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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
管理人不在の異世界邸
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管理人代行のいつも通り過ぎる災難【Part夙】

 深夜。

 異世界邸の管理人代行に着任して数日経過した白峰零児には、その時間帯こそ『平和』だと安心できることがよくわかってきた。職務のメインたる問題児の問題行動で発生した問題を解決するという問題が比較的少ないからだ。

 夜になれば彼らも寝るのだから当たり前だろう。

 本来、入院中の管理人はこの時間に溜まっていた資料整理等の事務作業をほぼ徹夜で行っていたらしい。いやいや普通に死ねる。寧ろ今までよく入院しなかったなと聞かされた時は驚嘆したものだ。

 零児は管理人代行だが、元々は部外者であるため事務作業などできるわけがない。そこは昼間に零児が馬鹿どもの相手をしている間に栞那や那亜が時間を作って片づけてくれている。二人も自分の仕事があるだろうに、仕方がないとはいえ頭が上がらない零児だった。

 夜、普通に寝れる。

 これがどれだけ尊く素晴らしいことなのか。監査局の任務で頻繁に強制出勤させられていた零児はわかっていたつもりだが、ここに来てさらに骨身に染みた感じである。忙しさに加え、異世界邸の結界内は時空が微妙に歪んで一日二十四時間じゃない時があったりするから尚更ありがたみがわかるってもんだ。

 時計を見る。狂った時空でも正確に時刻を示す廊下の古時計だ。どうやら、まだ日を跨ぐにはまだ少し時間があるらしい。

「温泉にでも行くか」

 このハードな管理人業務にも三つの癒しが存在する。


 一つは先程述べた通り、深夜が比較的平和であること。

 二つ目は風鈴家の那亜さんの料理が絶品過ぎること。

 そして三つ目は今から向かう地下の天然温泉だ。


 この温泉は一日の疲労を気分的にではなく確かに吹っ飛ばしてくれる。なにやら超常的な存在が作ってくれたおかげでそういう効能があるらしい。なるほど、前の管理人もこの温泉があったからこそ激務に堪えられていたのかもしれない。

「この時間なら一人だな」

 脱衣所で服を脱ぎ、タオルを肩にかけて湯気の満ちる浴場へと零児は足を踏み入れた。半分は日本人の血が混じっている零児である。温泉で手足を伸ばして肩まで浸かるという贅沢で至高で極楽なひと時は大好きだった。

「――っと、またなんか妙な奴がいたりしないよな?」

 この間『白蟻の魔王』――絶世の美女が男湯に全裸で立っていたこともありちょっと警戒心を強める零児。浴場内に誰もいないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろして掛け湯を浴びる。

 温泉に足をつけ、適温であることを確かめて肩までどっぷり!

「ふぃ~、生き返るぅ。そういや、こんな温泉があるならリーゼも入れてやればよかったな」

 お風呂大好きな金髪少女の〝魔帝〟様を思い出し、今頃どうしてるのかと少し心配になってきたところで――


 温泉の天井が崩落した。


「ホワッツ!?」

 幸いにも瓦礫の直撃を受けない位置だった零児だが、咄嗟に飛び上がって後ろに下がった。濡れて滑り易くなっている床にバランスを崩しつつもどうにか転ばずに――衝撃で石鹸が転がって来て踏んづけて転倒。頭を打って唸る。

「痛ぇよチクショー!? 誰だ!? 天井――いや床か。ぶち抜いたクソ野郎は!?」

 この邸に限って老朽化などはあり得ない。天井と一緒に二つの人影が落ちてきたのを見ている。どうせ寝ぼけたトカゲとポンコツが戦争を始めたのだろうと思った零児だったが――


「戦乙女だかなんだか知りませんが、私のワインを割って台無しにした罪は重いですよ? 万死に値します」

「凄まじい一撃ですね。えへへ、楽しくなってきました♪」


 男湯の湯舟に立っていたのは、ワインレッドの長髪をした背の高い美人と、白銀のドレスアーマーに身を包んだ蒼髪の美少女だった。

「んな!? 駄ルキリーと……誰だあいつ?」

 ワインレッドの方はなぜか患者着を着ている。顔の造形は非常に整っているが、人間でじゃないことは彼女の右目が眼球の代わりに闇を内包していることから明らかだ。しかもなにやら相当お怒りの様子。黒いオーラが冗談抜きで視認できてしまう。

 異世界邸の住民リストに載っていない顔だった。あんな特徴的な存在を見落とすはずもない。ということは新しくどっかの世界からやってきたのだろう。そいつが早速問題児の一人とぶつかるくらい問題児だったという現実に頭痛と胃痛がしてきた零児である。

 全裸の零児など一瞥もくれずに睨み合う二人の女性。

 先に仕掛けたのはワインレッドの方だった。

 湯に足を取られることなく一瞬で駄ルキリー――ジークルーネに切迫した彼女は、開いた掌底を白銀アーマーの中心部に打ちつける。ジークルーネは体を右に開いて受け流し、ワインレッドの足を払うように蹴りを放った。

 ワインレッドの空振った掌底破は衝撃となった温泉の壁をぶち破る。足払いは飛んでかわし、ワインレッドは手に持っていた空のワインボトルでジークルーネの側頭を殴打した。

 割れる酒瓶。

 ジークルーネは頭から血を流しながら――ペロリと楽しそうな笑みを浮かべてワインレッドの腕を掴み、その場に強かに叩きつけた。

「おいおいちょっと待て、ガチで喧嘩してんじゃねえか!?」

 とはいえどちらも力を隠している。ジークルーネは大鎌を取り出していないし、ワインレッドに至っては零児の感覚でさえ底を測れないなにかがある。

「神もどきのくせに意外とやりますね」

「ああ、なるほど。どうやらそちらは堕ちた天使のようですね。〈アースガルズ〉では天使を採用していませんが、神界に属する者としては討ち取るべきでしょうか?」

 お互いもう一発ずつ打撃を加えてから弾かれたように大きく飛び退る。ジークルーネはここで大鎌を取り出し、ワインレッドの方もなにやら髪と同じ色の翼を背中から生やした。竜の翼を思わせる、大きな一対の翼。堕ちた天使とか言っていたが、今回の来訪者は天界の関係者か何かか?

 なんにせよ、二人とも本気モードだ。

 これ以上はシャレにならない。


「そこまでだ!!」


 危険と判断した零児は咄嗟に巨剣を生成し、両者の間に文字通り割って入った。するとようやっと零児に気づいたらしい二人から、僅かばかり戦意が薄れたのを感じた。

「ああ、人間がいたんですねぇ~。気づかなかったな~……あれ? 人間~?」

 ワインレッドはさっきまでの憤怒を引っ込め、どこか酔っぱらっているような呂律の回っていない口調になった。

「あ、零児様! 一緒に戦りませんか? もちろん私と零児様も敵です。半神と堕天使と魔王で力尽きるまで存分に三つ巴しましょう♪ えへへ♪」

「世界が終わるわ!?」

 それも一つ二つなんてレベルじゃない気がする。こっちはこっちで相変わらずだ。

 とりあえず、無関係な第三者を問答無用で巻き込んでまで争う気はないようで安心した。

「ふぅん、君って魔王なんですね~」

 と、ワインレッドがなにやら興味あり気に零児を上から下まで見回した。

「さしずめ、『裸の魔王』さんってところかな~?」

「え?」

「あ、零児様。零児様の能力なら丸腰で戦われるのも結構ですが、どうして服を着ていないんです?」

「……あっ」

 零児は今自分が真っ裸だったということをようやく思い出した。無論、腰にタオルなんて巻いていないわけで……湯気ってちゃんと仕事するんだなぁ、と思いました。

「俺に気づく前にここが温泉だと気づいて欲しかったね!?」

 現実逃避している場合でもなく、零児は大事なところを手で隠して脱衣所にダッシュした。


「ちょっと服着てくるから表出て待ってろ! いいか! 俺が戻るまで絶対戦ったりすんなよ! 絶対だからな!!」


        * * *


 高速で体を拭いて服を着ると、零児は浴場から二人の姿が消えていることを確認して異世界邸の前庭に出た。


 この世の物とは思えない神魔の戦場がそこにあった。


 鮮烈なワインレッドの一対の翼を輝かせ、天から地上を絨毯爆撃している堕天使。その魔力も豪雨を器用にかわしながら大鎌を振り回して宙を翔ける死神、もとい戦乙女。

 前庭の地面は底の見えない穴だらけ。異世界邸の建物も当然無事じゃない。主戦場から少しずれていたから蜂の巣にこそなっていないものの、とばっちりを思いっ切り受けて一部崩壊、炎上まで起こしている。

 何事かと飛び起きた住人たちがわらわらと避難を始めていた。

「俺が戻るまで戦うなって言ったよね!?」

「え~? 『絶対なになにするな』はやれってことだよ?」

「フリじゃねえよ!?」

「えへへ、『戦っていい』って言われた気がしました♪」

「だからフリじゃねえの!? 言葉通り受け取って貰えませんかねぇ!?」

 馬鹿どもを言葉だけで制するのは無理だったようだ。トカゲやポンコツよりは話が通じると思っていた自分が馬鹿だった。

 と、避難民の中から中西悠希が血相を変えて飛び出してきた。

「ちょっと管理人代行!? 早くアレを止めやがれです!?」

「そうしたいが……そもそもアイツは誰なんだ? どうしてこんなことになっている?」

 トカゲとポンコツの争いを撃沈させることとは訳が違う。あいつらもあいつらでワールドクラスの脅威ではあるが、今回は仮にも半神と堕天使である。力づくで捻じ伏せようとすれば被害は異世界邸だけには決して止まらない。

「名前はカベルネ・ソーヴィニヨンらしい。たぶん偽名だろうがな」

「なんか~、あの駄ルキリーが彼女に戦いを挑んだ拍子にワインボトルを割っちゃって~。それで怒ったみたいなの~」

「お前らその現場にいたのかよ。危ねえな」

 悠希の後に続いてやってきた中西栞奈とフランチェスカが簡潔に状況を説明してくれた。

「いや、その瞬間に立ち会ったのは私だけだが、直前まではフランと悠希もいた」

 それは幸いなのかなんなのか。とにかくワインの瓶を割られたくらいで終末戦争を始められては困るのだが、いや、そんな理由がなくても戦いを始めようとする馬鹿よりはまだマシか。

「ったくよぉ、喧嘩すんなら他人様の迷惑を考えやがれってんだ」

「夜中に暴れるのはマナー違反であろう」

 寝起きの不機嫌そうな声を揃えてさっきから比較に出していたトカゲとポンコツがノシノシと邸から出てきた。

「あぁ? マナー違反? てめえが言うな、ポンコツ」

「は? 貴様とて『他人様の迷惑』などとどの口がほざくか、トカゲ野郎」

「……」

「……」


「「ふざけんな! やんのかてめえ! ぶっ殺す!」」


「ややこしくなるからちょっと黙れ」

 五七五の短歌調で喧嘩を勃発させそうだったトカゲとポンコツには魔剣砲をぶっ放しておいた。串刺しになって彼方へと吹き飛んで行ったが、まあ奴らなら死なないだろう。

 零児は改めて上空で終末戦争を繰り広げている神魔の存在を見上げる。

「ジークルーネはどうしようもないとしても、あいつ……カベルネだっけ? あいつが怒ったのはワインが原因なんだよな? もうないのか?」

「あるにはある。だが割られたワイン以上の物となると厳しいかもしれない」

 栞那が難しい顔をして首を横に振った。それなりに高級なワインを割られてしまったらしい。未成年の零児にはわからないが、云十年物とかってブチ切れるほど貴重なものなのだろうか?

「調達する必要があるな。誰か誘薙さん……『活力の風』に連絡してくれ。こんな時間だから店はやってないと思うけど」

「自分がやっときます!」

 言うと、悠希がスマホを持って比較的静かな場所へと駆け去った。

「ワインでしたら私めが異世界より極上の物を調達して参りますが?」

 零児の足下の影から執事服の老人がぬっと生えてきた。

「うおっ!? えっと、ウィリアムさん? ああ、確かあなたは『次元渡り』ができるんでしたっけ。一応お願いします」

「御意に」

 恭しく一礼すると、ウィリアムは再び影へと潜って消えた。これでとりあえずワインの調達は問題ないだろう。

「栞那さんとフランさんは住民の避難と治療の準備を」

「そのつもりだが、代行はなにをするつもりだ?」

「アレと戦うの~?」

 フランチェスカが指差した夜空では、まるで花火大会の真っ最中だとでも言うようにドッカンドッカン光と音が盛大に弾けている。下手すると結界があろうと街から視認できるレベル。魔力を練ってジャンプすれば届くだろうが、自由に空を飛べない零児が突撃するわけにもいかない。

 それに、アレを力づくで強制的に鎮めるのは恐らく不可能だ。

「いや、もうあいつらは互いに存分に戦わないと収まらないだろう。けどこのままじゃ邸も街も、最悪世界すらも終わる。だから、別空間に移動してもらう」

「そんなことができるのか?」

 だったら毎回そうしろという栞那の言外の視線を、零児は次の言葉で否定する。

「ここに来る前、『本当にどうしようもない時に一回だけ使用を許可する』って言われてた手段があるんだ。準備にとんでもない時間と、実行にとんでもないエネルギーを使うらしいから二度は使えないが」

 かつて魔王級のドラゴンが異世界から攻めてきた際に、その軍団ごと戦場を移し替えた異界監査局の荒業だ。『白蟻の魔王』の襲撃後、同じようなことが起こっても対応できるように密かに準備が進められていた。

 まだエネルギーは充分ではないだろうが、この異世界邸付近だけを対象にするなら可能なはずだ。

 零児は携帯電話から通話をかける。

 コール音は三回で繋がった。

「……誘波、起きてるか?」

『はぁい、状況はだいたい把握していますぅ』

「相変わらず話が早いな。結界で覆われてるはずなのになんで把握してんだよ? まあいいや、やってくれ」

『いいんですかぁ? ここで使えばあと半年は使えなくなりますよぅ?』

「後のことは後で考えるさ」

『わかりましたぁ。ちょっと待っててくださいねぇ。世界情報の一部を別位相にコピペします。人物情報のカット&ペーストはレイちゃんと、戦っているお二人だけでよろしいですか?』

「ああ、それでいい」

 頷くや否や、異世界邸の敷地を切り取るように光の壁が噴き上がった。

 栞那が消える。フランチェスカが消える。零児の周囲にいた他の住人たちの姿も一斉に世界から消失する。

 その異変は上空の二人にも気づかれた。別に気づいてもらって構わない。その間だけ戦闘が止まってくれていたら移行がスムーズに行える。

 やがて位相の転移が完了した。

「これは結界? いや、邸の周囲以外は真っ暗だけど、さっきとは違う場所かな~?」

「生物の気配がなくなりましたね。私とあなたと零児様の三人だけです」

 もう少し戸惑うかと思ったが、二人は落ち着いていて状況もすぐに把握したらしい。それはそれで手間が省けるから助かる。

 零児は上空の二人に向けて大声を上げた。

「ちょっと狭いが、ここなら好きなだけ暴れてもらって構わない。ただこれ一回切りだからな! 帰ってまだバトろうとするなら、俺は世界への影響を度外視してでも本気でお前たちを叩き潰さないといけなくなる! 今度もフリじゃないからな!」

 一応こっちが本気だと言っておかないとこいつらはまた同じことを仕出かし兼ねない。

「本気の零児様と……えへへ、戦ってみたい♪」

「おい!」

 ダメだあの戦闘狂。早くどうにかしないと……。

「私はいいよ~、ワインの恨みはここできっちり精算してあげる~」

「零児様は見てるだけですか?」

「俺のことは審判か観客だとでも思ってくれ」

 どちらか、もしくは両方が死ぬような事態にならない限り零児は介入しない。下手に三人で暴れてただでさえ即席で不安定な空間が壊れでもしたら事である。

「さて、決着をつけましょうか、半神」

 再び戦意を漲らせたカベルネは赤紫の翼を広げ、底無しの闇を湛えた右眼を不気味に見開く。

「望むところと言いたいですが、まだ決着は嫌ですね。三日くらいは戦い続けたいです」

 ジークルーネは大鎌を構え、神気を纏って楽しそうに口の端を歪めた。

「大丈夫、三日も持たないですから」

「あなたがですか? 思ったより体力ないのですね、堕天使?」

「戯言を。すぐに無駄口叩けなくさせますから」


 そして、二人の神魔クラスの存在が再びぶつかり合った。


        * * *


 半日後。

 もはや争いの原型など微塵も感じさせないレベルで修繕されたいつもの異世界邸に、戦いを終えた駄ルキリーと駄天使が疲れ切った表情の魔王に肩を貸される形で帰還した。

「ぐぬぬ……不覚でした……ぐぬぬ」

 悔しそうに歯噛みしているのはジークルーネである。結論から言えば彼女の負けだった。小手先の技は両者ともに通じず、肉体言語もほぼ互角。最後に物を言わせたのは空間全域を網羅するほどの大技だった。

 カベルネが『世界中のワインよオラに魔力を分けてくれ!』的なことを叫んで全魔力を解放しちゃったりしたもんだから、流石に零児も動かざるを得なかった。ジークルーネが三分の二ほど斬り削っていたおかげでなんとか押し潰されずに済んだが、その残り三分の一を零児が打ち消す前に彼女は呑み込まれて決着と相成ったわけである。

「ううぅ、もう絞っても魔力出ないぃ~……ワイン飲みたいぃ~」

 カベルネもカベルネでもう浮遊もできないほど消耗している。だから引き分けを提案してみたが、ジークルーネが潔く負けを認めたのだ。割ったワインについてもきちんと謝罪させた。

「負けてしまいましたが、久々にスッキリした戦いでした。えへへ、次は負けませんよ」

「次はねえっつったろうが!?」

「だったら~、ルーちゃんも一緒にワイン飲もう? あの人間の女の子にパスタ作ってもらってさぁ~」

「いいですね。そういえばお腹ペコペコです」

 別にお互いを憎み合っていたわけではない二人である。戦いが終わればなんやかんやで意気投合してしまったわけで、両肩を貸している状態で姦しく(?)お喋りするもんだから零児の疲労はマッハで溜まっていった。しかも二人とも美人だから余計に胃がキリキリする。

「早くワイン飲みたいぃ~! ワーイーン! ワーイーン! この際だから安物でも文句は言わないよ~!」

「私はワインというか、お酒を飲んだことがありませんね。どんな味がするのでしょう? 楽しみです♪」

 耳元で口だけは元気に動き回る二人から「ワーイーン! ワーイーン!」とやかましいコールが徹夜明けの脳に響く。

「ええい黙れ!? 今ごろ悠希たちがワインを用意してくれてるはずだから静かにしろ!?」

「なんと!」

 カベルネの表情があからさまに変わった。なんかじゅるじゅる言ってると思ったら溢れたヨダレが零児の服にかかっていた。どんだけワインが好きなのだ。

「――って汚ねえ!? 服溶けてるし!? やめれ!?」

「痛いよぉ~」

 思わず反射的に突き飛ばしてしまったカベルネは涙目で地面に横たわっていた。どうやら本当に自力では一歩も動けなくなっているらしい。

 零児は改めてカベルネを拾って肩を貸す。

「ワインは置いといてカベルネさん、あんたはこれからどうするんだ?」

「ワインを飲むけど~?」

「だからワインは置いとけ! ここから出て行くのか、それとも住人となって邸で暮らすのかってことだよ」

 管理人代行の職務として質問すると、カベルネは悩むような素振りを見せて邸を見上げた。

「そうだね~」

 その整った口元に薄っすらと微笑みを浮かべる。


「楽しそうだから、もう少しいてもいいかもしれないねぇ~」


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