白き客人 【part紫】
学校で束の間の平穏な時間を堪能した悠希は、下校路で一緒になったこののと異世界邸に戻って早々、管理人代行からとんでもない事を聞かされた。
「……はい?」
「いや、だからな、あの子供、迷宮の魔王なんだ」
零児の指差す方向――異世界邸の庭で巨大チワワことジョンと戯れている半裸で褐色肌の幼子を見て、悠希は今一度同じ返答をする。
「……はい?」
「な、なあ悠希……そろそろ現実に向き合ってくれないか?」
零児が弱り切った顔になっているが、そんなもん受け入れられると思ったのだろうか。ごくごく普通の中学生である悠希には、魔王がもう1人増えました♪ とか言われてハイそうですか☆ なんてつるっと返せる度胸とか、どこにもないのである。
「ねー、れいじさん」
「あ、ああ。こののちゃんだっけ、なんだ?」
ほっとしたように答える零児に、こののは首を傾げて聞いた。
「その魔王ってさ、那亜さんが抱っこしてた赤ちゃんじゃないの? 増えたの?」
「そう! それです!」
「あ、現実に戻ってきた」
適切な指摘に、悠希はそっぽを向けていた顔を前に戻してビシッ! と指を指す。零児の余計な一言は無視して、一気に言いたい事をまくし立てた。
「あの那亜さんが大事に大事に面倒を見ていた無力な赤子が、なんであからさまにやべー気配漂わせた子供になってんですか!? 危うく世界が迷宮に浸食されそうだったとか、そんなおっかねー力なんざ持ち合わせちゃいませんでしたよ! 大体、今朝まで乳児だったのがどうやったらこんなでっかくなるんですか!?」
「うん、落ち着け悠希。いっぺんに質問しても答えられないから」
どうどうと宥めてくる零児をギッ! と睨み付けて答えを求めると、困り顔で零児は首を傾げた。
「まあ……なんつーかあれだ、面倒だから一言で終わらせると——『大体問題児達のせい』となるな」
「ま た で す か !!」
「ゆ、悠希どうしたの? 大丈夫?」
我慢出来ずに吠えた悠希を、びっくりした顔で宥めてくるこののが可愛い。可愛いが、これはちょっと見逃せない。
「いいかげんにしやがれってんですよ! 大体なんですか!? これで魔王3人目!? アホ言ってんじゃねーですよアパートが原型止める時間もねーじゃねーですか!」
「うん、まあその通りだよな。あとその言い方だと俺も問題児に含まれてる気がするんだけど」
うんうんと頷くが、それを何とかするのが管理人代行の仕事だろうと悠希は胸ぐらを掴みたい気分だ。
「それでっ、那亜さんはどうしてるんです? そんな事態で黙っているような人じゃないでしょう」
少し冷静になって、悠希が尋ねる。そうだ、そもそもこれは悠希が頭を痛める案件じゃない。ちゃんと面倒を見る人がいて、危険はこの代行が何とかするはずなのだ。だったら悠希が心配する必要なんて——
「いや……それがな……今回の騒ぎに巻き込まれて、那亜さん倒れちゃってな」
「…………は?」
何か今、聞こえちゃいけない報告が聞こえた。
ぱかっと口を開けた悠希に、零児は本気で弱ったという風に頷き、更に駄目押しの一言。
「那亜さんは一旦山を下りた。という訳で俺達の癒しの風鈴家は休業、かつこの子供は宙ぶらりんだ」
「……はぁあああああ!?」
「ゆ、悠希! 落ち着いて!」
こののが涙目でしがみついてきたけど、これが落ち着いていられるかと悠希は今度こそ管理人代行の胸ぐらを掴んだ。
「代理! 代理どうする気ですか!? このアパートに那亜さん以外で子供の面倒を見られるような人がいるとでも思いやがってるんですか!?」
「いやいやいや待って悠希、母親がいるだろう!?」
「先生は先生であって母親業なんて自分が中学に上がる前に廃業してますよ!」
「早すぎる!?」
「あと神久夜さんはこののと戯れてますけど教育係は全面的に管理人が務めていましたから戦力外です! つまり詰んでるんですよどうしてくれる!?」
「落ち着け!? 分かったから落ち着けそろそろ脳みそがシェイクされる!?」
半狂乱の悠希とその悠希に振り回されて目を回す零児、おろおろして悠希に抱きつくこののと、どうしようもなく混乱した場は、
「落ち着け、不良娘」
「あだっ!?」
一連のやり取りを呆れた顔で眺めていた栞那の一撃で鎮められた。
「どう喚こうが現状は変わらん。取り敢えず那亜の代行を誰かがしないと『魔王の力を持った5歳児』という脅威が放置される上に、あたしらほぼ全員が飢えるんだ」
「……何で管理人がいない時に限ってぇ」
涙目で嘆いた悠希に、栞那は憮然とした顔で腰に手を当てた。
「迷宮に突如放り込まれて危うくネズミの群れに食い殺されるところだったあたしより酷い目にあってから、泣き言を言え」
「なんですかそれ怖すぎる!?」
思った以上に母親がサバイバルしていて、悠希はちょっと冷静になった。
「はあ……で、自分に何をさせたいんです? 零児さん。ぶっちゃけ学校と先生の手伝いだけで手一杯なんですけど」
そう言ってじろりと零児を見ると、零児は頬を指先で掻きながら頷いた。
「まあ、流石に学校休んで手伝えなんて言わないよ……いや俺休んでるけど。だけど、せめて遊び相手になってやってくれないか?」
そう言って零児は、背後でチワワの背に乗ってきゃっきゃとはしゃぐ子供を見やる。ジョンもジョンとて本来の主との戯れに尻尾フリッフリで喜んでいる様子だった。
「やっぱり子供は遊ぶのが一番の勉強だし。それには、悠希とこののは年も近いからさ。お姉ちゃんとして、遊び相手になってやってくれないかな、と」
「……大丈夫なんですか?」
零児の説明は真っ当だが、悠希は慎重に尋ねる。見た目に騙されるなんて概念は悠希にはない。何せそこのチワワからして、炎を吐いたり目からビームを出したりと殺人兵器ばりの危険生物である。
「自分はただの一般人ですからね? そこのチワワにじゃれつかれただけで死ねますよ? そんな自分で、魔王なんておっかないものの遊び相手なんて、務まるんですか?」
「大丈夫」
笑いながら、零児は頷いた。
「セシルさんに聞いたけど、彼は赤子の状態で、白蟻から悠希達を助けたんだ。ちゃんと優しい心が育ってる。本当に危険な目にはあわせないよ」
それに、と零児は少しだけ苦笑する。
「危ないからって、小さな子どもを遠巻きにするのは、年上がして良い事じゃない。だろ?」
「…………」
黙り込んだ悠希の頭に、栞那がぽんと手を置いた。
「ここでノーと言うのは格好悪いぞ、悠希」
「~~あぁもう分かりましたよやれば良いんでしょうやれば!?」
ふて腐れたように悠希がそっぽを向いたが、その耳がほんの少し赤いのを、零児も栞那も見逃さなかった。くすっと笑うのが聞こえて、悠希は小さく唸る。
「さて、じゃあちょっと遊んでやってくれ」
「はいはい。行きますよ、このの」
「うん!」
元気良い返事を受け、悠希はこののと手を繋いでチワワにじゃれつく子供の元へと歩み寄った。
子供——グリメルは最初近付く2人に警戒の視線を向けてきたが、ジョンがそれなりに懐いている事、簡単な自己紹介をした2人が笑顔である事に安心したのか、次第に打ち解けていった。
こののは今まで自分より小さい子供がいなかったせいか、グリメルに夢中になった。ある意味グリメル以上にはしゃぐこののに、悠希は逆に冷静に面倒を見ていた。
「あーほらこのの、あんまり引っ張っちゃ駄目ですよ。グリメルはまだまだ小さいんですから、腕がすっぽ抜けます」
「余は子供じゃないぞ! 魔王だ!」
「はいはい魔王ですけどね、身体が小さいのは事実ですから。無茶は禁物だし、怪我したら痛いですよ」
とはいえ巨大チワワにじゃれつかれて無傷でいる5歳児なのだが、そこはもう一般常識に当てはめて注意しようと悠希は決めていた。
「貴様、余に意見する気か!」
「自分は配下じゃねえですからね。小さい子には危険なことは危険だとちゃんと教える必要があります」
やたらと偉そうな言葉遣いをするが、グリメルのサイズがちっちゃ過ぎて和むだけである。そのせいか悠希もつい宥めるような言い方になってしまう。
どうしてもそれが伝わるのか、グリメルはぶんむくれた顔になって喚いた。
「子供じゃないったら子供じゃないのだ! 見せてやる!」
「は……ってちょ!?」
「わー、すごーい! 滑り台おっきい!!」
愕然と見上げた悠希の視線の先、巨大な城を模した滑り台が瞬く間に地面から生えて出て来た。無駄に凝った造りとなっているそれは、チワワと同じかそれ以上のサイズである。
「どうだ見たか! これが余の力だ!」
「すごいすごーい!」
きゃっきゃとはしゃぐこののを余所に、悠希はサアッと顔から血の気が引いていくのを感じた。
さっきまではぬいぐるみを片手に抱えた幼い子供でしかなかったが、こんなでっかいものを瞬時に創ってしまうとは、確かにグリメルは「魔王」だ。そして、こんなものをあちこちで創られては、異世界邸が幾つあっても足りない。勿論、悠希の命も幾つあっても足りない。
無言で、悠希はグリメルを見下ろす。褒めろと言わんばかりにふんぞり返るその姿はまさしく子供だ。正直、怖い。いつでも、この瞬間でもグリメルは悠希を殺せる。それこそ、無邪気に玩具を創っただけで。
……でも、この子は那亜さんに育てられた子供なんですよね。
そう思った悠希は、腹を決めてまなじりを決した。
そして——
「この、おばか!」
「ぎゃんっ!?」
グーにした右手を、グリメルの頭に落とした。拳固である。
「ゆ、悠希ー!? 暴力は駄目だよ!?」
「貴様!? 我が主に何をするであるか!?」
「ちょ、悠希!? 一体何を——」
「ちょっと黙っていてください」
こののとジョン、ついでに異変を察したか飛び出してきた零児が慌てて止めてくるが、悠希は心を鬼にして無視する。しつけは最初が肝心なのだ。
「これが黙っていられるかである!? 吾輩は我が主の忠実なる僕! ノルデンショルド地下大迷――」
「いいから、黙れ」
「……きゅぅん」
悠希が睨みを利かすと、主を殴られて吠えまくっていたわんこは速やかに伏せの姿勢を取った。悠希は改めてグリメルと向き合う。
「グリメル」
「……っ!」
びくっとグリメルが震える。涙を浮かべた目には、拳骨を落とされたというだけでは説明が付かないほどの恐怖が浮かび、拒絶の色が浮かんでいたが、構わず悠希は両手で顔を挟んで固定し、真ん前から見据えた。
「でかいものを創るのは、場所を考えなさい。良いですか、ここはみんなが住む場所なんです。隣に有る建物で、暮らしてるんです。分かりますか?」
「うぅ……」
グリメルが気圧されたように頷く。
「ちゃんと大きさと場所を考えて、遊び道具は創ること。作る前に、お姉ちゃん達に相談すること。それをしないで今みたいに創れば、下手をすれば大怪我をするのはお姉ちゃん達や、グリメル自身ですよ? それは悪い事です」
「わ、わるい……?」
「そう、悪い事です」
「と、当然なのだ。余は魔王だから悪い事は――」
「今は魔王だどうのは関係ねえんです。悪い事をしたら、なんて言うんですか?」
「ひっ、う……」
嗚咽を漏らしてボロボロ泣き出したが、悠希は構わず続けた。
「ごめんなさいは?」
「ご……ごめん、なさい」
「よし」
悠希はにっこり笑う。ぽかんとした顔をするグリメルをよしよしと撫でてやった。
「ちゃんとごめんなさいが言えましたね。偉いですよ、グリメル」
「……っ、あ、当たり前だ! 余はっ、魔王っ、だからな!」
大泣きの合間でそんな意地を張る魔王に、悠希は苦笑を堪えて頭をなで続ける。涙を指先で拭ってやると、ぐっとグリメルは泣くのをやめた。
「おお、泣き止みましたね。流石男の子」
「ふんっ!」
いじけた態度を取りながらも、グリメルは悠希のよしよしを嫌がらなかった。そんな子供そのものな態度に、悠希はぐっと唇を結んだ。
なんというか、可愛い。
こう、こののと違う可愛さである。女の子らしく天真爛漫に懐くこののも可愛いが、グリメルのこの、やんちゃをしでかして叱られてしょげる感じもきゅんとする。
「……こんな所で弟が増えるとは思いませんでしたねー」
聞こえないように呟いて、悠希はこののに向き直った。
「こののも。ああいう時は褒めちゃ駄目でしょーが。お姉ちゃんなら、もっと周りを見なきゃ駄目ですよ」
「はあい……ごめんなさい」
唇を尖らせながらもちゃんと謝るこののをよしよしと同じように撫でて、悠希は2人に向けてにっこりと笑って見せる。ジョンにも注意しようと思ったが、これはもう無理だろうと諦めた。
「じゃあ、遊びましょうか。もっと小さな滑り台、創りましょう」
「うむ!」
「うん!」
そうして楽しく、時に叱りつけながらも仲良く遊ぶ悠希達を見た大人達は、これは自分達の出る幕は無さそうだと顔を見合わせて頷いた。
***
束の間の平穏は、直ぐに騒動に変わるからこそ束の間と呼ぶ。
そんな言葉を体現するように、それからきっちり1時間後にそれは訪れた。
「あーっ、愉快だった! 兄貴があんな格好悪く壁に激突するアホ面とか、マジでザマア!」
「梓お姉様は相変わらずその羽黒お兄様に対しての拗らせた感じは変わらないのですわね……でも同感ですわ、とっても面白い顔でしたもの!」
「だよね! けど拗らせ度合いに関しては白羽ちゃんに言われたくない」
「そうですわね! では梓お姉様、是非再戦を——」
「するか」
「へぶし!」
到着早々コントのようなやり取りをしながら訪れたのは、亜麻色と白色の少女二人連れだった。
「だあれ?」
丁度悠希と一緒にジョンを小屋に戻していたこののが、首を傾げて尋ねる。鎖がしっかり繋がれているか確認するため、遅れて戻ってきた悠希もそちらに目を向ける。
高校生くらいの亜麻色の目と髪を持つ少女。潔いほどバッサリと髪を刈り上げており、目つきもなんだか良くないが、溌剌とした表情が男と間違えさせない明るさを見せていた。
もう1人は、服装から髪の毛から白一色の、小学生くらいの少女。愛らしい笑顔を浮かべてはいるが、亜麻色の少女にすっ転がされたにも関わらず楽しそうなのは……まあ、ある意味年相応なのかも知れないが。
「あれ? 話通ってんじゃなかったっけ白羽ちゃん?」
「ああ、あの時はアリスちゃんと管理人代行だという方しかいらっしゃいませんでしたから、そのせいではありませんか」
「あー、そっかー。えっと、どうしよっか」
首の後ろをガリガリと掻いて、亜麻色の少女はひょいとしゃがみ込んだ。こののと目を合わせ、にっと笑って見せる。
「あたしは瀧宮梓。悪いんだけど、管理人代行さん? を呼んでもらっても良いかな」
「良いけど……」
「一体、何の用なんです?」
こののがあっさり許可を出してしまったが、悠希は警戒混じりに尋ねる。今や魔王3人堕天使駄ルキリーと豪華面子な異世界邸に、こんなちょっと異様な2人組が無関係とも思いがたい。
剣呑な眼差しを向けられて、白い少女の方はちょっと顔が険しくなったけれど、瀧宮梓と名乗った亜麻色の少女はフレンドリーに笑うだけだった。
「ちょっと、白羽ちゃんが週末だけお世話になるから、姉貴としてご挨拶にね」
「どうも。管理人代行の白峰零児です」
「どーも。瀧宮梓です。妹……白羽ちゃんの自己紹介は終わってるのよね」
「ああ、あの時の」
場所を変えて、管理人の仕事部屋。案内した悠希とこののも何となく残る中、零児は落ち着いた様子で自己紹介をしていた。
「一応確認するけど、週末に麓の術者達の手伝いをする為に訪れた……って事で良いんだよな? で、その間の宿泊先がうちと」
「そうそ。白羽ちゃんがお世話になります」
にかっと笑って、梓が頭を下げる。それを見た悠希は、自然零児と目があった。多分、思いは同じだろう。
どう見ても小学生の子供をここに泊めるとか、正気か。
「えーと……俺としては別に構わないんだけどな。その、聞いていると思うけど、このアパートはあちこちからのお客さんがいて、人間じゃないのも沢山いる。正直、その……命の保証は出来ないんだ」
「あはっ♪」
「クスクスクスッ」
冗談だとでも受けとったのか、姉妹が笑い出す。零児が説明を加えようとしかけたが、それより梓が話し出す方が早かった。
「零児さん、だっけ? あたしらの住む月波町は知らないんだ?」
「あ、ああ。俺も余所者だから、この辺には詳しくない」
「そう。……月波はね、人間も妖も幽霊も、神様だって一緒に暮らす街よ。人間じゃない程度、珍しくも何ともないんだなー」
「へ!?」
ぎょっとした悠希は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。振り返った梓が、にかっと笑う。
「じょ、冗談?」
「じゃないって。人と神様が恋をするんだって珍しくもないわよ? ま、その中でも秩序を守れない妖は、あたしら八百刀流がぶった切るけどね。ま、滅多にないけど。観光も盛んだから今度遊びにどう?」
「へ、へえ……」
世の中にはとんでもない街もあったものだと悠希は頷いた。この異世界邸はともかく、平凡な麓街に生まれた悠希には目から鱗の新事実である。
「そしてこのちんちくり――白羽ちゃんは瀧宮家の現当主様よ? この程度で命を落とすようじゃ、務まらないってもんよ」
「今ほぼちんちくりんって言いましたわよね!? そこまで言ったらもういっそ全部言ってくれた方がいいですわ! あと、白羽はまだ納得してませんわ! お姉様今からでも勝負を」
「大人しくしてろっつの」
「あいたっ!」
デコピン一撃で黙らせた梓を見て、悠希は思った。寧ろこの人に来て欲しい。なんだか、ちょいちょいさっきから見せる白羽の言動が、悠希の優秀な危機察知センサーに引っかかるのだ。
「まあ……そっちが納得の上でならいいけどな。多分予想を軽く上回ると思うけど」
「白羽は構いませんわ♪」
「てか、そっちの子が無事ならだいじょーぶよ。一般人でしょその子」
「へっ?」
いきなりの指名に驚いたが、悠希は曖昧に頷く。
「まあ……確かに自分はここの医務室の先生の娘でしかねーので、戦うとか超無理ですけど」
「あら、そうなんですの?」
意外そうに白羽が目を丸くしたが、こんなか弱い女子中学生を捕まえて何を言うのだろうか。失礼な。
「あの子が平気なのに白羽ちゃんが危ないなんてナイナイ。心配ご無用だわ」
「いやまあ、俺もなんで悠希が無事なのか時々謎だけど……」
「自分いっつも必死で逃げてますからね!? あんまり心配されねえですけど!?」
そんな評価を下されていたとか心外な悠希である。
「へえ……まあ良いですわ。それだけ仰るのなら、白羽が楽しめる様な方もいらっしゃるでしょうし♪」
「こら、白羽ちゃんはまず麓での仕事があるんだからね。そっちがヘボになったら承知しないわよ。白羽ちゃんがしくったら、あたしが出る羽目になりかねないんだから」
「分かっていますわ、梓お姉様」
にっこりと笑う白羽を疑わしげな目で見て、梓はよいせと腰を上げた。
「ま、そーゆーわけであとよろしく。予定変更で月曜の早朝に拾ってそのまま学校に行かせる事になったから、そン時に迎えに来るんで。あ、それとこれ手付金。申し訳ないけど、滞在費は最終日にまとめて一括出払うってことでもいい?」
「ああ、分かった。それじゃ――」
「見つけました<英雄の魂>!」
ドゴオッ! と凄まじい音と共に、扉が破壊された。
「嗅ぎつけるの早ぇよ!?」
零児が絶叫するのも構わず、蒼銀の髪を靡かせた駄ルキリーは、目を爛々と輝かせて大鎌をビシッ! と突き付けた。
「この匂い、この魂の輝きは間違いなく強者の気配! ……あれ? 魂は確かに人間ですが、入れ物が違う方もいますね? まあ、どうでもいいです。とにかくどちらの方もお強そうですので、えへへぇ、また楽しめそうです!」
「馬鹿野郎帰れ!? この人達お客さんだから!?」
零児が怒鳴りつけたが勿論聞く相手じゃない。大鎌を持つその腕から全身からビシバシとやる気オーラを漂わせた駄ルキリー、めっちゃくちゃ輝いていた。
「さあっ、いざ私と血湧き肉躍る勝負を!」
「……あははっ♪」
大鎌を突き付けられた白羽は、それはそれは愛らしく笑う。その瞬間、悠希はこののと手を繋いで全力で離脱を開始した。
「悠希?」
「逃げますよ! 巻き込まれる!」
目を見た瞬間、悠希は危機察知センサーが全身全霊で警告音をかき鳴らすのを聞いたのだ。これは逃げなきゃ駄目なやつ。
そうして事前に扉の側に陣取っていた悠希達が——駄ルキリーが破壊した扉に巻き込まれなかったのは幸運としか言いようがない——全力で廊下を駆け抜け外に出た瞬間、邸の一部が吹っ飛んだ。
「あはっ♪ あははっ♪」
「やるじゃないですか! もっともっと楽しませてください♪」
「それはこちらの台詞ですわ! これならもっと本気が出せそうですわ♪」
心底楽しそうに言い合いながら、外に飛び出た2人は悠希の目には全く見えない速度で打ち合っている。金属音が聞こえるが、白羽は一体どこから得物をとりだしたのだろうか。
いや、それよりも。
「……零児さん」
「……なんだ悠希」
「なんで……なんで……」
声を震わせた悠希は、安全地帯からくわっと口を開いて怒鳴った。
「なんであの女の子まで、駄ルキリー性戦闘大好き症候群にかかってるんですかぁああ!?」
「そんなもん俺が知りてえよ!!」
零児の心の叫びは、2人の衝突音に掻き消された。
次から次へとめまぐるしく動き回って衝突する2人は、既に管理人の仕事部屋周囲を破壊し尽くしてその辺りで暴れている。辛うじて住居棟は無傷だが、これはもう避難して貰った方がいいだろう。
「あーもー……また修繕か……」
げんなりとした声を出しながら、ひとまず避難を呼びかけようと零児が足を踏み出した時。
「――抜刀、10本!」
声がすると同時に、柄も鍔もない日本刀が10本、白羽とジークルーネの頭上に出現した。
「んなっ!?」
驚愕する悠希を余所に、日本刀は真っ直ぐ落下して白羽と駄ルキリーに襲いかかった。
「あいたぁっ!?」
「きゃんっ!?」
互いに夢中になっていた2人はもろに喰らい、悲鳴を上げて動きを止める。そして狼藉の主を探すようにきょろきょろとしたところで――
「いい加減にしろこの馬鹿妹!」
「ふぎゃ!」
容赦のない拳固が、白羽の頭に落とされた。
「お世話になるところに到着早々暴れてんじゃねーよ! 邸を壊すなっての!」
「痛いですわあ……」
梓が白羽の襟首を掴んで説教をかましている。それを見たこののが、首をちょっと傾げた。
「さっきの悠希みたい」
「いや自分はあんな戦いに首突っ込めませんからね」
あっという間に駄ルキリーまで足止めしたその手際の良さに、悠希は呟きを全力で否定した。あんなの絶対無理。
しかし、あの駄ルキリーがこんなにあっさりと封じられたとなると……
「素晴らしいです! こんな見事な刀術は初めて拝見しましたよ! 是非私とも戦い合いを……なんですかこれ動けません!?」
「はっは、舐めんなよ戦闘狂。兄貴にも白羽ちゃんにも負けないこの妖刀遣い、あんたの動きを止めるくらいわけないっつーの」
鎧の端をざくざくと太刀が貫通し、展翅版の上の蝶の如く身動きを封じられている駄ルキリー。それを見てはっと笑ってふんぞり返る梓に、悠希は思った。
この人、格好いい。そして切実に、この人に滞在して欲しい。
「えへへ、この私を封じられるほどの強さ。やはり何としてでも手合わせを!」
「もうお前大人しくしとけ!?」
今にも束縛を破らんばかりにぐぐぐと動き始めた駄ルキリーを、いい加減に零児が後ろからどついて昏倒させた。
「と、いうわけで零児さん。この子もこうやってどついて止めてOKだから。寧ろどつかないと止まらないまであるから、見た目に遠慮しないよーに」
「お、おう。なんつーか、ありがとうな」
「いーえー。んじゃ、あとはよろしく! あたしは帰るから」
「あ、ちょ——」
何となく声をかけようとして慌てた悠希に、梓はにかっと笑って手を振って帰って行った。
……。
…………。
「なんであの人が来てくれないんでしょうねえ……」
「ほんと、それな」
悠希と零児は、揃って溜息をついた。
***
幸い、白羽が率先して暴れた事もあり、今回の修繕は瀧宮持ちで行われることになった。
とりあえず邸の案内をしようという零児の提案により、悠希とこのの、そして零児は白羽を連れての1周を始めた。
最初零児は悠希に丸投げしようとしたが、「こんな駄ルキリー二号を自分が抑えられると思ってんですか抑えられるならそもそも代行を呼んだりなんかしてねえんですよどれだけ自分が酷い目にあったと思ってんですかふざけんじゃねえですよ」「すまん!? なんか本当にごめん!? 謝るからちょっと落ち着け!?」と悠希の怨念に気圧されたように零児が折れた。というか、あのビビリっぷりは乙女に対して失礼だと思う。
「白羽の部屋はここだな。一応、何かあったら頼れるように悠希の隣にしておいた。ただ、一件向こうはマッドサイエンティストが良く実験失敗して爆発させて妙な毒ガスやらなにやらを蔓延させるから近寄らないようにな」
「予想外の危険ですわ!?」
「大丈夫です、白羽ちゃん。自分でも寝起き一番の爆発音にも即座に身を守る体勢を取れるようになるくらいですから」
「それのどこに大丈夫なポイントがありますの!?」
「いや自分もさっさと部屋替えしてくれって何度も何度も管理人に頼んでるんですけどねえ……聞く耳もたねえんですよ。お陰でなんとなく爆発しそうなときには——伏せてください!」
「ふえっ!?」
「っ、〈魔武具生成〉――ライオットシールド!」
ちゅどぉおおおおおおん!
「あ、ごめんね~。また実験失敗しちゃったみたい~」
「だから安全性にもうちょっと気を使えって言ってんでしょーがマッドサイエンティスト!!」
「その前に悠希さん本当に一般人ですの!? 今の白羽も気付きませんでしたわ!?」
「ていうか代行!? その盾めっちゃ欲しいんですけど貰えませんかね!?」
***
「で、ここが風鈴家だ。本来なら那亜さんが食堂を営業してくれてるんだが……今はちょっと、那亜さん休養中で」
「ああ、それは知っていますわ。……ところで、食事はどうすれば良いんですの?」
「ぶっちゃけそれは今異世界邸最大の問題だったりするな」
「未解決のままですの!?」
目を見張った白羽に、零児と悠希は顔を見合わせた。この様子からすると、と見当を付けて悠希が尋ねる。
「もしかして白羽ちゃん、料理作れないんです?」
「どうして作れること前提ですの!? 白羽まだ家庭科実習でお米の研ぎ方しか教わっていませんし、そもそも刀より重い物を持つのなんてやーですわ!?」
「いえ、自分はずっとそのくらいから料理出来ましたが……ていうか、それ大体の物持てますよね」
白羽が衝撃を受けたように目を見開いた。
「そんな外見のくせに女子力が高いのですわ……!」
「さらっと失礼ですね……まあ、休みの日くらいなら自分の部屋に来ればご飯出しますよ」
「本当ですの!?」
目を輝かせる白羽に、仕方ないと悠希は肩をすくめた。作れはするが「……普通」という評価しか下せない料理を作る栞那のかわりに、那亜さんがいない間は悠希が料理担当なので、1人くらい増えても大した変わりがない。
バンザイして喜ぶ白羽を見て、零児がすっと手を上げた。
「なあ悠希、そういうことなら風鈴家の代理やってくれないか?」
「ふざけんじゃねーですよ自分は学校と先生の手伝いで手一杯です! 零児さん料理出来ねえんですか!?」
「この鬼のような代行業務の合間でやれというのか!?」
「そもそも他に1人や2人くらい料理作れる大人がいるでしょう!? 何でもかんでも自分に押しつけんじゃねーですよ!」
「真っ当な飯を作れる奴がいると思うかあの問題児集団に!?」
思い切り仕事を増やそうとしてくる代行にぎゃあぎゃあ叫んでいると、いきなり風鈴家の扉が開いた。
「……やかましい」
しわがれた声が不機嫌に言う。仏頂面を悠希達に向けて睨み付けるのは、ノッカーだった。
「す、すみません。というかいたんですね、ノッカーさん」
「……」
ぷい、と顔を背けて、ノッカーがドアを閉じた。相変わらずの無口だが、文句を言いに来たくらいだから機嫌はそこそこなのだろう。
「えぇと、今のがドワーフのノッカーさんです。滅多に口はきかねえですが、良い人ですよ」
「そうなんですの? 随分強そうですし、ちょっとどつき合ってみたいのですが」
「さあ零児さん! 次は医務室へ行きましょう! 先生を紹介しないと!」
「そうだな! 行くぞ白羽!」
「ちょ、離して下さいな……って荷物のように担ぐのはやめてくださいませんこと!?」
***
「というかレランジェの奴に料理させれば良い気がする」
「え、レランジェさんも料理出来るんです?」
「ああ。寧ろ管理人がなんであいつに料理させてないのがわからない。普通にプロ級だぞ。ただまあ、俺に限っては毒殺の危険が出てくるんだが」
「そんな危険な人に任せろと!?」
「だから俺限定だよ! 俺の分だけ悠希が作ってくれれば」
「高校生なんですから自分で作りやがれです!!」
「……何だかんだ仲良くなったな、2人とも」
不毛な戦いに終止符を打ったのは、栞那の呆れきった声だった。診察室でいつもの白衣姿で頬杖を突いて言い放った栞那に、悠希と零児は同時に振り返り、答える。
「「理不尽で傍迷惑な連中に振り回される同志です」」
「ああ、納得した」
「つーか自分は誰のせいでここにいると思ってやがんですか」
「父親」
「ホントくたばりやがれですあのクソ変態!」
「あ、反抗期だ」
「反抗期ですわねー。梓お姉様そっくりですわ」
零児とその荷物が何か言っていたが悠希は無視した。あの変態は一瞥ではそのろくでなしレベルは分からない……いやここに悠希がいる時点で察して欲しいが。
「あー。とりあえず、あたしがそこの不良娘の母親で、ここの連中の治療を担当している中西栞那だ。麓で術者達の手伝いをしてくれるんだってな? 怪我したら直ぐに来い、責任持って治療してやる」
「了解ですわ。まあ、そう簡単に後れを取るつもりはありませんけれどね。あは♪」
楽しそうに笑って了承する白羽を見て、栞那は舌打ちをした。行儀の悪い医者もいたものである。
「……ったく。小学生の手を借りるなんざ、落ちぶれたもんだな」
「あらあら……なめてんのかてめえ」
「誰!?」
いきなりヤクザも真っ青な顔で凄みだした白羽に、悠希は顔を思い切り引き攣らせた。対して栞那は、面白いものを見たと言わんばかりの表情で眺めている。
「望んだ椅子じゃねえが、瀧宮家当主の座を軽んじんじゃねえよ。子供かどうかなんて関係ねーだろ」
「なるほど。そりゃ失礼した。さっきのはこっちなりの事情があるんだ、見逃してくれ」
あっさりと謝罪した栞那に、白羽は毒気を抜かれたような顔になる。栞那がくつくつと笑った。
「ふふ、当主様は服芸はまだまだ苦手なようだな」
「っ、何気に性格が悪いですわ」
ぷいっと横を向いた白羽は、どことなく悔しそうだ。それを楽しそうに眺めたあと、栞那はぱんっと手を叩く。
「さて、あんまり彷徨くのも疲れるだろうから、残りの連中は集めておいた。右からホビットのリック、魔術師のセシル、漫画家兼ここのアルバイトメイド水矢、作家の呉井在麻、住み込みのメイド……あーみっちゃんで良い」
「雑ですか!」
壁際に並ばせて肩書きだけをテキトーに並べ立てるだけには止まらず、通称だけで終わらせようとし始めた栞那に悠希は当然ツッコミを入れたが、当然のようにスルーされた。
「ねーねー栞那ちゃん♪ こっちにもその子の紹介もうちょっと丁寧にして欲しいんだぜ☆ ちょー面白そう♡」
「断る。この子は客人だからな、セシルのような魔術師に差し出すと厄介なことになる。もう1度言うぞ、瀧宮に手出しするな」
ニヤニヤと笑いながら身を乗り出すセシルをぐいと押しのけて、栞那が睨み付ける。言ってる事は悠希にはさっぱりだったが、セシルには通じたらしい。
「タツミヤタツミヤ……あー、はいはい、残念♪ まーでも今のセシルちゃんは素敵なオモチャがあるから我慢するのだ☆」
「というよりも、瀧宮をご存知でしたの?」
「風の噂にな。言っておくが、あたしはただの一般人だぜ」
「瀧宮を知る一般人だなんて、白羽聞いた事ありませんわ……」
胡乱げな目で見る白羽は正しいが、この医者が妙に情報通なのは今に始まったことじゃないため、悠希以外も驚いた様子は無かった。
「こののは出会ってるし、管理人の見舞いに行ってる神久夜は今いないとして。あとの問題児は、追々嫌でもその暴れっぷりを見るだろうから省略で良いだろ。聞くところ既に駄ルキリーと一戦交えてるらしいが、あんまりふざけて怪我してみろ、包帯ぐるぐる巻きでトイレに監禁するぞ」
「なんですのその嫌すぎる対応!? 白羽これでも女の子ですわ!?」
「問題児に性別年齢身分の見分けなんかつけてるわけないだろ」
涙目の幼女をすぱっと切り捨てる栞那はぱっと見鬼畜だが、それをやっても懲りない連中がいる以上は悠希も止める気はあまりない。この幼女は確実に問題児側である。
「えーと、んじゃー取り敢えず白羽ちゃんは部屋に戻りますか? その、お手伝いとやらはいつ頃行けば良いのか知らねえですけど」
「ああ、それなら迎えの車が結界ギリギリまで来るそうですわ。その時にはこの無線に連絡が……あれ、壊れてる」
「あ、この邸周辺は機械類壊れやすいですよ」
「先に言って欲しいのですわ!?」
「まあ、おおよその時間で向かえば良いんじゃねーです?」
どうも抜けている白羽に苦笑を堪えながら、悠希が白羽を連れて医務室を離れようとしたその時、天井がぼっこりと穴を穿った。
「ありゃ~? フォルちゃん、ここ医務室みたいだよ~。ひっく」
「あら? ごめんあそばせですわ。医務室は駄目と言われておりましたのに」
「その前に邸壊してんじゃねーぞ!?」
「あ、管理人代行だ~。ねえねえ、ワイン持ってない~?」
「そこの酔っ払いは状況を弁えろ仮にも堕天使だろ!?」
零児が吠えるが、天井から顔を逆さに覗かせたフォルミーカとカベルネは、どこ吹く風で降り立った。そして、ふっと視線を悠希の隣、白羽に向ける。
「あら? 新しい方が増えましたの? 奇妙な子供ですわね」
「ほんとだ~。真っ白なお洋服が可愛いね~」
「あーと、この子は住人じゃなくてですね……」
首を傾げてそう言うフォルミーカとカベルネに、どう説明しようかと言葉を選ぶ悠希を余所に。
「緊急事態ですわ!」
「え?」
深刻な声で白羽が言い放った。全員の視線が白羽に集まる。
白羽は、真顔でフォルミーカを睨み付けていた。まるで親の敵でも見るような表情に、悠希ははっと気付く。
フォルミーカはつい先日、麓とこの邸を襲撃した魔王張本人だ。どうやらこの麓の術者達と全くの無関係というわけでもなさそうだし、ひょっとすると相まみえたことがあるのかもしれない。あるいは、身内が傷付けられたか。
そうなれば勿論、報復を考えるのは当然の流れだろう。ましてや白羽は幼いが当主、部下の仇を討っても何らおかしくない。なんかヤクザっぽいし。
悠希が咄嗟にフォルミーカを見やると、当人も自覚があるらしく、殊勝な顔つきで白羽を見返していた。罪は償うつもりだと言っていた言葉は嘘ではないらしく、黙って白羽の動きを待っていた。
緊迫した空気が医務室を席巻する。いつでも対応出来るようにと零児が構えているのを見た悠希が、今更ながらそっと距離を置こうとしたその時、白羽はわなわなと震える指をフォルミーカに向け、叫んだ。
「アイデンティティの危機ですわ!!」
「……は?」
誰もが疑問の声を上げる中、白羽は大真面目だった。
「その格好、その口調、明らかに白羽を真似ていますわ!? このままキャラ被りで影が薄れるだなんて、白羽我慢出来ませんわ! とっとと退場していただきます!」
「……た、確かに、被っていますわね?」
困惑気味だったフォルミーカだが、直ぐににやりと表情を変える。
「ですが、そんな理由でしたら、遠慮する理由もありませんわ。最近とってもイライラすることが多いですし、遊びなら付き合いましてよ、お嬢ちゃん?」
「上等ですわ! 抜刀!!」
叫ぶと同時、白羽の手に、柄まで白一色のごつい日本刀が握られていた。重そうなそれを易々と振るい、白羽はフォルミーカに肉薄する。
「あら、見事ですわね」
「ほんとほんと~」
悠希が反応出来なかった上段からの唐竹割を、フォルミーカは日傘で受け止めた。楽しげに口元を持ち上げ、フォルミーカは首を傾げる。
「けれど、まだまだですわねお嬢ちゃん」
「あぁ!?」
白羽が再びキレ顔をさらしたところで、悠希の中でナニカがぶち切れた。
「上等ですわこの妖怪キャラ被り! ぶちのめして差し上げますわ!!」
「やってごらんなさいな!」
「お~、いけいけ~」
そもそもグリメルの急成長と世界の危機の元凶たる2人が、反省の様子も無くはやし立ててるところとか。
「つーか医務室で騒ぐな!?」
「あはは♪ 新しい子ってば面白いね☆」
「本当に。うん、これは是非じっくりとっくり取材させて貰いたいところだね」
「にゃー、でも色がなくてつまんないなー」
「面白いとか言ってる場合か!? ひい、死ぬ!?」
好き勝手言ってばかりで、眺めているだけの大人達とか。
「あーもー騒ぐな暴れるなって聞いてねえ!? また邸が崩れる……取り敢えず悠希、全員の避難指示頼むぞ!」
当然のように、一般人の自分に仕事をぶつけてくる代理人とか。
「おや? 楽しそうなことをやっているではありませんか! 是非私も参加させてください! えへへ♪」
「こんのクソトカゲ、今度は何を燃やしやがった!?」
「口臭ケアの何が悪いんじゃ因縁付けるなガラクタ野郎!?」
「少しは状況を考えろよぉおおお!?」
ちょっと誰か、こいつら纏めてぶっ飛ばせる機会をくれないだろうか。
悠希は心底そう思いながら、思いっきり息を吸い込んだ。
「いい加減にっ、しやがれってんですっ、この大馬鹿野郎どもぉおおおお!!」
***
麓街某所。
「「お久しぶりです、梓お嬢様!!」」
「はいはい、おひさー」
道を歩いていたら突如襲い掛かって来た、年齢不相応に大柄な少年とグラマラスな美少女をテキトーに投げ飛ばし、組み伏してその背中に腰かけ梓は溜息を吐く。
「つーかお嬢言うなし。もう次期当主でも何でもないんだから。昔みたいに『梓お姉』って呼んでちょ」
「いや、流石にそれは……」
地面に顔を擦り付けながら座椅子の背もたれのようになっている少年が苦笑いを浮かべる。
「ところで、彼女に会ってみたよ」
「……どうですか?」
少年の横で座椅子のひじ掛けのような姿勢で組み敷かれている美少女が、心配そうに顔色を窺ってきた。それに対し梓はからりと笑い、彼女の頭を撫でた。
「よくまあこんな捻くれた街であんな真っすぐ育ったもんだね。梓お姉びっくり」
「周囲の環境はともかく、彼女のご両親は「あちら」で生きることを望んでいますから」
「出生とかどう見ても「こっち」なんだけどねえ。ま、麓の事情に関わらせたくないって気持ちは分からないでもないけど」
「でも正直、俺は時間の問題な気がしますけどねー」
「そのために君ら二人がいるんでしょーが。もし彼女が何かに巻き込まれたらフォローしてやって。……なんせ「中西」には瀧宮も寺湖田も世話になってんだから。じゃんじゃか媚売っとけ」
「言われなくても」
「ところで確認だけど」
梓は組み敷いた二人の背にリラックスした風に寄り掛かって全重量を預ける。贔屓目に見て小柄な部類だが、見た目以上の体重がある梓が乗ってもビクともしないあたり、流石である。
「この「お役目」がなかったら、君ら二人とあの子の関係はどうなってたと思う?」
「どうもこうもないです」
「私たちは変わらず、あの子と友達になってました」
「いい返事だ……クスクスっ」
笑い、梓は二人の背から飛び降りる。
「んじゃ、あたしは今度こそ帰るわ。二人もたまには本家に顔出しな。あたし直々にお茶淹れてやっから」
「え……」
「梓お姉のお茶かあ……」
渋い顔をする二人に、腕組をしふんと不満げに鼻を鳴らす梓。それが何だか面白くて、立ち上がりながら二人は小さく笑った。
「なんと失礼な双子だこと。……またね、マーちゃん、スーくん」
「はい、お疲れさまでした」
「ご当主によろしくお願いします」
「その当主、今この街に出稼ぎに来てるぞ」
「……そうでした」
「しろちゃんが当主って、いまだにピンとこないっす」
ぽりぽりと首の後ろを掻く少年に、梓は苦笑しながら踵を返す。
そこには、いつの間にか黒服に身を包んだ厳つい男たちが道を挟んで左右に分かれて整列をしていた。そして梓が歩き出すと、順々に一糸乱れぬ動きで低頭していく。
「だーから大げさだっつーの」
深い溜息を吐きながら、ちょうど街境に停めてある黒塗りのスポーツカーまで続く黒服の林を足早に駆け抜けていった。