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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
管理人不在の異世界邸
62/169

貴文、入院中【part 紫】

 代理管理人が悪戦苦闘いぶくろをぎせいにしながらも、那亜や栞那の協力を得て、なんとか異世界邸を維持運営可能な状態まで持ち直した頃。


「いやあ、すっかり落ち着いて何より」

「…………」

 麓町では、にこやかな中西院長とぶっすりと黙り込んだ貴文が病室で顔をつき合わせていた。

「一時期はバイタルも安定しないわ、不穏が酷くて体力が回復した側から消耗するわでどうなることかと思ったけど、流石に生命力が強いなあ。普通の人間だったらとっくにあの世行きだよ」

「…………」

「まあ九死に一生を得るというのは昔から貴文の十八番だったし? なんだか懐かしいねえ。鬼ごっこしたり鍛錬したり、何故か怪我するのは貴文ばっかりで、けど何だかんだ言って死なないし」

「……疫病神」

「うん?」

 朗らかな口調で語る翔相手にひたすら無視を決め込んでいた貴文だが、昔語りにぶっつりと切れてしまった。

「なぁああぁあにが懐かしいだ馬鹿野郎!? お前らの厄介事が10年以上超えて降りかかってきたこっちの身にもなってみやがれ畜生! お陰様でこっちの借金額8000億だぞ8000億! それとも何か、大病院のインチョーサマともなればその程度はした金だとでも言う気か寄越せ!」

「あはははは、嫌だなあ。そんな大金、俺達がそうそう取り扱うわけないだろ? それにしても凄い額だな、どうしたの?」

「あんたらの妹分とやらが瀧宮と忌まわしい過去と共に持ってきたよ馬鹿野郎!!!」

 魂の絶叫が個室に響き渡る。翔は動じず腕を組み、しばらく考え込んでから、ぽんっと手を打った。

「ああ、あの子か。もう大分大きくなったのかな?」

「他人様の胃に止めを刺して病院送りにする程度にご立派だよ畜生!」

 掴み掛からんばかりの勢いで噛み付く貴文に、翔はのんびりと首を傾げて見せる。

「なあ、貴文。それ何で栞那呼ばなかったの?」

「は?」

「俺と面識あるなら、当然栞那とも面識あるよ? 弱みの1つや2つくらい、提供してくれただろ」


 ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。


 そんな音が聞こえそうな有様で、硬直した貴文がベッドに倒れ込んだ。手早くモニターと脈を確認してから、翔は朗らかに告げる。

「ああ、貴文のうっかりはいつもの事だったな。ごめんごめん」

「……倒れ伏した病人に追い打ちを掛ける医師がどこにいるんだくそう……胃薬欲しい……」

「貴文の体調の悪さは胃薬に依存しすぎてるせいもあるからしばらく駄目な。あとはまあ、俺と貴文の付き合いだしこんなもんじゃないか?」

「チェンジ!」

「いやあ、俺だって特定の患者に付きっきりになれるほど、実は暇じゃないんだけどさあ」

「あ?」

 にこにこと楽しそうな笑顔を浮かべてはいても、まあ確かに翔の目の下の隈がやばい事になっているのは、貴文も意識の戻った数日前から気付いている。じゃあ何でお前が付いているんだと睨み付ければ、翔はわざとらしく両手を広げた。……そのオーバーな仕草を懐かしいと思ってる自分が嫌だ。

「誰かさんが瀕死で完全に参ってひっくり返ってるにもかかわらず、定期的に謎の変貌を遂げて奇声を上げて暴れ回るとかで、すっかり若手の医師達が音を上げちゃってねえ。鎮静剤もまともに効かないって、泣きつかれたんだよ。異能者の特異な症状にも慣れた百戦錬磨の優秀な部下達が一体どうして苦戦してるのかって見に来れば、貴文の奥さんや娘さんにまで泣きつかれちゃって。旧友の妻子の懇願を無碍に出来るほど、俺も冷血漢じゃないし」

「どの口がほざくか!?」

 実の妻子をガチの伏魔殿いせかいていに放り込んだ馬鹿の戯言に目を剥く貴文は無視して、翔はサワヤカに続けた。

「そんな訳で、他に誰も適任がいないのとご家族直々の指名とで、俺が主治医兼担当医としてここにいるんだよねえ。超好待遇だって羨ましがられてるみたいだよ?」

「どこがだ阿呆……」

 しくしくと痛む胃の上を押さえ、貴文が呻く。事実翔に担当が変わってからあっという間に症状が落ち着いたと言うし、医療面と経済面では有り難い。あんまり入院が長引くと異世界邸が消滅しかねないし、ただでさえ借金だらけなのに入院費が怖すぎるのだ。そういう意味では非常に助かる。

 が、貴文のメンタルは既に今日1日でレッドゲージだ。何故この主治医は楽しげに患者の精神をがりがり削っているのだ、入院長引かせたいのか。

「さてと。雑談は程々にして、病状説明しておくか」

 ぱんっとまたしもオーバーな仕草で手を打ち合わせると、示し合わせたように病室のドアが開き、看護師——の格好をした神久夜が入ってきた。

「何故そーなる!?」

「え? 四六時中看病するならこっちの格好が良いって言うし、その方が面白……貴文が元気になりそうだからってさ」

「そんな理由で許可出すな院長(トップ)!」

「た、貴文……似合わぬかえ?」

「超似合ってるよマイハニー!」

 貴文のツッコミ精神は、ケモ耳ナース服のうるうる目に負けた。楽しげな院長はこの際見なかったことにする。

「それで先生、貴文はどうなるのじゃ? 病状の説明と聞こえたが」

「それ私も気になる!」

 ひょこっとドアから顔を出したのは、ランドセルを背に背負ったこののだった。ナース服は着ていない。貴文の表情が笑顔に緩む。

「お父さん、大丈夫なの?」

「ああ、もう大丈夫——」

「とも言い切れないんだけどねえ」

「え!?」

 この医者、患者の家族の不安を思いっきり煽りやがった。

 ぎんっと睨み付ける貴文をスルーして、翔はゆったりと、しかし少しだけ口調を改めて説明し始めた。

「そもそも貴文が入院した切欠はストレスの限界だったわけだけれど、もう何十年も異世界邸の連中のストレスに晒されて平気だったのに限界を超えたのはただ事じゃない。栞那もそう判断して、精密検査を兼ねてこっちに送った」

「そうだったの?」

 不安げなこののに頷いて、手に持っていたノートパソコンを開く。

「異世界邸の管理人一家のデータはうちで一括管理しているけど、貴文の検査値が前回と比べて圧倒的に悪い。ちょっとした感染でも重症になりかねないくらい弱ってるね。大方、先日の大騒動で無茶したんだろうけど」

「死にかけたのじゃ……貴文……」

「も、もう大丈夫だって」

「まあそこで大丈夫だと思って通常業務しようとするから倒れたんだけどね」

 さらりと合いの手を入れてくる翔に、貴文は詰め寄る。

「あのな、あんまり不安を煽るような物言いをするなよ」

「いや、煽ってるからね」

「おい!」

「だってお前、今意識が戻って小康状態だからって、もう大丈夫だと思ってるだろ? それで、異世界邸の様子が気になり出してる」

 見透かされて貴文が黙り込む。それを見た神久夜が慌てて身を乗り出した。

「た、貴文! 代理の者が頑張ってくれてるからまだ大丈夫なのじゃ!」

「いやだって、そろそろ請求書の山が心配……うっ」

「お父さん!」

 幻視した請求書の山に胃を押さえる貴文。こののが泣きそうな顔で覗き込んでくるのに心がちっくちっくと痛む。が、流石にあの馬鹿連中をのさばらせた異世界邸とか不安すぎて死ねる。

「言っとくけど今戻ったら死ぬよ? 俺だって貴文が戻ってくれた方が異世界邸の安全上は安心だし、個人的には戻ってキリキリ働いてもらいたいけどな。そんな事言ってられないくらいにはまだ戦いの傷も癒えていなければ、倒れた切欠のキャパオーバーも回復してない」

 しれっと酷い事を言いながら——友人としての心配が欠片も見られない発言ありがとうよ——、しかし断固とした口調で翔は締めくくる。

「よって、もうしばらく入院。俺が良いって言うまでしっかり安静していなさい」

「ぐっ……でも……」

 気圧されながらも反論を試みたが、にっこり笑った翔の背後に見えた、涙目の妻子に負けた。うるうる目で手を胸の前に組むのは駄目だろう可愛すぎる。

「うぅ……」

「まあ大方そうやって心配でまともな安静取れなさそうなのは見えきっていたけどねえ」

 呆れたように溜息をついて、翔は神久夜の方を見た。頷いて、手に持っていた大きな鞄をあける。

「みんなからお見舞いの品を預かったのじゃ!」

「大丈夫元気にやってますってメッセージを込めてねって言って集めたんだよ!」

「おお……!」

 日々胃痛の原因しか持ってこない厄介な連中が、見舞いなんて高尚なものを思い付くとは……!

「みんなお父さんの有り難みが分かるってしみじみ言ってたんだ。だから、折角ならお見舞いしようって私が言ったのー」

「そうか……そうか……!」

 思い返せば爆音と怒声と崩壊の音しか脳裏に浮かばない、厄介事ばかりの連中だったが、どうやら貴文の苦労が実を結んだらしい。しかも娘プレゼンツ。最高だ。

「早速あけるよー! まずはー……えっと、那亜さんからだね」

「お弁当箱だ!」

 那亜さん+お弁当=至福。絶対の方程式がくっきりと浮かんだ貴文は、無条件に手を伸ばしかけてはたと気付く。病人の自分が食べて良いのか、これ。

 なにせ貴文の目の前には、のーてんきにニコニコ笑っているように見えて実は医療方面に関しては一切妥協しない院長サマがいるのである。食べちゃならんものなんか食べてみろ、食事禁止で鼻に管突っ込みかねない。

 恐る恐る顔色を窺うと、翔はにこやかな笑みのまま頷いた。

「ああ、大丈夫だよ。事前に栞那経由で連絡が来てね、現状食べて良いメニューを確認した上でのものだから」

「おぉ……!」

 お墨付きが出た所で、遠慮無く貴文はお弁当の蓋を開けた。途端目に入る、メニューに制限があるとは思えないほど色とりどりの食材と鼻腔を優しくくすぐるかぐわしい香りに、貴文は食欲を猛烈に刺激され、迷わずがっついた。

「あああああうめええええええ……!」

「あ、久々の食事だからゆっくりの方が胃に優しい……って、遅いか。まあいいや、貴文丈夫だし大丈夫だろ」

 なんだかのんびりとした台詞が聞こえた気がしたが、久々の異世界邸の良心の絶品料理にへヴン状態になっていた貴文には全く聞こえなかった。

「あぁ……生き返る……」

「いっそ最初から那亜さんの料理口に突っ込んでたほうが回復早かったかもって位血色が良いな」

 医師にあるまじき事を抜かす翔に、神久夜がけらけらと笑った。対してこののはぷうっと頬を膨らませる。

「おじさんひどいー。お父さんにそんな事したらヤダからね」

「おじさんは勘弁して欲しいなあ。勿論冗談だから安心して」

 にこやかに躱す翔を見る目が冷たいこののは、どうやら本能でこの化け猫の皮を被った腹黒の本性を見破っているようである。流石だ、娘。

 すっきり完食した貴文を待って、こののが次のお見舞い品を取り出した。

「次ー。悠希と私から」

「お」

 可愛い娘と娘同様に可愛がっている悠希からという言葉に、貴文の相好が崩れる。それを見て、翔が苦笑を漏らした。

「可愛がってるな。悠希もすっかり懐いているようで何より」

「アホか」

 他人事の様に——実際父親代わりは自認しているけども——言うひねくれ者を一言罵倒して、貴文は見舞いの品を手に取った。

「しおりか」

「うん! 悠希と一緒に、山に生えてる綺麗なお花を選んで、しおりにしたんだー。やり方は栞那と那亜さんに教えてもらった」

「先生……と那亜さんが教師役はともかく、山!? お前ら山に分け入ったの!?」

 聞き捨てならない発言に身を乗り出すも、こののはぷうと頬を膨らませる。

「入りたかったのにー、悠希が羽交い締めにして反対するから登下校路だけで諦めたんだあ。もー、ちょっと入ったところで怪我なんかしないのにねー」

「悠希……すまん、ありがとう……!」

 きっと涙目だっただろう常識人に、貴文は心から感謝した。現在の異世界邸の仮初めの平穏の貢献者はきっと悠希だ、間違いない。

「あはは、あの山の中はちょっとばかり危ないもんなあ」

「おい元凶」

「撤去すれば良いじゃないか」

「おい元凶!」

 横目でちちおやを睨み付けながらも、悠希とこののかわいいむすめ達からの贈り物に相好を崩した。

「大事にするよ、ありがとう」

「えへへー。えっと、次はおかあさんからね!」

「おお、マイハニー!」

「う、うむ。貴文もきっと喜んでくれるのじゃ!」

 控えめながらも胸を張る愛しい妻に、にっこりと笑い返した貴文が見たものは——



「キシャアアア!」



 なんか喚く野菜が見えた。貴文はさっと段ボールをとじる。


「た、貴文?」

「えーっとな……神久夜?」

「なんじゃ?」

 気に入って貰えなかったかと不安げな神久夜に、貴文はぎこちなく笑って見せる。

「これ、どうした?」

「勿論畑からとってきたぞ! ポンコツとトカゲにも手伝わせたのじゃ!」

「そうか……」

「あっ、みっちゃんが梱包を手伝ってくれたんだぞ! だからあ奴らからの土産でもあるのじゃ!」

「そうか……うん」

 純度100%の笑顔で褒めて褒めてと言わんばかりな神久夜はめっさ可愛い。ナース服と合わせてそらもう可愛い。

 だがしかし、これはちょっと誤魔化されちゃアカン奴や。

「あのな、神久夜? ここは病院だよな」

「ど、どうした貴文!? 場所が分からなくなったのか!?」

 血相を変えて心配する神久夜に首を横に振ってみせてから、貴文はその事実を突き付ける。


「……異世界邸だけのものを、麓に持ってきちゃダメだろ、マイハニー?」


「……」

「……」

「……えへっ、テヘペロ♡」

「可愛いけど流石にアウトだからな!?」


 ここはやっぱり突っ込まざるを得なかった貴文であった。

「はは、悪いけどこれは持って帰ってくれな。流石のうちの栄養係にも扱いきれない」

「寧ろ可能だったらそいつら一般人やめすぎだからな?」

 にこにこと、どこかすっとぼけた駄目出しをする翔にもきっちりツッコミを入れて、貴文はしょんぼりする神久夜の頭をよしよしと撫でた。

「ほら、元気出せ。俺は神久夜の元気な顔を見るのが一番の土産だから」

「貴文ぃ……」

「おとーさん、私はー?」

「勿論こののもだ」

「えへへぇ」

 笑み崩れた顔ですり寄ってくる妻子をしばらくなでなでする。貴文はめちゃめちゃ癒された。ちょっとした妻のドジもこうなれば可愛らしいというものである。

「えっと。あとはリックとノッカーさんからお魚ー。これは厨房に預けてって言われたよ」

「はい確かに。ちゃんと届けておくよ」

「お願いします」

 クーラーボックスがこののから翔の手に渡った。川から獲ってきたのだろうか、何の魚か気になる。

「そしてー、作者先生とミヤちゃんからー。新刊だって」

「あー、出たのか……個人情報管理がなあ……」

 見た目だけは可愛い駄ルキリーが表紙を飾る、最新刊に複雑な顔になる貴文。ちょっと悠希やこののが心配なのである。

「情報操作しておこうか?」

「洒落になってねえよどうかお願いします」

 こういう時は、腹黒院長が頼りになった。素直に頭を下げると忍び笑いが聞こえた。うるせえよ馬鹿。

「それからー、セシルさんとミス・フランチェスカさんー」

「待て、そいつらのは開けるな。持って帰れ、マジで」

「えー」

 病室爆発はヤバ過ぎるので、残念そうなこののには悪いが断固拒否だ。

「むー……。じゃあ、最後。栞那からー」

「お、そういや出て来てなかったな」

「うん、真っ先に入れたから、一番下だった」

「へえ……」

 こういう贈り物を躊躇いなく選べるタイプとは、貴文にしてみればちょっと意外だった。てっきり面倒がって最後悠希に急かされるまで知らん顔するものかと。

「あー……栞那はこういう所しっかりしてるからなあ」

「ほーお、ノロケか」

「いやいや、単なる理解だよ」

「けっ」

 にこやかにすっとぼける翔を睨み付ける。まったく、この薄情者はどこまであの心優しい妻子に不誠実を続けるつもりなのか。あっちはあんなに健気なのにと思うと、苛つきも倍増である。

 何はともあれ今は見舞いだ。下手すれば自分が病気になっても貰えなさそうな翔の分まで喜んでやろうと、やけに分厚い包装をビリリと破いた貴文は——硬直した。

「…………は?」

 貴文は目をごしごしと擦った。なんだか、変なものが見えた気がする。目にゴミでも入ったせいだ、きっと。


 ぱちぱちと瞬きしてからもう1度「それ」に目を向けた貴文の視界には、しかし先程と同じ代物——請求書の束が写った。


「……」


 何だこれ? あーいやそうか、ぶっ倒れた影響で一部視力に影響が出てしまったんだな、はっはっは。いやまさか、あの医者先生に限ってまさかそんなわけがないよね。


「なあ翔、これ何に見える?」

「え? 凄い数のゼロが並んだ請求書の束」

「あぁああ畜生そうだよなぁあああ!!」


 貴文は思いっきりその忌まわしいブツをぶん投げた。壁にばすっと当たって落下したそれを、翔が拾い上げてしげしげと眺める。

「万、十万、千万、億……相変わらずだなあ。それにしたって修繕費多くないか? 何があったんだ、神久夜?」

「よ、良くわからんのじゃ」

「何か知らないけどー、ちょっと爆発の回数が多い気がするよ? 悠希がなんだかとってもぴりぴりしてるもん。栞那も顔色悪いしー」

「邸! 邸は無事なのか!?」

 異世界邸屈指の常識人悠希はともかく、馬鹿どもの治療にも眉1つ動かさない肝っ玉据わりきった中西医師まで顔色を無くすとか、どんな非常事態宣言だ。

「あ、でもでも、代理の人が来てから爆発回数減ったよ!」

「それでこの請求書の数なのか!?」

 ありえない。どう見たって貴文が健在だった頃より1.5倍は増えている。一体全体邸に何が……と考える貴文の胃が、久々にきりきりと痛み出す。

「くそう……くそう先生、なんでこんなもの送りつけて来やがったんだ……」

「それはまあ、『早く現実じごくに帰ってこい』ってメッセージじゃないか? 後は多分、事務仕事が嫌になった頃じゃないかなあ。栞那は元々地味な作業嫌いだし」

「そんな理由で病人に追い打ちを掛けるのかよ!? うっ、胃が……」

 ギリギリと強い痛みを訴える胃に、貴文の体がぐらりと傾ぐ。神久夜とこののが慌てて駆け寄った。

「お父さん!」

「大丈夫なのか貴文!? やっぱりもう少し入院すべきじゃ!」

「いや……いや、これ以上被害が増える前に、やっぱり俺が……!」

 管理人としての使命感に火の付いた貴文が、口の端からツーと血を流しながらフラフラと身を起こす。ギラついた目で翔を睨み付けた。

「おいクソ医者、退院させろ今直ぐ!」

「あのねえ……」

 呆れた声を上げた翔が、息をついてゆっくりと口を開いたその時。

 コンコンガチャ。


「よー、失礼。異世界邸の管理人の病室ってのはここであってるか?」


 ノックの返事を待つどころか間も置かずに扉を開けて開口一番宣ったのは、全身黒い、目元に火傷のような傷のあるヤクザ面の男。

「お、合ってるな。入院したって聞いたんだが、大丈夫か? そんなタイミングで申し訳ないが、ちっとうちの賢妹が世話になるからな、見舞いがてら挨拶を——」

 軽薄な口調でまくし立てられる口上も、その腕にぶら下げているくっそ似合わないフルーツを盛ったカゴも、貴文は殆ど認識できなかった。瞳孔までもを見開いて、その姿に硬直した体がカタカタと震え出す。

「あ……ま、ま……」

「た、貴文……?」

「お父さん……?」

「あーこれはマズイな。2人とも部屋から出て行ってもらえるかな。それからそっちの人、ちょっと廊下に要る看護師でも呼んでもらえる?」

 翔がのんびりと、しかし有無を言わさぬ口調で指示を下す。そそくさと周囲が動き出したとほぼ同時、貴文が絶叫した。



「あああぁああ……魔女魔女ハウス……金カネマジョマジョハウスGRYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!」



 一時間後、貴文の入院はまだまだ必要だと、院長は問答無用に言い渡したのだった。


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