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異世界アパート『異世界邸』の日常  作者: カオスを愛する有志一同
異世界邸へ、ようこそ
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怪盗執事は悩みが尽き無い 【part 緋】

 人は、いかなる場合においても目の前の事象一つ一つを処理しようと致します。それはどんなに賢く、力のある人間であっても同じ事にございます。

 異世界邸にお仕えし早数年、それはやはりいかなる世界においても変わらぬ事と、改めて確認するに至りました。


 掌を軽く丸めて走りながら、指の中で隠しつつ呼び起こしたごく微量な魔力を火花に転換し、すぐ目の前に立ちふさがった若い魔導士の顔めがけそれを放る。鼻先を焦がす程度の熱と閃光に思わず目をつむり、自ら視界を遮ってしまうその未熟さに感謝しつつ、私はその首と足を手刀と蹴りで薙払わせて頂きます。宙空で一回転したその若き魔導士は、意識を絶たれてそのまま倒れ伏して動かなくなられました。

 別に特殊でも何でもない、ごく普通の隠蔽魔法をかけた白い手袋が私の魔法を発動の瞬間までごく普通に隠蔽し、相手にはその手袋が隠蔽していることが一目で分かりますが、肝心のその魔法の中身は判りません。


「それでいいのですよ」

 私が立て続けに放った光と乱反射の魔法が次々に周囲の魔導士とその使い魔の視界を焼き、彼らが自棄になって放った炎と重力波の魔法を手近な柱を蹴って宙へ跳んで避けます。一人ずつ確実に側頭を蹴り抜いて三半を揺らし、全員が床へ倒れ込んだところで床へ粘着の魔法をかけ、動きを封じ込みます。


「魔力の練り上げと呪文意識がまだ堅い。その上魔法という概念に対して柔軟性がありません。それでは当然反応が遅れますな」 


 倒れ伏した彼らの耳には聞こえようもないかも知れませんが、年寄りの説教癖とでも思って聞き流して頂きましょう。どうせあと300年もすれば、私も隠居して彼らの時代がくるのです。

 小汚い老害としての心からの矜持をプレゼントとばかり若き芽に述べると、私は一気に廊下を駆け抜けトプンと影に潜り込んで身を潜め、室内の連続した影から影へ移動しながら目的の部屋へ高速で移動します。


 私は多重混在系世界の出身で、元は世界間を股に掛けるコソ泥にございました。巷では怪盗だの悪魔だの言われておりますが、その様に鮮やかな手並みも不可思議な力も持ち合わせてはおりませなんだ。

 元来頭の出来もよろしくないものですから、一つ覚えで稼ぎを得るしか能のない哀れな下民でございます。


 お子さまの夢を壊すようで申し訳もありませんが、このような行いに夢を馳せてはなりません。謹んで壊させて頂かねばならないのも、この稼業のつらいところでありますな。


 丁度その折、感知能力に長けた魔犬が曲がり角へ差し掛かった私を待ち伏せしていたらしく、毒の炎を吐きながら飛びかかって参りましたので、運良く罪の意識から己を引き剥がすことができました。

 影の中から飛び上がりざま足で巴投げに蹴り飛ばし、指を鳴らして鼻先へ鋭く短い電撃を放ってこれを使えなくしまして、簡単な中距離干渉魔法で首根っこを掴み窓の外へ勢いよく叩き出し、正味2秒かけて撃退致します。

 いやはや、上級な使い魔というのは厄介でいけない。年寄りは体力がないのですから、もっと手加減して下さらなくては。

 ですが、これだけの番犬がお利口に護っているということは、いよいよ目的の部屋の前までやって来られたというわけですな。

 けたたましい音を立てて張り裂けた硝子がかなり階下の地面で割れ砕ける音が響くのとほぼ同時に、小さな犬の悲鳴が聞こえましたが、それは短いものですぐに地に爪を立てて駆け出す音へ変わりもうした。

 あまり悠長にしている時間もありませんか。


 振り向けば、私が差し掛かっていた角の奥には一際大きな金属製の扉があり、マホガニーとホワイトオークの杖が二本、交差して錠となり扉を封じている模様。

 これまでの騒動をあらかじめ聞きつけていたのか、その扉の前には爬虫亜人のリザードが甲冑と剣で武装してずらりと並び、どうやらこの館の主であらせられるらしい、濃紺のローブを纏い銀の杖頭を戴いた老練と見える魔導師がその最奥に控え待ち構えていらっしゃるではありませんか。


 いやはや、これは一筋縄ではいきませんな。


「貴様ぁ! 私の屋敷をこうまで荒らしてくれおって、何が狙いだ!?」


「これはこれは、お邪魔しておりますミスター。なあに、ほんのちょっとした用事にございます。すぐにお暇いたします所存」


「何をぬけぬけとしらばっくれおって、不法侵入だぞ! どうせ貴様もこの奥にある我が屋敷の金庫が狙いなのだろう!? 言っておくが指一本たりとも触れさせはせんぞコソ泥め!」


「……そうですなあ」


 石突きを鳴らして魔法を編み上げ始める魔導師のご主人に、私はきっちりとフォーマルに固めていた自身の前髪を他人様の御前なれど失礼して、真後ろへかき上げ大仰に手を胸へ当ててうやうやしくお辞儀をさせていただきます。


「私が用があるのは貴方様の金庫の中身では無く、私と同じとある盗人に奪われた、とある盗品でございます」


「何……!?」


「今より三年前、妖精の国において希代の水銀加工細工職人と謳われたとある若いドワーフが殺害され、世にも希有な奇跡を込めたとされる最後の作品が強奪される事件がありました。ご存知ですかな?」


「ッ……それがどうした」


 白銀の髪を後ろへ流し、不意に笑みを消した私の問いかけに、ご主人は急な衝撃を受けた様子で口ごもり、杖を前に構えられます。


「おや。もしや心当たりがおありでしたか」


「知らぬ! もし仮に何か知っていたとしても、余所の世界から潜り込んできた薄汚いコソ泥に、我が国の至宝の行方の捜索状況をそうやすやすと喋る訳が無かろう!」


 勢いよく杖の石突きをさも高級そうな廊下の絨毯へ突き鳴らすと、そこへ編み込まれていたらしい透明な魔素糸が紅く発光し、ご主人を中心とするリザード兵の体の周囲一メートルの範囲に対魔、対物理の強力な結界が展開されました。

 おやおや。これは正直予想外でした。

 まさか全体ではなく、個々にかけるとは。

 成る程、ただ悪どいだけという事も無さそうですな。ただでさえ使役されることを嫌う亜人の中でも、力の強いリザード族で構成された兵をこれだけ従えわせるにふさわしい力量をお持ちとは。

 見捨てはせぬと無言で強めた信頼があれば、種族意識の強い亜人を互いに護り合うべく意識をより敵へ向かわせやすい。


 その実、他にもいくつか編み込まれている迷彩魔法陣の中身はご主人の気配から察するに、リザードを犠牲に相手を倒す為のものですが。

 おそらく彼らの鎧の内側に爆破魔法でも仕込まれているのでしょう。


 つくづく、笑えない御仁ですな。

 妖精の国の至宝が盗まれたというのに、他世界ではなく・・・・・・・その国の、しかも職人のスポンサーの屋敷に隠されていただなどと、善良な他の妖精達には考えも及ばなかったことでしょうに。


「つくづく、笑えませんなあ、ご主人」


 くつくつとこみ上げる皮肉な笑みを押さえきれずに、私はカツンと靴の音を響かせ歩を詰めてゆきます。

 こめかみに浮かぶ血管が、今にも千切れそうにヒクつくのが分かりますが、抑えようにも抑える気になれません。同族嫌悪というのは、どこまでも嫌なものでございます。

 私のその様子にさっと血の気を引かせたご主人は、慌ててリザード兵へ一斉突撃の号令をかけられました。一斉に剣や槍を構えどっと突撃が開始されますが、私は気に止めもすることなく、懐から一枚の笹の葉を取り出します。


 ここへ来る前、私がお仕えしている麗しき異世界邸の奥様、神久夜様より餞別にと新しい品種の貴重な種を賜りました。突入と同時に少しずつ蒔いて参りました神久夜様の植物創造の御業が為したありがたい種子を、これは呼び起こす笹笛にございます。


「そやつを仕留めろ! 殺しても構わん、絶対に生かして返すな!」


「「ジャアアアアアアッ!」」


 

「大いにお盛んな事で、大変結構でございますが」



 私が口を当て薄くのばすように息を吹きました途端、笹の葉の葉脈に沿うように甲高い音が分かれ、刹那に美しい旋律となって迸りました。


「私を始末するには、いささか役不足でしょうな」


 後ろ跳びに跳躍して天井へ張り付き、靴の底へこれまた簡易な吸引の魔法をかけて仁王立ちの様相に至りながら、大気中に張りつめた笹笛の特殊な魔力に起爆剤となる呪文の一言を、心から申し上げます。



「お力を、お借りいたします奥様」



 突如、地鳴りのような揺れが走り、壁と床に亀裂が一瞬にして走りました。窓硝子は廊下の端から順を追って弾け、今にも崩壊しそうな足場に、体勢を揃って崩していたリザード兵とそのご主人へ、恐るべき速度で階下から床を突き破り、まさしく槍となってその身体を貫くものがせり上がって参りました。

 その醜き肥えた腹を突き破り、更に成長しそのまま天井をも破壊して天高く悪逆の徒を晒し上げしもの。


 それこそ異世界邸の意志、我が主のお心。

 神久夜奥様が大事に育て、貴文坊ちゃまが振るわれし神聖なる神樹の槍。


「ああ……奥様、坊ちゃま」


 盗咎人のその身を貫く気高き青の槍。神々しいまでに美しき造形を為し、悪しき不浄を洗い清めるがごとく的確に心の臓腑を撃ち貫く豆の樹、芋の蔓、茄子の茎。


『あまりに早いその成長速度はライフルの弾丸をも凌ぎ、悪人の心の闇のみをぶち抜く新品種なのじゃ! とかって言ってみると私ばりすげえと思わないかの? 格好良くないかの? なあ貴文! どうじゃ! 私を誉めるがいいのじゃっ!』


 ああ、つい今朝がたの会話の情景が、鮮烈に目に蘇って浮かびます。

 なんと素晴らしい、見事さなのでございましょう。


「ええ……ご立派な……ご立派な種子にございます奥様……!」


 私の目に、思わず涙が溢れました。

 おや……いけません。歳でしょうかな……。

 あんなにも無垢で汚れを知らない奥様と坊ちゃまが育まれた些細な、本当に些細な愛情が、こんなにも気高く無垢に、悪を挫く聖なる槍となるなどと……。


 瓦解し崩れゆくハリボテの栄華のごとし館が崩壊するさなか、そのたかだか数十本の青物が刺し貫いた邪悪な思惑は、異世界の存在を知る私にとって、星の数ほどいる悪の一つがほんの一時裁かれたに過ぎぬのかもしれません。

 しかしながら、このひとつひとつの光の種子そのものは小さな光に過ぎずとも、そう遠くない未来、全世界の人々の平和にとって立派な希望たり得る輝きへ必ずや至るのに相違ございません。


 はたはたと頬を伝い異世界の地を老婆心の涙で濡らしながら、私はいそいそと扉にかけられた呪いを涙を拭いながら解呪し、美しきその光景をこの胸に焼き付けるべくハンカチで賢明に片眼鏡モノクルを拭き拭き、その向こうから現れたガーディアンを早々に蹴り倒しました。

 最奥に案の定しまい込まれていた妖精界の至宝となるはずだった”複製コピー手鏡ミラー”を認め、拾い上げて無造作に懐へしまい込みます。

 そして妖精の空に燃ゆる高い高い翡翠色の太陽の下へ引きずり出し、成敗されし強欲の魔に厳かに十字を切ると、螺旋を描いてそそり立った遙か天高くそびえしそれぞれの幹に火炎の魔法をかけ、その場を離れました。


 その数分の後、後方にて生木なまきが凄まじく爆ぜ、爆発四散してゆく儚い断末魔が聞こえないでもないでしたが、猛き者も終には滅びぬ。

 宿命というものにございましょう。



 異世界邸へ戻る直前、私は今回の件を依頼されました妖精界の王オベイロンに謁見を賜り、件の手鏡をお返し致しました。

 かつては彼の屋敷へもお邪魔した私との間柄故、多少思うところがなくもないのではございましょうが、彼とて今では一世界の王。

 取り乱すことなく感謝の言葉を頂戴し、また私も敬意と此度の指名に感謝申し上げ、その場を後に致しました。

 その際、報奨金と妖精界の希少な宝石の詰まった小箱を賜り、妖精界の更なる栄光と未来永劫の繁栄を祈り、退場つかまつった次第でございます。










「……という訳でして、以上が事の顛末のあらましでございます」


「お……おう。いつもすまねえな……」


 私は戻り次第早々に次元プレナーゲートである旧式の食品冷蔵庫から這い出て、坊ちゃまの元へ向かっておりました。

 予想に反さず、と言いますか、朝からいつものようにひとつふたつ悶着があった模様でございます。

 なにやら怪しげなガスを吸ってまだ意識がうすぼんやりしておられる坊ちゃまは、此度の「出稼ぎ」で得た報酬を受け取られると、申し訳なさそうに頭を下げられました。


「こんな事は本当なら俺がすべきことなんだが……この通りでここを離れる訳にいかない。いつもお前にばかり無理難題を押しつけちまって、本当にすまん……」


 うなだれる坊ちゃまの目には、嘘はございません。

 責任感の強いお方ですから、本当にできるならばご自分でなさりたいのでしょうが、この館の管理人業務は、例え坊ちゃまの力量を以てしても気を抜くことができません。

 私に頼むことですら、一体どれだけお心を砕かれているのか。

 それが……まあ……館の尋常ならざる修繕費用の出稼ぎだというのですからな。尚更でござましょう。


 しかしこの薄汚い盗賊の身であったウィリアム=シェイダーを召し上げ、人並みに雇い、扱い、更には信頼の上で任務を与えて下さったのは、後にも先にも伊藤貴文坊ちゃまただ一人でこざいました。

 ですからこの老害、例えこの身が朽ちようとも、動かせるうちは坊ちゃまと坊ちゃまの選ばれた奥様の為に働くことこそが望みでございます。

 すまなく思われては、私も申し訳ありません。


 ……そうですな、ここはひとつ、明るい話でも致しまして、気分を盛り上げて差し上げましょう。

 私はお優しい坊ちゃまの目にかかる前髪をそっと払い、にっこりと微笑んで、穏やかな声でお告げいたしました。


「いいのですよ、坊ちゃま」


「ウィリアム……」


 坊ちゃまは、身体こそ大人になられましたが、異世界の住人同士の橋渡しという重責を担うのはまだまだ心が悲鳴を上げるのでしょう。

 このようなじじいでもよろしいならば、頼って下さって良いのです。

 ですが、坊ちゃまはお優しい方。そう言えばきっと、もっと尽力してしまおうとなさるに相違ありません。

 ですから、私は言葉を慎重に選びました。


「たまにでもお休みを増やして頂ければ、私はそれだけでも全然構いませんからな」


 私は、言葉を慎重に選びました。


 精一杯の信頼と、頼ってもいいのですという気持ちを込めて。

 ですがまあ。


「えっ……」


「えっ」


 言葉が足りないと言うのも、語弊を生むものなのですなあ……。


「ご、ごごごめんウィリアム、俺……」


 蒼白になってばっと飛び起きられて、あからさまに目を見開らかれると、勘違いとは言え大変焦ります。

 そのようなつもりは全く皆無なのでございますが、まあ、そうも取れる発言ではあったことも否定できません……。


「お前たちに全然……休みを……とらせてやっていなかった!? 俺、管理人失格だああああっ!」


「ふぉ!? そうじゃありません坊ちゃま!?」


 勘違いとは恐ろしいものでございますな!?

 一生懸命信頼を示したつもりでしたのに!?


 そしてこの後約一ヶ月の間、大変すまなそうな様子で有給休暇をまとめて頂いてしまうという、なんとも微妙な気持ちになる仕打ちを受ける事になるのでございました。

 

 弁解を、弁解をさせてくださいませ坊ちゃま……。

 逆なのです、そうじゃないのでございます……坊ちゃま!!


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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃくちゃ優秀な執事さんなんだけど、それ以上に背景が! そう、後ろなんですよ! 神久夜さん何を開発されていらっしゃるんです?(汗) そして、この管理人、貴文はどうやら責任が強すぎて胃がマッ…
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