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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
管理人不在の異世界邸
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瀧宮羽黒という男【part山】

 数多の世界を滅ぼしてきた『白蟻の魔王』フォルミーカ・ブランが、憎き『降誕の魔女』にアシスタント指名をされ異世界邸で困惑の悲鳴を上げている頃。

 街を挟んで反対側の山中に聳える廃ホテルを見下ろす、雑木林生い茂る小高い丘の上に一人の男が立っていた。

 全身黒づくめで、左頬を横一文字に奔る火傷のような刀傷をつけたヤクザ面――瀧宮羽黒である。手には鉈のように幅広で重厚な造りの不格好な直刀が握られていた。

「やあ、『最悪』さん」

「……?」

 鬱蒼とした林の中、背後からかけられた声に怪訝そうに羽黒は振り返った。

「なんだ、まさか直々に届けに来るとは思わなかったぞ、『魔女』殿」

「あなたには今回、本当にお世話になったからね。これくらいの義理立ては当然だよ」

 くすくすと笑う、動きやすそうなパンツルックスタイルの『魔女』。手には金属製のアタッシュケースを下げ、ボブカットの隙間から首に黒い鱗の蛇が巻き付いているのが見える。

「現金払いは信頼の証。とは言え、そんなに急がなくても良かったんだぞ? まだまだ資金繰りは厳しかろう」

「まあ、ね。でも今回の請求書の中ではあなたからの物が一番()()。片付けられるものはすぐに片付けたいからね」

「軽いっつっても4億なんだが?」

「1兆なんて一生お目にかかれないような額の請求を目にしたからね。感覚が麻痺し始めているのかもしれない。それに――」

 と、『魔女』は目を細める。

「瀧宮一門だけならばともかく、『最悪の黒』に4億もの貸しを作りっぱなしというのは恐ろしい。恐ろしすぎて夜も眠れないよ」

「買いかぶりすぎだ『魔女』の嬢ちゃん。昔ならともかく、今の俺は建築会社の下請けの、しがない雑貨屋だぜ」

「どうだか」

 呆れ顔の『魔女』に羽黒は軽薄な笑みを浮かべる。

 その昔、「立てば暴君、座れば詐欺師、歩く姿はテロリスト」などと揶揄されていた全盛期と比べると、今や随分と丸くなっていると自認していたのだが、周囲の評価というのは分からないものである。

「ともかく、あなたへの報酬金4億だ。確認してほしい」

「はいはいっと」

 『魔女』から差し出されたアタッシュケースを受け取る。その際、『魔女』の首に巻き付いていた黒蛇も彼女の腕を伝い、羽黒の元へと乗り移った。

「はい、確かに受け取ったよーっと」

「……中身を確認しないのかい?」

 アタッシュケースを受け取ってすぐ、ぞんざいに足元に転がした羽黒に『魔女』が首を傾げる。

「俺からしたら、用意したという事実が重要でね。金額の如何は割とどうでもいい」

「贋札だったらどうするんだい?」

「そん時ゃ、寺湖田の叔父貴にチクって関係各所の窓ガラスが毎日割らせる」

「子供か。それに地味に嫌な攻撃だね」

「一般の修理会社のブラックリストに入るのは嫌だろう?」

 笑い、羽黒は徐に膝をついて直刀を握っていない方の手の平を地面に翳した。

「……? 何をしているのかな」

「後始末だよ……っと!」

 語尾を強めたと同時に、羽黒の手の平から微量の魔力が流れ出した。

 『魔女』はその魔力の流れを目を凝らして追う。注意しなければ見逃してしまいそうな毛細血管のごとき龍脈の末端を奔る羽黒の魔力は、蛇のようにうねりながら目下の廃ホテルへと流れて行った。

 そして。


 ゴ ゴゴゴゴ …… …………


 大地の底から響くような鈍い轟音を立てながら、巨大な建物が()()()()()()()()()()

 否。

 下層から順序に砂塵の如く崩壊しているのが、さながら地面に潜っていくように見えたのだ。

「……っ」

「んー、こう、もっと景気よくドカンと吹っ飛ぶかと思ったんだが……ま、これはこれでオツかな」

 瓦礫の山どころか砂山と化しつつある廃ホテルを眺めながら、羽黒は暢気にそんなことを呟いた。

 対して『魔女』は廃ホテルの残骸を――正確には残骸に残っていた()()()()に顔を強張らせた。

「なーにビビってんの『魔女』殿」

「アレは……」

「あらかじめテキトーに這わせておいた魔力回路に無理やり違う質の魔力を流してオーバーヒートさせて崩壊……させるつもりだったんだが、どうなんだろうね、これ。成功なのか失敗なのか」

「そうではなく、この無茶苦茶なやり方は」

「はっはー、お察しの通り。……なんせあの空中爆発の現場を間近で観察できたからな」

 街の上空で何ら対策を打つことなく、巨大な空中要塞を貴重な魔術回路と共に爆破してくれた歩く災厄。

 瓦礫のレベルがまるで違うが、そこに残る無残な回路の痕跡は、奴が残した傷跡と全く同じであった。いくら間近で観察できたと言ってもあの短期間でこのレベルの再現度は、いっそ異様と言っていい。加えて、この男に魔術の才があるという話は聞いたことがない。

 限りある魔力量を効率的に駆使することに長けた災厄と、瀧宮羽黒の観察眼と技術力――もしかして、組ませてはいけない二人を出会わせてしまったのではないか。

 『魔女』は今更ながらに背筋が冷えるのを感じた。

「さて」

 廃ホテルが跡形もなく消え去り、巨大な砂山だけが後に残された頃合い。

 羽黒は立ち上がり、手にしていた直刀を先程魔力を注いだ龍脈に突き刺した。

「……今度は何だい?」

「後始末後始末。飛ぶ鳥跡を濁さず。来る時よりも綺麗にしていくのが基本だぜ?」

「学生の合宿かな?」

 平静を保つために軽口をたたいている間に、直刀に宿る魔力が爆ぜた。

 瞬間、直刀から金色に輝く炎が溢れ出す。

 炎は龍脈に乗り、今度はうねることなく、大地を焼き切るように一直線に砂山へと奔っていった。

 砂山を取り巻くように渦巻く金色の炎。暫しの間勢いは衰えず、瓦礫を焼き続けていたが不意に幻のようにフッと消え去った。

「……ん?」

 『魔女』が目を凝らす。

 灰色の砂山がほんの少しずつ、しかし確実に、目に見える速度で苔生していった。

 そこからの変化は劇的だった。

 さながら世界的に有名なアニメ映画のワンシーンの如く、瓦礫の山から青々とした草木が芽吹き、ものすごい速さで生い茂っていく。最初は細く頼りない若木が段々と太く、逞しく成長し、かと思えば唐突にハラリと茶色くなった葉が落ち、音を立てて倒れる。倒れた樹木から再び新たな芽が溢れ出し、また成長を始める。

 それを繰り返すうち、数多の木々が寄り添い合い、絡み合い、縺れ合っていく。

 メキメキと音を立てる暴力的なまでの生命は次第に一つにまとまっていき、ついには一本の巨木へと変貌を遂げた。

「…………」

 巨大な森を一本に凝縮したようなそれに呆気に取られている『魔女』を尻目に、羽黒は地面から直刀を抜き取って肩に担ぎ、さっさと丘を下りて巨木へと歩み寄る。

 遅れて正気に戻った『魔女』もその黒い背中を追いかけ、斜面を下っていく。

「一体、何をしたんだい……?」

「大したことはしてねえよ。太刀に宿る火気と金気で土気と水気を増幅させて瓦礫の山を豊かな土壌に変える。土気と水気は木気を生み出し、木々を育てる。……そこに狐の悪戯心と『瀧宮』のノウハウをブレンドしちゃいるが、術式のベースは五行の基本だ」

「狐?」

「なんでもねーよ」

 この直刀を借り受けるのに支払った犠牲ケーキバイキングクーポンの話をしてやるつもりはない。

 斜面を下り終え、巨木の根が張り巡らされて非常に歩きにくいホテル跡地を進む。根元まで近付くと、もはや樹木というよりも崖なのではと錯覚に陥りそうな様相の幹に、子供一人が入れそうな大きさの洞が出来ていた。

「ここでいいか」

 洞に近づき、腕を差し込む。すると羽黒の肩の上でとぐろを巻いていた黒蛇がしゅるりと腕を伝って洞の中へと這入った。

「今この時をもってあんたの戒めを解く。……遅くなって悪かったな。急ごしらえでまだ社も何もないが、しばらくはこの地を頼む」

 鎌首をもたげて羽黒を見ていた黒蛇がちろりと赤い舌を出し、暗闇を湛える洞の奥へと、その黒い鱗が溶け込むように文字どおりの意味で消えていった。

「……彼は結局、一体何者だったんだい?」

 黒蛇が消えた洞の深淵を見つめながら『魔女』が首をかしげる。瀧宮羽黒という埒外が繰る式神にしても、あの黒蛇はやや常軌を逸していたように見えた。白蟻騒動の最中に『魔女』の結界に穴をあけて彼女に接触してきたこともそうだが、蛇のくせに菓子のような甘味を好むという俗っぽさもあった。ただの式神というわけではなさそうだったが、結局『魔女』には理解できなかった。

「ああ、アレは元々はどこか遠い地で祀られていた土地神だ」

「は!?」

 土地神という単語に『魔女』の表情が強張る。この街の守護に携わる者として、それは当然の反応であった。

 しかし羽黒は『魔女』のそんな反応を見て、変わらず軽薄な笑みを浮かべ続ける。

「土地神は土地神でも、ここみてえにおっかないもんじゃねえよ。人がいなくなった集落や開発で社を無くした土地神の話は聞いたことはないか? くくく、うちの街じゃそう言った細々とした神様も集まってくるんだよ。あの黒蛇はその一柱なんだが、消えかけていたところを新しい社を用意する条件で式神として繋ぎとめていたんだ」

「……まさか、この巨木を社代わりに?」

「本当はもう少し手元に置いておこうとも思ったんだが、この場所があまりにもドンピシャだったからな」

 と、そこまで口にしたところで羽黒が表情を引き締める。

 何かと思って『魔女』も姿勢を正し、対峙する。

「だめだぜぇ? あんなでかい廃墟をこんなところに放置したら」

「え?」

「ここ、確かに地脈龍脈は別段太くもない末端部分だが、街の中央から見るとおおよそ鬼門の方角だ」

 『魔女』が息を呑む。

 この場所に廃ホテルが放置されていると言うことは情報としては知っていたが、人手不足と建築物の解体は専門外であることを理由に後回しにしていたのだった。

「あんな廃墟放置してたら淀みが生じて集まらなくていいモンも集まってくる。今回はたまたま俺が黒蛇――北を示す黒と東を示す鱗、つまりは北東(鬼門)と相性がいい元土地神を連れていたから良かったものを、このまま来たる百鬼夜行を迎えていたら大変なことになっていたぞ」

「……返す言葉もない」

 かの災厄がもたらした情報によると、魔王によってばら撒かれた瘴気は龍脈に乗って日本全国に蔓延してしまったらしい。その発生源であるこの街に向かって魑魅魍魎が吸い寄せられるように動き出しているらしく、事実ここ数日間、妖たちの活性化の報は『魔女』にも届いていた。

「鬼門は整えた。これで四方八方から魑魅魍魎が押し寄せてくることはないだろう。鬼門の方角から行儀よく、百鬼夜行を整えて一列に並んでやってくる。迎え撃つのも多少は楽になるだろ」

「楽になるなんてものじゃないよ」

 魔王騒動でさらに減ってしまった元から少ない人手を、街全体に分散させずに済むというのは非常に大きい。いい意味で、作戦その物が変わってくる。

「本当は街に溜まらないように反対側の裏鬼門も整理した方がいいんだが、そっちはあの邸がある辺りだ。放置で問題ないだろ」

「本当に、何から何まで――」

 ありがとう、と頭を下げてふと思い当たった。

 世界の次元を超えて敵の多いこの男に、敵以上に味方が多い理由が理解できた気がした。

 一度懐に入れたものは絶対に見捨てない。姫をあやすが如く全てを分け与え、迫る刃は根元から叩き折る。それはもう、過保護なほどに。その恩に報いるべく、または余りにも他者を大切にし自分を二の次にし、死すら恐れずに突き進むその背中を放っておけなくて、彼について行く協力者が増えていったのだろう。

 その本質は、言ってしまえばただの恩の押し売りだ。だがそれに助けられ、頭を下げた者がどれほどいるのか。それが人命を――人とのつながりを大切にする、瀧宮羽黒という男のあり方だ。

 しかし同時に恐ろしくもある。

 彼の庇護下にあるうちは良い。だがもし、自分が叩き折られる刃の側になってしまうと考えると――恐ろしい。彼は絶対に見捨てない。故に、彼の価値観から外れてしまったその時、振り下ろされるのは拳骨という名の制裁か、指導という名の矯正か。どちらにせよ、恐ろしい、恐ろしい。ああ、恐ろしい。

 瀧宮羽黒という個人を、そして彼に付き従う協力者たちを知っているだけに、身の毛が弥立つ。

 敵にするには悍ましく、味方にするにも厄介で、関わり合いにならないことが賢者の選択だ。

 だと、言うのに。

「この恩は忘れないよ。何か困ったことがあったらお声かけを。魔術に関することならお手伝いできると思うから」

 どうしてこの口は、そんな言葉を発してしまうのか。

 これが。

 これが瀧宮羽黒――「最悪の黒」という名の麻薬か。


 全くもって、最悪だ。



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