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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
管理人不在の異世界邸
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「災厄」の始まり【part 紫】



「……」



 瀧宮羽黒と『知識屋の魔女』のやり取りが山の中腹で行われていた、上空。


 鮮やかな青色の鱗を身に纏った龍の上に胡座をかき、更にその荘厳さすら感じさせる頭に無造作に頬杖をついて、疾は一連のやり取りを目の当たりにしていた。


「これで鬼門が整った、か……やれやれ」

 独りごち、疾は片目を眇める。

「龍脈を整え、街を復興させ、来る百鬼夜行に備え……人員欠如を埋めて怪我人を労る。大盤振る舞いだな、『最悪の黒』よ」


 尊大な、常とは異なる語調を操る彼の眼差しは、言葉とは裏腹に酷く醒めきっていた。


『どうするのですか、あるじ』

「あるじ言うな。……さて。何せ、『魔女』に動く気が無い」

 鼓膜を直接震わせる青き龍の問いかけに、少しだけ不愉快そうな表情を見せ、疾は答えた。それを受けて、青き龍は身動ぐ。

『……私は、彼女が好きではありません』

「そりゃそうだろう。何せお前は、『魔女』を契約相手に選ばなかった」

『……』

「黙りか。まあ、理由は分かるがな」

 くつり、と笑って。

「あれほどの才気と技量、そして頭脳を持ち合わせながら、今回の件ではひたすら振り回されるだけだった。ただそれだけなら、お前は力を貸したんだろう?」

 冷ややかに、突き放すように。

「……どんなに次期当主の器だろうと、あの『魔女』は心からこの街の為に尽くせない。この街を守る理由が、街の為ではない。だからこそ、セイの眼鏡に適わなかった。本人も分かってはいるさ」

 それでも、と呟いて、笑う。

「それでも、譲れないんだろう。この街の在り方に、疑問を持ってしまうんだろう。なあ、『魔女』よ?」

 気怠さすら滲む声音に、青き龍——北の守護獣、青龍は微かに身を震わせた。


 若き新たな主を選んだのは、つい最近。未だに自分達と本契約を結ぼうとしないこの青年は、時折別人のような——空恐ろしい空気を纏う。それが未だに慣れなかった。


「まあ、今回は瀧宮羽黒の1人勝ちだな。これが『吉祥寺』次期当主としてではなく『知識屋』の店主としてなら、もう少しましだっただろう」

『……彼女は、肩書きの重みが分かっていないと?』

「いいや。あの『魔女』は、本物だ。根っからの、『魔女』だ。だからこそ、次期当主として——術者として動くと、弱い。瀧宮羽黒如きの魔術に怯えてしまう程に、な」

『如き、ですか……?』

 青龍は戸惑い気味に繰り返した。青龍から見ても、疾の魔術を見事に再現して見せたその手腕は、常軌を逸しているように見えた。

 だが、疾はくつりと笑うばかり。

「なあ、セイ。『魔女』はな、ノワールを都合が良いと言って、利用出来るんだよ。魔術師の上位職と呼ばれる魔法士の、そのまた最上位を頂くノワールを恐れない。それなのに、おかしいと思わないか? 何故、魔術師ですらない『最悪の黒』を恐れる」

『それは……』

「答えは簡単だ。術者としては二流、『魔女』としては最高峰。そんな二面性が生んだ矛盾が、後れをとらせた。……後はまあ、本能であの男の異常性を察知したか。その点は評価出来るな」

 小さく笑って、疾は羽黒が生み出した巨木に掌を翳した。


「見事な模倣だったな。爆発の方は原理を読み解けなかったか、周囲の被害を考えて控えたか、どちらでも良いが。魔力回路の破壊そのものは、俺が行った方法そのままを忠実に再現している」


 だが、と疾は何でもない事のように続けた。



「だからこそ、あいつは魔術師じゃない」



『は……?』

「セイ、魔術師というのはな。何よりも、他のどんな技能や知識よりも、「己」が大事なんだ」

 つまらなさそうな口調で、疾は説明する。

「だからこそ『魔女』は『魔女』としてしか生きられない。『魔女』である以上、『吉祥寺』にはなりきれない。……街を、最上位におけない」

『……』


「しかし瀧宮羽黒にはそれが無い。魔術師が他者の魔術を模倣する際、どんな簡単な魔術でも「自分」を刻む。刻まずにはいられない。そこに一切の「自己」がないまま、他者の魔術をなぞるなんて事は我慢が出来ない」


 それが——


「それが、出来てしまう。躊躇いなく、迷い無く、そこに何らの疑問を差し挟まず、寸分違い無く真似られる。知識を、技術を、経験を、歴史を、餓蛇の如く貪欲に丸呑みにする。己ごと、全てを呑み込んでしまう。それこそ、瀧宮羽黒が魔術師たり得ない証。それこそ、瀧宮羽黒が最悪と呼ばれる証」


 ふ、と笑いを交えた呼気が吐き出される。


「俺のような生粋の鬼狩りは、性格云々関係無く異能者達に嫌われやすい。冥府特有の匂いを……「死」の気配を本能的に嗅ぎ取り、関われば関わる程忌み嫌う。俺と相対してそうならなかったのは、2人。心に鬼を飼う男と——死への忌避を忘れてしまった男」


 つい、と疾は山を下りていく羽黒を指差した。


「一体過去に何があったのやら。命懸けの危機にも動じない、動じる事の出来ないあの男は、例え死神の鎌を見ても怯えやしないだろう。ノワールとはまた違う、業の深い狂気を抱えている」


『それは一体……?』

「さあな。だが、それを察したからこそ『魔女』は怯えたんだろう。彼女の心は、徒人のそれだ。ノワールの狂気に同情してしまうくらいだからな」


 にべもなく、という表現が似合う口調で答える疾は、ならば心が人とは異なるのか。それそのものは、本人の口から語られる事はなかった。



「さてと。これで、あの男は退場する。精力的に動いておいて気の毒な事だが……今後しばらく、この街には入れないだろうな」

『……はい』

 青龍が同意する。それは、それだけは、間違いのない予想だった。

「やれやれ……無知は罪だな。外部者の力を借りる以上は仕方ないとは言え、瀧宮羽黒は優秀すぎた。余りにも完璧に、今回の件を解決してしまった」

 頬杖をついたまま、疾は羽黒と、その背中を見送る『魔女』を眺めて呟く。



「この街は、この街の土地神は……そんな事、これっぽっちも望んではいないのにな」



 羽黒と、おそらく『魔女』も知らないだろう真実。それを聞いたからこそ、疾は先日の騒動に加勢する事を選んだ。


「鬼門を整え、百鬼夜行に備える。龍脈を整え、土地の気を鎮める。魔王襲撃を、恙なく収束させた……安定。安定。安定。全く、余計な真似をしてくれたものだ。折角精霊の干渉を受けつつも、目一杯派手な真似をしたのにな」

 微かに口元を歪ませ、疾は襲撃の夜を回想する。


 あの日。守護獣達の説得に負け、渋々出陣した矢先。偶然にもノワールの気配を察知し、直ぐに追えたのは僥倖だった。

 ノワールに気付けた事でない。今まで接触のなかった瀧宮羽黒という男に出会えた事が、だ。


「あのまま放置していたら、どこまで綺麗に収めていたか。下手をすれば、もっと被害が少なかった」


 なにせ、回り道と足止めをしてわざわざ発射させた・・・・・・・・・主砲さえ、腰の重いノワールを説得して人的被害0で抑えてしまったのだ。そして羽黒のお陰で余裕が生まれた『魔女』の手腕によって、墜落させた戦艦も全く被害を出さなかった。

 これで発射前に羽黒が到着していればと思えば、ぞっとする。


「魔王が来たのに、それでは困る。街1つ落とせない魔王なんて肩書きがつくのは全く構わないが、さしたる被害もなく退けては意味がない」


 正気を疑うような台詞が、次々と疾の口から飛び出ていく。


「後手後手に回る『魔女』は、どこまで気付いているのやら。後手に回ってその場しのぎに手一杯になる事こそ、この街の守り手たる資格を満たしていると。『吉祥寺』とは、その為に存在する家なのだと。どこまで分かって、この茶番を演じているのやら。なあ?」


 くつくつと、笑う。笑う。


「くく、皮肉なものだ。旧き街。旧き家。良くも悪くも旧いこの土地は……平定を望まない。ここは京の都とは違う」


 多くのカミを祀り、鎮め、安らかなさきわいを願う祈りを力に、平らけく土地を鎮める、かの土地とは正反対。


「ある意味、物語の舞台には最も相応しい土地だな。常に混乱が、騒動が、悲劇喜劇が起こり続け、恩恵も被害も同時に発生する。それこそが、この土地にとっての最善」


 何故ならば。



「この地の土地神を瀧宮羽黒は「おっかない」などと評したが、そんな生半なものじゃない。そして、そんな聞こえの悪いものでもない。——善きも悪しきも、人も妖も、神も悪魔も……魔王も、等しく全てに恵みを与える。そんな神なのだから」



 だからこそ、魔王が一方的にやられてはならない。人間が一方的に壊滅してはならない。


 どちらにも恩恵がなければ、土地神の意向に沿わず、土地は歪む。



「ふん。そう考えると、あの世界精霊は正しく仕事をしたな。勇者と魔王の最終決戦。これ以上、かの土地神を満足させる決着もない」

 つまらなさそうに頬杖をついたまま、疾は首を傾げた。

「その勇者も今は病床につき、魔王は首輪を付けられた。守護の家は莫大な借金が残った。悪くない結末だ。結末の、筈だった」


 それを、あの最悪は壊したのだ、と疾は断じる。


「勇者はともかく、守護の家に恩恵を与えすぎだ。たかだか100人かそこらの怪我人が出ただけとはな。復興作業の苦労を肩代わりしなければバランスのとりようもあったが……しかもこれだ」

 大木を見下ろし、溜息をつく。

「鬼門を整えるなど、正気の沙汰じゃない。あれは廃墟のままで良かったんだよ、瀧宮羽黒。鬼門が百鬼夜行を呼び込むくらいで、丁度良い。百鬼夜行ソレは特別な事ではなく、この街の常態なのだから」

 返事のない相手を詰り、疾は軽く首を傾げた。

「さて、セイ。コクに聞いても良いんだが。あの大木を破壊し、かつて土地神だったカミを殺せば、どうなる?」

 人に許されない筈の禁忌の問いに、しかし動じず青龍は大人しく答える。この青年がその気になれば、今この瞬間にそれが可能なのは、今更の事実だ。

『反りは全て、あるじに向きます。この街には余り影響が及びますまい』

「だから、あるじ言うな。……周りの森を焼き尽くしても駄目か?」

『……少しは影響が出ますが、反りと天秤に掛けては』

「割が合わない、か」


 沈黙を持って青龍が答えると、疾は溜息を漏らした。ついでとばかりに欠伸を漏らし、目を細めて遥か下方にある街明かりを見下ろす。


「さてはて、どうしたものか」

 選択肢が疾の脳裏に次々と浮かぶ。そのいずれもが危険を伴い、また、街への影響度が低すぎる。

 そもそも。

「今、動くか。それとも、まだ動きがあるか。瀧宮羽黒が退場した今、懸念は『魔女』と『四家』、そして……魔法士協会か。未知数だな」


 どうせなら、全てが終わってからどうにかしたいものだ。


 そう呟いた疾に、青龍が問いかける。

『何故、最後に動かれたいのですか?』

「ははっ」


 嘲るような、笑い声。彼が常日頃他者にぶつけるそれは、しかし普段にはない冷え切った響きが沈んでいた。


「セイ。この街が今、正常に機能していないのは何故だ?」

『…………』

「都合が悪いと直ぐ黙るな」

 含み笑いを零し、歌うように疾は紡ぐ。


「次々と発生する事件に右往左往する四家。それを補佐する医療、経済。綱渡りのようなバランスが、その場しのぎで繰り返されている。——それが街全体に行き渡る恩恵にどういった影響を与えるのか、考える余裕はない」


 そのままではなりゆかない——あらゆる災害に沈むであろうこの街を、支えるのは。


「なあ、もう1度訊くぞ、セイ。——中央の山を統べる家は、何だ。そいつらは今、どこにいる」

『……あるじの命であっても、お答えできませぬ』

「あるじ言うなと言っているだろう。……答えないのか答えられないのか、はて。どちらかは定かではないが、これだけは間違いないわけだな」


 すなわち。


「あの山が不可侵となり、人1人いない事こそが、この不安定の元凶。たかだか外部の人間が引っ掻き回しただけで、これほど不穏な気が溜まる理由」


 疾は、断じる。


「家の四方を支える柱が揺れに揺れ、大黒柱が均衡をとる。そうしてこの街は、ずっと土地神を満足させてきたんだろう。なあ、守護獣よ」


『……』

 答えがないのが、何よりの答えだと、疾は笑う。


「非常によく出来たシステムだ。人が考えたとは思えない。しかもだ——龍脈を伝い中央に向かう力。これは土地神を封印する為の力だが……どんな偶然か、その家の不在を穴埋めしている」


 中央の山を守れ。


 術者達の無意識に刻まれた命が、最後の砦となるように。


「単純かつ複雑なこの仕組みを作ったのは、おそらく天才だ。——そして。天才の策は、常に愚者によって最悪の愚策と堕ちる」

 それが現状だと疾は言う。

「だからな、俺が最後でなければならない。またどこぞの愚か者が、俺の意図を理解せずに馬鹿をしでかせば、今度こそこの街は終わりだ。仮にそうなろうが、今のまま放置して緩やかに終焉への道を辿ろうが、俺は構わないがな」

『あるじ……!』

 抗議の声を上げる青龍を無視して、疾は夜空を見上げた。


 既に選択肢は絞られていた。おそらくこれが出来るのは自分だけで、これを成せば今回の歪みは正される。

 最良の選択。最高の結果。

 何より、守護の『家』の指揮権を持つ自分が、この破壊を呼び込めば、さぞかし土地神を満足させることだろう。


 だが。


「……気が進まんなあ」

 そこまでの荷を、背負ってやる気が起きない。必要性は分かっていても、誰よりも「自己」に重みを置く疾にとって、それは邪魔なものだ。


「生涯をこの街に捧げる気なんぞない。たまたま都合の良い街を見つけて、ふらりと立ち寄っただけなんだが。全く、余計な事を吹き込んでくれた」


 守護獣達に教えられたこの街の在り方を聞いて、総毛立ってしまったから。

 この街が、いつどの瞬間に沈んでもおかしくないのに、確かに平和を保っているという事実に、戦慄し——このシステムを作り上げたものに、敬意を抱いてしまったから。


 いつもならばさっさと見捨てるだろう土地を、未だに離れられずにいる。


『あるじ……』

「だから、俺はお前達の主じゃない。主になれるものか——この街が沈もうがどうだって良い、我が身可愛い人間に」


 小さく笑った声には、自嘲が混ざっているような気がした。それは……青龍の、願望か。 


「さあて、どうするか」

 頬杖をついたまま、疾はもう1度溜息をついた。

 知らないふりをするには深く関わりすぎた、それは分かっている。だが、だからといってやる気になるかと言えば、また別問題だ。

 なにせ、何もメリットが無い。そして、見捨てたところでデメリットも無い。強いて挙げれば隠れ蓑に都合の良い街を1つ失う程度だが、そんなもの如何様にもなる。


「……にしても。俺しか適任者がいないという時点で終わっているな、この街は。魔力不足の魔術師ですらない輩が命運握るなど、悪夢も悪夢だろう」

 そう独りごちて、疾は失笑を漏らす。青龍が身動いだ。

『……あるじが望まれるなら、幾らでも力をお貸し致します』

「断る。本契約はしない、そう言っただろうが」

『何故そこまで……』


 不満げな声は無視する。彼らが勝手に力を貸す分には仮契約の範疇だが、自分が何かを成し遂げるために彼らを使うには本契約がいる。そう分かっていて口車に乗る気は無い。というか、それ以前にやる気が起きない。


「術師のガキなら術そのものは成功させるだろうが、街ごと自己犠牲に巻き込みかねない。襲撃の際に守護の魔術を維持していた魔術師は、コク曰く世界そのものに執着がない、と」

『なら』

「そして適任者に回るのが、この街に愛着の欠片もない、我が身可愛い俺しかいないときた。つくづく運がないな」

『あるじ……』

「だから、主ではないと何度言わせる。……はあ、煩わしい」

 また溜息をついて、疾は髪を掻きむしった。


 やるしかない、とは思うのだが。如何せんその気にならない。考えている策に必要な魔術は、気が乗らないまま成功させられる程簡単ではない。

 せめて何か1つ、背中を押す切欠があれば——



 ——ヒュオッ。



 一陣の風が吹き、場違いなほど明るい声が響いた。

「ちわーっす! 毎度お世話になってます、既知の物から未知のモノまでなんでもござれ! 雑貨屋『活力の風』でぇーす!」

「……風精霊か。何の用だ」

 煩わしげな表情を浮かべ、疾は胡乱な目を現れた淡い緑髪の青年――法界院誘薙に向ける。にこやかな営業スマイルを浮かべた誘薙は、構わずいつもよりハイテンションに語り始めた。

「つれないねぇ。いつものようにニュースを持ってきたんですよぅ。それも大ニュース。管理人が不在というのも新しい刺激があって実に楽しい。そうそう、魔王に引き続いてまた新しいお客さんが来たんですよぅ! それもとびきり変わった〝人〟が!」


 ……何故かこの風精霊、疾が守護獣と仮契約を結ぶ羽目になってからこちら、こうして唐突に押しかけては勝手にべらべらと異世界邸の様子を語っていくのだ。興味が無いし必要な情報は守護獣から聞いていると言っているのだが、ガン無視である。


「いやぁ、こういう話って君以外にはしたくてもできなくてねぇ。ところで――」

 ろくろく相槌も打たずに聞き流していた疾だったが、誘薙が語調を改めて話題を変えた為、別の考え事をしていた意識を戻した。


「今回は君に、ちょいと依頼があるんだけど」

「あ? 依頼だと?」


 不機嫌に眉を寄せる。この精霊の「依頼」は大抵がなかなかに骨の折れるものであり、それも今このタイミングでとなると、非常に嫌な予感しかしない。

「断る。つーか帰れ」

「いやいやぁ、これは聞かなきゃ損ですよぅ? 何せすっごく楽しいイベントのお誘いですから」

「イベント? 何だ、また魔王が襲撃にでも来んのか」

『まさか!?』


 冗談にならないと戦く青龍を尻目に、誘薙はイイ笑顔で親指を立ててみせる。きらっと白い歯が無駄に輝いた。


「ハハハ、仮にも〝守護者〟の僕が魔王襲来を『楽しいイベント』だなんて思っていても言えないねぇ。ご安心を。そんな危険なものじゃありません。これはマイシスターも抱腹絶倒して絶賛した最高級に楽しい娯楽! 先程異世界邸に『ある物』を搬入した際に全容を聞いたのですがねぇ、タイトルは——」


 そうして誘薙が語り始めた計画に、疾はらしくもなく唖然とした表情を浮かべて耳を傾けていた。やがてその表情は徐々に歪み、ついに俯いて——


「……ふ……っは、ははははは!」


 ——高らかにその笑い声を響かせた。


「ははっ、ははははっ! こいつは傑作だ……っ」

「でしょう!? 君ならきっとそう言ってくれると思ってました♪」

「くくくっ……。ああ、今回ばかりはてめーが正しい」

 未だに笑いを収められないまま、疾は頷いた。

「言っておくけど、このイベントの立案実行者は当然僕じゃないですよ。ほら、僕はしがない雑貨屋ですから、必要な小道具を用意するだけです」

「ま、だろうな」


 この精霊の役割からしても、過干渉はありえない。それもこんな、馬鹿馬鹿しい・・・・・・催しの為に手出しは出来ない。


「ですけど、折角こんな楽しいイベントをただ観賞するだけじゃつまらない。こっそりお膳立てしちゃいたいなぁと思い立ったので、内緒で暗躍してみたのが今現在だったりするわけです」

「なるほど、な」

 唇の片端だけを持ち上げて、疾は頷く。既に、話の先は見えていた。



「まあ、彼は僕がこうすることも計算に入れてるかもしれないけどねぇ。僕が手を加えられるのは小道具を揃えることで一杯一杯ですけど……良いイベントは、やっぱり大道具から——舞台準備までしてこそだと思いませんかぁ?」



「ああ、その通りだ」

 くつくつと、笑うその声は、紛れもない愉悦を含んでいる。それを聞いて、青龍は嫌な予感を覚えた。


 なんというか、こう。決して後戻りできない道に両足突っ込んでしまったような……そんな不安感。


「ね? ね? 折角だったら景気づけにいっちょ! 1枚嚙みませんか?」

「いいねえ。面白え、その心意気を買ってやろうじゃねえか。騒動を起こすなら、騒動が起こるに相応しい場作りは欠かせねえよなあ?」


 くっくっく、と笑い声が穏やかな夜空に不穏に響く。


「契約成立! 毎度ありがとうございます! 期待してますよぅ」

「はっ、上等だ。思う壺にはまるのは気にくわねえが、今回はその心意気に免じて、乗せられてやろうじゃねえか」


 笑いながら、頷く。最後の一押しがこんな巫山戯た計画とは予想外だったが、考えてみれば、これはこれで疾らしい。

 ただ「面白いから」。それだけを行動基準に置くのは、大層心躍るものだ。


「じゃ、対価は前払いだ。——ありったけの魔石をかき集めろ。間違っても人工物・・・なんざ掴ませるんじゃねえぞ。天然物の、高純度の魔石を手に入れられるだけ集めてこい」

「お安い御用です♪」

 満面の笑顔で頷いた精霊を前に、疾はゆるりと口の端を持ち上げた。


「さあて、やってやろうじゃねえの」



 街単位に魔術を仕掛けられるのは、上級の魔術師だけ。そんな常識を真っ向から叩き潰してくれよう。結局の所、魔術とは所詮、技術でしかないのだ。生まれ持った才能に胡座をかき高みから見下ろしてくる阿呆共のプライドを、地に蹴落としてくれる。



「……くくっ」


 なんだか、段々楽しくなってきた。


 やはり自分はこうでなければと、疾は笑う。


 最近呼ばれ始めた「災厄」の名に、恥じない仕事をしてみせよう。



「さてと。この街に相応しい大騒動だ。せいぜい楽しませてもらうぜ?」



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