収まっているのである。あの黒コートの魔法士と吸血鬼少女は完全にそれを無視していた。
ならばサンタクロースマジックで全員眠らせてくれようか?
聖夜パワーを得たサンタクロースならこの人数が戦争していようが問答無用である。
そうだ。それがいい。もうそうしよう。朝目が覚めた後のことはサンタ知らない。
「全員グッドナ――」
力を発動しようとしたその時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
空間が、大きく揺れた。
異界監査局用語で『歪震』と呼ばれる、限界を超えた次空の歪みを世界が正そうとすることで発生する空間振動である。
この戦争がそこまで影響を与えてしまったのかと思ったが――違う。
「あれは……なんデース?」
見上げた夜空に七つの巨大な波紋が発生していた。それぞれの波紋の中心から、海賊旗のように多種多様な旗を掲げた空中戦艦が出現したのだ。
旗は二種類存在する。一つは戦艦ごとに異なるが、もう一つは赤地に三日月状に欠けた黒い太陽のようなマークで統一されている。
「今度は一体なんなんデース!?」
ただでさえカオスな状況を、これ以上引っ掻き回すというのか世界よ。
「魔王連合だと!? くそっ、どうしてこのタイミングで!?」
両手に日本刀を握った異界監査局の少年が忌々しげに叫んだ。突然の第三者、もとい第五者の出現で戦争は一時的に中断されている。
「ヒャホホホ! あー、そのまま続けてくれて構わない。此度の我々の目的は侵略ではなく、そこにある〈聖夜の奇跡〉――サンタクロースの強奪なのだから!」
戦艦の一隻の船首から響く、他人を見下し嘲笑っているかのような声。そこにはシルクハットを目深に被った道化風の男が立っていた。
「やっぱり狙いはミーじゃないデースかぁああああああッ!?」
単騎で世界を滅ぼせる魔王の軍勢が七隻。世界にとっては悪夢以外のなんでもない終焉を告げる光景である。
「『呪怨の魔王』グロル・ハーメルン! てめえ、今度はなにが目的だ!?」
やはり異界監査局の少年が訊ねる。幾多の魔王を退けてきた異界監査局だからか、あの道化とは顔見知りらしい。
「久し振りだ『千の剣』に『黒き劫火』セカンド! また一段と実力に磨きがかかったようでなによりだ。〝魔帝〟の椅子に座る気にはなったかね?」
「ねえよ! 勧誘に来たわけじゃねえだろ?」
「ヒャホホ、目的は今しがた伝えたはずだが?」
なんか物騒な話しているけどサンタ聞こえなーい。そういう因縁事は帰ってからやってほしい。
「あいつらもサンタが狙いっつったな? 魔王がそんなもん手に入れてどうするつもりだ?」
瀧宮組の刈上げヤクザサングラスが問いかける。
「ヒャホホホ! 私はただ興味があるだけだ。他の魔王たちは知らないがね」
わざとらしくおどけてみせるシルクハットの魔王。ただの興味で連れ去られたのでは堪ったものではない。
「さて、諸君。そのまま争いを続けるのであれば我々は諸君らに手出しはしない。せいぜいよい余興を見せてくれ。だが、我々に対抗する選択肢も歓迎だ! 数ヶ月前にこの世界を襲った『白蟻の魔王』には劣るが、この場に集いし魔王たちも上位の曲者揃いである! 楽しいショーになることは約束しよう!」
大仰に両腕を広げ、シルクハットの魔王は凶悪で残酷で嗜虐的な笑みを口元に浮かべた。
上空の魔王艦隊に対し、地上の四組織は――
「あの方、気に障りますわ」
「これは、おっさんたちが争ってる場合じゃあなさそうだぁね」
「では皆さん、一時休戦ということでよろしいですかぁ?」
『君達とぉ? ……まいっか、クリスマスだしね。お前達、ちょっと羽目を外しておいで』
敵意の矛先を互いではなく、夜空の七隻へと向けるのだった。
* * *
戦場は苛烈さを増していた。
四つ巴の抗争が四組織VS魔王連合というわかりやすい構図になったものの、負の概念の権化たる強大な魔王が率いる軍勢七つに対してだとあまりにも心もとない。
「オーマイガッ!?」
魔王艦隊から射出された魔力砲の余波を受けて吹き飛ぶサンタクロース。トレードマークの赤い服と白い髭が見るも無残にボロボロになってしまった。
鳴り止まぬ轟音。
世界の悲鳴が聞こえる。
いやホントマジで滅んじゃうから勘弁してちょ、と。
「……ミーも同じ気持ちデース」
今日ってクリスマスだったっけ? そこから疑いたくなるサンタクロースだった。
ピシリ。
ふとサンタクロースが見上げた先の空間に亀裂が入った。まさか、いや、だがこれだけこちらで空間を揺るがしまくれば次元の狭間との壁くらい薄くなる。
あの二人が戻って来る!
パリンと割れた空から黒と白の二つの影が飛び出した。
世界の胃痛が聞こえる。
サンタクロースの胃の辺りもキリキリと痛む。
「あ、でもあの二人がヘルプに加わってくれるなら助かりマース」
黒コートの少年と吸血鬼少女は周囲を見回す。吸血鬼少女は状況がわからず目を白黒させていたが、黒コートの少年は興味なさげに一瞥しただけで視線を吸血鬼少女に固定した。
『あれ、ノワール戻ってきたんだ。じゃあ今まで遊んでた分、働いてもらうよ』
「人員補充したなら必要ないでしょう。吸血鬼にトドメを刺す方が先だ」
「あの馬鹿弟子状況見えてねえのか!?」
世界終わったかもしれない。
と、魔王艦隊の一隻が黒コートの少年と吸血鬼少女に向けて魔力砲を放射した。それは彼らの周囲に張られていた防御壁に弾かれ、夜空の彼方へ消えていく。
「邪魔だ!」
黒コートの少年が極大の魔法陣を展開。打ち出された闇の一撃が魔力砲を放った戦艦を貫いた。
「ヒャホホホ! これはまた随分と強そうな小蝿が現れた!」
爆発大破した戦艦を横目にシルクハットの魔王が楽しそうに笑う。絶対的な破壊の一撃に対して恐れ戦くどころか、次からは対処してくるだろう。
それでも、一隻落ちたことで戦況は拮抗し始めた。
「白羽のサンタさんを奪われるわけにはいきませんわ!」
「もう諦めろと言いたいが、まあ、ここまでやらかしたら手ぶらじゃ帰れねえな」
「アタシは充分楽しめたからサンタとかもういいけどね」
『ねえこれ、段々目的変わってきてない?』
「おっさんまずい気がしてきた。このままじゃ戦いだけで聖夜が終わるんじゃね?」
「もうなんでもいいから帰りたいのです!?」
「わお♪ アリスちゃんまだ生きてたんだ☆ しぶとーい❤」
「……」
「サンタさんの保護がこれほど大仕事になるとは思いませんでしたねぇ」
「あーもう! 鬱陶しい! 全部燃やすわ!」
「ゴミ虫様、魔力砲が来るので壁安定になってください」
「やだよ!? あとリーゼは燃やすの魔王だけにしろよ!?」
「くたばれ吸血鬼!!」
「今は羽黒の手助けがしたいのですが?」
「ヒャホホホ! 『千の剣』と『黒き劫火』セカンドがいるとはいえ意外と噛みつく連中だ!」
プツン。
いたずらに星を壊す連中に、ついにサンタクロースのなにかが切れた。
「いい加減にしやがれデェーーーーーーーーーーーース!!」
聖夜パワー全開。
サンタクロースは聖なる白いオーラを全身に纏う。それだけでとてつもない衝撃波が全方位に放たれ、争っていたなにもかもを一切の抵抗も許さず吹き飛ばした。
聖夜のサンタクロースに不可能はない。
こんな戦争程度、本気を出せば止められる。聖夜パワーが尽きたら重度の筋肉痛とぎっくり腰その他諸々になって死ぬかもしれないが、もう形振り構ってなどいられない。
サンタクロースはふわりとその場に浮き上がる。
そして次の瞬間、誰の目にも留まらぬ速度で魔王艦隊の真正面へと移動した。
「なに!? いや、ヒャホホホ! 〈聖夜の奇跡〉よ! そちらから来てくれるとはありがた――」
「ミーは悪い子には容赦しないデェーーーーース!?」
サンタクロースの両掌に聖なる光が収斂する。一欠片でも地上に降れば世界ごと一瞬で消し飛ばして余りある圧倒的なパワー。
それを、目の前に立ちはだかる巨悪目がけて。
一切の躊躇もなく。
「ハァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」
解き放った。
「ヒャ――」
白い光が魔王ごと艦隊を飲み込み、夜空を染める。
文字通りのホワイトクリスマス。
光が収まり、元の夜空に戻った時には魔王艦隊の姿は塵芥も残っていなかった。
「……ギリギリ、エスケープされたデース」
行き先も決めない次元の瞬間転移だ。魔王たちは今頃どことも知れない次空の彼方をバラバラに彷徨っていることだろう。
魔王を撃退してめでたしめでたしならよかったが、残念ながら掃除はまだ終わっていない。
「邪魔者も消えたし、今度こそ滅してやる」
「そうですね。いい加減、あなたとも決着をつけましょう」
徹頭徹尾、なにがあろうと互いの戦闘をやめない黒コートの少年と吸血鬼少女。再び衝突しそうになった両者の間にサンタクロースは割って入った。
「どけ、邪魔だ」
黒コートの少年が小蠅を払うような感覚で極大の魔法を発動。魔王の艦隊を落とした絶対的な破壊を――
「ぬん!」
サンタクロースは左腕を振るっただけで空へと打ち弾いた。
「喧嘩」
左手で黒コートの少年の頭を、右手で吸血鬼少女の頭を鷲掴む。
「両成敗デース!!」
膨れた筋肉で二人を引き寄せ、額同士をかち割る勢いで思いっ切り打ち据えた。
ゴチン!
「がはっ!?」
「あう!?」
それだけで規格外な強者の意識を刈り取ったサンタクロースは、それぞれの陣営に二人を乱暴に投げ返す。
続いて聖なる光を夜空へ打ち上げ、爆散。雪のようにふわりと降ってきた光が、この場に集った全員に行き渡る。
光を受け止めると、それは一つのプレゼントボックスへと変化した。
「特別にミーからのクリスマスプレゼントをあげるデース! ユーたちが欲しいと思っている物が入っているはずデース!」
……。
…………。
……………………。
誰もが沈黙した。
それもそうだ。今の今まで狙っていた対象から攻撃以外のプレゼントを貰ったのだから。開けると爆発するとかそんなことを考えているのかもしれない。
「え? よ、よろしいのです?」
ようやく拍子抜けしたように口を開いたのは、魔術師連盟の少女だった。
「ノープロブレム。だからそれを持って――ユーたちはさっさとホームにゴーバックしやがれデース!!」
「ひぇええええっ!?」
激昂するサンタクロースの気迫に魔術師連盟の少女が顔を真っ青にして腰を抜かした。他にも気の弱い者は今の一声で気絶し、そうでない者もビクリと肩を震わせた。
フシューフシューと口から変な蒸気を噴出するモンスター、もといサンタクロースがそれでも襲ってくる者がいないか警戒していると――シャンシャンシャン。
逃げたはずのトナカイたちが、夜空の彼方から予備のソリを引いて戻ってきた。
「ミーは残りのプレゼントをデリバリーしに行くデース! いいデースか? 次、邪魔をしたら二度と聖夜をウェルカムできないボディにしてやるデース!」
そう釘を刺すと、サンタクロースはソリに乗って空を駆けて行った。
「白羽、もうサンタさんが欲しいなんて言いませんわ……」
「もみじを一撃で落とすような爺さんにはいくら妹の頼みでももう関わりたくねえな」
「あはは、最後の迫力はマジでヤバかったわ」
『ちょっと、なんで僕だけプレゼント無いわけ?』
「この世界にいないからでしょうよ。ところでセシルちゃんプレゼントなに貰ったの? おっさんにも見せーて♪」
「ヤーダ♪ 絶対教えないよん☆」
「……ちょっと、チビったのです」
「……」
「サンタさんからプレゼントを貰うという目的は果たせましたし、よしとしましょう」
「レージレージ! 巨大ロボットのプラモデルが入ってた!」
「後でレランジェと組み立てましょう、マスター」
「等身大じゃねえかどこに置くんだそれ!? ――あ、俺のプレゼント胃薬だ」
各組織の面々は、貰ったプレゼントに思い思いのコメントを残すと、再び争うようなことはせず帰って行くのだった。
* * *
夜明け前。
水平線の彼方が僅かに白んできた頃、異世界邸の前庭では複数人の住民たちが警戒するように空を見上げていた。
「おい管理人、やっぱサンタなんて来ないんじゃねえか?」
「我らに徹夜で警備させておいて、なにもなかったで済ますつもりではあるまいな?」
竜神とアンドロイドが目の下に隈を作って抗議する。長い夜をただただ退屈に空を見上げて過ごしていた彼らの眠気はそろそろ限界が近かった。
「一日徹夜した程度で情けない」
「ふわぁ……フミフミ君を基準にしちゃダメだと思うよ~? スヤァ……」
玄関に凭れかかっているフランチェスカは既に半分眠っていた。ちなみにその横では『呑欲の堕天使』ことカベルネ・ソーヴィニヨンがワインボトルを大事そうに抱いて爆睡している。
「そうです貴文様! 警備は暇です! 暇なので戦いましょう!」
「だから他の住人は寝てんだから静かにしやがれ駄ルキリー!?」
記憶リセットでもされているのか五分置きに「戦おう!」と誘ってくるジークルーネにもそろそろ疲れてきた貴文である。
「サンタクロースという存在が何者かは知らぬであるが、先程夜空が一瞬だけ白く染まったことになにか関係があると思うのであーる」
庭の隅に鎖で繋がれたままお行儀よくおすわりしているチワワ(※ただしサイズがマンモス)が空を仰いで「わおーん」と吠える。
「それはないですわね」
その巨大チワワ――ノルデンショルド地下大迷宮第一階層支配者フロアマスタこと〈鮮血の番狼〉ジョンの意見を否定したのは、すぐ傍に設置された傘つきの白いテーブルで優雅に紅茶を飲んでいる『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランだった。流石は悠久の時を生きる魔王と賞賛すべきか、徹夜の影響などほとんど受けていないように見える。
「遥か遠くから多数の魔王の気配を感じましたわ。この鳥肌が立ちそうな嫌な感じは『呪怨』ですわね。侵略に来た様子ではなさそうでしたが、守護者を含む勢力と衝突して既に撤退したようですわ」
「その衝突があの白い光だと?」
「恐らくそうですわ。なにがしたかったのか知りませんが、まあ、連合と縁を切ったわたくしにはどうでもいいことですわね」
貴文としても余所でどんなドンパチをやっていようが関係なかった。せいぜい『せっかくのクリスマスに物騒な連中もいたものだ』と異世界邸の戦力を搔き集めている状況を棚上げして思う程度である。
「坊ちゃま、セシル様たちからご連絡はまだございませんか?」
貴文たちに眠気覚ましのコーヒーを淹れて来てくれたウィリアムが訊ねる。貴文はケータイの画面を一度見てから首を横に振った。
「いや、今のところはなんもないな」
セシルは魔術師連盟に、レランジェは異界監査局に、こののからサンタの話を聞いた白羽は瀧宮組としてそれぞれサンタを追いかけると言って邸を出て行った。そのどこかが捕まえれば一報を寄越すように言ってあったが、連絡がないということはそういうことなのだろう。
やはり、サンタクロースはただの伝説だったのかもしれない。
だが、貴文は忘れていない。あれはまだこののが九歳だった頃、異世界邸に不法侵入した上に貴文を一撃で昏倒させ、あまつさえ大事な娘の部屋にまで入れてしまった失態を。
「そういやお前ら、こののへのプレゼントはちゃんと枕元に――」
言いかけた時、白けてきた空からシャンシャンシャンというアニメかなにかのSEのような音が聞こえてきた。
「――ッ!? 来たぞ! サンタだ!」
あの時からクリスマスになる度に警戒していたが、どうやら今年は当たり年だったらしい。
「マジか!? ホントにサンタ来たし!?」
「どうする管理人よ。撃ち落とすか?」
竜神がブレスを、アンドロイドがレーザー光線の構えを取る。
「いや、向こうから降りてくるみたいだ。様子を見よう」
そのまま二分ほど待つと、七匹のトナカイに引かれたソリが貴文たちの眼前にゆっくりと着陸した。
ソリに乗っていたのは、たっぷりと白い髭を蓄えた赤い服の恰幅のいいお爺さん――ではなく、こんがりと焼け縮れた髭に汚れ破れたたぶん元々赤だったと思われる服を纏った、筋骨隆々なマッチョジジイだった。
「は?」
そのマッチョジジイはよろよろとソリから降りると、憔悴し切った顔で今にも倒れそうな覚束ない足取りのまま貴文に近づいてきた。
「えっと、あんた……サンタ、だよな?」
「イエース。申し訳ないデースが、もうこのジャパニーズニンジャハウスに挑むバイタリティはありまセーン。これをミス・コノノに渡してくだサーイ」
「お、おう……?」
疲れ切った声でそう言うサンタクロースは、貴文に一つのプレゼントボックスを手渡した。筋骨隆々なのになぜかずいぶんと痩せ細っているように見える。
「あ、あんた、大丈夫か? 怪我してんのか? おい、医者先生呼んで来い! 手当を」
「お気遣いサンクスデース。ですが必要ありまセーン。ミーは別に怪我をしているわけではないデース。……ただ、死ぬほど疲れているだけデース」
貴文は悟った。
これは肉体的な疲労だけではない、と。
「胃薬飲むか?」
「いただきマース。ユーはなんとハートの優しい人デース」
懐に常備している胃薬を取り出して渡すと、サンタクロースは感動の涙を流して受け取った。どれだけ心の荒んだ連中を相手にしてきたのだろうか。
その後、サンタクロースは倒れるようにソリに乗ると、弱々しくトナカイの手綱を引いて空に舞い戻って行った。
「捕獲しなくてよろしかったのですの? あなたの娘が彼を欲しがっていたのではなくて?」
住人たちが大欠伸をしながら自分たちの部屋へと戻っていく中、フォルミーカが貴文に問う。その目は『自分たちにこんなことまでさせておいて』と批難していた。
「いや、いいんだ」
だが、貴文は全てを悟ったように明るくなった空を仰ぐ。
「これ以上、あの苦労人に鞭を振るのは酷ってもんだろ」
* * *
次元の狭間。
サンタクロースの自宅――跡地。
「……ホワッツ? こ、これはどういうことデース?」
全てのプレゼントを配り終えてやっとの思いで帰宅したサンタクロースは、自宅の玄関があった場所で茫然と立ち尽くしていた。
赤煉瓦のオシャレな家が、床以外全て消し飛んでいたのだ。
庭のもみの木も、トナカイたちの小屋も、ソリを収納する車庫も、見るも無残な姿に変わり果てている。
なぜ?
と思ったところで思い出す。
「まさか、ブラックコートのボーイとヴァンパイアガールのバトルで……」
要するに次元の狭間に閉じ込めた彼らは、サンタクロースの家にまで被害が及ぶ規模ではっちゃけまくったということだ。
「フ、フフフ、フハハハハ」
笑いが込み上げたサンタクロースは、頭に両手をやり、衝動のままに思いっ切り仰け反った。
「ミーのハウスがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!? ――あっ、腰が」
虚無の世界に、サンタクロースの嘆き声だけが虚しく響き渡った。