後始末 【part山】
都市部郊外。
住宅地の端に溶け込むように佇む、大きな駐車場付きの煉瓦造り風の建物――一見すると、公民館や営業所にも見えるが、それにしてはやけに重厚で堅牢な門扉が目立っている。普段ならば何者も通さぬ構えで閉められている鉄の門がこの日は大きく開け放たれ、代わりにサングラスで目元を隠した黒服数名によって守護されている。皆、体つきは屈強の一言につき、手元には何も所持してはいないものの、不審なことこの上ない。
しかも2日前の夜より、この施設からジープを改造した黒塗りの装甲車が引っ切り無しに出入りしている。しかし不思議と、付近の住民は全く意に介さず、まるで何も見えていないかのように、何事もなく振舞っていた。
その門扉の脇には、欅から掘り出した「寺湖田組」と書かれた看板が掲げられていた。
***
「C区画の見積もり上がりました!」
「なあ、宗像班は今どこだ?」
「西方の龍脈の歪みの調査から帰ってきました」
「おい! 呪符の残り枚数と記録が合わんぞ!」
「破損した補助具の報告書まだか!?」
「最後にろ-七番の札使ったやつ誰だよ、なくなったら補充しとけって言ってるだろ」
寺湖田組、応接間。
事務室から飛び交う喧騒の中、二人の男が静かに対峙していた。
手には得物として、剣・棍棒・心臓・宝石を模った札が5枚握られている。
「5とクイーンのフルハウス」
「エースのスリーカード」
「ふむ、また私の勝ちのようだな」
「かぁー……」
持っていたトランプを卓上に投げ捨て、天井を見上げる黒ずくめの男。鼻から左耳にかけて頬を横一直線に走る火傷のような刀傷を搔きながら大きなため息を吐く。
「君のチップはもうないようだがどうするね、羽黒」
「勝てる気がしねえ……」
一言小さく悪態を吐き、黒ずくめの男――羽黒はゆっくりとした動作で姿勢を正す。そして目の前の席に座る、和装にトランプというミスマッチな組み合わせの無表情な痩せすぎの男に視線を戻す。
「年季の違いだよ」
「流石は寺湖田の叔父貴」
羽黒は彼にしては珍しく、乾いた笑いを零した。
寺湖田組二代目組長――寺湖田宗喜。世界を股にかけて悪名轟く接触禁忌の暴力陰陽師一族「瀧宮」現当主と兄弟杯を交わした指折りの術者。左足の故障により前線は退いたものの、未だ200人余りの寺湖田組全構成員を相手に座ったまま圧倒できるという触れ込みは風化することなく、その席に着き続けていた。
「しかしポーカーも終わり、次は何をするね?」
ギョロリとした梟のような目をぱちぱちと動かしながら、慣れた手つきでトランプを切る宗喜。それを冷めかけた茶をすすりながら、茶よりも冷たい視線を送る羽黒。
「叔父貴のトランプ好きに文句はないが、いい歳したオッサン二人でやるもんじゃねえと思うぞ。……叔父貴、そう言えば今いくつよ」
「今年で56になるな。だがゲームに歳は関係ないだろう。ジョーカーを含めた53枚の札のみで、ルール次第で如何様にも思考を練る必要のあるトランプは叡智の結晶だ」
「へいへい」
「どのみち、今回の仕事の見積もりが上がるまでもうしばらくかかるだろう。それまで付き合いたまえよ。そうだな、以前どこかで2組のトランプを使った神経衰弱を聞いたことがある」
「やめとけ、めっちゃ時間かかる」
と、その時。
ガンガン! と、扉を叩き割る勢いのノックが応接間に響いた。
「組長! 失礼しやす!!」
「……畔井。ノックはもう少し小さくしろと毎度言っている」
「はっ! 申し訳ないです! あははははは!」
1ミリも反省しているようには見えない、歩き笑う黒光りする筋肉――畔井松千代が身を屈めながら入って来た。
「今回の見積もりが上がりやしたので、ご確認!」
「あ? いやに早えじゃねえか。もうちっとかかると思っていたが?」
「額も額ですし、早々にケリをつけて通常形態に戻したいんで。いつまでも事務所と車に目逸らしの結界張るわけにもいかんでしょう」
「それもそうだ。羽黒、お前が確認しろ」
「叔父貴は目を通さなくていいのかよ」
「……昔から、お前のことは兄弟の倅じゃなきゃあ関わりたくないって思うくらいには嫌いだったが、ビジネスに関しちゃ信用してる。それに今回の件、中心に立って四方八方術者連中取りまとめて音頭を取ってたのは間違いなくお前だ。全部お前に任せらぁ」
そう言うと宗喜は興味なさげに手元のトランプを弄りだした。
完全に経理を含めた指揮権を押し付けられた羽黒は「あ、そー」と松千代から見積もりの書類を受け取った。
報告書には今回の魔王襲撃による家屋や人的被害が事細かに記されていた。人一人、小屋の一棟に至るまで漏れることなく記されている冊子並みの厚さの書類をペラペラと速読していく羽黒。その中でも人的被害の項目で指を止めた。
「……アレだけの規模の襲撃で死者0たぁ……我が弟子ながら恐れ入った」
重軽傷者は軽く3桁を超えているが、そのほとんどは最初の白蟻による不意打ちで負傷した地元術者の連中だった。
「意気揚々と攻め込んで返り討ちに遭った上に人一人殺せずに滅ぼされた魔王が可哀想だ」
もっとも、次また同じことをやれと言われたら絶対に無理だ。今回は魔王の雑兵共による探索が優先されたことで被害が最小限であったことに加え、襲撃地がたまたま羽黒とコネクションを持っており、その羽黒が運良く管理者を引っ張り出すことに成功したため起きた奇跡だ。2度目はない。
「ま、我ながらよくやったよ」
などと感慨にふけっている場合ではなかった。
「……ん? ……ぶっは!?」
「どうした羽黒」
バララララと華麗にトランプのシャッフルをしていた宗喜が突然むせ返った羽黒に怪訝な表情を向ける。だがそんなことよりも今は確認の方が重要であった。
「……おい、畔井の旦那」
「なんですかい? 羽黒の大将!」
「これ、桁あってるよな? 1つミスってないよな?」
「へえ、何度も確認しやしたんで、間違いねえです」
「……そうか」
羽黒は遠い目をしながら報告書の最後のページを宗喜に見せた。
全壊大型建築物修繕費(のべ106棟・1棟当たり¥1,00,000,000)
¥106,000,000,000
全壊普通建築物修繕費(のべ2510棟・1棟当たり¥200,000,000)
¥502,000,000,000
半壊大型建築物修繕費(のべ302棟・1棟当たり¥50,000,000)
¥15,100,000,000
半壊普通建築物修繕費(のべ24,891棟・1棟当たり¥10,000,000)
¥248,910,000,000
一部破損建築物修繕費(のべ62,045棟・1棟当たり¥2,000,000)
¥124,090,000,000
道路舗装費用
¥50,000,000,000
外部委託・甲
¥1,000,000,000
外部委託・乙
¥1,500,000,000
外部委託・丙
¥2,000,000,000
特別割引
-¥50,000,000,000
総額
¥1,000,600,000,000
「……私なら、兄弟杯返して自決する」
「俺は異世界にもっかい逃亡する」
「大将の請求金額10億がはした金に見えますなあ!」
あの魔女は元凶に大部分を押し付ける、みたいなことを言っていたが……。
「見知らぬ白蟻の魔王よ――お前さん、結果的に一人くらいは殺せたかもしれんぞ」




